私のトマス・ホッブズ研究
佐藤正志



〔1〕 近代的学知の胎動と政治哲学−ホッブズへの一つの視座

 私は主として、ホッブズ政治哲学の研究を通じて、「機械論的自然像と近代国家」の問題を考えてきましたが、政治思想における「近代」の意味を問おうとする思想史研究の現代的課題にとって、そのような主題が、いかなる意義と射程をもっているかを、概略的に示す研究を最初にあげます。
 とくに力点をおいてきたのは、ホッブズの思想形成過程を同時代の科学革命の文脈の中に改めて位置付けることによって、かれの中にアリストテレス的伝統から近代的学知へのパラダイム転換を読み取ろうとする視点を再度確立することです。


「ホッブズ−機械論的自然像と近代政治哲学−」(藤原保信・飯島昇藏編『西洋政治思想史』新評論、1995年)、208-223頁。
「ホッブズの政治哲学と近代世界」(千葉真編『政治思想史』講座・政治学II、三嶺書房、2002年、3-27頁。

〔関連〕
『ホッブズ リヴァイアサン』(共著、有斐閣新書、有斐閣、1978年)。 『リヴァイサン 』読解入門。

「[書評]高野清弘『トマス・ホッブズの政治思想』」(『イギリス哲学研究』15巻、1992年 )、44-46頁。
「[書評]A. P. Martinich 著『リヴァイサン』のふたりの神」(『學鐙』90巻、9号、1993年 )、64-65頁。

  
〔2〕 歴史における真理と修辞−人文主義と科学革命の間

 私は、近代的学知の理念の形成を、同時代の知的情況の中に置かれたホッブズの思想形成過程の中で、動的に捉えようとしてきました。そこで、ホッブズのテキストの中に歴史/科学、レトッリック/論理学、蓋然性/確実性、プロネーシス/エピステーメー、といった概念の対抗と転換をたどることによって、ホッブズの思想形成過程における政治哲学の伝統の連続と切断を明らかにすることを目指しました。
 具体的な成果としては、ホッブズにおける近代的な科学方法論が、ヒューマニズムの伝統の中から、それを内在的に批判しながら形成されてゆくことを、初期のツキディデスの『戦史』やアリストテレスの『弁論術』の英訳の作業の分析を通して明らかにする論文を発表しています。

「歴史における真理と修辞−初期ホッブズにおける方法の問題」(渋谷浩編『啓蒙政治思想の形成−近代政治思想の研究(1)−』 成文堂、1984年)。

 

〔3〕 方法の問題−近代的学知への道

 私はホッブズにおける近代的学知の方法の形成を、デカルト批判から独自の感覚的表象論の展開、合理主義的方法論の確立として捉えようとしてきました。 ここにあげた論文はいずれも、ホッブズ研究に取り組み始めたばかりのころのものなので、デカルト批判と懐疑主義の克服を通じたホッブズにおける認識主観の確立と対象化の問題の更なる考察、さらにボイルらとの論争を通じた科学の理念の対抗を明らかにしながら、ホッブズにおける合理主義と経験主義の問題の更なる考察を続けたいと思っています。

「ホッブズ社会哲学の前提」(『早稲田政治公法研究』3巻、1974年 )、69-83頁。
「トマス・ホッブズの学的方法論」(『早稲田政治公法研究』4号、1975年 )、78-91頁。
「ホッブズ政治理論をめぐる近代と近代批判−本叢書における議論をてがかりに−」(『法の理論』7巻、1986年 )、257-279頁。

〔4〕 機械論的自然像の成立−自然概念の転換と哲学の体系

 わたくしは、伝統的なアリストテレス―スコラ的世界モデルに代わる、ホッブズの機械論的自然像の特質を、同時代における論争を通して明らかにすると同時に、その体系を再構成することを目指してきました。そのなかで、トマス・ホワイト『宇宙論』への批判の分析を通して、目的論的自然像から機械論的自然像への転換を動的に捉え、またホッブズにおける機械論的自然像の意味を考察してきました。

「ホッブズ機械論的自然像の形成過程−『トマス・ホワイトの〈宇宙論〉への批判』を通して−」(『イギリス哲学研究』1号、1978年 )、5-14頁。
「ホッブズの自然概念−因果関係の目的論的転換−」(飯坂良明・田中浩・藤原保信編『社会契約説−近代民主主義思想の源流−』 新評論、1977年)、68-96頁。

〔5〕 政治哲学の構造転換−近代国家論の一水脈

 私は、機械論的な哲学体系の中で、政治理論が、実践哲学としての古典的伝統から近代的な科学理論へ転換してゆくこと、この新たな理論によって、政治秩序自体も近代的な「国家」 (State) として捉えられてゆくことを示すと同時に、近代批判という今日的視点からホッブズの政治理論の意義を考察してきました。とくに、政治の実践知から科学知への政治理論のパラダイム転換の意味を問い続けてきました。

「政治理論の構造転換−その伝統と現在の間に−」(片岡寛光編『政治学』成文堂、1980年)、1-54頁。
「ホッブズ」(芹沢功編『 現代に語りかける政治思想史』 昭和堂、1987年)、129-142頁。
「近代国家の形成と政治思想」(藤原保信・白石正樹・渋谷浩編『政治思想史講義』早稲田大学出版部、1991年)、101-137頁。
「ホッブズ−リヴァイアサンと平和概念の転換−」(日本政治学会編『年報政治学1992』岩波書店、1992年)、19-34頁。
「ホッブズとルソー−近代国家論の一水脈」(市川慎一編『ジャン=ジャック・ルソー−政治思想と文学−』早稲田大学出版部、1993年)、31-62頁。