専任教員紹介
   
氏名(専門分野) 身分
研究領域、研究方法。対象としている作家、作品名(原語表記)。主要著書、訳書
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平埜雅久(英語学) 教授
Masahisa Hirano (Linguistics) Professor


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研究室: 33-1208   email: masahisa@waseda.jp (全角の@の代わりに、半角の@を入れて使って下さい)

大島一彦(イギリス文学) 教授
Kazuhiko Oshima (English Literature) Professor


 イギリス小説(18世紀から20世紀前半まで)。現代日本文学(主として小林秀雄を中心とする批評文学、井伏鱒二とその周辺の作家達)。

 基本的に、素直な作品鑑賞を通じて得た感動を拠所にして、参考文献にも当りながら自分なりに考へ、自分なりの文章にまとめる、と云ふやり方をしてゐる。 方法は対象の性質とそのときどきの文章の狙ひによつて変る。イデオロギイ化した方法論は避けることにしてゐる。

 Jane Austen, Oliver Goldsmith, James Joyce, D. H. Lawrence, Virginia Woolf, Katherine Mansfield, H. E. Bates, その他。
 小林秀雄、福田恆存、吉田健一、その他。
 井伏鱒二、小沼丹、庄野潤三、三浦哲郎、その他。

 著書:『ジエイムズ・ジヨイスとD・H・ロレンス』、『英国滞在記』(共に旺史社)、『ジェイン・オースティン』(中公新書・電子書籍)、『寄道−−試論と随想−−』(旺史社)、『小沼丹の藝 その他』(慧文社)。
 訳書:『サイラスおじさん』(H・E・ベイツ作、王国社)、『マンスフィールド・パーク』(ジェイン・オースティン作、キネマ旬報社、中公文庫)、『説得』(ジェイン・オースティン作、キネマ旬報社)。
 編輯(共同):『小沼丹全集』(全四巻および補巻、未知谷)。

 最初から視野の狭い研究至上主義者を目指すよりも、まづは幅の広い、心豊かな文藝愛好家であることが望ましい。

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研究室: 33-1213   email: 使用せず。

アントニー・マーティン(英文学) 教授 文学博士(オックスフォード大学) Anthony Martin (English Literature) Professor D.Phil (Oxford University)



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研究室: 33-1215   email:  amartin@waseda.jp  (全角の@の代わりに、半角の@を入れて使って下さい)
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冬木ひろみ (イギリス文学) 教授
Hiromi Fuyuki (English Literature) Professor



英語・英米文学、文学一般(含文学論・比較文学)・西洋古典を、とりわけシェイクスピアを専門としている。
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研究室: 33-1209   email: fuyuki@waseda.jp 
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岡田俊之輔(イギリス文学) 准教授
OKADA Shunnosuke (English Literature) Associate Professor


 戸山キャンパスに着任した際、私は教職員向けの學内廣報誌に以下のやうな文章を寄せた。

《單に英語が好きだつたので英文科に進んだのだが、元々文化一般に對する漠然とした興味はあり、次第に英語そのものより英米の作家及び廣義の文學へと關心の對象が移つた。一生の師と呼べる教授との出會ひに據る所も頗る大きい。恩師の嚴しい指導が無かつたら、もつと好い加減な學究生活を送つてゐる事だらう。さういふ學問の嚴しさを吾が學生諸君にも傳へたいものだと思ふ。》

 現在、英文學コースへの進級を希望してゐる學生諸君には、やはり嘗ての私と同樣、「單に英語が好き」なだけの者も結構ゐるであらう。が、進級前はそれで一向に構はない。要は、進級後も單なる英語好きで終るか、或は(何らかの「出會ひ」を契機に)樣々なる事象を探求するための謂はば“手掛り”として英語を驅使するに至るか、といふ事だ。
 私の場合は、上掲の引用文にもあるとほり、「次第に英語そのものより英米の作家及び廣義の文學へと關心の對象が移つた」のだけれども、ここに謂ふ「廣義の文學」とは、個々の具體的な文學作品のみならず、それらを産み出した文化の研究をも視野に收めるものである。因みに學部の卒業論文ではジョージ・オーウェルを、大學院の修士論文ではトマス・カーライルを、そしてその後はT.S.エリオット、ジョウゼフ・コンラッド、ハーマン・メルヴィル等を扱つて來たが、その際、作家の個人的な問題と共に、その社會思想的背景も念頭に置きつつ論じた積りである。例へば、西歐個人主義の進展とその末路、機械文明とそれへの反撥、フランス大革命の功罪、共産主義の根本的缺陷、西歐精神の支柱としてのクリスト教、等々。詳しくは以下のリンクを辿つて拙論を閲覽して貰ひたいが、西洋文化は無論の事、飜つて日本文化についても考へるためのヒントを色々とちりばめてある。眞劍にものを考へるとはどういふ事か。「學問の嚴しさ」と樂しさの一端に是非とも觸れてみて欲しい。

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栩木伸明(アイルランド文学) 教授
Nobuaki Tochigi (Irish Literature) Professor


 栩木伸明(とちぎのぶあき)です。大学院文学研究科英文学コースのホームページにも似たような自己紹介を書いているので、少し重複する部分もあるかもしれませんが、ぼくの研究分野について簡単に紹介させてください。

 ぼくが研究しているのはアイルランドの文学・文化です。アイルランドというのは大ブリテン島(イングランド、ウェールズ、スコットランド)の西に浮かぶ島のことで、北海道より少し大きい面積をもつこの島は英領北アイルランドとアイルランド共和国からなりたっています。文化的に言うと、ウェールズやスコットランドと親戚関係が深いケルト系です。一般的には英語が使われていますが、ケルト語の一種であるアイルランド語が本来の土地言葉です。エンヤという歌手をご存じかとおもいますが、彼女が多くの曲で歌っているのはアイルランド語の歌詞です。他方、アイルランド出身のバンド、U2のボノが書く歌詞はもっぱら英語です。そういうわけでアイルランド文化はふたつの言語を抱え込んでいるのです。ついでにあげておくと、ザ・ビートルズ(ポール・マッカートニーのみスコットランド系ですが)やオアシス(最近あまり音沙汰がありませんが)もアイルランド系と言っていいバンドです。

 さて、すこし文学の話をします。バンドでも同じですが、アイルランドの文学は、「英文学」とか「英米文化」という括りの中でその出自があいまいになってしまいがちなのです。このさいですから代表的なスターをあげておくと、『ガリヴァー旅行記』のスウィフト、『ドリアン・グレイの肖像』のワイルド、『ユリシーズ』のジョイス、『グレート・ギャツビー』のフィッツジェラルド、『ゴドーを待ちながら』のベケット、それから劇作家のショーやオニール、詩人ではイェイツやヒーニーといったひとたちがアイルランド人またはアイルランド系の移民です。彼らの多くはイングランドやアメリカやヨーロッパ各地で活躍しましたが、ルーツはアイルランドにあるひとびとです。アイルランドの最高の輸出品は人間(っていうのは半分冗談ですが半分は真実)です。移民とかエグザイルというかたちで故郷は離れても(あるいは故郷を離れるからこそ)、アイルランド文学・文化のネットワークは英語圏全体を広くカバーしているのです。

 アイルランド人はおしゃべりと歌が大好きです。石を投げるとミュージシャンか詩人に当たると言われています。小説も詩も芝居も独特な味わいに定評があり、静岡県くらいの人口しかないのに歴代四人のノーベル文学賞受賞者を輩出しています。ぼく自身は主として詩の研究・紹介をしてきましたが、最近は小説の翻訳などもしています。この文章のすぐ下にある公開データベースをクリックしてくだされば、書いたものや翻訳したもののリストが出てきます。簡単な紹介のつもりが長話になってしまいました。アイルランドのおしゃべり精神が乗り移ったのかもしれません。それではこのへんで!


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江田孝臣(アメリカ文学) 教授
Takaomi Eda (American Literature) Professor


 アメリカの詩を専門にしています。特に19世紀の詩人Emily Dickinson20世紀の詩人William Carlos Williamsを中心に研究しています。
 アメリカの小説を読んだことがある人でも、アメリカの詩には馴染みのない人が多いでしょう。そもそもほとんどの人が、詩は分からない、自分には詩を書く才能も、理解する才能もないと初めから〈思い込んで〉いるのではないでしょうか。詩を書いたり読んだりする能力は天賦のものだという〈偏見〉が、多分、その根底にあるのでしょう。たしかに詩を読むには、散文を読む場合とは違い、論理的思考力の他に、鋭い感性が必要ですが、これはけっして〈天賦〉のものではなく、誰にでも与えられている能力なのです。要はそれを開発するか、埋もれたままにしておくかの違いなのです。スポーツや習い事と同じように、誰でも訓練次第で、一定のレベルまで高めることができるのです。水泳や習字を習い始める前から「自分にはできない」とは誰も言わないでしょう。同じように読む前から、自分には詩は読めないと思うのはおかしなことなのです。(書く能力についても、おそらく同じことが言えるでしょう)。

 詩そのものでさえ苦手な人は、英語で書かれた詩には、なおいっそう腰が引けてしまうかもしれません。しかし、英語を読むことが苦にならなければ、詩の初心者にとっては、日本の詩よりは英語で書かれた詩の方が理解し易いのではないかと思っています。なぜなら英米の詩は、日本の抒情詩より論理的な理解力に訴える部分が、いっそう大きいからです。ただ、散文のように一回読んだだけで分かったと思えるのとは違い、英語で書かれたものに限らず、詩を本当に理解するには、何度も何度も繰り返し読む必要があります。辞書を徹底的に引くだけでなく、考えうる限りのさまざまな方向からアプローチする必要があります。しかし、何日も、何十日を考え続けた果てに、その詩のすばらしさの秘密を〈発見した〉ときの喜びは、何にもたとえようのないものです。脳のふだん使われていない部分が〈耕された〉ことを実感することができます。アメリカの詩を読みながら、そういう経験をしてみませんか。
 より詳しい自己紹介については、個人サイト〈江田孝臣研究室〉(↓)をご覧下さい。

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研究室: 33-1205   email: te21@waseda.jp (全角の@の代わりに、半角の@を入れて下さい)
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堀内正規(アメリカ文学) 教授
Masaki Horiuchi (American Literature) Professor



 授業ではアメリカ文学・文化を教えています(専門はエマソンやメルヴィルなどを中心とした19世紀のアメリカ文学、ジャンルとしては小説・詩・エッセイ)。英文学コースは英語圏の文学・言語・文化を入口(切り口)にして、〈人間〉とは何か・〈世界〉とはどういう場所かを深く考える場です。卒論を最終目標としたみなさんの学びについていえば、文学部17コースの中では、地域的にも、アプローチのしかたも、最も自由度が高いコースであると言えます。グローバルな社会に出ていくためには、ただ英会話が巧みであるだけでは足りません。英語についていえば、日常会話レベルでは今後音声通訳ソフトも出てくるでしょうし、文章の翻訳ソフトも精度が上がって、コミュニケーションだけを考えると誰でもそう不自由しなくなる時代が来るかもしれません。そういう時にほんとうに要求されるのは、高度で複雑な英語表現を、文法的な知も含めて、どれだけ深くこまかく理解できるかです。生きた言葉は必ずしも常に論理的に表されるわけではないし、リズムや飛躍・断絶を孕む表現でもそれを瞬時に把握する能力を持つのが望ましいでしょう。そういう力を養うのに最適な学びの場が英文学コースです。またグローバルな時代になればなるほど、自らのローカルな立ち位置、自分の育った文化にしっかり立つことが求められるのですが、その点でいえば、英文学コースは、翻訳を含めて、日本語で思考することをないがしろにせず、英語と日本語の〈間〉に立って考える力を伸ばすことを目指しています。外国(語)の文学を学ぶことは、自らの〈内〉と〈外〉とを対話させることであり、決して「何人なのかわからないグローバルな人」を育てることではないからです。世界には古今東西の〈すばらしいもの〉、〈知っておきたい・おくべきこと〉が無数に在るのですが、英文学コースという入口は、それを学ぶためにはとても広い領域をカバーしています。あなたは知っていますか?シェークスピアを、マルコムXを、ディケンズを、ボブ・ディランを、『くまのプー』を、合衆国独立宣言を、クリームを、ケルト神話を、ラシュディを、『ウォールデン』を、ジョン・キーツを、ヒッチコックを、ヴァージニア・ウルフを、ハードボイルドを、ジョージ・オーウェルを、セロニアス・モンクを、クリント・イーストウッドを…………


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都甲幸治(アメリカ文学) 教授
Koji Toko (American Literature) Professor


 普段日本語を使って暮らしている私たちがアメリカ文学・文化を学ぶ意味ってなんでしょう。違う世界を知りたいからでしょうか? あるいはただ面白いから? 様々な答えがあると思います。私の答えはこれです。日本とは決定的に異なる歴史や文化を抱えながら、同時代の仲間として、同じ問題を抱えて生きている人々のことを知りたい。それに、実は日本語の世界と英語の世界は完全に切り離されているわけではありません。私が論文「村上春樹の知られざる顔」で書いたように、文学や文化を通じてアメリカと日本は互いに深く影響を与え合っているのです。

 私が専攻しているのは特に新しい、ここ30年くらいの現代アメリカ文学・文化です。専門としている作家は、現代社会で生きる現実感を失っていく人々を扱うドン・デリーロ(Don DeLilloですが、興味を持っているのはそれだけではありません。ポップな前衛作家ポール・オースター (Paul Auster)、男女のすれ違いをシンプルな言葉でつづったレイモンド・カーヴァー (Raymond Carver) などの有名な作家たちから、酔いどれ詩人チャールズ・ブコウスキー (Charles Bukowski)、詩的な文章で西海岸の人々について書いたリチャード・ブローティガン (Richard Brautigan)、行き場のない若者たちを書かせたら右に出るもののないJ.D.サリンジャー (J. D. Salinger)、息苦しいほど濃密な世界を見事に作り上げるカナダの女性作家マーガレット・アトウッド (Margaret Atwood) など多岐に渡ります。

 文学だけではありません。雑誌『英語教育』では「サブカルチャー探検隊」という連載をしていて、テレビドラマ、ドキュメンタリー、アニメ、コメディ、グラフィックノベル、現代美術などさまざまな事象を取り上げています。アメリカ文学・文化にはこのように多くの入り口があります。食わず嫌いはやめて、まずはちょっとでも興味が持てるところから楽しんでみてはどうでしょう。

 私にとっては翻訳も大きな柱です。チャールズ・ブコウスキー『勝手に生きろ!』(河出文庫)、ジョン・アーヴィング (John Irving) 『未亡人の一年』(新潮文庫)、ジョン・ファンテ (John Fante) 『塵に訊け!』(DHC)、DBCピエール (DBC Pierre) 『ヴァーノン・ゴッド・リトル』(ヴィレッジブックス近刊)などの本を翻訳しています。日本とアメリカ、二つの国の言葉や社会を深く考えるためにも、翻訳は有効なツールです。ぜひ書店で手にとってみてください。

 

翻訳

ジョン・アーヴィング『未亡人の一年』(新潮文庫)

チャールズ・ブコウスキー『勝手に生きろ!』(河出文庫)


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