日本経済新聞 経済教室

2007年10月5日朝刊

 

外貨準備を考える 「大量売却でリスク軽減を」

 

谷内 満 (早稲田大学教授
 

 

 

外貨準備運用を積極化するのではなく、外貨準備を大幅に売却し、そのリスクを軽減すべきである。他の先進国の状況などを踏まえれば、約8割を売却し現在の5分の1程度にすべきだ。円が割安な今はその好機である。市場の状況を見て徐々に売却すれば、円急伸の可能性は少ない。

 

 

民間から借金し、外貨資産に投資

 日本は現在約100兆円にものぼる外貨準備を保有している。そのほとんどは米国債などで運用されているが、外貨準備運用を積極化して収益を高めるべきだとの議論が最近注目されている。

 これまで日本では、外貨準備が巨額に累積される一方、それをどう運営・運用するかという外貨準備政策の議論がほとんどなされてこなかった。最近の運用積極化論は、そうした外貨準備政策不在の状況に一石を投じる意味があるといえる。しかし、今日本政府がやるべきは、リスクをとって高収益を狙うことではなく、外貨準備を大幅に売却し、外貨準備の巨額保有自身が持つリスクを軽減することである。

 外貨準備とは、政府が為替相場に影響を与える目的で為替市場介入するために保有する外貨資産などである。ドル買い介入が行われれば外貨準備が増加するが、ドル購入に必要な円資金は、政府が外国為替資金証券(通称、為券)を発行して調達される。ドル売り介入が行われれば外貨準備が減少し、同時に為券は償還される。為券は原則市場での公募入札で売却され、民間の金融機関などが保有している。為券は、政府短期証券の一種であるにもかかわらず、これまでドル買い介入の方が圧倒的に多いため、毎年借り換えられて事実上長期債務化し、100兆円あまりに累積している。

 為券の残高は、政府の外国為替資金特別会計(通称、外為特会)の負債に計上される。一方、購入された外貨資産の残高は、外為特会の資産側に計上される。つまり外貨準備とは、民間からの借金で外貨資産に投資された政府保有の資産なのである。外貨準備の為替リスクはヘッジされておらず、外貨準備保有は政府による円キャリートレードであるともいえる。

 このように外貨準備保有は、政府にとって貸借対照表上の両建て取引な ので、@為券の金利負担と米国債などの金利収入の差などから運用損益が生まれ、A為替相場変動に伴って外貨資産の評価損益が生まれる。

 

為替の動向で、評価損益変動

 これまでのところ、米国に比べ日本の方が低金利であったため、2004年度決算までの累計で約32兆円の運用純益が生まれている。このうち約18兆円は一般会計に繰り入れられて国の財政の一般財源として活用され、残りの約14兆円は外為特会の積立金として計上されている。

 米国債などの金利収入は、円に転換されず外貨準備にそのまま上乗せされている。そして、運用純益に見合う為券が新たに発行されている。したがって、これまで約18兆円の運用純益が一般会計に繰り入れられたといっても、その分政府の借金が増え、同時により多くの為替リスクを背負い込む結果になっている。

 一方、外貨準備保有は04年度決算で為替評価損が11.4兆円と、評価損益面では損失になっている。これまでのところ、運用純益の累計が評価損を上回っており、外貨準備保有という政府投資は全体として利益を生んでいるということになる。とはいっても、評価損益は為替相場の動向次第で変動する不確実性を持っており、今後もし円高になれば評価損が拡大する危険があり、それは結局国民の負担になる。

 03年初めから04年春まで、総額約35兆円にものぼる非常に大規模なドル買い介入が実施されたことは記憶に新しいだろう。筆者の試算によると、この時期の介入によって得たドル資産は、為替相場 が1ドル=110円であれば、評価損益はゼロとなる。もし同100円となれば、この時期の介入分だけで3.2兆円の損失となる。

 為替介入は外貨準備保有でもうけを出すのが目的ではなく、為替相場の安定化に主眼がある。もしドル買い介入が円高阻止に一定の効果があるのなら、経済安定化につながりうるので、介入で増加する外貨準備保有によってある程度損失を被っても、国にとって利益があるといえるだろう。

 実は日本では、比較的最近まで、介入実態はベールに包まれていた。しかし、政府はようやく01年に、過去十年分のデータを公開し、それ以降四半期ごとに介入データを公表するようになった。これによって、1990年代初め以降の介入が為替相場に与えた効果について、厳密な実証分析を行うことが可能となり、これまで二つの分析が行われた。

 その二つは、介入効果の総合的評価には違いがあるものの、次の重要な点で分析結果が共通して いる。@介入がその日の為替相場に与える影響は非常に小さい(1日1兆円の大規模なドル買い介入で70銭程度円安に)。A90年代前半においては、介入の効果は認められない。B米国との協調介入の場合は効果が大きくなる。こうした分析結果に加えて、以下の点を考慮すると、介入の為替相場に与える影響は非常に限定的なものにすぎないと考えるべきである。

 第一は、93年から大幅な円高が進行し95年4月には ついに1ドル=80円を突破したが、上記Aの分析結果は、この間行われた政府の懸命なドル買い介入がまったく効果を持たなかったことを意味している。為替相場が小幅に変動する時に介入の効果が一定程度あったとしても、大幅な円高進行に介入がまったく効果を持たなければ介入する意味はないといえる。

 第二は、ドル買い介入は円高の輸出への影響を懸念するからで、介入の為替相場への影響は少なくとも3−6カ月程度持続しないと意味がない。しかし、上記の実証分析はともに極めて短期的なインパクト効果を検証しているものであって、その効果が限定的だという分析結果からすると、介入が持続的な効果を持っているとは考えにくい。

 第三に、今の米国は、為替市場介入に否定的な立場をとっており、今後米国が日本と協調介入する可能性は非常に低い。

 

8割を売却し、約5分の1に

 現在日本が保有する外貨準備は他の先進国と比べ、絶対水準(金額)だけではなく、その国の国内総生産などの経済規模や為替市場の規模と比べても、ケタ違いに大きい。比較的高い水準の外貨準備を持つユーロ圏と比べても、GDP比で10倍も違う。これは、これまでに日本が、他の先進国と比べ、頻繁にかつ大規模に外貨買い介入を行ってきたことを反映している。

 次の二点を考慮すれば、日本がとるべき政策は、他の先進国の外貨準備水準を基準にして、現在の異例に高い外貨準備を大幅に引き下げることだといえる。第一に、外貨準備が巨額になれば、その分為替リスクが大きくなるので、政府には外貨準備を低水準に維持する努力が求められる。第二に、日本以外の先進国では、日本より格段と低い外貨準備しか持たずに、特段の問題なく経済運営がなされている。

 いったん外貨準備をため込んだら売ることはできないと考え、運用の積極化を目指すのは間違いである。中国では外貨準備の一部をリスク資産に投資する計画だが、日本政府は資産運用ビジネスに乗り出すべきでない。外貨準備は民間の資金を借りて政府が運用している資産であり、民間が資産運用するより政府がやるほうがうまくいく、というようなことはないからである。

 それでは、具体的にどの程度まで外貨準備を減らすべきであろうか。現在の外貨準備の約八割を市場で売却し、現在の五分の一程度の水準にすることを提案する。その場合でも、他の先進国よりも高い水準の外貨準備を保有することになる。

 為替介入の実証分析をもとにすれば、外貨準備の売却は円高要因となるが、その影響は非常に限定的である。市場の状況を見ながら、徐々に外貨準備の売却を進めるならば、為替市場や米国債市場に大きな影響を与えない可能性が十分ある。現在、円は主要通貨に対して大幅な円安であり、実質実効為替レート(円の総合的な為替レート)で見ると、最近の水準は80年代前半以来の円安である。円安の今は、外貨準備を売却する好機である。

 

 

(注)このテーマ「外貨準備を考える」では、ほかに、伊藤隆敏東京大学教授が寄稿している。

 

 

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