読書備忘録(記憶に残したい本)

古典文学(日本)

·  リービ英雄 『英語でよむ万葉集』(岩波新書、2004年)(全米図書賞を受賞したThe Ten Thousand Leaves: A Translation of the Man Yoshu, Japan's Premier Anthology of Classical Poetry から50篇を厳選し、訳者のコメントを付す。英語の詩としても優れたものになっている。『古事記』『源氏』なども英訳の方が読み易い)

 

·  『伊勢物語』(男と女の恋には今も昔も変わりはありません。原文で読むなら新潮日本古典集成シリーズの渡辺実校注本で。作品の成立過程を論じた解説と附説が充実。)

 

·  『今昔物語集』(岩波文庫全4巻。和漢混交文で書かれており、驚くほど読み易い。古典入門に最適でしょう)

 

·  『宇治拾遺物語』(『今昔物語集』と同様に読み易い)

 

·  鴨長明 『方丈記』(『徒然草』などに比べるとずっと平易)

 

·  『大鏡』(原典で読むのはやや辛いので現代語訳で。京の紫野にあった雲林院の菩提講に参詣した百九十歳の大宅世継が、偶然出会った昔馴染みの百八十歳の夏山繁樹と、雲林院に説教を聴きに集まった善男善女の前で、昔話をするという凝った枠組の歴史物語。八年で退位させられた陽成天皇の奇人変人ぶり、その母高子[たかいこ]の在原業平との醜聞、藤原兼家・道兼父子の策謀によって出家させられた花山天皇の失意、倹約令を徹底させるために藤原時平が天皇と謀って打った大芝居、時平の笑い上戸癖などめっぽう面白い)

 

·  『増鏡』(後鳥羽上皇)

 

·  西行 『山家集』(『日本古典文学大系』第23巻所収の風巻景次郎校注の版で。風巻は、江戸時代の碩学釈固浄の名著『山家集抄』を頻繁に引いている。『山家集抄』の活字翻刻版は、西澤美仁監修・解説『西行研究資料集成』第2巻に「山家集詳解」として収録されている)

 

·  円地文子訳 『源氏物語』(現代語訳。「東屋」、「手習」)

 

·  上田秋成 『雨月物語』「白峰」(西行が讃岐白峰の崇徳院陵を詣でると院の御霊が出現する。夢幻能仕立て。冒頭の書き出しが秀逸。参考、謡曲「松山天狗」。幸田露伴「二日物語」)、「浅茅が宿」「仏法僧」(高野山に参拝した父子が奥の院で修羅道をさ迷う亡き関白秀次主従の亡霊に遭遇する)、「青頭巾」(篤学修行の聞こえめでたい阿舎利が、少年愛に堕ちた果てに、人食い鬼となり、里人を苦しめる。旅の曹洞禅の高僧がこの鬼を教え諭し、成仏させる。冒頭の書き出しと、結末が秀逸))

 

·  和泉式部 『和泉式部日記』(近藤みゆき訳注、角川ソフィア文庫。この文庫版は現代語訳が読み易い。敦道親王との恋愛の始まりから成就まで。歌のやり取り通じて成熟してゆく恋の物語。お互いの心を試す、ときに虚虚実実の応酬が実に面白い。当代一流の風流人であった親王に和泉が愛されながらも、半ばなぶられ、半ばからかわれ、翻弄される場面もある。この親王なかなか大したものだ。親王が美貌よりも歌心を重く見ていることが分かる。それにしても、二人の間を文や返書をもって夜昼かまわず往復させられる小舎人童の労をねぎらいたくなる。「十五 石山詣で」、「十六 有明の月の手習文」、「十七 代作の依頼」、「二十 初霜の朝」、「二十六 疑はじなほ恨みじ」)

 

·  『大和物語』(平安の貴族社会から落ちこぼれた人々をめぐる異色の物語集。「」、「」)

 

·  道綱母 『蜻蛉日記』(上村悦子訳注、講談社学術文庫。藤原道長の父兼家のもうひとりの妻の日記。名前が分からないので「道綱母」と呼ばれる。道長の母時姫と違って文才に恵まれ、和歌の名手。源氏物語に先行する作品だが、源氏を六条御息所の視点から語り直すとこうなると思えるような話である。紫式部も読んでいて、エピソードのいくつかは源氏物語の元ネタになっているようである。

 

·  『堤中納言物語』(三角洋一訳注、講談社学術文庫。全体に飛び切り面白いというわけではない。それでも一番有名な「虫めづる姫君」は掛け値なしに面白い。美が相対的な価値であることがよく分かる。最後に右馬の佐とやり取りする和歌が傑作だ。右馬の佐「かは虫の毛ぶかきさまを見つるよりとりもちてのみまもるべきかな」。返し「人に似ぬ心のうちはかは虫の名をとひてこそ言はまほしけれ」。右馬の佐「かは虫にまぎるるまゆの毛の末にあたるばかりの人はなきかな」。「花桜折る中将」は美しい姫を無理やり盗み出したと思ったら、まちがって尼の祖母を連れ出したという話。作り話臭いが、最後の「御かたちはかぎりなかりけれど」の一文によって救われている。「逢坂越えぬ権中納言」も佳作。この物語集は全体に技巧先行で、あまりに作り物に過ぎて、興ざめな話も含まれる)

 

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近現代文学(日本)

·  福沢諭吉 『福翁自伝』(文学ではないですが・・・。幕末から明治初期は青年にとって、いかに可能性に満ちたエクサイティングな時代であったことか!満ち足りた現代日本の若者には羨ましい時代だろう。『学問のすすめ』より読み易い。この時代の志ある若者の精神史としては、小泉八雲の「ある保守主義者」なども興味深い。また、正反対に同時期の平田篤胤の一門人の悲劇を描いた島崎藤村の『夜明け前』(特に第二部)との比較も面白いだろう)

 

·  森鴎外 「うたかたの記」1886613日の狂王ルートヴィヒ二世の謎の死に想を得た小品。もと菫売り、いまは美術学校のモデル、マリイと日本の画学生のはかない恋の物語。「消えて迹(あと)なきうたかたのうたてき世を喞(かこ)ちあかしつ」。「国王の横死(おうし)の噂(うわさ)に掩(おお)はれて、レオニに近き漁師ハンスルが娘一人、おなじ時に溺れぬといふこと、問ふ人もなくて已(や)みぬ。」)。斎藤茂吉「カフエ・ミネルワ」1923年、ミュンヘン留学中の茂吉は「うたかたの記」のカフエ・ミネルワを探し訪ねる)。

 

  森鴎外 『青年』2年前に出た漱石の『三四郎』と読み比べると面白い)。

 

  森鴎外「阿部一族」(話は肥後熊本藩城主細川忠利[祖父幽斎、父忠興]の思いがけない病死に始まる。病重い主君に、死後の殉死を願い出て18人が許される。許しがなく最後に殉死した阿部弥一右衛門の一族の悲劇が後半に展開する。殉死せずに生き残れば家中で疎んじられるという状況が、インドの寡婦殉死[Sati]によく似ている。忠利が元気なころに死後の荼毘所を決めるくだり、18歳の内藤長十郎元続が殉死の許しを請い、ようやく許されて忠利死後に殉死するくだり、犬牽きの津崎五助の殉死のくだりなど、多様なエピソードに富む)。

 

  「護持院原の敵討」(播磨酒井家の大金奉行、山本三右衛門が金部屋の警護中に、強盗に殺される。息子、娘、叔父に敵討ちの許可が下り、叔父、息子、犯人の顔を知っている渡り仲間[ちゅうげん]の三人が日本中を探し回る。途中、神託によって敵が江戸に戻っていることを知り、探索の末、娘も加わって護持院原で討ち果たす)。 「心中」(鴎外には珍しい怪談。しかしこのタイトルを知って読むと怖さが半減する。登場人物の名前をとって「お蝶」とかにすればよかったのではないか。多くの住み込みの女中を抱える人気料理屋が舞台。これも鴎外には珍しく、言文一致の文体)。 「安井夫人」(これは明らかに未完成の小品。仲平さんの嫁取りのくだりだけが書き込まれており、面白い。あとはほぼ材料を時系列に並べただけで、無味乾燥)。 「ぢいさんばあさん」(仲のいい夫婦が、夫が罪を得たために生き別れとなるが、二人とも七十台になってようやく再会し、仲睦まじく余生を過ごすという人情話)。 「冬の王」(翻訳作品。許嫁を付け回すストーカーを殺し、5年間服役した男の、その後の孤高の人生)。   

 

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·  幸田露伴『五重塔』(日本語は古いが面白いことこの上ない)、「雪たたき」(三部からなる中篇。戦国期の堺が舞台。一気に読ませる傑作。話のきっかけが落語の「雪とん」によく似ている。映画にしてみたいが、今の俳優では台詞が無理だろう)、「蒲生氏郷」(史伝小説。関白秀吉の北条攻めの後、伊達政宗の押さえとして会津に封ぜられた氏郷の史伝。しかし半分くらいは政宗の史伝でもある。司馬遼太郎の歴史小説は多くを露伴に負っていると思わせるところが随所にある)。「平将門」(前半は、従来の将門像を覆そうとする真面目な学問的試みに近く、後半は一転して想像も交えた講談調)

 

·  泉鏡花 「高野聖」(夜の化け物騒動は、「親仁」が好色な「嬢様」を守るため、あるいは旅人を体よく追っ払うために仕組んだいかさま芝居だと思う)、「歌行燈」(成瀬巳喜男と衣笠貞之助がそれぞれ映画化しているが、どちらもハッピーエンド。やはり原作の終わり方の方がはるかによい)、「竜潭譚」「雛がたり」

 

·  小泉八雲 「夏の日の夢」平川祐弘編『日本の心』(講談社学術文庫)所収(熊本に向う人力車の上で、浦島伝説のことを考えながら、若き日のマルティニークでの日々を思い浮かべる。現在と過去が交錯するモダニスティックな幻想小品)

 

·  島崎藤村 『家』1910年出版。大学時代に読み始めてすぐに挫折したが、35年後に再挑戦し、あっという間に読了。自伝的小説。18987月に姉園の嫁いでいた木曽福島の高瀬家を訪問した時から、1909年に高瀬家の総領息子が名古屋で病死するまでを扱う。場所も木曽福島、小諸、伊豆伊東、東京西大久保、浅草新片町、名古屋と移り変わる。1911年の妻の産褥死、その後の姪との近親相姦なども暗示されている。よりモダンで、心理主義的な漱石の小説とはまた違った面白みがある。昔ながらの家制度の問題、遺伝の問題、金銭も絡んだ濃密な親戚間の交際、結婚と恋愛の葛藤、金融資本主義の勃興がもたらした様々な問題、などなど、どれをとっても当時の日本を知る上では最上の材料である。逆に言えば以来日本がいかに変わったかが分かる。2008年夏に訪れた高瀬家資料館や周囲の景観も思い出された)。 『夜明け前』(故篠田一士[岐阜出身]が二十世紀の十大小説のひとつとして絶賛し、一方で東大英文科の同窓である丸谷才一が「小説になる要素を全部逃している」と評した藤村の超長篇小説。篠田は褒めすぎだが、丸谷の「全部逃している」というのも誇張ではないか。歴史的背景を準備するために小説から逸脱して、史伝と見まがう部分もあるが[水戸天狗党事件など]、無心に読んでみてめっぽう面白い。幕末を英雄の観点からではなく、主として木曽馬籠宿の駅長の眼を通して眺めるという発想がよい。藤村はマルクシストではないが、歴史の変化を、経済構造を含む社会の根底の部分から眺めようとしているようでもある。例によって三田村鳶魚が言葉の考証不足をあげつらっているが、藤村とて徳川時代の言葉遣いを忠実に再現すること目指していない。台詞の部分は現代語への翻訳だと思えばよい)「山陰土産」1927年。大阪朝日新聞連載の紀行文。次男鶏二と山陰線沿線を訪ねる。この旅行は新聞に予告されていたか、新聞社が手配したようで、途中、各地の名士、古い知己、熱心なファンに迎えられ、名所を案内されている。78日:大阪発、京都、福知山を経て城崎。城崎は1925523日の北但馬地震から復興中。油とうや泊。79日:圓山応挙の襖絵で知られる香住の大乗寺、岩井の明石屋泊。710日:船で浦富海岸を見物、鳥取小銭屋泊。711日:小銭屋で休養。712日:三朝温泉、岩崎旅館泊。714日:松江、皆美館泊。715日午前:船で松江から境港へ。同日午後:岡田丸で美保関、出雲浦を見物。江角から別の船で掘割である佐多川を通って宍道湖に出て、夜9時に松江帰着。716日:小学校2校、小泉八雲旧居訪問。このあたりから藤村も長旅に疲れてきているようである。717日:不昧公遺愛の茶室菅田庵などを訪ねる。718日:松江発、今市を経て杵築から大社に詣でる。再び今市から山陰線で大田、江津、濱田を経て益田へ。719日:益田の醫光寺、萬福寺で雪舟作の庭園を見る。雪舟終焉の大喜庵にある墓を詣でる。高津町高角山の柿本神社に参拝し、人麻呂を偲ぶ。720日:益田を発って津和野へ。)。「伊豆の旅」1909年発表。38歳の藤村と気の置けない仲間三人が弥次喜多気分で、早春の伊豆半島を、大仁から修善寺、湯ヶ島を経て下田まで、温泉に浸かりながら縦断。湯ヶ島から天城峠までは馬車の上で寒さに凍えたが、天城を下ると菜の花が咲いていた。石廊崎に遊んだ後、船で伊東まで行き、そこの温泉宿に泊まって終わる。後の『家』における伊東の描写はこの旅を基にしているのだろうか)。『』()。『』()。『』()。

 

·  田山花袋 「少女病」(電車の中で美しい少女たちを眺めるだけが生き甲斐の、うだつの上がらぬ中年男を思わぬ悲劇が襲う)。

 

·  近松秋江 「琵琶湖めぐり」1919年。叡山を下りた著者が、堅田から船で時計回りに琵琶湖を巡る。途中竹生島で一泊。漢文調を交えた山と湖水の描写にすぐれる)。 「箱根の山々」1918年。蘆の湯の宿を拠点に、周辺を散策登山しながら駒ケ岳、双子山、明星ヶ岳、明神ヶ岳などの山容をさまざまな角度から味わい尽くす)

 

·  夏目漱石 『彼岸過迄』19121月〜4月、朝日新聞連載。私見では漱石の最高傑作。語り手、視点の異なる6篇の短編「風呂の後」「停留所」「報告」「雨の降る日」「須永の話」「松本の話」から構成される長篇小説。人物描写、心理描写ともに常以上に力が入っている。第2話「停留所」は、文銭占いのお婆さんの予言が実現するなど、漱石には珍しくミステリーじみた作品。主人公敬太郎が黒い中折れ帽の男を市電の小川町停留場で待つ場面が印象に残る。夜の電車が走り去るのをこう表現する――「二人の間に挨拶の交換がもう必要でないと認めたごとく、電力は急いで光る窓を南の方へ運び去った」。成瀬巳喜男に映画化して欲しかった)。『二百十日』190610月、『中央公論』に掲載。)。『行人』191212月〜191311月、朝日新聞連載。話は第2部「兄」から予想もしない方向に展開する。兄弟と嫂の問題含みの関係が驚くほど濃密な筆致で描き出される。連載小説読者の興味を持続させる技巧は見事である。しかし、暴風のために弟と嫂が和歌山の宿に一泊せざるを得なくなる部分はいささかやり過ぎか。第1部で三沢が入院する大阪の胃腸病院は、1911年、関西公演中の漱石自身が胃潰瘍の悪化で入院した湯川病院をモデルにしているのだろうか。また、妻との不仲に悩み、精神に異常を来たす長野一郎には漱石自身のノイローゼ体験が反映されているのだろうか)。『道草』191569月、朝日新聞連載。自伝的な作品とされる。愉快な作品ではないが、漱石[健三]の生い立ち、妻および養父との関係を知る上では興味深い。健三と妻の険悪な関係は、『行人』の一郎と妻の関係に酷似しているが、この作品では妻の側の立場・見方も想像的に斟酌され、より相対的な視点から二人の関係を眺めようとしている)。『草枕』19069月、『新小説』に掲載。高校の時初めて読んだ。第1章は、よくも高校の時に読めたものだと呆れる位、難しい。第5章の江戸っ子の床屋とのやり取り、床屋と禅寺の小坊主との応酬が絶品。まるで落語に出てくるような親方だ。画工の主人公をからかう那美の奇人ぶり、それを芸術上の一種の趣向と見立てる画工の余裕ある態度も痛快だ)。『それから』1909610月、朝日新聞連載。高校のとき二度読んだ数少ない本のひとつ。そうしたら、大学入試のとき、国語の一問に偶然出題されて驚いた。もちろん解答はパーフェクト。他の問題を解く時間を稼ぐことができた)。『門』191036月、『朝日新聞』連載――「おれみたような腰弁は、殺されちゃ厭だが、伊藤さんみたような人は、哈爾賓[ハルピン]へ行って殺される方がいいんだよ」と宗助が始めて調子づいた口を利いた。」)。『吾輩は猫である』19051月〜19068月、『ホトトギス』連載。問:吾輩の餌皿は何で出来ているか? 答:鮑貝の殻――「晩餐に半ぺんの煮汁で鮑貝をからにした腹ではどうしても休養が必要である」、「へっついは貧乏勝手に似合わぬ立派な者で赤の銅壺がぴかぴかして、後ろは羽目板の間を二尺遺して吾輩の鮑貝の所在地である」、「吾輩は主人と違って、元来が早起の方だから、この時すでに空腹になって参った。とうていうちのものさえ膳に向わぬさきから、猫の身分をもって朝めしに有りつける訳のものではないが、そこが猫の浅ましさで、もしや煙の立った汁の香が鮑貝の中から、うまそうに立ち上っておりはすまいかと思うと、じっとしていられなくなった」。私的には第5章が面白い。泥棒に入られた後、盗品の一覧を作成する時の夫婦のやり取りには抱腹絶倒する。最終章にはこんな一節がある――「「とにかくこの勢で文明が進んで行った日にや僕は生きてるのはいやだ」と主人がいい出した」。)「趣味の遺伝」19061月、『帝国文学』掲載。やや推理小説じみた短編。新橋駅で乃木将軍の凱旋[短編執筆の直前]を目にした主人公は、旅順で戦死した友人の墓所を訪れ、そこで墓に花を供える謎の美人を目撃する。その正体をいかに突き止めたが語られるうちに、この短編の題名の意味が判然とする仕掛け。「趣味」は"taste"の和訳、今で言う「好み」と同義)。「思い出す事など」(修善寺での大量吐血の前後の克明な記録。自分の闘病生活を正面から取り上げる。随所に自作漢詩と俳句を配する名文)。「正岡子規」(子規没後しばらくして記した回想。同い年でありながら、兄貴風を吹かす子規の破天荒な生き方を、おそらくかなりの誇張とわずかな嘲笑を交えて、面白おかしく回想する)。「子規の画」(躁状態で書いたかとも思える上記の「正岡子規」とは一転して、しんみりと寂しさの漂う回想記)。「『吾輩は猫である』中篇自序」(「子規の画」よりも一層読む者の涙を絞る子規回想を含む。漱石は『猫』と俳句二句を亡き友に捧げている。逸文)。ちなみに、子規の「墓」は、自分の死後の葬儀や埋葬を、まるで他人事のように面白おかしく落語調に空想した、これも逸文。「文士の生活」(作家としての自分自身の生活について率直に語っていて貴重――「一体書物を書いて売るという事は、私は出来るならしたくないと思う。売るとなると、多少慾が出て来て、評判を良くしたいとか、人気を取りたいとか云う考えが知らず知らずに出て来る。品性が、それから書物の品位が、幾らか卑しくなり勝ちである」。「朝は七時過ぎ起床。夜は十一時前後に寝るのが普通である。昼食後一時間位、転寝[うたたね]をする事があるが、これをすると頭の工合の大変よいように思う」。)「僕の昔」(自伝的短文。子供の頃の馬場下町や夏目家のこと、学生時代に早稲田の専門学校で英語を教えたことなどについて語っている)。「満韓ところどころ」(満州・韓国紀行。1909年秋の旅行に基づく。『朝日新聞』に10月末から年末まで連載。実際には韓国訪問の記事はない。第11節に、『猫』に出てくる多々良三平の出身地を筑後久留米から肥前唐津に改めた経緯が出てくる)。ところで、漱石の生家は現在の新宿区喜久井町の夏目坂にあった。夏目家は江戸時代以来この付近の有力な名主であった。「喜久井」は夏目家の家紋[井桁に菊]に由来し、「夏目坂」は名主夏目家に因むもので、漱石の少年時代には、もうこの名で呼ばれていた。「自転車日記」(倫敦で自転車に乗る訓練を受け、結局、挫折した経験を自虐的に面白おかしく綴る。当時の自転車にはブレーキが装備されていなかったようである。「・・・人間万事漱石の自転車で、自分が落ちるかと思うと人を落とす事もある・・・」) 『明暗』(「おれ達は父母から独立したただの女として他人の娘を眺めた事がいまだかつてない。だからどこのお嬢さんを拝見しても、そのお嬢さんには、父母という所有者がちゃんと食っついてるんだと始めから観念している。だからいくら惚れたくっても惚れられなくなる義理じゃないか。なぜと云って御覧、惚れるとか愛し合うとかいうのは、つまり相手をこっちが所有してしまうという意味だろう。すでに所有権のついてるものに手を出すのは泥棒じゃないか。そういう訳で義理堅い昔の男はけっして惚れなかったね」[31章、藤井の説]

 

·  芥川龍之介 「寒山拾得」(超短編だが、シビれる。運慶や寒山拾得が明治末年の東京に生きているという話。荒唐無稽かつ意味深。この話の鍵は、話者が電車の中で読んでいる小説がロシアの政治小説だということだろう)。「開化の良人」(大正81月。芥川の中篇では一番面白く読めた[教科書にも載る「鼻」とか「芋粥」はまったく好きになれない]。西洋的な「愛(アムウル)のある結婚」に固執し、それを成就したと信じたフランス帰りの三浦直樹という男の、その後の幻滅の次第を、三浦の友人である本多子爵が、小説の語り手である「私」に語る。語りの枠組が凝っている)「あの頃の自分の事」(大正7年。帝大時代の「新思潮」の仲間たちとの交友を小説風に回想。勉学にはあまり身が入らぬが、創作には熱い心をたぎらす学生たちの生活が簡潔ながらリアルに描かれる。初めて谷崎潤一郎を見たときの印象が興味深い――「それは動物的な口と、精神的な眼とが、互に我を張り合つてゐるやうな、特色のある顔だつた」。成瀬正一は芥川の前では自分の母親のことを、「ムツタア」とドイツ語で呼んでいる)。「佐藤春夫氏」(好敵手の佐藤春夫が自分のことをしばしば誤解したと語る――「又震災後に会つた時、佐藤は僕にかう云つた。「銀座の回復する時分には二人とも白髪になつてゐるだらうなあ。」これは佐藤の僕に対して抱いた、最も大いなる誤解である。いつか裸になつたのを見たら、佐藤は詩人には似合はしからぬ、堂堂たる体格を具へてゐた。到底僕は佐藤と共に天寿を全うする見込みはない。醜悪なる老年を迎へるのは当然佐藤春夫にのみ神神から下された宿命である。」)。「父」(大正53月の作。肺結核で夭折した中学の同級生能勢五十雄の思い出)。「大正十二年九月一日の大震に際して」(関東大震災の直前の八月、鎌倉に遊んだ時、季節外れの藤、山吹、菖蒲が咲いているのを見て、これはただ事ではないと感じた、という)。「本所両国」(昭和2年、1927年。芥川版日和下駄。生まれ育った本所両国の地を、震災後初めて歩いて回る。生まれ育っただけに、荷風以上に土地勘があることが分かる。それでも、震災ですべてが焼け、工業化が始まりつつある町[金銭を武器にする修羅界]を見て、「元湘日夜東に流れて去り」、「流転の相の僕を脅かす」のをまざまざと感じる)。「追憶」(大正153月〜昭和21月。もの心ついた頃から中学までの本所界隈、友人知人にまつわるやや詳細な思い出)。「或阿呆の一生」(昭和26月、久米正雄に宛てた遺稿。三人称で語る摩訶不思議なパスティーシュ風の自叙伝)。()。()。()。()。

 

·  芥川龍之介 「本の事」(特に「かげ草」という節。夢の中で三越書籍部に立ち寄り、森鴎外の「かげ草」の架空のQuarto版が売られているのに出会う)。

 

·  芥川龍之介 「妙な話」(東京とマルセイユを瞬時に移動できる超能力を持つ赤帽についての怪談じみた話)

 

·  内田百閨@『私の「漱石」と「龍之介」』(ちくま文庫、1993年。巻末解説の野上彌生子の日記からの抜粋が面白い。「虎の尾」(滅多に洒落を言わない漱石もまれに洒落を言った。弟子たちと一緒に牛鍋を食ったとき、弟子たちが「箸を構へて、煮えるのを待ってゐると、先生は先に一口食べて、云うのである。「君達はなべ食はないか」」)。「漱石遺毛」(漱石に道草の書き潰し原稿をもらった百閧ヘ、原稿に抜いた鼻毛が何本も植えられているのを見つけ、自分の漱石コレクションに加える)。「漱石先生臨終記」(臨終の様子、その後のデスマスクの型取り、解剖、葬儀のことに詳しい。)。「掻痒記」(早稲田南町の漱石自宅前の様子――「先生の書斎から続いた庭の崖下を流れている深い溝が、横町を横切り、木の橋が架かっている。その橋の手前の泥溝縁にある小さな床屋に、思い切って這入って行った」)。「湖南の扇」、「亀鳴くや」(自殺の二三日前に、最後に親友芥川龍之介に会ったときのことを回想した短文。なかなか感動的。麻薬の摂取過多で半醒半睡状態だった。内田によれば、自殺の理由はいろいろあったにせよ、その夏の猛暑が嫌になって死んだという)。漱石の思い出については、高浜虚子の長文の「漱石氏と私」(1917)も興味深い。松山時代の漱石の立ち居振る舞いと『坊ちゃん』の主人公のそれとが対照的であるとしている。また、虚子と一緒に始めた連句俳体詩作りが、『猫』の誕生につながったとしている。この長文の回想記には、漱石から虚子に宛てた多数の手紙が引用されている。同じく虚子の「京都で会った漱石氏」では、一緒に都踊りを見物し、一夜祇園に遊んだことを回想している。旅館の女中に対する漱石の態度に異常性を見出している。夫の能楽研究家豊一郎が漱石山房に通っていた野上弥生子の回想記「夏目漱石」(晩年の随筆集『花』[1977]所収)も、また、漱石の異常性にも言及しており、崇拝者とは違った冷めた辛口の見方をしていて面白い。ちなみに、漱石は、弥生子が小説に転じる前に訳したトマス・ブルフィンチの『伝説の時代』(後に『ギリシア・ローマ神話』と改題)に序文を寄せたことがあった。「」

 

·  内田百閨@「サラサーテの盤」(文庫本で30頁足らずの短編。鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』(1980)の原作。映画は原作と比べると教訓臭い)

 

·  寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」(熊本の五高時代に俳句の手ほどきを受けて以来親炙した夏目漱石についての回想。漱石の人間的な魅力を次のように述べていて印象的、感動的――「しかし自分の中にいる極端なエゴイストに言わせれば、自分にとっては先生が俳句がうまかろうが、まずかろうが、英文学に通じていようがいまいが、そんな事はどうでもよかった。いわんや先生が大文豪になろうがなるまいが、そんなことは問題にも何もならなかった。むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうがよかったではないかというような気がするくらいである。先生が大家にならなかったら少なくももっと長生きをされたであろうという気がするのである」)

 

·  野上豊一郎 「大戰脱出記」(野上は、妻彌生子同伴の欧州旅行中に第二次世界大戦勃発[193991]に遭遇。緊迫した空気の中を避難民を満載した列車でパリを脱出し、ボルドーで待ちに待たされて日本の客船に乗るまでのひと月間の克明な記録)。「エトナ」(シシリア島のタオルミナにあるギリシア円形劇場の描写を読むと、無性に行きたくなる)。「レンブラントの国」(すぐれたレンブラント論)。 「七重文化の都市」、「処女の木とアブ・サルガ」(エジプト訪問記。歴史の薀蓄に富む)。 「」()。

 

·  野上彌生子 『秀吉と利休』()。『欧米の旅』(岩波文庫、全3巻。)。『迷路』()。『森』()。

 

·  内田魯庵 『思い出す人々』「二葉亭四迷の一生」、二葉亭の評伝。シビれるような名文である。その他「二葉亭四迷余談」、「二葉亭追録」、「斎藤緑雨」、「鷗外博士の追憶」などどれも驚くほど面白い)。

 

·  薄田泣菫「中宮寺の春」(超短編。晩年斑鳩に隠棲し、その磊落な「雷親父」ぶりで数々の逸話を残した元天誅組志士、北畠治房老男爵を活写。古寺巡礼ものとしては和辻哲郎、堀辰雄などがよく知られているが、泣菫も面白い。他に「西大寺の伎藝天女」「飛鳥寺」などもおすすめ。いずれも短い)。

 

·  薄田泣菫 「利休と遠州」(茶入れの名器「雲山」をめぐって、冥界の利休と小堀遠州が言葉を交わす)。

 

·  室生犀星 「三階の家」(初めから怪談と思って読んでいれば、それほど怖くもなかったかもしれないが・・・ちょっと無類の怖い話)。「性に目覚める頃」(少年期の回想。毎日お詣りに来ては賽銭泥棒を働く美しい女。結核で夭折した文才ある、女たらしの親友)。

 

·  正宗白鳥『自然主義文学盛衰史』(白鳥の語りの妙!)。

 

·  与謝野晶子 「私の生い立ち」(堺での少女時代の思い出。女学校時代、「早稲田文学」を「せわだぶんがく」と間違って覚えていた話など。)。「産褥の記」1911年の二度目の双子出産の苦しみについて記す――「漸く産後の痛みが治つたので、うとうとと眠らうとして見たが、目を瞑ると種種の厭な幻覚に襲はれて、此正月[19111]に大逆罪で死刑になつた、自分の逢つた事もない、大石誠之助さんの柩などが枕許に並ぶ」。「産後の痛みの劇しいのと疲労とで、死んだ子供の上などを考へて居る余裕は無かつた。・・・実際其場合のわたしは、わが児の死んで生れたと云ふ事を鉢や茶椀が落ちて欠けた程の事にしか思つて居なかつた」。「悪龍となりて苦しみ、猪となりて啼かずば人の生み難きかな」。)。「姑と嫁について」(新聞で大々的に報道された嫁による姑傷害事件を契機に、無教育で旧弊な姑について考える――「僧侶や牧師は非現代的な迷信の鼓吹者であり、そして最も彼ら老婦人に受のよい僧侶や牧師は一種の幇間に堕落している。そしてそれらの老婦人の多数は寺院を嫁の悪口の交換所とし、嫁に食べさせる物を吝んで蓄めた金を寄附して、早晩滅亡する運命を持っている両本願寺のような迷信の府を愚かにも支持しようとするに過ぎない」。)。「新新訳源氏物語」(「私は源氏物語を前後二人の作者の手になったものと認めている・・・」。「前の作者の筆は藤のうら葉で終り、すべてがめでたくなり、源氏が太上天皇に上った後のことは金色で塗りつぶしたのであったが、大胆な後の作者は衰運に向った源氏を書き出した」。「竹河の巻の初めに、この話は亡くなった太政大臣家に仕えた老女房の語ったことで「紫のゆかりこよなきには似ざめれど」と書いてあるのは、前篇を書いた紫式部の筆には及ばぬがということで、注釈者たちが紫の上のことにしているのは曲解なのである。子孫のない紫の上と別の家のこととを比較するのはおかしいではないか」)。「」()。「」()。

 

·  斎藤茂吉 「日本大地震」192391日の関東大震災を、茂吉は留学先のミュンヘンで知った。正確な情報がなかなか入らずヤキモキした。富士山頂が吹き飛び、伊豆大島が海中に没したという出鱈目な情報もあった)。 「結核症」(1926年。「総じて結核性の病に罹(かか)ると神経が雋鋭(しゆんえい)になつて来て、健康な人の目に見えないところも見えて来る。」、「若(も)し結核性の病で倒れずに、病に罹(かか)りながら五十年も文学者的活動を続けられるものならば、興味あることに私は思ふが、佳境に入れば死んでしまふし、癒(なほ)つてしまへば平凡になつてしまふからやはり駄目である。」)「島木赤彦臨終記」19265月、「改造」。赤彦が如何に皆に慕われていたかがよく分かる)。「」()。「」()。

 

·  直木三十五 「死までを語る」426ヶ月で書いた貧乏半生記。第14――「一旦読んで忘れたものは、読まずに知らぬのと、丸でちがう。何か、機にふれると、ふっと思出す。必要があると、ああそうだったと思うことがあるし――この点に於て、読んで忘れて、現在零なのと、知らぬから零なのとは、天地のちがいである」。第22――「この下宿へ落ちついたが、下宿から、中学の庭を透して見える、小汚い生垣の、傾いたような家が、夏目漱石氏の旧居で「猫」は、あすこで書いたんだよ、と、藤堂が説明してくれた。汚い下宿であったが、その旧居が見えるのが、誇りのような気がして、そこにいた。」)。「貧乏一期、二期、三期 わが落魄の記」(これまた貧乏自叙伝)。 「ロボットとベッドの重量」(昭和63月発表。近未来SF小説。死に瀕したロボット設計技師の夫が、若く美しく多情な妻のために女性を愛する能力を持つロボットを完成させるが、そのロボットにはもうひとつ恐るべき機能が付加されていた。この当時、すでにロボットの未来についてここまで想像されていたのかと驚く)。『』()。 『』()。

 

·  中島敦 「名人伝」(何度読んでも抱腹絶倒!)、「弟子」(孔子とその弟子のひとり子路の話。結末は涙なしには読めない。中高の教科書にしばしば掲載される「山月記」「李陵」よりも、この二篇の方がはるかに面白い。ただし教科書に載らないのはそれなりの理由あり) 「狼疾記」(形而上学的貪欲に苦しむ男の話。おそらく自伝的。「女や酒に身を持ち崩す男があるように、形而上的貪慾のために身を亡ぼす男もあろうではないか。女に迷って一生を棒にふる男と比べて数の上では比較にはなるまいが、認識論の入口で躓いて動きが取れなくなってしまう男も、確かにあるのだ」)。『』() 「鏡花氏の文章」(鏡花を絶賛――...私がここで大威張りで言いたいのは、日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ。ということである」) 「悟浄出世」、「悟浄歎異」(中島版西遊記。内向的な文学青年にありがちな青年期の苦悩と憧憬をよく反映している)。「斗南先生」(周りから自分に似た性格と言われる、失敗者の伯父の晩年の数ヶ月を回想する――「伯父は幼時から非常な秀才であったという。六歳にして書を読み、十三歳にして漢詩漢文を能くしたというから儒学的な俊才であったには違いない。にもかかわらず、一生、何らのまとまった仕事もせず、志を得ないで、世を罵り人を罵りながら死んで行ったのである」)。

 

·  太宰治 『右大臣実朝』1943年。長篇小説。『吾妻鏡』を基にしながらも、実朝を、執権北条義時とは対照的に、尊王の念の強い将軍として、実朝の小姓による語りを通して描き出す。この歴史小説の魅力の半分は、格上の聞き手を相手にしたその丁重で穏やかな語りにあるが、終末部の実朝の小姓と公暁との対話だけが近代小説的。末尾は『承久戦物語』から実朝暗殺の段を引用して終わる)

 

·  大峰古日(柳田國男) 「影がたり」()

 

·  永井荷風 『つゆのあとさき』()

 

·  永井荷風 『日和下駄』1915年。別名「東京散策記」。大正3,4年の、すなわち震災前の東京風景。第章:7章「路地」:路地生活の効用――「新聞買わずとも世間の噂は金棒引の女房によって仔細に伝えられ、喘息持の隠居が咳嗽は頼まざるに夜通し泥棒の用心となる」。8章「閑地」:東京府中に手つかずの自然が残るのは荷風の嫌いな陸軍のお蔭(?)――「晩秋の夕陽を浴びつつ高田の馬場なる黄葉の林に彷徨い、あるいは晴れたる冬の朝青山の原頭に雪の富士を望むが如きは、これ皆俗中の俗たる陸軍の賜物ではないか」。9章「崖」:団子坂頂の森鴎外の居邸「観潮楼」を訪問。二階の書斎で思いがけず上野の鐘の音を聴き、驚く。鴎外の書斎のありようが興味深い)。

 

·  種村季弘 『江戸東京《奇想》徘徊記』(初版、2003年。著者死没前年の刊行。朝日文庫版、2006年。種村版日和下駄。よく読み、よく歩き、よく訪ね、一日の仕事の終わりにはちょっと一杯。荷風の詩情はないが、文献情報と洒脱な薀蓄に富む。荷風と違って、物故者含めて友人知己の名前が無数に出てくる。交友の幅広さが分かる。著者の生まれ育った池袋・大塚辺には特に詳しい。東京散策の必携書)

 

·  岡本綺堂 『三浦老人昔話』(『半七捕物帳』のインフォーマントであった半七老人[仮名]の、そのまた友人である三浦老人が語った幕末期の江戸の実話を集める。「鎧櫃の血」、「置いてけ堀」など怪談じみた話も含む。滅法面白い)。『綺堂むかし語り』(回想録と紀行文を収録。最初の十数編では、綺堂が少年だった明治前期の東京を振り返る。明治半ばにいかに東京の街が激変したかについて詳しい。「御堀端三題」、「ゆず湯」など特に興味深い。残りは日露戦争従軍記、日本各地の紀行文、ロンドンとフランス紀行。大震災罹災とその後の暮らしについての文章も興味深い)。 『修善寺物語』(源頼家の暗殺を主題とする戯曲。新井旅館に残る古い能面にヒントを得た)。「秋の修善寺」(「おいおいに朝湯の客が這入って来て、「好い天気になって結構です」と口々にいう。なにさま外は晴れて水は澄んでいる。硝子戸越しに水中の魚の遊ぶのが鮮かにみえた」――綺堂がしばしば逗留した修善寺の新井旅館にある天平大浴場[国の登録文化財]は、外の池の水面より低い位置に作られている。池に面したガラス窓は水族館の水槽のようになっており、浴槽から遊弋する魚の姿が眺められる)。「春の修善寺」(「秋の修善寺」の続編)。「寄席と芝居と」(明治期の落語と芝居の関係について詳説する。円朝の話の多くが戯曲[狂言]化され、好評を博した。少年期の寄席や劇場体験に基づいて書かれている)。「深見夫人の死」(蛇の呪いに祟られた、広島県のKの町[現広島市河内町か]出身の三好兄妹の不可思議な死をめぐる推理小説仕立ての怪談。短編ながら、話は日露戦争前年に始まり関東大震災翌年にまで及ぶ。後の横溝正史を思わせる) 「読書雑感」(昭和9年。円本、岩波文庫等の各種廉価文庫が出る以前の読書の苦労。郊外の蔵書家を訪ねて本を読ませてもらった際の厚遇冷遇の思い出 。綺堂は震災で雑記帖、日記、蔵書など一切を失った)。「風呂桶を買うまで」(震災で麹町の家を失った綺堂一家は、鬼子母神、麻布十番、百人町を転々とする。各町の湯屋事情) 「十番雑記」(昭和12年発表。二十年前の震災後に一時移り住んだ麻布十番での大正12年末までの慌しい生活について綴った随筆。「十番随筆」には収録されなかったもの) 「九月四日」(大正139月発表。震災1年後に、麹町の家の焼跡を訪れる。一面すすきが生い茂る。幾人かの知人と出会い、罹災後に病死した人が多いを知り、驚く) 「二階から」(大正4年発表。麹町時代の随筆10本と怪談1[妖狐]。震災で焼けた二階の書斎のからの眺め) 「三崎町の原」(現神田三崎町三丁目[水道橋駅の南の地域]は明治初年には陸軍の練兵場で、一面の草原で野犬、追剥ぎが出没した。麹町元園町からそこを通って本郷の春木座に毎月通って芝居を見た思い出)。「一日一筆」(明治4412月、451月発表。兜町の喧騒、先ごろ逝去したヘボン先生の和英字書の思い出、お台場の景色) 「久保田米斎君の思い出」(昭和126月発表。舞台芸術家久保田米斎を忍ぶ長文の追悼文。舞台装置作りの難しさ、苦労) 「はなしの話」(昭和127月発表。歯無しの話。綺堂は生来、歯が弱かった。この年、上の歯は総入れ歯となった。それぞれ満州の野とインド洋に葬られた二枚の奥歯にまつわる回想) 「こま犬」(怪異談。四国讃岐のとある村の荒れ果てた明神跡の、夜啼き石と噂される礎石の上で、二晩続けて隣町の中学校教員と若い女が死んだ。男は病死らしく、女は自殺であった。村の衆がその礎石を掘り出してみると、傍らに立派な狛犬が埋められており、その首には黒い蛇が巻きついていた) 「ゆず湯」(自伝的名品。麹町元園町の隣家に住んでいた兄妹の話。狂女の妹を抱えた大工の徳さんの悲壮な生涯)。「西瓜」(怪異談。風呂敷に包んだ西瓜が女の生首に変わる話と、なぶり殺された西瓜泥棒の老女の呪いをめぐる話) 「鳥辺山心中」(秀忠上洛に付き従った江戸の武士が祇園の店出しの若い遊女お染に同情したがために、同輩の弟を殺すに至る。その結果、お染と鳥辺山で心中する羽目に) 「蜘蛛の夢」(蜘蛛賭博に狂った叔父が一家に悲劇をもたらす) 『五色蟹』(怪異談。伊豆の温泉旅館の浴場で美貌の女学生が溺死する。五色蟹の祟りか) 『青蛙堂鬼談(せいあどうきだん)』12編の怪異談を集める。青蛙堂主人の呼びかけで12人の男女が語る。面白過ぎて、読み出したら止まらない) 「火に追われて」(関東大震災当日の回顧) 「有喜世新聞の話」(京橋築地の土佐堀で大鯔(おおぼら)が網にかかった。その鯔の腹のなかから女文字で「之助様、ふでより」と書かれた手紙の状袋が出た。非常に凝った作りの怪異談。隣家同士の若い男女四人の間の恋のもつれから三人が毒を仰いで[のまされて?]死ぬ。)

 

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·  高村光雲 『幕末維新懐古談』(岩波文庫。光太郎の父で木彫師の光雲の自伝。この当時の回想記としてはめっぽう面白い。激動期の江戸・東京を背景にした一工人の生活実態が、鮮やかに浮かび上がる。晩年自宅で口述筆記させたもので、それゆえ読み易い。浅草周辺の「名高かった店などの印象」、慶應元年の「浅草の大火のはなし」、「家内を貰った頃のはなし」、本所五ツ目の羅漢寺の「蠑螺堂百観音の成り行き」、木彫りの矮鶏が明治天皇のお目に留まった話、「栃の木で老猿を彫ったはなし」など特に面白い)

 

·  国木田独歩『武蔵野』1898年、『今の武蔵野』として発表。当時独歩が寓居していた渋谷村の道玄坂付近は、東京市が終わり、武蔵野が始まる境だった。最後の第9章にその道玄坂付近と思われる描写がある。「春の小川」たる渋谷川が流れていた頃である。今日の渋谷からは想像もできない)。

 

·  有島武郎 生まれ出づる悩み(『惜しみなく愛は奪う』を先に読んだ人は、この作品にも同じような主題を期待するかもしれないが、少々違う。漁夫画家、木田金次郎をモデルとする小説。芸術か生活かの葛藤に苦しむ若き漁夫画家とのと出会い、作者が想像する岩内の貧しい漁夫の生活。漁師一家が嵐のために危うく遭難しかける部分を描く筆力は尋常ではない。木田は有島の情死後、画業に専念した。) 『小さき者へ』(結核で母を失った三人の子どもたちに遺す書) 『惜しみなく愛は奪う』(第16章、「愛の表現は惜みなく与えるだろう。然し愛の本体は惜みなく奪うものだ。」 『』() 『』()

 

·  岡本かの子 「東海道五十三次」1938年。一見自伝風だがまったくのフィクション。親子二代にわたって東海道漂泊の旅に憑かれた作楽井父子の生き方が印象に残る)。

 

·  八木義徳 「海豹」(二人の青年が戦前の樺太漫遊中に一文無しになり、鮭鱒缶詰工場で働く羽目になる。亡命ロシヤ人貴族とアイヌ女性の間に生まれた混血娘をめぐって二人が競う。著者の処女作だが、驚くべき筆力だ)、「一枚の繪」()、「浮巣」()、「釘」(昔の恥ずかしい言動を思い出すたびに「アチチチ」と言ってしまう主人公。こういうのってありますね)。「風祭」(自伝的小説。庶子である志村伊作が、甲府市近郊の一念寺の父好之の墓を二十二年ぶりに訪ねる。従弟との出会い。東京での異母兄との交流)。

 

·  島村利正『奈良飛鳥園』(仏像写真撮影のパイオニアで、奈良の古美術写真館「飛鳥園」創業者、小川晴暘についての実名伝記小説。著者は小川の弟子。奈良の古寺、仏像の愛好家にはたまらなく面白い。恋愛小説の要素もある。とくに飛鳥園創業までの前半が面白い。少年時代の写真修行、写真業と画家志望の葛藤、文展入賞、大阪朝日入社、二人の女性との出会い、アルプス撮影旅行、奈良転居、頭塔の石仏撮影、会津八一との出会い、八一と同伴の春日山石仏撮影、東大寺三月堂の仏像撮影、失恋、下宿先の歳上の未亡人久子との結婚、朝日新聞退社と飛鳥園の創業、「仏教美術」の刊行。)

 

·  井伏鱒二 「遥拝隊長」(戦後の民衆心理がよく出ている)

 

·  谷崎潤一郎 『少将滋幹の母』(しょうしょうしげもとのはは。194950年、毎日新聞連載。谷崎の最高傑作のひとつではないだろうか。十一話(章)から成る。平安初期の色好みの歌人平中[平貞文]は、老大納言国経の若く美しい妻[在原氏]とひそかに契りを結ぶ。その自慢話を聞いた左大臣藤原時平が、地位と権勢に任せて、かつ堂々と、この妻を奪い取る[譲り受ける]。その後に、後日談がいくつか続く。その後日談のうち、今昔物語第三十巻所収の話を翻案した平中と侍従の君の話(「その六」)が最高に面白い。スカトロジー文学の傑作だ。亡き芥川龍之介も谷崎に先立ってこの素材を翻案し、「好色」(大正10年、1921年)という短篇を書いているが、明らかに谷崎は芥川に対する対抗心をもってこの部分を書いている。面白い素材をさきにものされたのが悔しかったのだろう。侍従の君は源氏を含む古典文学に登場するどの上臈よりも知的で、機知に富み、魅力的ではないか。「その十一」の、国経と若い妻との間に生れ、早くに母と別れた少将滋幹が、四十年を隔てて、母と再会する最後の場面の美しさは比類がない。女への未練を断つために大納言は自覚的に、平中は知らず知らずに、仏教でいう不浄観[不浄なものを観ずること]を実践するが、結局は失敗する。いかにも谷崎らしい)。

 

·  谷崎潤一郎 『卍』(まんじ。ちょっと変な大阪弁らしいが、その語りが絶品[岡崎京子の漫画『ヘルタースケルター』の三角関係って、この小説に触発されていないだろうか?]。同工異曲の中篇の傑作「蘆刈」は語りのフレームワークに凝っている)

 

·  谷崎潤一郎 「白昼鬼語」(エドガー・A・ポウばりの犯罪小説の傑作。どんでん返しに次ぐどんでん返し)。

 

·  谷崎潤一郎 「秘密」(谷崎の扱う素材はどれも「尋常」ではないが、この短編の場合は際立って異常ではないか。主人公はほとんど発狂寸前と思える。厭世に起因する隠遁、女装しての徘徊、昔の女との邂逅、目隠しをされて人力車で連れ回されるなどなど。)。

 

·  谷崎潤一郎 『細雪』(超大作だが、寝食を忘れて読んでしまうほど面白い。ただ高校生、大学生男子の場合はそうもいかないかもしれない。中年になってから始めて面白く読める作品ではないか。また、一見どうでもよいような細部に対する凝り方が面白い)。

 

·  谷崎潤一郎 『吉野葛』(紀行文と母恋い小説の複合した作品。紀行文は後南朝の自天王の旧跡巡りに関するもの。映画化すればいいものが出来たかもしれないが、しかしそれも高度成長以前の日本でのロケが必須であったろう)。

 

·  谷崎潤一郎 『聞書抄、第二盲目物語』(凝りに凝った語りの構造が際立つ。ヘンリー・ジェイムズの「ねじの回転」のプロローグの構造を連想させる)。『盲目物語』(盲人の一人称の語り。『第二盲目物語』に比べてはるかに構造は単純。信長の妹お市に仕えた座頭が語る、お市とお茶々の生涯。座頭弥市がお市の腰を揉む場面、北庄城を落ちるときに茶々を背中に追う場面以外は谷崎とも思えない作品)。

 

·  森茉莉 『贅沢貧乏』()、『恋人たちの森』()。

 

·  丸谷才一 「年の残り」「贈り物」(映画化すればすばらしい作品になると思うのですが・・・)

 

·  丸谷才一のエッセイ・書評、『青い雨傘』など。(丸谷さんの書くものなら何でも好きですね。長生きして欲しい)

 

·  瀬戸内晴美 『インド夢幻』(すさまじい旅行記)

 

·  村上春樹『羊をめぐる冒険』1982年。ストリーテラーの本領発揮。第1『風の歌を聴け』、第21973年のピンボール』に続く三部作の完結編だが、青春自伝的で、ほとんど何も起こらない前2作とは大きく異なる。ハードボイルドな探偵小説でもあり、ポストモダン小説的でもある。十二滝村の別荘で主人公が、鼠の読みかけたコンラッドの小説を借りて読む場面がある。表題は明らかにされないが、『闇の奥』だろう。それ続く鼠と会う場面に「闇の奥を眺めた」、「暗闇の奥をみつめた」などのくだりがある。このふたつの小説はよく似ている)。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』1985年。「ハードボイルド・ワンダーランド」の図書館勤めの女との二度の情事の場面が印象に残る。7章における女の食べっぷり。35章の次の一節――「私は目を開けて彼女をそっと抱き寄せ、ブラジャーのホックを外すために手を背中にまわした。ホックはなかった。「前よ」と彼女は言った。世界はたしかに進化しているのだ。」)。『ノルウェイの森』1987年。「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」。『羊をめぐる冒険』とは一転してリアリズム青春小説。しかし、相変わらずの圧倒的な語り。これほど一気に読めた小説も珍しい。内容は深刻だが、随所にユーモアが散りばめられている。緑とレイコの人物造形がこの小説の大きな魅力だろう)。『ダンス・ダンス・ダンス』(『羊をめぐる冒険』の続編。村上は現代作家の中でも極めて反時代的な作家だが、この小説では五反田君の扱い方にそれがよく出ている)。『ねじまき鳥クロニクル』()。『海辺のカフカ』()。『一Q八四』2009年、)、

 

·  堀江敏幸 『雪沼とその周辺』(新潮社、2003年。架空の町雪沼とそこにひっそり生きる普通の、というかどちらかと言えば不器用な人々をめぐる短編連作。ぐいぐいと読者を引っ張る春樹的ジェットコースター小説とは対照的なスローフード小説。しかし主題的には共通するものを感じる。最初は文体のリズムに慣れないが、いったん慣れるととても心地よい。手の込んだ語りだが、記憶の中以外では、ほとんど何も起きない話ばかり。シャーウッド・アンダソンの『オハイオ州ワインズバーグ』を思い出させるが、そういう連想は野暮というものだろう。)

 

·  宮本輝 「泥の河」(戦後から東京オリンピック頃までの日本は、どこもこんな感じだった)

 

·  野坂昭如 『東京小説』(短編集。技巧の限りを尽くして読者の意表を突く。考えに考え抜かれた仕掛けの見事さ。特に「慈母篇」、「相姦篇」、「」が秀逸) 『エロ事師たち』(野坂のデビュー作。ネタの面白さで圧倒されるが、語りの技巧も冴える。この小説、大阪弁でなければ絶対に成立しないだろうが、その理由を考えてみるのも面白かろう。)

 

·  山田詠美 『ひざまづいて足をお舐め』(偉大なる教養小説。この小説家はチョー大物です)、 「眠れる分度器」 「ぼくは勉強ができない」

 

·  増田みず子『シングル・セル』()

 

·  辻邦生『黄金の時刻の滴り』(短編集。語り手と12人の偉大な作家たちとの架空の会見記。語り手が両親を亡くした孤児である場合が多いのが奇妙な特徴。どの章でも、エピグラフを飛ばして読むと、最初は、誰が誰について語っているか分からないが、一定の知識があれば、少しずつ明らかになる仕掛けになっている。――「聖なる放蕩者の家で」:トーマス・マンと思しき紳士が芸術論を展開する幻想小説。ディオニュソス的なるものとアポロン的なものの共存が美を生む。 「永遠の猟人」:ハバナのヘミングウェイ。「死と直面したときにだけ、生を深く生きる――垂直に生きる」。 「丘の上の家」:語り手はフィレンツェの丘に立つモンタナ侯爵夫人の屋敷でサマセット・モームと会見し、二人で、屋敷に集まった人々を素材にして、架空の探偵小説の構想を練る。 「黄昏の門を過ぎて」:語り手はプラハでヘル・ドクター(フランツ・カフカ)と会見し、かつ街で彼のドッペルゲンガーをたびたび見かける。 「小さな食卓で書かれた手紙」:足を挫いたヴィニーの看病のためにアマーストにやって来た少女ルーとエミリ・ディキンスンの交流。 「黄金の時刻の滴り」:語り手とヴァージニアの情熱恋愛を、ベイル氏(スタンダール)が取り持つ。 「青空のかなたに」:書簡体小説。ゲーテのイタリア旅行時代に取材。 「わが草原の香り」: 近親相姦的な愛で姉を熱愛する語り手が、文学を棄てて医者となった姉と共に避暑地にアントン・チェーホフを訪ねる。 「竪琴を忘れた場所」:語り手はリルケの庇護者で、アドリア海に面するドゥイーノ城の所有者マリー・フォン・トゥルン・ウント・タクシスの姪。その実父の死の真相をリルケが語り聞かす。 「花々の流れる川」: 花屋で働く文学好きの娘とヴァージニア・ウルフの交流。 「オリガの春」:トルストイ。 「野分のあと」:漱石の熊本時代の恋。)

 

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·  大江健三郎 『美しいアナベル・リー』(大江版『ロリータ』。冒頭の、旧制一高の教養文化を引きずった二人の老人のやり取りに度肝を抜かれる。エリオットと西脇順三郎(とダンテ)をこんな風に小説の出だしに使うのか!。大江が後書きを書いた若島正訳『ロリータ』への言及もある)。

 

·  井伏鱒二 『珍品堂主人』(中公文庫。ここに出てくる骨董商たち、骨董収集家たちのモデルは誰だろう。小林秀雄?青山二郎?白洲正子?)。

 

·  堀辰雄 『大和路・信濃路』(和辻の古寺巡礼もいいが、堀のものけっして劣らない。特に海龍王寺と浄瑠璃寺のくだり)。堀多恵子『堀辰雄の周辺』(堀の倍近く長生きした妻による回想録。特に信濃追分時代の交友に関する部分が興味深い)。

日本の詩歌

·  与謝蕪村 『蕪村句集』(岩波文庫)

 

·  小林一茶 『一茶句集』(岩波文庫)

 

·  R. H. Blyth, Haiku, 4 vols.(俳句の英訳集、北星堂)

 

·  北原白秋 『思い出』『邪宗門』より、こっちの方がいいと思う)

 

·  宮澤賢治 『春と修羅』第1集(「真空溶媒」「小岩井農場」

 

·  会津八一 『自註鹿鳴集』(八一は明治41年、28歳のとき初めて古都奈良を訪れた。それ以降何度かの奈良訪問の際に詠んだ歌を中心にして、大正13年、処女歌集『南京新唱』を出版。昭和15年の還暦には、それまでの歌集を集成して『鹿鳴集』を出す。晩年の昭和28年に、詳細な自註を施した『自註鹿鳴集』を上梓。奈良の古刹や用いられた古語について懇切丁寧に解説している。南都の古寺を訪ねながら読み直したい。西大寺の四天王堂にて「まがつみ は いま の うつつ に あり こせど ふみし ほとけ の ゆくへ しらず も」。中宮寺にて「みほとけ の あご と ひぢ とに あまでら の あさ の ひかり の ともしきろ かも」)

 

·  吉田一穂(いっすい) 『海の聖母』 

 

·  安西冬衛 『軍艦茉莉』 

 

·  西脇順三郎 Ambarvalia(「馥郁タル火夫」の末尾の「脳髄は塔からチキンカツレツに向かって永遠に戦慄する」) 。『近代の寓話』(「粘土」。「夏から秋へ」[「われこおろぎがきこえる故にわれあり」]など)。『』()

 

·  佐藤惣之助「洗濯女」「マッチ製造工場にて」「産婆」「青海省」「裁判所にて」「新島にて」「航路標識管理所にて」「古風な強盗団」(歌謡曲「赤城の子守唄」「人生劇場」や阪神タイガースの応援歌「六甲颪」の作詞者として有名だが、忘れられた大詩人。それなのに現行の全集は存在しない。戦争中の昭和18年に出た『佐藤惣之助全集』(全3巻)は「全集」とは名ばかりの、「大東亜戦争」賛美の作品に偏した選詩集。1920年代前半まで(大正年間)の若い頃の作品がすぐれる。彼が戦後正当に評価されていれば、現代詩の流れはかなり違ったものになっていたかも。いつかリバイバルを起こしたい。『日本の詩歌13(中央公論社)(70頁分)は第1詩集『正義の兜』から『怒れる神』まで、詩人の全貌を視野に入れた山室静による優れたセレクション。その脚注において山室は佐藤を一方で「軽佻」、「健康で陽気なサチュロス的人物」、「平俗」などとこき下ろしながらも、佐藤が操る言葉の抗し難い魅力は認めているようである。『日本詩人全集12(新潮社)(60頁分)は前の本と何篇か重複するが、初期から晩年までを視野に入れる。『現代日本名詩集大成5(東京創元社)(65頁分)は、「お伽叙事詩・新女王」を除く『深紅の人』の全篇を収録。この詩集は佐藤の代表作であるが現在は入手困難であり、それゆえこの巻は非常にありがたい。筑摩書房の『現代日本文学大系』41巻は惣之助を含めて8人の詩人を収める。『荒野の娘』(抄)、『季節の馬車』(全)、そして入手が難しい『琉球諸島風物詩集』(抄)を収録しているのはありがたい。川崎市の富裕な雑貨商の次男に生まれる。最初の妻を亡くして後、萩原朔太郎の妹アイと再婚。朔太郎の死(昭和17年)に際しては葬儀委員長を務めるも、その4日後に急死。萩原アイは2年後の昭和19年、昭和初年以来彼女を慕っていた三好達治と再婚するも翌年離別。達治の『花筐』(はながたみ)はアイに捧げられた詩集)

 

·  三好達治 『測量船』(有名な「雪」という二行だけの詩がありますが、その筆者なりの解釈をご披露すると、実は、この詩には三行目があって「三郎を眠らせ、三郎の屋根に雪ふりつむ」となるのです。その後も、四郎、五郎と続けるうちに読者も眠ってしまうのです。「羊が一頭、羊が二頭...」と同じですね。三好は不眠症だったのだろうか?)

 

·  佐藤春夫 『魔女』(文語定型律はあまり好きにはなれないが、この詩集だけは別格)『退屈読本』(再版、上下巻、冨山房百科文庫21、冨山房、1979年。大正年間に佐藤春夫が各種の新聞・雑誌に発表したエッセイ、評論、書評、月評、画論、回想など、珠玉の名文を集める)、「女誡扇綺譚」(じょかいせんきだん。1948年。中編小説。エドガー・ポウばりの推理小説。植民地時代の台湾南部が舞台。迷信に囚われた住民たちが幽霊話にしたがる事件の謎を、合理主義者の内地人がデュパンよろしく見事に解明する。言わずもがなの種明かしを省略したエンディングがよい。ポストコロニアル的な諸問題をはらむ)

 

·  高村光太郎 『典型』『智恵子抄』『道程』で有名な高村だが、晩年のこの詩集がこの詩人の頂点であろう。とりわけ表題詩「典型」)。「山の秋」(戦後、花巻近郊の村はずれの小屋に蟄居し、畑を耕しながら自給自足していた頃の随筆。まるで亡き友宮沢賢治の衣鉢を継ぐかのようだ。農民の飲む火酒について――「そんなのでも村の人たちは酔を求めて浴びるようにのむから、山村の人たちの間では胃潰瘍が非常に多い。胃ぶくろに孔があいて多くの人が毎年死ぬ。酒なしには農家の仕事は出来ず、清酒は高くて農家の手が届かず、やむを得ぬ仕儀ということである」)「山の春」(「ツララは極寒の頃にはあまり出来ず、春さきになって大きなのが下る。ツララは寒さのしるしでなくて、あたたかくなりはじめたというしるしである。ツララの画を見ると寒いように感じるが、山の人がツララを見ると、おう、もう春だっちゃ、と思うのである」)「山の雪」(雪の上に残る動物の足跡についての観察――「キツネの足あとはイヌのとはちがう。イヌのは足あとが二列にならんでつづいているが、キツネのは一列につづいている。そしてうしろの方へ雪がけってある。つまり女の人がハイヒールのくつでうまくあるくように、一直線上をあるく。四本のあしだから、なかなかむずかしいだろうとおもうが、うまい。キツネはおしゃれだなあとおもう」)「ヒウザン会とパンの会」(回想文。「この第一回展で特に記憶に残っているのは、先頃逝去した吉村冬彦氏(寺田寅彦博士)が夏目漱石氏と連れ立って来場され私の油絵や斎藤与里の作品を売約したことである。当時洋画の展覧会で絵が売れるなどと言うことは全く奇蹟的のことで、一同嬉しさのあまり歓呼の声をあげ、私は幾度びか胴上げされた」。その他、吉原の若太夫に一目惚れし通い詰めたこと、雷門のよか楼の女給に入れあげた話など。)「開墾」(戦後自ら蟄居していた花巻郊外の稗貫郡太田村について:「その上、北上川以西の此の辺一帯は強い酸性土壌であり、知れ渡つた痩地である。そのことは前から知つてゐたし、又さういふ土地であるから此所に移住してくる気になつたのである。北上川以東には沖積層地帯の肥えた土地がたくさんあるのであるが、私はさういふ地方の人気のよくないことを聞き知つてゐたのである。野菜などが有りあまる程とれる地方では其を商品とする農家の習慣が自然とその土地の人気を浅ましいものにするのである。此所のやうに自給自足すら覚束ないやうな痩地の所へは買出しの人さへやつて来ず、従つて農人はおのづから勤勉であると同時に悪びれもせず、人間本来の性情を素直に保つてゐる。実際太田村山口の人達は今の世に珍しいほど皆人物が好くてのどかである」)「自分と詩との関係」(自分の中には彫刻への欲求と文学への欲求の二つがあり、彫刻が文学的欲求によって毒されるのを防ぐために、いわばガス抜きのために詩を書くのだと言う。「私の彫刻がほんとに物になるのは六十歳を越えてからの事であろう。私の詩が安全弁的役割から蝉脱して独立の生命を持つに至るかどうか、それは恐らくもっと後になってみなければ分らない事であろう」)「蝉の美と造型」(私はよく蝉の木彫をつくる。鳥獣虫魚何でも興味の無いものはないが、造型的意味から見て彫刻に適するものと適さないものとがある」。「子供は皆この生きた風琴を好む」。「木彫ではこの薄い翅の彫り方によって彫刻上の面白さに差を生ずる。この薄いものを薄く彫ってしまうと下品になり、がさつになり、ブリキのように堅くなり、遂に彫刻性を失う」)「触覚の世界」(「私は彫刻家である。多分そのせいであろうが、私にとって此世界は触覚である」。「人生そのものには必ず裸がある。むしろ、眼を転ずれば人生そのままが既に裸だと言えるのであろう。けれど人間の手に成るものは必ずそうとも限らない。人間の手に成る作品を見て、其中に実存する裸の力に触れるのは愉快である。作られ方の力ではない。又その傾向の力ではない。作られ方も傾向も皆充分考慮に値する。けれども考慮は結局時代に関する。動かし難いものを根源に探る触覚が、一番はじめに働き出す。それの怪しいもの、若くは無いものは掴むとつぶれる。いかに弱々しい、又は粗末らしい形をしたものでも此の根源のあるものはつぶれない。詩でいえば、例えばヴェルレエヌの嗟嘆はつぶれない。ホイットマンの非詩と称せられる詩もつぶれない。そんなもののあっても無くてもいい時代が来てもつぶれない。通用しなくても生きている。性格や気質や道徳や思想や才能のあたりに根を置いている作品はあぶない。どうにもこうにもならない根源に立つもの、それだけが手応を持つ。この手応は精神を一新させる。それから千差万別の道が来る。私にとって触覚は恐ろしい致命点である」)「人の首」(彫刻家の眼から見た人の首[頭部]が持つ千差万別の面白さについて語る――「私は電車に乗ると異状な興奮を感ずる。人の首がずらりと前に並んで居るからである。人間移動展覧会と戯に此を称えてよく此事を友達に話す。近代が人に与えてくれた特別な機会である」)「珈琲店より」(パリ時代。パリジェヌとのゆきずりの一夜)「」()「美の日本的源泉」(戦時中の国家主義者時代の文章[高村は戦時中、日本文学報国会の詩部会会長をつとめた]。国威発揚の意図が見え見えで、全篇読むに堪えない。戦後の岩手時代の書き物と比べるとまるで別人である。まるで狂気の沙汰である。戦前戦後の高村光太郎とエズラ・パウンドを比べると興味深いだろうと思う)

 

·  金子光晴 『鮫』

 

·  井伏鱒二 「陸稲を送る」『厄除け詩集』[講談社文芸文庫]所収)

 

·  田村隆一 『奴隷の歓び』『腐敗性物質』[講談社文芸文庫]所収)、『若い荒地』(初版1968年。講談社学芸文庫、2007年。散文。荒地グループの誕生の経緯を自伝的に記した最初の5章がとても面白い。それ以降の章は当時の詩誌からの引用が大半で、資料としては貴重だが読み物としては退屈)

 

·  吉増剛造 『草書で書かれた、川』「織物」「スライダー」)。『ことばの古里、ふるさと福生』(講演「ふるさと福生」)。『太陽の川』「ヒロちゃんといった」)。『王国』「木の国」)。『熱風』「絵馬、a thousand steps and more)。

 

·  辻征夫 『いまは吟遊詩人』 

 

·  谷川俊太郎 『手紙』(巻頭の「時」)、『詩を読む:詩人のコスモロジー』(思潮社、詩の森文庫、2006年。エッセイ集。「金子光晴」[たった2頁だが愉快この上もない金子光晴讃]「茨木のり子」[「癖」の詳細な分析]「寺山修司」[若き日の二人の親密な友情]「私はこうして死にたい」「私の死生観」などが面白い)、『』()、『』()。

 

·  茨木のり子 『対話』「根府川の海」「行きずりの黒いエトランゼに」)、『人名詩集』「あそぶ」「トラの子」「古譚」)、『倚りかからず』「お休みどころ」「時代おくれ」「笑う能力」)、。

 

·  石垣りん 『石垣りん詩集』(現代詩文庫46、思潮社。「女湯」「家」「表札」「落語」「鬼の食事」などがいい)

 

·  新藤千恵 『』 

 

·  吉岡実 『サフラン摘み』 

 

·  正津勉 『死の歌』 

 

·  長田弘 『食卓一期一会』(食べ物のことを書かせたら右に出る者なし!)、『記憶のつくり方』(晶文社、1998年。散文詩。)、『人生の特別な一瞬』(晶文社、2005年。はやり飲食の詩がいい:「リトリ・イタリーの思いで」「焼酎が好きなのは」。旅の詩もいい:「旅の鞄」)。

 

·  粕谷栄市 『鏡と街』『化体』 (散文詩。)

 

·  津村信夫 『愛する神の歌』(堀辰雄、三好達治、立原道造、丸山薫らととも「四季」の創立メンバー。気鋭の抒情詩人として立原道造と並び称された。(『映画と批評』で知られる映画評論家、津村秀夫[1907-1985]2歳上の兄)。1944年、36歳でアディスン病で惜しくも夭折。「夕方私は途方に暮れた」「春の航路から」「山ずまひ」「」「」「」「」「」

 

·  阪本越郎 『』、 

 

·  及川均 『』、 

 

·  天野忠 『』、 

 

·  黒田三郎 『』、 

 

·  長谷川龍生 『』 

 

·  安西均 『安西均全詩集』(花神社、1997年。田村隆一、谷川俊太郎にも劣らない戦後屈指の詩人。大人のための大人の詩人。若いときに読んでも分からないかも。「古代新室寿歌私訳」「鶯」「明月記」「小銃記」「屠殺記」「村の理髪師」、そして「エレベーターの朝」などよく知られたいわゆる不良中年もの)

 

·  山本太郎 『』、

 

·  吉野弘 『』、 

 

·  生野幸吉 『』、 

 

·  谷川雁 『』、 

 

·  黒田善夫 『』、 

 

·  石川逸子 『千鳥ヶ淵へ行きましたか』 

 

·  白石公子 『ラプソディ』(「てるてるぼうず」[美容院での自分をてるてるぼうずに喩える。「誰かの帰りを/首をつってまっている」というエンディングがサイコー!]、その他に「日常の鬼」、「ぼくといってみたい日」、「新婚生活」)。エッセイ「「ぼく」願望」、「いないと知りながら」、「市ケ谷抄」(『ままならぬ想い』[1989]所収)

 

·  多田智満子 『』、 

 

·  堀川正美 『』、 

 

·  永瀬清子 『永瀬清子詩集』(思潮社、1990年。昭和の屈指の詩人。佐藤惣之助に師事。1960年代までの作品に力強い佳作が多い。「彗星的な愛人」「諸国の天女」「夏至の夜」[惣之助の思い出]「野薔薇のとげなど」「マイダス王」「今日精神病院へ」「私の足」など。晩年の自伝的な「女の戦い」も傑作)

 

·  穂村弘 『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(2001年刊。ぶっ飛びの超前衛連作歌集。登場人物:ほむほむ、まみ、ゆゆ、黒うさぎ)『世界音痴』(2002年。とても初めてのエッセイ集とは思えない。こんな面白いものは読んだことがない。どれも3,4頁と短いが、読者を楽します工夫がたっぷり。特に「回転寿司屋にて」、「一秒で」、「あんパン」、「世界音痴」、「ジャムガリン」、「恋の三要素」、「青春ゾンビ」は傑作)

 

·  辻井喬 『異邦人』(詩集、1961)『叙情と闘争――辻井喬+堤清二回顧録』(著者は詩人・小説家でありかつ西武百貨店を一流企業に育て上げた社長・会長。異色の文人の回顧録・自叙伝。驚くほど面白い。文壇、財界、政界にいかに多くの友人・知己を持っていたかが分かる。多面的な戦後史とも言える。)

 

· 荒川洋治  『娼婦論』(詩集、1971年。)

 

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古典文学(世界)

·  ダンテ 『神曲』Divina Commedia)寿学文章訳(集英社)あるいは野上素一訳(筑摩書房)あるいは平川祐弘訳(河出書房新社)(稀代の読書家ボルヘスは言っています:「『神曲』は私たちの誰もが読むべき本です。これを読まないというのは、文学が私たちに与えうる最高の贈り物を遠慮することであり、奇妙な禁欲主義に身を委ねることを意味します。『神曲』を読む幸福を拒む理由などあるでしょうか」。ヨーロッパ文学の最高峰。大学受験の世界史のために、作者と作品名は誰でも覚える。だが、実際にどれ位の人がこの作品を読むのだろうか。この詩を読まずに終わる人生の何と空しいことか! 寿学訳は格調が高い名訳だが、基本的に文語調なので、慣れないと読みにくいかもしれない。初めて読む人には、平易な現代口語を使った野上訳か、更により平易な平川訳がよいでしょう。漫画好きには、永井豪の漫画版『ダンテの神曲』(上下。講談社漫画文庫)から入る手もあります。ドレの版画に基づいています。永井さんにも天国篇は面白くないと見えて、短く端折っています。一番入手し易い岩波文庫の山川丙三郎訳は、日本語が古すぎてとても読めません。一番権威のある文庫がこんな訳をいつまでも出しているのは、ダンテ受容にとってむしろ害悪です。岩波書店さん、どうにかしてください!)

 

Sandro Botticelli, "Ascendance of Dante and Beatrice"

 

·  ウェルギリウス 『アエネーイス』泉井久之助訳(岩波文庫)(非常に「モダン」です)

 

·  『トリスタン・イズー物語』ベディエ 編、佐藤輝夫訳(岩波文庫)(古い話なのに、古臭くない。こういうのを古典というのでしょう)。フランスの騎士物語ではクレチアン・ド・トロワの『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』(『フランス中世文学集』第2[白水社]所収)なども驚くほど面白い(マザコンだが無敵の少年騎士ペルスヴァルが精神的に徐々に成長していく話。有名な「漁夫王」の城も登場する)。

 

·  プルタルコス 『烈女伝』(「ペルシアの女たち」という章がすごい。昔の女[]たちは怖ろしく強かった)

 

·  アリストパネス 『女の平和』(たしかに『オイディプス王』はすごいが、ギリシア喜劇の方が肩が凝らないし、素直に愉しめる?)

 

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·  松枝茂夫編 『中国名詩選』上中下全3冊(岩波文庫)(美しい日本語訳です。中巻から読みましょう。お薦めは王維「送別」。李白「黄鶴楼送孟浩然之廣陵」。杜甫「贈衛八処士」[杜甫の最高傑作と思います]。下巻の宋詩では蘇軾(そしょく)の「呉中田婦歎」。)

 

·  吉川幸次郎・三好達治 『新唐詩選』(岩波新書)(唐詩入門の名著)

 

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近現代文学(世界)

·  ギュスターヴ・フロベール 『聖アントワヌの誘惑』渡辺一夫訳(岩波文庫)(『マダム・ボヴァリー』より面白い。ユング、錬金術、グノーシス、異教に関心のある方にお薦め。ゲーテの『ファウスト』第二部も合わせて読みたい。ミシェル・フーコーが『誘惑』『ブヴァールとペキュシェ』を論じた名著『幻想の図書館』[工藤庸子訳、哲学書房、1991]も必読。「夢見るためには、目をつぶるのではなく、読まなければならない」[19]

 

·  ゲーテ 『ファウスト』2部、手塚富雄訳(中公文庫)(これもグノーシスに関心があると面白い。グスタフ・マーラーの交響曲第8番で歌詞として使われた)

 

·  アンデルセン 『即興詩人』(森鴎外訳。)

 

·  ヘルマン・ヘッセ 『デミアン』高橋健二訳(新潮文庫)(青春の書ですね。ユングにハマった人にもお薦め。ヘッセには、中学・高校で読まされる息苦しい小説『車輪の下』より面白いものが他に沢山あります。中高で『車輪の下』を読ませるのは間違っている。読書嫌いを生むだけです)

 

·  フリードリヒ・ヘルダリーン 『ヒューペリオン』手塚富雄訳、世界文学体系第77巻(築摩書房)(書簡体小説。これほど心を動かされた小説も少ない。最後の手紙にしびれます。ドイツ・ロマン派の一頂点。作者の名前は従来「ヘルダーリン」と表記されることが多かったが[地獄のダーリンでもあるまいし!]、最後の音節にアクセントを置いて「ヘルダリーン」と呼ぶのが正しい)

 

·  ETA・ホフマン 『牡猫ムルの人生観、並びに楽長ヨハネス・クライスラーの断片的伝記(反故紙)』(岩波文庫、絶版)(「くるみ割り人形」で有名なドイツ・ロマン派の作家の長編小説。漱石の『猫』のモデル。牡猫ムルは、哲学書を読み、詩を書く天才猫。これは、そのムルの自伝。ところが、匿名の作家が書いた「音楽家クライスラーの伝記」の草稿の裏を使って書いてしまう。それを、原稿の内容などお構いなしの植字工は、表裏も続けて植字して本にしたから、さあ大変・・・)

 

·  ジュール・ラフォルグ 『ラフォルグ抄』吉田健一訳(名訳です。「ハムレット」の落ちなど最高ですね)

 

·  アルチュール・ランボー 「酔いどれ船」"Le Bateau ivre" フランス語で読みましょう)

 

·  フリードリヒ・ニーチェ 『道徳の系譜』木場深定訳(岩波文庫)(ニーチェでは一番面白かった。ニーチェは一番有名な『ツァラツストラかく語りき』から入ると躓きやすいですね)

 

·  アレクサンドル・プーシキン 『エフゲーニー・オネーギン』木村彰一訳(講談社文庫)(韻文小説。ドストエフスキーなどなくても[カラマーゾフなど二度と読みたくない]、これがあればよい。ロシア文学の最高傑作と言ってしまおう。ロシア語が読めたらと思うことしきりです!)

 

·  アレクサンドル・プーシキン 『スペードの女王』訳(文庫)()

 

·  ポール・ヴァレリー 「海辺の墓地」"Le Cimetiere Marin"フランス語で読みましょう。ハマります)、「若いパルク」("La Jeune Parque") 

 

·  アレッホ・カルペンティエール 『ハープと影』牛島信明訳(新潮社)(何と美しい日本語となっていることか! 名翻訳者の早過ぎる死が惜しまれる)

 

·  ガルシア・マルケス 『百年の孤独』鼓直訳(新潮社)、『予告された殺人の記録』(新潮社。最初、今はなき『海』だったかに載ったのを読んだときの衝撃は忘れられない。司法解剖の実態を初めて知った)

 

·  ホルヘ・ルイス・ボルヘス 「贈賄」『砂の本』所収。短編。大学の人事をめぐる話。人間の心理の裏を衝いています)

 

·  パトリック・シャモワゾー 『幼い頃のむかし』恒川邦夫訳、紀伊国屋書店、1998年(マルティニク島フォール・ド・フランスに生まれた著者が、街中の木造のあばら家で過ごした、貧しくも、魅惑に満ちた幼年時の思い出を、少年の新鮮な感覚で語り直す。虫殺し、火遊び、雨漏り、鶏、ネズミ退治、豚の飼育、お気に入りの豚マタドール、上水道の敷設、ドクターと薬剤師、髪の毛、サイクロン、お遣い、シリア人商人、乾物屋のマダムなどなど。だがこれは自伝というよりは、「ニノットおばさん」と呼ばれる母親に捧げられた賛歌であろう。クレオール文学の傑作)

 

·  マイケル・オンダーチェ 『家族を駆け抜けて』藤本陽子訳、彩流社、1998年(小説でもないし、自伝でもない。これは名づけようがない新しいジャンルだ。もっとも嘘っぽい祖母ララとアル中の父親の話が一番面白い。スリランカの政治状況を無視しているというポリティカリー・コレクトな批判があるそうだが、クソ喰らえと言いたい。極上のナラティブはそんな批判など軽く超えてしまう。222頁の「一八九ページ」はやっぱり翻訳者のライセンスで「二二二ページ」としてよかったのでは、藤本さん?)

 

·  WG・ゼーバルト 『アウステルリッツ』鈴木仁子訳、白水社、2003年(20世紀後半の屈指のドイツ小説。ドイツ・ロマン派を思い出させる禁欲的な幻想性と反近代性。同時に明らかにカフカ的な夢幻性。プラハでの出来事は、おそらくウラジーミル・ナボコフの実際の体験を借用している。そういえば、どことなく『記憶よ、語れ』の雰囲気に似ている。しかしこの小説の最大の魅力は、記憶の迷路と具体的な事物(特に迷路としての都市の細部。帝国主義の遺物としての都市中央駅、近代の大要塞など)への徹底したこだわりだろう。エンディングが絶妙でよい。写真をちりばめた小説は珍しいが、この小説の強力なイメージ喚起力の前には、写真は蛇足に過ぎないのではないか。ただ、これらの写真は、物語のイラストレイションを意図したものではなく、作者のインスピレイションのソースであるのかもしれない。翻訳で本文281頁だが、段落はわずかに3つだけ。数行で段落がかわる、原稿料目当ての、消費至上主義的な、余白だらけの最近の安っぽい小説とは大違いである。訳文がすばらしい。訳者の作者への「愛」が伝わってくる)。『移民たち』鈴木仁子訳(白水社、2005年)。『目眩まし』鈴木仁子訳(白水社、205年)

 

·  ミハイル・ブルガーコフ 『巨匠とマルガリータ』水野忠夫訳、池澤夏樹編世界文学全集I-05、河出書房新社、2008年(集英社版世界の文学4『ザミャーチン、ブルガーコフ』所収の『巨匠とマルガリータ』の全面改訳。翻訳とは思えないこなれた日本語による名訳。モスクワを舞台にした奇想天外、抱腹絶倒のエピソードと、二千年前のユダヤ総督ポンティウス・ピラトゥスを主人公にした陰鬱な物語が対照をなし、ぐいぐいと読ませる。読者の予見をまったく寄せつけず、最後の最後まで結末は見えない。ポストモダニズム小説の先駆。)

 

·  ウラジーミル・ナボコフ 『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』富士川義之訳(講談社)(何と魅力的なロシア美人でしょうか!)

 

·  ウラジーミル・ナボコフ 『カメラ・オブスクーラ』貝澤哉訳、2011年、光文社古典新訳文庫(ベルリン時代にロシア語で書いた小説。本邦所訳。闊達で読み易い名訳。小説中の小説の末尾に訳者の一番の苦心が見られる。ホーンの再登場に読者は驚かされるが、これは周到な伏線によって準備されている。『魅惑者』とともに『ロリータ』の原型。英語版の『闇の中の笑い』[篠田一士訳『マルゴ』]とは異なる部分が多い。)

 

·  ウラジーミル・ナボコフ 『ロリータ』若島正訳、新潮社。(名訳。たった二か月で翻訳したそうです。もちろんその前に何十年も愛読書だったわけです)

 

·  アイザック・B・シンガー 『よろこびの日――ワルシャワの少年時代』(1990年、工藤幸雄訳、岩波少年文庫。ナチス・ドイツによってこの世から消し去られたワルシャワ・ユダヤ人街での貧しくも幸福な少年時代を、60代になったシンガーが回想する。最終章の幻想的な「ショーシャ」が絶品だが、これはフィクションであるように思われる。おそらくはホロコーストの犠牲になったショーシャに捧げる鎮魂歌ではなかろうか)

 

· ザッヘル=マゾッホ  『毛皮を着たヴィーナス』(種村季弘訳、河出文庫。本物の小説。サドの四流ポルノ小説など遠く及ばない。加えて、恐るべき名訳である。)

 

·  ペトリュス・ボレル シャンパヴェール悖徳物語(世界幻想文学大系第21巻。川口顕弘訳。身も凍る残酷な話ばかり。人間はここまで背徳的になれるのか。「解剖学者ドン・ベサリウス」は澁澤瀧彦による翻訳[沖積社]もある。)

 

·  『』()

 

·  『』()

 

·  ギイ・ド・モーパッサン 「墓」(ローマンティク・アゴニーの作家モーパッサン。恋愛の暗黒面に執着した作家。この小品は恋人の墓をあばくというロマン主義によくある主題だが、結構、心動かされる。「狂人日記」はペトリュス・ボレルを想起させる。「狂女」には実話と思わすリアリティーがある)

 

·  ギイ・ド・モーパッサン 『女の一生』(永田千奈訳、光文社古典新訳文庫。翻訳であることを忘れされるこなれた日本語が読みやすい。特に珍しくもない不幸な女性の一生だが、主人公ジャンヌの夫ジュリアンとその不倫相手の伯爵夫人の死にざま[殺され方]がすさまじい。主人公がまだ幸福な時代の以下の一節は、不思議に印象的である――1章末「船頭の一人がジャンヌたちに歩み寄り、魚を見せた。ジャンヌはこの男から舌平目を買った。自分でこの魚をレ・プープルの家までもち帰るつもりだった。重い魚を運ぶうちにジャンヌは疲れてきた。魚のえらに父の杖を通し、二人がかりで運んでいくことにした。」)

 

·  ギイ・ド・モーパッサン 『脂肪の塊・テリエ館』(青柳瑞穂訳、新潮文庫。「脂肪の塊」は有名なモーパッサンのデビュー作。普仏戦争直後のフランスの世相、社会の断面がよく分かる。しかし個人的には「テリエ館」の方に好感が持てる。娼婦五人を抱える娼館のマダムが、彼女たちを引き連れて、田舎の姪の聖体拝領式に参列する話。訳者青柳瑞穂の日本語がすばらしい。得も言われぬ、うっとりするような日本語だ。)

 

·  ギイ・ド・モーパッサン 『モーパッサン短編集(1)(青柳瑞穂訳、新潮文庫)

 

·  ギイ・ド・モーパッサン 『モーパッサン短編集(2)(青柳瑞穂訳、新潮文庫)

 

·  ギイ・ド・モーパッサン 『モーパッサン短編集(3)(青柳瑞穂訳、新潮文庫)

 

·  ギイ・ド・モーパッサン『』()

 

·  バルザック  「グランド・ブルテーシュ奇譚」(宮下志朗訳グランド・ブルテーシュ奇譚(光文社古典新訳文庫、2009)所収。(けっして珍しくもないフランス貴族の残酷さが主題だが、周到な語りのテクニークが冴えわたる)。「ことづけ」(相手に屈辱感を与えずにお金を貸すために嘘をつく貴族の細やかな心遣いが主題であろう)。

 

·  バルザック 『ペール・ゴリオ』()

 

·  バルザック 『従妹ベット』()

 

·  バルザック 『』()

 

·  テオフィル・ゴーティエ 「死霊の恋」()

 

·  テオフィル・ゴーティエ 「スピリット」()

 

·  テオフィル・ゴーティエ 『モーパン嬢』()

 

·  アンドレ・ジッド 『狭き門』(青春小説、悲恋小説。高校、大学時代に読みたい本。アリサ、ジュリエット姉妹と、従兄弟のジェロームとの三角関係。村上春樹の『ノルウェイの森』から性表現を抜き去ると、この小説にそっくりという感じがする)

 

·  アンドレ・ジッド 『法王庁の抜け穴』()

 

·  アンドレ・ジッド 『』()

 

·  マルセル・プルースト 『スワン家の方へ』()

 

·  JK・ユイスマン 『さかしま』(À rebours 澁澤龍彦訳、河出文庫。自然主義小説を小説とすれば、これは百科全書的「反小説」。あるいは元祖引きこもりの架空自叙伝。引きこもりの原因はブルジョア嫌い。第3章:ラテン文学論。ウェルギリウスを嫌悪し、ペトロニウスの『サテュリコン』を賛美。第4章:大亀を買って、宝石を鏤めた黄金の鎧をまとわせ、東洋風絨毯の上を這わせて悦に入るデ・ゼッサント。急に痛み出した虫歯の臼歯を、庶民相手の歯医者に抜かせて、死ぬほど痛い思いをした話は抱腹絶倒。第5章:絵画論。デ・ゼッサントのお気に入りは、モローの「サロメ」と「まぼろし」。これもさもありなん。その他のお気に入りは、ヤン・ロイケンJan Luykenの『宗教的迫害』、ロンドルフ・ブレダンRondolphe Bredinの『死の喜劇』Comedie de la Mortと『よきサマリア人』、オディロン・ルドン。第6章:16歳の少年に娼婦を買ってやり、犯罪者に仕立てようと企てるも失敗。歯医者事件でもそうだが、デ・ゼッサントは道化を演じさせられている。この作品全体もあまり額面通りに読み過ぎてはならないのかもしれない。第7章:宗教論。第8章:熱帯植物狂い。食虫植物。関係した娼婦が植物=梅毒に化する悪夢。この挿話は傑作。第9章:絵画論。ゴヤ、媚薬、女曲芸師ウラニア嬢の思い出、女腹話術師。第10章:香水学。第11章:ロンドン行きを思い立ちパリまで出るも挫折し、フォントネエに戻る。これまた滑稽な挿話。第12章:書物論、ボードレール論、フランス文学論、カトリック文学批判、サディズム論。第14章:同時代フランス文学論。ヴェルレーヌ、コルビエール、アンノン、ド・リイル、ポオ、ド・リラダン、マラルメ、第15章:音楽論、神経症の悪化、浣腸による滋養摂取、ブルジョア批判。医者の命令によりパリに転居を強いられ、人工楽園生活は終わる。これまた滑稽な結末。この小説はブルジョア嫌いの貴族の失敗に次ぐ失敗を嗤う滑稽小説でもある)。

 

 ·  フランツ・カフカ 『城』()

 

·  トーマス・マン 「幻滅」(語り手はヴェニスのサン・マルコ広場でひとりのイギリス人に話し掛けられる。これが如何にも典型的なイギリス紳士のイメージなのだろうか)

 

 

·  『』()

·  『』()

·  『』()

 

 

·  『』()

 

 

 

近現代文学(英米)

·  ホレス・ウォルポールHorace Walpole 『オトラント城奇譚』 訳(文庫)()

 

      アン・ラドクリフAnn Radcliffe 『イタリアの惨劇The Italian』 訳()

 

·  ジェイン・オースティン 『プライドと偏見』Pride and Prejudice [1813]。一度読み始めたら止まらない。もちろん、やや古い英語[admitの代わりにownを用い, complacencecomplaisanceの意味で用いる、等々]も出てくるし、この小説のさわりである、DarcyElizabethの会話などは、とても一筋縄ではいかない。18世紀末のジェントリーの社交生活がどういうものだったかよく分かる。主題は、年頃の娘たちの結婚問題。まあ、その点では小津安二郎の映画とよく似ている。ただ、この小説は主人公の男女の愛憎についての物語であると同時に、それを取り巻く何組もの女と女の間の愛情あるいは憎悪の物語でもある。上等なウィット、辛辣な皮肉に満ちている。英文学史上の傑作とされるが、ElizabethDarcy以外の登場人物はみなステレオタイプ的であり、戯画的であり、メロドラマ的である)

 

·  エミリー・ブロンテ 『嵐が丘』田中西二郎訳(新潮文庫)(何とも激しい恋愛でしょうか。ヒースクリフの死顔の描写が忘れられません)

 

·  Sir Walter Scott, "My Aunt Margaret's Mirror"(舞台はエディンバラ。夫が大陸での戦闘で行方不明になった貴族の妻とその姉が、不明者の居所を言い当てることで評判の、パドゥア出身のイタリア人ドクターを訪ねる。遠く離れた場所で起きていることが映る魔法の鏡に、若い金持ちの娘と重婚しようとする寸前の夫が映る。Phantasmagoria。(まるでタイムトンネル)。たまたま居合わせた義弟が重婚を阻止しようと決闘をいどむ・・・  その話に到達するまでの前段が非常に長い。話の中に話がある。入れ子状態)

 

·  Sir Walter Scott, "Phantasmagoria"(若い息子を持つ未亡人。軍人志望の息子の将来を懸念する母親に、軍人だった縁者の亡霊が現われ、息子の未来を予言し、息子の意思に任せるように告げる。軍隊に入った息子は出世し、母親を看取ったはるかのちに、長寿を全うする)

 

·  Sir Walter Scott, Ivanhoe (リチャード獅子心王の時代のイングランドを舞台とする歴史小説。ノルマン・コンクエストによってイングランドの支配階級となったノルマン人と、没落を強いられた土着のサクソン人との対立が物語の背景をなす。獅子心王が黒い騎士として、ジョン失地王が悪役として登場する。ロビン・フッドを思わすヨーマンも。かつては英文学の代表作のひとつだったが、イギリスでも日本でもあまり読まれていない。近頃は手ごろな新しい邦訳もない。しかし非常によくできた作品で、ぐいぐい読ませる。中世の人物、風物の描写がきわめて緻密で、まるで映画を観ているようである(実際何度も映画化されているが、どれも原作の足元にも及ばないだろうことは確実)。とくに前半の馬上槍試合の場面がすばらしい。人物造型にも一切手抜きがない。とくにWambaは英文学史上でも屈指の道化ではないか。スコットが天才であることが実感できる。まったく古さを感じさせない作品だが、近頃読まれないのには理由がある。スコット自身はけっして反ユダヤ主義者ではないだろうが、この中世を舞台にしたロマンスでは、ノルマン人支配者階級によるユダヤ人蔑視と迫害、そして程度は劣るがサクソン人のユダヤ人蔑視があちこちで描かれる。『ヴェニスの商人』のシェイクスピア同様、スコットが、愚弄されるユダヤ人を描くことで読者を愉しませようとしているのは確かである。)

 

      ウィリアム・メイクピース・サッカリー 『虚栄の市Vanity Fair』(中島賢二訳、岩波文庫)

 

·  ジョゼフ・コンラッド 『闇の奥』中野好夫訳(岩波文庫)(最後の章は原文で30回は読んだ。ミソジニーな(misogynous)小説だ。女嫌いのエリオットが惚れ込んだのも分かる。中野好夫訳は太平洋戦争開戦直前の1940年の出版だが、斎藤一著『帝国日本の英文学』(人文書院、2006年)は、西洋人による西洋植民地主義批判であるジッドの『コンゴ紀行』『闇の奥』の翻訳が、いかに日本の南方進出の正当化を準備したかを論じている。)

 

·  ジョゼフ・コンラッド 『ロード・ジム』()

 

·  ジョゼフ・コンラッド 『ノストローモ』()

 

·  トマス・ハーディー 『ダーバーヴィル家のテス』『テス』井上宗次、石田英二訳、岩波文庫)(名にし負う名作。やはりハーディーは偉大だ)

 

·  オスカー・ワイルド 「幸福の王子」(小学校のときの愛読書。王子の用を言い付かる燕が哀れだった)

 

·  ヘンリー・ジェイムズ 『アスパンの恋文』The Aspern Papers 行方昭夫訳、岩波文庫。ジェイムズ入門には、「デイジー・ミラー」や「ねじの回転」より向いているかも。舞台はヴェニス。文学研究者・編集者が主人公という珍しい小説。悔いの残る、ほろ苦い結末がよい。最後がロマンティックな結末だったら、この作品は台無しだっただろう。そのような結末を望む読者を裏切るところが、ジェイムズらしさ、新しさなのだろう。でも映画化されたら、ミス・ティータが幸せをつかんで終わるのだろうな)

 

·  コナン・ドイル 『失われた世界』The Lost World [1912]。これも小学校低学年のときの愛読書。その時読んだのは、多分、翻案した児童用。四方田犬彦に倣って、40数年ぶりに、今度は原語で再読した。あまりに面白くて、あっという間に読了。四人の登場人物の性格が、それぞれの話す英語の違いによって書き分けられている。話者のMaloneはアイルランド人だが、もっとも標準的な英語を話す。Professor ChallengerProfessor Summerleeは誇り高く、慇懃無礼な科学者の英語。Lord Johnの英語は、スポーツマン貴族の英語だろうが、これが一番分かりにくい。明らかにコンラッドの「闇の奥」[1899]を意識して書かれている。どちらも「女嫌い」(ミソジニー)を共有している。男だけの冒険譚だから、当然、ホモ・ソーシャルな小説。コンラッドの小説の象徴主義性の方はまったく共有していない。プラトー上でのApe-menIndiansの戦いは、多分、1968年のアメリカ映画『猿の惑星』にヒントを与えている。黒人Zamboが白人に心の底から忠実な召使である一方で、スペイン人とインディオとの混血児たちが邪悪な存在として描かれているところに、この時代の人種主義が表れている。子供頃から、高い塔の頂上に一人取り残される悪夢に悩ませされてきたが、ひょっとしたらこの小説を読んだ影響だったかもしれない。)

 

·       『澁澤瀧彦文学館−脱線の箱』、筑摩書房、1991年。(1718世紀イギリスの奇書『憂鬱の解剖』(ロバート・バートン著)の部分訳[恋愛病理学]と、『壺葬論』(トマス・ブラウン卿著)の邦訳を収める貴重な本。)

 

·       ブラム・ストーカー『ドラキュラ』(アイルランド作家による小説。1897年。6人の登場人物の手紙、日記、電報などによって構成される作品。当時最新のテクノロジーが随所に顔を出す。タイプライター、電報、電話など。Dr. Sewardは日記をつけるのに当時売り出されたばかりのエジソンの蠟管式蓄音機を用いる。オランダ人医師はアムステルダムとロンドンの間を短時間に何度も往復する(蒸気船+鉄道)。5人のチームがドラキュラ伯爵を追ってオリエント急行で黒海沿岸まで赴くのに要するのは3日に過ぎない。ドラキュラ伯爵は召使も家来も持たない。城に招待した客のために自らベッド・メイキングし、料理を作る。恐ろしい吸血鬼だが、こんな滑稽で哀れを誘う場面もある。ドラキュラ伯爵は黒海沿岸から船でイギリスを目指す。その船中で乗組員を一人残さず殺すという恐るべき挿話があるが、映画『エイリアン』はこの部分のリメイクかも知れない。はわざわざルーマニアからロンドンに進出したドラキュラ伯爵の餌食になるのはたった一人の女(Lucy)に過ぎない。)

 

·  ヘンリー・デイヴィッド・ソロー 『コッド岬』(代表作『ウォールデン』より面白いかも。私的には最終第10「プロヴィンスタウン」が興味深い。それまでのアメリカ史では等閑視[隠蔽?]されてきたピルグリム・ファーザーズ以前の、フランス、スペイン、そしてオランダ等による北米の探険と殖民の歴史に光をあてることによって、間接的ながらピューリタンの歴史イデオロギーを批判しているように思われる。後のウィリアム・カーロス・ウィリアムズの『アメリカ気質』In the American Grain(1925)を先取りしている)

 

·  ヘンリー・デイヴィッド・ソロー 『ウォールデン』(飯田実訳『森の生活』上下、岩波文庫。名訳です。ソローの代表作。第1「エコノミー」だけでも読んで欲しい。ユーモアと皮肉に富む。資本主義産業社会を蝕む病は根が深い。第2章「住んだ場所と住んだ目的」の最初数頁は途方もない冗談です。冗談の分からない生真面目な読者には難解かも。)

 

·  エドガー・アラン・ポウ 「ランダーの別荘」"Landor's Cottage"。幻想的な風景庭園めぐり)

 

·  Edgar Allan Poe, "Eureka"(形而上学の部分は別にして、当時の文学者が天文学についてどれだけ知り得たかが分かり、興味深い)

 

·  Edgar Allan Poe, "The Unparalled Adventure of One Hans Pfaall"(ヴェルヌの『月世界旅行』にインスピレーションを与えた作品。離陸直後の事故を克服する場面には20世紀末の映画さながらのスリルがある。眠っている間に地球の重力圏から月の重力圏に移行するのだが、ウェルギリウスに連れられてダンテが地球の中心を通過する場面を思い出させる。しかし今日の科学からすると、当然ながら馬鹿げた記述も多い)

 

·  Edgar Allan Poe, "The Balloon-Hoax"(当時の読者のなかには、これを読んで気球による大西洋横断が成功したと思い込んだもの者いたという。凝った作りで一息に読ませる佳作)

 

·  Edgar Allan Poe, "The Man That Was Used Up"(インディアン討伐のヒーロー、スミス将軍の正体は・・・? ロンドンからティンブクトゥーまで気球の定期便が飛ぶ未来世界。でもアメリカ合衆国は依然として抵抗するインディアンと戦っている。まるで「ロボコップ」のような話。将軍の黒人召使に対する差別が甚だしい。アンソロジーとかにはまず絶対入らないだろう)

 

·  Edgar Allan Poe, ""()

 

·  Richard Dana, Jr., Two Years Before the Mast (1840年に出版され、ベストセラーとなり版を重ねた。メルヴィルの『白鯨』の先駆。小説形式を取るが、実質はノンフィクション。作者にも小説家であるという意識は全くなく、これが最初で最後の文学作品。その後は弁護士になっている。1835年、Harvard Collegeを病気でドロップアウトしたインテリが一介の水夫として貨物船に乗り組み、ケープホーン周りで太平洋に出て、カリフォルニアで牛皮獲得を目的とする商業活動に2年間従事する。『白鯨』以上に、19世紀初めの奴隷同然の水夫の生活実態がよく分かる。作者の動機も、海上での船長のtyrannyと搾取の告発にあった。帆船操船用語が頻出し、ときに辟易させられる。それがいまだに邦訳の出ない理由だろう。水夫の生活実態に加えて、メキシコ統治時代のカリフォルニアがどんな風だったかも一瞥できる。とくに第21章の"California and Its Inhabitants"が興味深く、遠からずアメリカに併合されるだろうことを予感させる。1864年版以降には"Twenty-four Years After"と題されたあとがきが追加されている。1859-60年にデイナは世界一周旅行をしているが、その手始めに、18498月、パナマ地峡のパナマ鉄道経由で、蒸気船でカリフォルニアを訪れている。このあとがきはその記録であり、サンフランシスコを拠点に、南はサン・ディエゴまでのカリフォルニア沿岸を再訪し、関係者と再会している。Two Yearsで有名になったデイナは各地で名士として歓迎を受けた。1836年にはPresidio(要塞)とMission Doloresの他には掘立小屋一軒しかなかったサンフランシスコはその後の金鉱の発見で一変し、1859年には人口10万人大都市に変貌していた。因みに翌年18603月には咸臨丸で福澤諭吉がサンフランシスコを訪問しているが、諭吉が目にした町は、デイナがあとがきで記述しているサンフランシスコである。デイナは旅行客に開かれたばかりのヨセミテも訪れている)

 

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·  ナサニエル・ホーソン 「美の芸術家」大橋健三郎訳(河出書房)

 

·  ナサニエル・ホーソン 『七破風の屋敷』大橋健三郎訳(筑摩書房)(世界文学的に見れば突出した傑作とは言えないが、第18章「知事ピンチョン」だけは稀に見る異常な章だ。居間の椅子に座ったまま動かぬピンチョン判事を語り手は一昼夜観察する。しかし、ここにはクリフォードの30年間の独房暮らしが一日に凝縮して暗示されてはいないだろうか。それにしても、ホーソーンには「生きられなかった人生」という主題が何度か出てくる。一方で、19世紀半ばのアメリカの風物も活写されていて、とても面白い――乗合馬車、貸し馬車、鉄道、電信、行商人、手回し風琴等々)

 

·  Nathaniel Hawthorne Blithedale Romance (1852年出版。Zenobiaの水死体を川底から引き上げる最終章が白眉。『七破風』の"Governaor Pyncheon"Gothic性に近い)

 

·  ハーマン・メルヴィル 「煙突物語」杉浦銀策訳(『乙女たちの地獄』下巻、国書刊行会、"I and My Chimney")(へんてこな話だが味がある)

 

·  ハーマン・メルヴィル 『白鯨』千石英世訳(講談社学術文庫)(ぐいぐいと読ませる名訳です。恐いくらいに読み易い)(最初にこれを読んだのは阿部知二訳でしたが、恐ろしく読みにくかったですね。読了するのに2週間もかかったような気がします。こんな退屈な小説が、どうして名作なのかとも思いましたね。今はかなり違う意見ですが。最後に「棺桶」のお陰でイシュメイルひとりが生き残るというのがすばらしいアイデアですね。私的な勘ですが、この小説を構想する最初の段階に、このアイデアがメルヴィルの頭の中にあったのだと思いますね。つまりこの場面を演出するために、それ以前のストーリーが書かれたと?)

 

·  ハーマン・メルヴィル 「エンカンタダス--魔の島々」"The Encantadas or Enchanted Isles" 「エンカンタダス」はスペイン語で魔法にかけられた島々を意味し、ガラパゴス諸島のこと。これはその島々を舞台にした短編集。冒頭の詩的想像力の飛翔には、文字通り「魅せられる」: "Take five-and-twenty heaps of cinders dumped here and there in an outside city lot; imagine some of them magnified into mountains, and the vacant lot the sea; and you will have a fit idea of the general aspect of the Encantadas, or Enchanted Isles."")

 

·  ハーマン・メルヴィル 「ベニトー・セレノー」(身も氷る問題作。"the chalky comment on the chalked words below, 'Follow your leader.'"

 

·  ハーマン・メルヴィル 『イスラエル・ポッター』Israel Potter

 

·  ハーマン・メルヴィル 『レッドバーン』Redburn, 1849.

 

·  ハーマン・メルヴィル 『ホワイト・ジャケット』White-Jacket, 1849.

 

·  ハーマン・メルヴィル 『マーディ』Mardi

 

·  ハーマン・メルヴィル 「ピアザ」("Piazza", 短編。「ピアザ」はベランダのこと。)

 

·  ナサニエル・ウェスト 『孤独な娘』丸谷才一訳(Miss Lonelyhearts (1933) ポストモダン小説を先取りする傑作。Miss LonelyheartsとボスのShrikeの関係は、JoyceUlysses StephenBuck Mulliganの関係を思い出させる。丸谷訳の邦題は誤解を招く。『ロンリーハーツ嬢』あるいはカタカナで原題のまま『ミス・ロンリーハーツ』とすべき)

 

·  ウィリアム・フォークナー 『八月の光』加島祥造訳(新潮文庫)(より前衛的な『アブサロム!アブサロム!』を最高峰とする人も多いが、これこそフォークナーの最大傑作) 

 

·  ウィリアム・フォークナー 『行け、モーゼ』大橋健三郎訳(フォークナー全集16、冨山房)(でも有名な「熊」はいただけませんね。できの悪いtall taleじゃないかと思う。熊が巨木のように倒れる最後の場面など滑稽過ぎて・・・) 

 

·  ジャック・ケルアック 『ザ・ダルマ・バムズ』The Dharma Bums)中井義幸(講談社学芸文庫。同訳者による『ジェフィ・ライダー物語』の改訳。『オン・ザ・ロード』もいいけど、こっちが好きかな)

 

·  アニー・ディラード 『アメリカン・チャイルドフッド』柳沢由実子訳(パピルス社)

 

·  JD・サリンジャー 「ゾーイー」『フラニーとゾーイー』野崎孝訳、新潮文庫)(サリンジャーの傑作。狭小空間(ここではバスルーム)を描かせるとサリンジャーの右に出るものはいない。フラニーの抱えている問題以上に、ゾーイーのそれは深刻だ。ゾーイーの方が心配になる)

 

·  J. D. Salinger, Raise High the Roof Beam, Carpenters (これもタクシーという狭小空間が舞台。都会小説の白眉)

 

·  バーナード・マラマッド 『魔法の樽』(「天使レヴィン」:度重なる不幸に見舞われた男の祈りに答えて彼の目の前に現われた天使レヴィンは、黒人だった。「弔う人々」:アパートの管理人とトラブルを起こし、屋根裏部屋から追い出されれそうになるケスラーの人生とは。表題作の「魔法の樽」:花嫁を探すラビの卵とユダヤ人結婚仲介業者の話。)

 

·  エドワード・アビー 『砂の楽園』越智道雄訳(東京書籍)(Desert Solitaire1968)何度も読んだ数少ない本のひとつ。特に第5"Polemic: Industrial Tourism and the National Parks"の自動車文明の批判は痛快。環境文学の傑作であると同時に、ビート・ジェネレーションの文学でもあろう。アーチズ国立公園(ユタ州)に行ってみたい!)

 

·  ウィリアム・リースト・ヒートムーン 『ブルー・ハイウェイ』真野明裕訳(河出文庫)(日本では人気がないが、これはケルアックの『路上』を完全に越えています)

 

·  カール・セイガン 『コンタクト』 池央耿、高見浩訳(新潮社)(すばらしい英語です。冒頭のモトローラ製のラジオを修理するエピソードは、理工系小説家にしか書けない)

 

·  ドン・デリーロ 『ホワイト・ノイズ』森川展男訳(集英社)(抱腹絶倒!)

 

·  ジュリアン・バーンズ 『フロベールの鸚鵡』斎藤昌三訳(白水社)

 

·  ヴァージニア・ウルフ 『オーランドー』(杉山洋子訳、国書刊行会。『灯台へ』はさっぱり面白くなかったが、このはちゃめちゃな小説はおそろしく面白い。同じ著者とは思えない。翻訳もおそろしく上手い)

 

·  ジョージ・マクドナルド 『リリス』(George Macdonald, Lilith(1895). 荒俣宏訳、月刊ペン社、1976年。ちくま文庫、1983年。ルイス・キャロルにも大きな影響を及ぼしたスコットランドの児童文学、幻想文学作家の代表作。父の屋敷を相続した若いヴェイン氏は、書斎司書レイヴン氏の亡霊に導かれて、屋敷の屋根裏部屋にある鏡から、本が死者であり、書斎司書が墓守であるようなパラレルワールドに入り込む。冒頭からぐいぐいと読者を引き込み、読むのが止められなくなる)

 

·  ジョージ・マクドナルド 「鏡中の美女」(短編。岡本綺堂訳あり。「鏡にうつっている部屋のうちには、彼女の眼を()いた物はないらしかった。そうして、最後に彼を見るとしても、彼は鏡にむかっているのであるから、当然その背中しか見えないわけである。鏡のうちに現われて いる二人の姿――それは現在の部屋において彼がうしろ向きにならない限り、彼と彼女とが顔を見あわせることが出来ないのである。しかも彼がうしろを向け ば、現在の部屋には彼女の姿は見いだせないのである。そうなると、鏡のうちの彼女からは、彼が(くう)を見ているように眺められて、眼と眼がぴったりと出合わないために、かえって相互の心を強く接近させるかとも思われた。」)

 

·  『』()

 

·  『』()

その他の本

·  クルト・ブラウプコプフ 『マーラー:未来の同時代者』酒田健一訳(白水社、1974年)

 

·  ウィリアム・ジェイムズ 『宗教的経験の諸相』(岩波文庫)

 

·  四方田犬彦 『月島物語』(集英社文庫)(突然、月島の長屋に住むことになった著者が、体験と文献の両面から、1980年代末から90年代初めの月島と佃について語る。東京の「下町」について書かれた本で、これほど面白いものも珍しい。かつて司馬遼太郎の『本郷界隈』[「街道をゆく」シリーズ]に驚嘆したものだが、四方田氏の本に比べるとブッキッシュに見えてくる。なにしろ佃祭では半纏と半タコで神輿を担いでしまうのだ。脱帽)、『ハイスクール1968』(新潮社、2004年。19684月に始まる著者の高校生活の記録。高校3年間をこれほど濃密に生きた生徒がいたとは! 教育大附属駒場高校におけるバリケード封鎖事件をひとりの当事者として振り返る第5章は圧巻である。ただし、すごい本に変わりはないが、なぜか後味がよくない。[友人と呼ばれた鈴木晶は「ほとんど嘘」と一蹴している]。記憶を文献や知人の証言等で訂正しながら記述する方法は、大岡昇平の自伝『少年』に倣っている。大岡氏の自宅があった渋谷宇田川町付近は、高校時代の四方田氏のstamping groundであった。講談社文芸文庫版の『少年』の解説は四方田氏が書いている。) 『ソウルの風景』(岩波新書、2001年。主として1979年と2000年の2回の韓国長期滞在の経験に基づいて、韓国社会の激変の諸相を、鋭い観察眼に加えて、韓国の映画・アニメ・文学等についての該博な知識によって、描き出す。友人宅で20年を隔てて見聞した中秋[秋夕]の儀礼のこの間の変化、光州事件犠牲者の二つの対照的な共同墓地を訪ねる話、1979年滞在時に心ならずも半日だけKCIAに協力する羽目になった話、元従軍慰安婦の共同住居を訪ねる話など、興味深いエピソードに富む。林権澤監督の映画『祝祭』、李清俊著の短編連作『南道の人たち』などの紹介もあり。近くて遠い隣国を知るための絶好の入門書。)

 

·  宮本常一 『忘れられた日本人』(岩波文庫)(柳田國男以降の最大の民俗学者にして日本全国の農民に慕われる百姓「世間師」。「対馬にて」(江戸の昔から続く民主的な寄り合い。だがデモクラシーとは違う)、「名倉談義」(愛知県名倉村の五人の古老が村の歴史を方言で語る)、「女の世間」(村の女たちの猥談)、「土佐源氏」(橋の下にすむ盲目の老乞食が語るヰタ・セクスアリス)、「梶田富五郎翁」(周防大島久賀出身のメシモライが語る漁民の生活と対馬での漁村作り)など、古老自らが語る人生の物語[ライフ・ヒストリー]。昔の貧しい日本人はこういうふうに生きていたのだ。網野善彦『「忘れられた日本人」を読む』(岩波書店、2003年)は宮本の著作を賞賛しつつ、一方で批判的に読み直した好著。網野歴史学の入門書としても最適)、『民俗の旅』(宮本常一の自伝。特に、渋沢敬三との師弟関係や11,12章の戦中戦後の農業指導の話が興味深い)、『塩の道』3部構成。第1部の「塩の道」の「塩木」の話が興味深い。第2,3部には、西日本と東日本における馬の使い方の違い、稲作の発達などをかなり大胆な仮説で論じている部分があるが、一般人向けの講演であるためかやや実証性に不満が残る)、『イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』(平凡社、2002年。バードの旅行記を民俗学者が検証する。例えば、一部の地域を除き明治以前に飼育されていた日本の馬はポニー程度の貧弱な体格の種であった。大河ドラマなどで、サラブレッドを使って演じられる「ひよどりの逆落とし」とか「長篠の戦い」の勇壮な騎馬の戦闘シーンがまったくのフィクションであることがよく分かる)、『家郷の訓』(岩波文庫、周防大島の幼児期、自分がいかに躾けられ、育てられたかという話を軸に、貧しい島の生活を回想する。『民俗の旅』と重なる部分もある。簡潔だが、よく練り上げられた名文で、自伝文学としても第一級であろう。「女中奉公」では、島では娘が年頃になると、秋仕[アラシコ]と呼ばれる出稼ぎや、家出までして女中奉公をしたがった話が興味深い。「母親の躾」では母親への愛が語られるが、時節柄だろうが銃後の母たちをやや美化し過ぎているように思える。「父親の躾」では、父親から教わった百姓仕事のやり方がきわめて具体的に語られ、当時の農民の姿を髣髴とさせる。「子供仲間」では、ドーシや子供宿、娘宿と呼ばれる朋輩の集まり、つまり同年代の子供たちの横のつながりを回想する。学校での成績競争のために、こういう風も徐々に廃れたという。「」)、『女の民俗誌』()、『庶民の発見』()、『ふるさとの生活』()。

 

·  網野善彦 『歴史を考えるヒント』(新潮新書、2001年。第1[日本という国号が定められたのは689年の浄御原令の時で、対外的には702年の遣唐使の時であった]。第5章「誤解された『百姓』」[百姓は農民と同義ではないという有名な説がここでも説かれる。従来百姓は田畑を耕す農民と見なされ、江戸時代までの日本は農民が人口の80%を占める農業国とされた。しかし、実際には「百姓」には、農民以外に漁業、林業、商工業、運送業等に携わる人々が含まれ、人口に占める農耕民の比率は5割以下であった。日本では13世紀頃から商工業・金融業が発達し、南北朝から室町期には重商主義も顕著となった。明治期における西洋化の成功は、江戸期までの商工業・金融業の発達の延長線上にあった]。第8章「商業用語について」[割符、切手、手形、為替、寄付きなどの商業・金融用語が翻訳語ではなく、中世に遡る古い言葉であることは、日本では商業・金融がこれまで考えられてきた以上に早くから発達したことを示している])、『異形の王権』(平凡社ライブラリー、1993年。聖なるものである天皇・神仏と結びつき、その奴婢となることで自ら平民と区別された「聖」なる集団としての特権を保持していた供御人、犬神人、寄人らの地位は、建武の新政の崩壊と南北朝の動乱を契機に失墜し、また、その職能の性質から天皇・神仏の「聖性」に依存していた非人、川原者、海民らは、職能自体の「穢」との関わりも加わって、「聖」なるものからから「賤」しいものに転落し、社会的な蔑視の下に置かれた)。『日本中世に何が起きたか--都市と宗教と「資本主義」』(初版1997年。洋泉社新書、2006年。)『無縁・苦界・楽』(平凡社ライブラリー、1996年。)

 

·  中沢新一 『僕の叔父さん網野善彦』(集英社新書、2004年。第1章「『蒙古襲来』まで」:網野が中沢の父厚の妹真知子と結婚して、中沢家の一員となる経緯から、網野をまじえて中沢家で交わされた政治社会について談議を回想する。中沢厚の「飛礫」についての民俗学的な観察が、いかに網野の『蒙古襲来』の発想につながったかが明かされる。この点で亡き父へのオマージュでもある。第2章「アジールの側に立つ歴史学」:東京帝国大学国史科教授で皇国史観の大立者だった平泉澄(きよし)の若き日の著作『中世に於ける社寺と社会との関係』をめぐる網野善彦と院生時代の中沢新一とのやり取りを再現している。かつて対馬の天童山にアジール[asyle]が存在したことを立証した平泉を讃え、それが網野の『無縁・苦界・楽』の先駆であることを認めている。それはまた中沢自身の「野生の思考」にもつながっている。ただし、アジールを「一種変態の風習」とする平泉の凡庸な結論への失望と苦言は隠さない。この章は、まるで短編小説のように、よく考え抜かれた構成が印象的である。第3章「天皇制との格闘」:「なぜ日本人は天皇制を消滅させることができなかったか」という問題系をめぐる網野と中沢との共同の思索の記録。「あとがき」:中沢が山梨の実家でこの本を執筆した際に経験した幻想的な体験について述べている。感動的である)

 

·  中沢新一 『東方的』(せりか書房、1991年。第2章「四次元の花嫁」は、モダニズムとヒントンの四次元論についての刺激的な論考)。『森のバロック』(せりか書房、1992年。南方熊楠論。特に第7章「浄のセクソロジー」は、熊楠のユニークなセクシャリティーを論じて興味深い)

 

·  内田樹(たつる) 『「おじさん」的思考』(晶文社、2002年。その表題にもかかわらず、若い人たちにもぜひお薦めしたい本である。「教育とエロス」[教師必読のエッセイ。ソクラテスを引き、レヴィナスとフロイトの転移論を援用しながら、知への愛はエロティックなものであり、学生が教師に抱く欲望は「知への愛」の表出であることを論じる。教育の場が本来的にエロティックな場であることを忘れた教師がセクハラ教師となると看破]「「私」は私の多重人格のひとつにすぎない」[「場面ごとの人格の使い分けをかつては「融通無碍」と称した。...しかるに、近代のある段階で、このような「別人格の使い分け」は、「面従腹背」とか「裏表のある人間」とかいうネガティヴな評価を受けるようになった。単一でピュアな「統一された人格」を全部の場面で、つねに貫徹することが望ましい生き方である、ということが、いつのまにか支配的なイデオロギーとなった」(73頁)]。)『下流志向』(講談社、2007年)(若者はなぜ学びから逃走し、労働から逃走するのかを、市場競争原理の社会の隅々への浸透という現象によって説得的に説明する。子供は消費者マインドで学校教育に対峙している! ビジネス・マインドによる教育改革を自殺行為として批判。贈与理論による教育・社会改革を示唆。ジョージ・ルーカスの『スターウォーズ』を黒澤明の『姿三四郎』へのオマージュと看破。師であることの条件は、自分もまた師を持っていたという事実だけである)。『こんな日本でよかったね』(文春文庫、2009年。内田さん冴えまくり!再読、三読したい本。構造主義入門としても読める)

 

·  内山節 『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書、2007年)(1965年を境に日本人はキツネにだまされなくなった。われわれは何を手に入れる代わりに、何を失ったのか。第4章「歴史と「みえない歴史」」、第5章「歴史哲学とキツネの物語」)

 

·  内藤湖南 『日本文化史研究』(上下。講談社学術文庫)(全体に戦前の風潮に迎合した朝鮮蔑視の言辞が散見され気になるが、それを除けばいまでもとても興味深く読める。とりわけ上巻の「近畿地方における神社」と下巻の「応仁の乱について」は読み応えがある。前者は、近畿地方の神社の起源に関する間違った伝承を文献学を駆使して正す。後者は応仁の乱が日本史の画期であり、日本を知るにはそれ以前の歴史の知識はないと極言する。上巻の「飛鳥朝のシナ文化輸入について」、「唐代の文化と天平文化」、「弘法大師の文芸」なども面白い。この本には1910年の有名な「卑弥呼考」は収録されていない。本居宣長以来優勢だった邪馬台国九州説に抗して、宣長以前の畿内説を復活させ、20世紀の邪馬台国論争の端緒となった論文。なお、20世紀の邪馬台国論争史について内藤湖南を主軸に据えて論じた研究書としては、佐伯有清『邪馬台国論争』(岩波新書、2006年。2004年に没した佐伯の遺著)が優れる。学説を比較検討するだけでなく、諸学説登場の背景や研究者間の協力関係を書簡等の未公刊資料を駆使して紹介しているのがこの手の本としては異色。内藤と白鳥庫吉が「東洋学ノ振興」のために、1910年ほぼ同時に「卑弥呼考」と「倭女王卑弥呼考」をそれぞれ発表したという指摘も、学問の政治性を考える上で興味深い。大逆事件の被告たちが、九州説を唱える久米邦武の『日本古代史』に強烈な影響を受けたことや、石川啄木が同書を読み、「邪馬台の考証時代は既に通過したり、今は其地を探験すべき時期に移れり」をもじって、日記に「今は社会主義を研究すべき時代は既に過ぎて、其の実現すべき手段方法を探験すべき時代に移れり」と記したというような逸話なども紹介している。)ついでに古代史に関する良書を紹介すれば、邪馬台国問題を含む古墳時代については、少し古いが次の本がお薦め:和田萃(あつむ)著『体系日本の歴史第2巻古墳の時代』1988年初版、1992年小学館ライブラリー。史書だけでなく、それ以上に考古学的成果を重視し、大和王権の実体、古墳群の性格、古墳の被葬者等について魅力的な仮説を多数提出している。中村修也著『偽りの大化改新』(講談社現代新書、2006年。いわゆる大化改新における蘇我入鹿の暗殺事件の首謀者が中大兄と中臣鎌足ではなく、皇極天皇の弟孝徳天皇による王位簒奪事件であったとする。中大兄(天智天皇)を血塗られた英雄として描く『日本書記』の記述には、壬申の乱による近江王朝打倒を正当化しようとする天武天皇の意図が働いているとする。『書記』に見られる矛盾や不自然さの原因を、無理なく合理的に説明することに成功している。実に魅力的な仮説。読者の古代史観を一変させる好著)。中村修也『女帝推古と聖徳太子』(光文社新書、2004年。一時話題になった聖徳太子非在論ほど劇的な仮説ではないが、厩戸皇子は推古帝の摂政でも皇太子でもなかったと説く。推古には能力も野心もあり、蘇我馬子の思惑に反して厩戸の大王即位を全力を阻んだ。同時に、日本書紀によって悪役に仕立て上げられた蘇我馬子の実像を探る。『偽りの大化改心』ほどは文書資料が裏づけに用いられておらず、その分憶測が多いため、いまひとつ物足らないが、まあ面白い。古代史に蘇我氏が果たした役割の見直しについては、水谷千秋著『謎の豪族蘇我氏』(文春新書、2006年)がお薦め。雄略以来不安定化した大王支配を、大陸文化の積極的な輸入と渡来人の活用等によって立て直した蘇我氏の功績を、多数の史料を用いて、また諸学説を検討しつつ、再評価する。)

 

·  梅原猛 『京都発見』9巻(19972007年、新潮社)、1巻「地霊鎮魂」(梅原猛が、本性寺、伏見稲荷、東福寺、法成寺、宇治平等院、浄瑠璃寺など、京都の古社寺を巡り歩き、そこに住み着いた怨霊や古い霊たちに耳を傾ける。博識と薀蓄を満載。適量のユーモアもあり。この本を読むことなく京都の古刹巡りはできない!)、2巻「路地遊行」(因幡堂、六角堂、壬生寺、広隆寺、栄西と建仁寺、後醍醐天皇と三十三間堂、道真と北野天満宮など)、3巻「洛北の夢」(八瀬の酒呑童子の子孫たち、大原の小野一族、惟喬親王の旧跡、鞍馬寺と貴船神社)、4巻「丹後の鬼、カモの神」()、5巻「法然と障壁画」()、6巻「ものがたりの面影」()、7巻「空海と真言密教」()、8巻「禅と室町文化」()、9巻「比叡山と本願寺」()。

 

·  白洲正子 『かくれ里』(1971年。白洲正子の最高傑作。特に面白いのは「薬草のふる里」[人麻呂の「ひんがしの野」を探訪する]、「吉野の川上」[谷崎潤一郎の『吉野葛』と合わせて読みたい]、「金勝山をめぐって」[狛坂廃寺の磨涯仏を訪ねる]、「湖北 菅浦」、「越前 平泉寺」[平泉寺は戦前のアジール論の先駆者、帝大教授平泉澄の実家。今はまったくの廃寺だが、白洲の文章を読むと無性に訪ねたくなる]、「葛城のあたり」[柏原の神武天皇社を訪ねる]、「葛城から吉野へ」[役行者の足跡をたどる]など)『十一面観音巡礼』(1975年、新潮社。「山の仏、水の女神」である十一面観音を訪ね歩く。南都古寺巡りのガイドブックとして最適。情報と薀蓄と想像力と地理感覚に富む。著者の知識欲と行動力[韋駄天お正]には敬服させられる。ちなみに白洲次郎、正子は戦時中に小田急線鶴川駅近くの農家を購入し、疎開した。武蔵と相模の境にあるので「武相荘」と名づけられた)『近江山河抄』(1974年。近江路・琵琶湖周辺を歩き尽くす。歴史と文学の薀蓄を満載。第4章「紫香楽の宮」では、東大寺の前身金鐘寺の由来について驚くべき説を唱えている[pp.76-77]。第7章「あかねさす紫野」では、額田王の名歌にある「紫野」を雪野山と同定し、この歌の背景について興味深い見解を打ち出している[pp.129-134])『古典の細道』(1970年。業平、世阿弥、継体天皇をめぐるエッセイが興味深い。世阿弥の「花筺」に登場する継体天皇の寵妃を、古事記に記述のある継体帝のニ番目の妃と同定している。また、世阿弥の妻の家の南朝とのつながりを手掛かりに、世阿弥が遠島になった理由を探る。業平についての章も面白い)『心に残る人々』(1963年。民芸運動の浜田庄司、正宗白鳥、骨董の殿様細川護立、壷中居の広田煕、吉田茂、祖父樺山資紀についての章が面白い)『鶴川日記』(戦時中に購入した鶴川村の農家での生活を振り返る。農村に溶け込み、馴染んでいった経緯を語る)

 

·  飯島幡司(飯島曼史) 『青衣女人』(昭和17年刊の随筆集。全国書房。東大寺の修二会について詳しく紹介したおそらく最初の文章。著者の本業は経済学者だが、達意の名文が印象的。末尾に付録として、修二会で読み上げられる「東大寺上院修中過去帳」を写真複写で収録)『南窓雑記』(日本評論社、昭和14年。)。

 

·  塩野七生 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』(新潮文庫。塩野の出世作。法王アレッサンドロ六世の庶子チェーザレ・ボルジアの生涯。血に飢え、毒殺を多用した冷酷非道な独裁君主とされてきたチェーザレ像を、マキャヴェッリの『君主論』に近い立場から、現実主義的な軍事的政治的天才として書き直す。第一部、フランス王シャルル八世のイタリア侵攻。封建領主と共和制都市国家が群雄割拠する分裂国家の弱点と、いち早く絶対君主制を確立したフランスの侵攻がボルジアに与えた衝撃。第二部、枢機卿から還俗して教皇軍総司令官となったチェーザレによる教皇領ロマーニャ統一の戦い。傭兵の反乱と鎮圧。フィレンツェ特使マキャヴェッリとのやり取り。第三部、チェーザレ、志半ばでマラリアに倒れ、その間に旧勢力が復権。旧勢力による報復。スペインでの幽閉の日々とナヴァーラ王国への脱出。スペインとナヴァーラの戦いで戦死)

 

·  塩野七生 『海の都の物語――ヴェネツィア共和国の一千年』(新潮文庫。全六巻。全十四話。3では第四次十字軍が取り上げられる。聖地奪還の遠征としては失敗に終わった一方で、兵員と物資の運搬を担当したヴェネツィアが、ドーチェであるエンリコ・ダンドロの指導の下、いかに巧妙冷徹にこの遠征を利用し、結果として東地中海における独占的な交易権を確立したかを描き出す。理想主義的なフランスの十字軍騎士たちと、リアリズムに徹したヴェネツィア人たちの対比が鮮明である。4では、『ヴェニスの商人』のアントニオが実際にはまったくヴェネツィア商人らしくないとする指摘を枕に、ヴェネツィア商人の実体と、共和国挙げての通商振興戦略が詳細に述べられる。この本の白眉。8「宿敵トルコ」では、コンスタンティノープル陥落以後の、ヴェネツィアとトルコの長期にわたる戦いが描かれる。こういう戦記になると塩野の筆はより一層闊達に動くようだ。ただし、ヴェネツィア側の史料は存分に用いられているが、トルコ側の見方が忖度されているかどうかは疑問であるように思われる。スルタンとトルコ軍の残忍さ、冷酷さの記述が、かなりステレオタイプ的に見えるからだ。9「聖地巡礼パック旅行」では、主としてミラノの官吏サント・ブラスカが残した聖地巡礼日記(1481年刊)に基づいて、前年の巡礼旅行を詳細にたどってゆく。商魂たくましいヴェネツィア商人よって、聖地巡礼旅行が如何に営利事業として組織化されていたかが分かる。面白いことこの上ない。14「ヴェネツィアの死」では、ナポレオン台頭の契機となったフランス軍のイタリア侵攻とそれに対して非武装中立で臨んだヴェネツィアの誤算と共和国の滅亡が、ナポレオンとヴェネツィア側の生々しいやり取りを交えて語られる。)

 

·  塩野七生 『神の代理人』(中公文庫。2章「アレッサンドロ6世とサヴォナローラ」1494年のフランス王シャルル8世のイタリア侵攻から、一時フィレンツェ政治を牛耳った修道士サヴォナローラの失脚と処刑[1498]までの経過を、ボルジア家出身の法王アレッサンドロ6世とサヴォナローラの間に交わされた往復書簡・教書と、フィレンツェの一商人ルカ・ランドゥッチの実在の日記と、法王秘書官バルトロメオ・フロリドの架空の日記[実は塩野の創作]によって実録風に描き出す。読み応えがある力作。途中、ランドゥッチの日記の記述にはマキアヴェッリも顔を出す[225]第章「」:。第章「」:。第章「」:。)

 

·  塩野七生 『わが友マキアヴェッリ』(新潮文庫。全3巻。フィレンツェ市のノン・キャリア官僚ニコロ・マキアヴェッリの生涯。マキアヴェッリ入門に最適)

 

·  須賀敦子 『ヴェネツィアの宿』(文春文庫。自伝的エッセイ。「ヴェネツィアの宿」:ヴェネツィアでの学会、ハードスケジュール。フェニーチェ・ホテル、隣のフェニーチェ劇場からもれ聞こえるオペラ。父親の贅沢な欧米旅行。父親の家出、入院、愛人。「夏の終わり」:戦争中、小野の伯父伯母のもとに難を逃れる。いとこの子、かずちゃんの病死。母の熱病。戦後分かった伯父の息子の戦死。伯父の死。伯母の自殺。「寄宿学校」:ミッションスクールの寄宿学校生活。シスターたちの思い出。雑司が谷のシスターたちの墓所。「カラが咲く庭」:1958年。ローマ留学。修道女が経営する寄宿舎、精神のバランスを崩したキムさんの帰国。寮を移る。「夜半の歌」:父の家出。母と対照的な愛人。父と母を会わせ、話し合わせるまでの経緯、父の帰宅。「大聖堂まで」:1971年時点の回顧。ミラノから車でパリへ。パリの宿からはノートルダムが見える。19538月、シャルトルまでの徒歩巡礼。高校生、大学生の大集団。パリからランブイエまで列車。そこから30キロを討論しながら徒歩で。シャルトル聖堂内は満員で入れず。ヨハネの像。「レーニ街の家」:1986年。フィレンツェ旅行。ミラノ時代の友人カロラにばったり会う。カロラ一家の悲劇、娘の死、離婚。「白い方丈」:伏見の竹野夫人との出会い。浄瑠璃寺での昼食。禅寺の老師。白い方丈。「カティアが歩いた道」:パリ留学の翌年、寮で同室になったドイツ人のカティア。エディット・シュタイン著作集を読み耽るカティア。イタリア語初歩を習う。ペルージャ留学。数十年後の日本での再会。「旅のむこう」:母の思い出。「アスフォデロの野をわたって」:ペッピーノとの結婚数年後、夫の友人ロサリオの勧めで、ソレントで夏を過ごす。ロサリオの恋人エレナを含めて四人で訪れたポセイドニア。ロサリオの死。ペッピーノの死。「オリエント・エクスプレス」:イギリス旅行。ロンドンでサブレットした屋根裏部屋。フライング・スコッツマンでエディンバラへ。エディンバラの超豪華なステイション・ホテル。エディンバラ城の強烈な印象。病床の父の願い。ミラノ駅に停車したオリエント急行の車掌長に願い出て、コーヒーカップをわけてもらう。父、見舞った翌日に死去。)

 

·  須賀敦子 『遠い朝の本たち』(ちくま文庫。少女時代の読書を回想。冒頭の章と巻末の章が涙をさそう。第5章「サフランの歌」:隣家に越してきたマサコちゃんの家の書庫に驚く。)

 

·  上田正昭 『私の日本古代史』(上下巻、新潮選書)

 

·  和田萃 『体系日本の歴史古墳の時代』(小学館、1992年。考古学の成果を満載した古代史。)

 

·  和田萃 『飛鳥』(岩波新書、2003年。著者は古代史の専門家だが、考古学の成果も積極的に取り入れる。読みやすい達意の文章。飛鳥歩きの最良のガイドブック)

 

·  会田誠 『カリコリせんとや生まれけむ』(幻冬社文庫、2012年。日本の現代アートを代表するアーティストのエッセイ集。文章うまい! 抱腹絶倒かつ現代アートとは何かをシリアスに考えさせる)

 

·  石川英輔、田中優子 『大江戸生活体験事情』(講談社文庫、2002年。江戸時代の時刻に従って生活するとどういうことになるか。火打石で火をつける実験。行灯の灯りはびっくりするほど暗い。60W電球の100分の1程度。江戸時代の「巻筆」の書き心地。現代の画一化された着付けに対するに、江戸時代の自由な着物の着方。)

 

·  石川英輔 『実見 江戸の暮らし』(2009年:講談社文庫、2013年。江戸の庶民の食生活を、おかず番付「為御菜」から知る。江戸の町のいたるところに食堂、飲み屋、料理屋があったが、食卓、テーブルのたぐいは一切使われていなかった)

 

·  石川英輔 『大江戸リサイクル事情』(1997年。講談社文庫、2010年。植物だけを利用することによってほぼ完全な循環社会を実現していた江戸の実情)

 

·  中野三敏 『江戸文化評判記』(中公新書、1992年。「洒落本とは半可通を笑うという主題で書かれた人間喜劇の名シナリオである」[p.91]。「浮世絵の春画はなにゆえあれを大きく描くのか。・・・江戸人にとって春画は笑いの対象であり、笑いながら見るものだった」[p.97]。「北斎は[鍬形]恵斎の真似ばかりした」[p.108]。「江戸を理解するのに、現代の感覚そのままで臨もうというところに、すべての問題が生じてくる」[p.191])

 

·  田中優子 『江戸百夢』(ちくま文庫、2010年。名著。百の図像で江戸を読み解く。『清明上河図』、『干将莫邪図』、『百福図』など未知の絵の面白さを教えてくれる)

 

·  田中優子 『江戸の想像力』(1986年。ちくま学芸文庫、1997年。田中の代表作。名著。特に第二章「「連」がつくる江戸十八世紀」は圧巻)

 

·  田中優子 『張形と江戸をんな』(洋泉社新書。浮世絵春画に描かれた江戸時代の〈大人の玩具〉についての恐るべき蘊蓄)

 

·  大野晋、丸谷才一 『光る源氏の物語』(中公文庫。国語学者と英文学者・小説家による源氏物語をめぐる対談。型破りな源氏論。刺激たっぷりで、滅法面白い。)

 

·  丸谷才一、山崎正和 『日本史を読む』(中公文庫。古代、中古、中世、江戸、20世紀まで、日本史をめぐる刺激的な対談。目から鱗が落ちっぱなし)

 

·  丸谷才一、山崎正和 『二十世紀を読む』(中公文庫、1999年。「カメラとアメリカ」[アメリカの写真家マーガレット・バーク=ホワイトの人生を通して二十世紀を考える]。「ハプスブルグ家の姫君」[多民族国家オーストリア=ハンガリー二重帝国の在り方から、民族自決を無条件に是とする二十世紀の常識に挑戦]。「近代日本と日蓮主義」[満州国建国の立役者の多くが日蓮宗信者、それも田中智学の国柱会のメンバーだった。宮澤賢治も同会のメンバーで熱烈な法華教信者だった。もしかれが太平洋戦争まで健在だったら、どうなっていただろうか。国粋主義と無縁でいられただろうかと思うと空恐ろしい]

 

·  梅原猛 『海人と天皇』(新潮文庫、上下。聖武天皇を生んだ藤原宮子は、実のところ、不比等の実の娘ではなく、海人の娘であったことを論証。その事実が聖武天皇と娘孝徳天皇の治世に微妙にしかし大きく影響したとする。下巻第16章の「望まれぬ皇女の出生」で引用される、孝謙天皇を淫欲の権化とする歴史書の記述には、心底驚く。まるでポルノ小説である。歴史上これほど悪く書かれた天皇もないだろう)

 

·  森浩一 『僕は考古学に鍛えられた』(ちくま文庫、2012年。著名な考古学者の自伝。これほどひとつのことに、わき目も振らず、一生涯を捧げられれば、なんと幸福なことだろう)

 

·  ドナルド・キーン 『ドナルド・キーン自伝』(中公文庫、2011年。『私と20世紀のクロニクル』[2007]を改題。偉大な日本文学者の自伝。実に多彩な人脈に驚かされる)

 

·  司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズ。『本郷界隈』(薀蓄の限りを尽くす)、『本所深川散歩、神田界隈』(薀蓄の限りを尽くす)、『近江散歩、奈良散歩』(近江散歩では浅井長政に関する諸章。奈良散歩では東大寺二月堂修二会に関する諸章。錬行衆は四職[和上、大導師、呪師、堂司]と平衆[北座の衆一・衆二、南座の衆一・衆二、中灯、処世界、権処世界]から成る。事務局は小綱。その他に堂童子、駆士、木守、大炊、院士などの職がある) 『』、『』、『』、『』。

 

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漫画・アニメ

·  『フィーリックス・ザ・キャットFelix the Cat(アメリカ・アニメ。最近、子供の頃夢中で見ていたのを思い出した)

·  手塚治 『ロップくん』(手塚漫画のなかで一般にはほとんど人気がないが、子供のとき雑誌の連載の中で一番気に入っていた作品。ガラクタからスーパーマシーンを作り出してしまう超能力ロボットの話。敵のロボットを倒す[壊す]アトムとは対照的。)

·  小沢さとる 『サブマリン707(これも小4の頃に雑誌連載を読んだ。特に第3巻の「救われたふたり」というエピソードが強烈に印象に残っている。)

·  鳥山明 Dr.スランプ』(あかねちゃんが山吹センセに化けるエピソードが最高だった)