A.詩を対象とする論文を書く方法

B.レポート・卒論・修論の書式

 

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目次

 

A. 詩を対象とする論文を書く方法

 (T) 対象とする詩人を選ぶ

 (U) 詩を綿密に読む

 (V)伝記を含めた先行研究に照らして、作品を読み直す

(W)テーマ探し

V)論文の執筆

 

B.レポート・卒論・修論の書式

(T)推奨するマニュアル

(U)作品の版の選び方

(V)書式

(W)引用の仕方

(X)引用した文献を明示する

(Y)後注

(Z)卒論作成の日程

 

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A. 詩を対象とする論文を書く方法

 

(I)対象とする詩人を選ぶ。

(1)どの詩人で論文を書くか決めよう。

 言うまでもなく、大好きな、あるいは熱中できる詩人でなければ、いい論文は書けません。詩は、特に優れた詩は、何度読んでも十分とか、飽きるとか、いうことはありません。俗な言い方をすれば、本当に詩が好きという気持ちは、恋愛感情に近いものです。心が空に舞い上がるような高揚感や恍惚感、言い換えれば、自分を現実の自分よりも高めてくれるような一種の「錯覚」を与えてくれます。そういう詩は、一生の宝です。生きている限り、あなたは何度も何度も、そういう詩に立ち戻っていくことでしょう。それは最初にその詩を読んだときのインパクトが忘れられないからです(十代の初恋が忘れられないのと同じかもしれません)。そして読むたびに新しい発見をするでしょう。

 すばらしい詩でも、最初から100%意味が分かるということはきわめて稀です。いい詩だと思っても最後の10%5%が分からないということはよくありますし、いつまでたっても分からないということもあります。100%分からなければ論じられないというような完璧主義は捨てましょう。まあ、7080%位しか理解できなくても、それでもいい詩だと思えれば、論文の対象にしてもいいでしょう(半分以下しか分からないのでは、ちょっと書きにくいかもしれません)

 いい詩だと思いつつ、意味が完全には分からない。そういう詩の意味を、歩きながら、あるいは電車の中で座って、1週間も10日間も、考え続ける。詩の好きな者にとって、これほど楽しいことはありません。いつもぽかぽかと心が温かいというような感じでしょうか。

 そのような感情を与えてくれる詩や詩人を対象としなければ、いい論文は書けません。なぜなら、詩の深い分析には、集中力と、何十回もの読み直しが必要だからです。面白いと思えない詩は、繰り返して読むことはできません。また、書いた詩人についてもっと知りたいとか、他の人が、その詩をどういうふうに読んでいるのか、といった好奇心も関心も湧いてきません。

 

(2)詩の好みは、小説以上に、十人十色。

 たとえ文学史上で偉大とされる詩人であっても、あなたの好みに合わない場合もあります。いくら一生懸命読んでも、注解書や解説書や研究書の助けを借りて読み直しても、その良さがどうしても分からない場合は、自分を責めることはありません。自分には合わないのだと思えばいいのです。それはそれで構いません。他にも優れた英米の詩人は無数にいます。アンソロジーや日本の優れた研究者(アメリカ詩では金関寿夫、新倉俊一、徳永暢三、沢崎順之助。「アメリカ詩文献」ページを参照して下さい)の論文集や研究書をたよりに、熱中できる詩人が見つかるまで頑張りましょう。その詩人のことを考えると、浮き浮きしてしまって、四六時中、頭の中から離れない、そういう詩人を探しましょう。

 

(3)『詩選集』を読もう。

 気に入った詩人が見つかったら、その詩人の『詩選集』Selected Poemsを手に入れましょう。大抵は一流の学者や、著名な詩人が選者になっています。優れていると一般に広く認められている詩が選りすぐってあります。どんなに偉大な詩人でも、書いた詩すべてが優れているわけではありません。凡庸な作も、駄作も、失敗作もあります。すぐれたSelected Poemsがない場合、あるいは、いい詩を選んでくれるアドヴァイザーがいる場合は別ですが、いきなりCollected PoemsComplete Poemsを最初から読むことは避けましょう。それはもっと後の段階です。おそらくSelected Poemsでさえも、すべての詩が気に入るということはないでしょう。その中の半数位の作品に興味が持てれば十分です。修論の場合、詳しく論じる詩の数は、10篇前後が適当です。

 

(4)修士論文では、どういう詩人・作家を選ぶべきか。

 特に、将来研究者を目指す人の場合、現役の詩人・作家の研究は薦められません。修士論文は、研究者としての能力を判定する一種の試験です。読解・分析力のほかに資料収集能力、先行研究の理解、文学史的な視野なども試されます。従って、没後ある程度時間が経って、資料と研究書が豊富で、かつ評価がある程度定まっている作家・詩人が望ましい。

 学部生でも、大学院進学を考えている人は、卒論の対象を選ぶ場合、このことを考慮して欲しい。

 

(II)詩を綿密に読む

(1)まずその詩の形式を確認しよう。定型詩か自由詩か。

 定型詩の場合、韻律(meter)と押韻(rhyme)を同定する。

 韻律と押韻を整えるための倒置、音の短縮に注意する。

 また、韻律と押韻が、語の選択に影響を及ぼしているかに留意する。

 散文的に書く場合と、異なる語が選択されている場合がある。

(英詩の伝統的な定型詩をある程度読む必要があります。それに加えて、韻律学、押韻法についての知識が必要です。英詩の入門書を読むことを薦めます。また新批評(New Criticism)が開発した様々な分析方法が役に立ちます)

 

(2)自由詩の場合、言葉が書き言葉調か、口語調かに留意しよう。

 自由詩といっても、それ独自の形式があることを念頭に置く。

 特にモダニズム詩以降の場合、行分けの仕方、休止の置き方、そして頁上での配置法(typography)等の、視覚的な効果を見逃さないこと。

 散文的な表現と異なる詩的な(言い換えれば「変な」「ユニークな」)表現がある場合、なぜ敢えてそのような表現が用いられているかを考える。

  自由詩を書く詩人でも、比較的文法に忠実な詩人(T. S. Eliot, Wallace Stevensなど)と、あえて、文法を破壊しながら書く詩人(Pound, Williamsなど)がいます。どこが破格かを知るためには、文法についての厳密な知識が必要です。

 

(3)内容と同じくらいに、あるいはそれ以上に、形式に注意を払おう。

 内容の論議だけに終始するような論文は、詩の研究とは言えない。特にモダニズム詩のように、どの詩人も新しい形式の創造に腐心しているような場合、形式の研究は、内容の研究に優先する。実験的なモダニズム詩(Gertrude Stein, Wallace Stevens, William Carlos Williams, Mina Loyなど)の場合、内容は陳腐だが、形式は革新的だという作品のほうがむしろ多い。

 

(4)詩集を読もう。

 (a)類似の主題の詩が複数あれば、その微妙な相違を比較しながら読む。

 (b)複数の詩体(スタイル)が使われている場合は、その相違に留意して読む。

 (c)詩集全体の性格を考える。一定の主題が貫徹した詩集か、あるいは単に同時期に作られた様々な詩を集めたものか、あるいはその中間的な性格か。

 

(5)翻訳して理解を深めよう。

 詩を日本語に翻訳してみると、詩の理解がぐっと深まります。最初は、原詩の意味を正確に再現するような散文訳を作ってみましょう。できるだけ大きな辞書を使って、ひとつひとつの言葉について、その言葉が選択された必然性、またその言葉が持つ多義性、意味の広さを考えながら訳していきます。翻訳の過程で、多くの発見があるはずです。

 

(6)詩人の全貌を知ろう。

 詩人の詩作品をあらかた読み終えた人は、その詩人の詩以外の作品にも興味が湧いてきたことでしょう。多くの詩人が、詩以外に自伝、エッセイ、小説などを書いています。それらが詩のより深い理解に重要であることは説明するまでもないでしょう。まずは。詩人が生涯に一体どんな作品を書き綴ったのか調べてみましょう。このことを知るのに最も優れた研究書は、詩人の作品についての文献目録(Bibliography)です。重要な作家の場合は、たいてい一冊の本として出版されています。そうでない場合は、伝記など各種の研究書の末尾に掲載されているものを利用しましょう。ただし、研究書によって、情報の充実度はまちまちです。

 

(V)伝記を含めた先行研究に照らして、作品を読み直す

 (T)(U)までは自力で読む方法です。ここまでで自分なりの解釈を得ていることでしょう。また、同時に、理解できない箇所も多々残っていることでしょう。

(1)先行研究(過去に書かれた研究書、論文など)を読んで自分の解釈が正しいかどうかを確認しよう。

 とくに卒論、修論において重要です。自分が好きな詩人を、他の人が今までどう読んできたかを知ることでもあります。本当にその詩人が好きなら、自然と関心も湧き、学術的な研究書でも楽しく読めるはずです(最初は、専門用語に戸惑うかもしれませんが)。

 (a)理解できない箇所を、先行研究を頼りに読み直す。

 (b)すでに理解したと思っている箇所も、先行研究の参照によって、間違っている場合がある。

 (c)あるいは、より深い意味が秘められていることが分かる場合もある。

 (d)先行の研究者の間でも、まれに解釈が完全に定まっている場合もあるが、多くの場合、研究者の詩への接近方法(方法論)の違いによって多様な解釈が存在する。自分は、その詩に対してどのようなスタンスを取るのかを考える。

 (e)まれに先行研究に間違いがある場合もある。そういう間違いを証拠に基づいて指摘できれば、レベルの高い修論と言える。また、出版されている研究書のすべてが優れているわけではないことも、心得ておいて欲しい。

 (f)作品、作家の批評史を知ることは研究の上で非常に重要です。科学的な文学批評が始まったのは1930年代以降ですが、批評には流行があります。従って、詩人に対する評価も時代によって異なります。

 

(2)作品を伝記的コンテクスト(文脈)に照らして読み直そう。

 創作の動機、過程、詩集の全作品中に占める位置と意義、詩人を取り巻く人間関係、詩人の受けてきた文学教育、その時代における詩人の文学的、社会的位置(position)などを考慮した場合に、詩の読み方がどう変わるかを考えます。多くの詩人はその時代の文学の潮流に敏感に反応して詩を書いています。従って、そのような歴史的文脈において詩人や作品をとらえることが非常に重要です。歴史的文脈が分からなければ理解不能な作品もたくさんあります。作家の伝記やその時代の文学運動などについての研究書は、結構読んで楽しいものです。個々の詩人の自伝・伝記を読む前に、まずDictionary of Literary Biography(全309巻の文学伝記事典。現代詩の場合は、主にVol.5, 16, 47, 48)に載っている簡単な伝記から始めましょう。

 

(3)前時代の文学伝統と詩人との関係を考慮して読もう。

 同時代の他の諸芸術の影響がある場合には、それも考慮して読む。多くの詩人は美術や音楽を好みます。文学と諸芸術の関係も面白いテーマになりえます。同時代の政治的、社会的影響が色濃い場合は、それももちろん考慮する。

 

(4)文学批評の諸理論が提供する視点を利用した場合に、作品の読みが深まるか否かを検討しよう。

 中学や高校では、文章を読んで「作家の意図や考え」を要約する訓練を、繰り返し受けてきたことでしょう。大学受験の国語や英語も、大体、文章の「内容」の的確な把握に重きが置かれています。その延長線上で、文学研究とは「作家の意図や考え」を正確に抽出することだと、あるいは、「作家の自我」を論じることだと、いまだに考えている人がいるかもしれません。もちろんそれも重要かもしれませんが、それだけに終始していては、文学研究はちっとも面白くなりません。

 文学研究は、「作家の思想」の研究を越えた、もっとずっと大きな広がりを持っています。それを知るには、優れた文学研究書を読むだけでなく、批評理論を知る必要があります。必ずしも、すべての人が批評理論を縦横無尽に駆使して論文を書くレベルまで勉強する必要はありません。優れた入門書を、数冊読んで、批評理論がどういうものか一応頭に入れておくだけでも、自然と大きな違いが出てきます。例えば、批評理論を少しでも勉強すれば、「作者の考え」、「客観的な」、「普遍的な」などといった言葉を、無自覚に、ナイーブに使うことはできなくなります。

 しかし「理論」と聞いただけで、難しいものと思い込む人も多いでしょう。たしかに、日本で出版されている批評理論の本の多くは、研究者が研究者向けに書いたものが多く、もしそういう本を買ってしまうと、ちんぷんかんぷんで、自分には分からないものだと思い込んでしまうのも当然です。入門者、初心者向けの理論の本を根気強く探しましょう。日本の本より、英語の入門書や批評事典の方が、親切で分かり易い場合が多いように思います。何を読むべきかは、それを専門にしている人に聞くのが一番の近道です。

 理論とは、極言すれば、「ものの見方」です。どの理論の精髄も、切り詰めれば200字位で説明できるものです。

 例えば、新批評(New Criticism)は、作者の意図や時代背景などから切り離しても、すぐれた詩作品は、自律的な芸術作品としての条件(irony, paradox, tensionなど)を内蔵していると見なします。これはそれまでの伝記的、歴史的な読解に対する極端な反動でした。

 新歴史主義批評(New Historicism)は、詩や小説のテクストを歴史的な文脈(コンテクスト)の中において考える批評方法ですが、古い歴史主義批評と違って、歴史自体を実体的なものではなく、読み手によって解釈の異なるテクストとして見る批評方法です(つまり、小説も「お話」であり、歴史も「お話」なのです)。

 フェミニズム批評は、ジェンダー(社会的性)は「構築されたもの」である(従って変更可能)という前提に立って、過去の文学を批判的に見直し、これからあるべき文学を構想する文学批評と言っておきましょう。

 フェミニズム、ポストコロニアル、マルクス主義、新歴史主義などの基本的な分析ツールを知るか知らないかで、論文の豊かさは格段に違ってきます。ただし、ポスト構造主義を経た現在では、複数の理論を組み合わせて、文学を論じるのが普通です。どの批評理論にも長所と短所があり、特定の批評理論の盲信は危険だからです。批評理論の理解には、文字通り、批評精神と広い視野が必要です。つまり、あらゆるものを疑ってかかる、多少のシニカルなものの見方が必要です。

 また批評理論には変遷、つまり流行があります。とくに1980年代以降の流行の変化は非常に激しい。安易に流行に便乗するのは感心しませんが、流行する以上は、その理論には何らかのメリットがあるはずです。自分の思想・文学観に合致するような新しい要素は積極的に採り入れましょう。

 論文の中では、華やかな批評用語や難解な専門用語(jargon)の濫用は避けましょう。論文の文体は、できる限り平易なものを目指しましょう。批評理論を使っても、論文自体は批評理論を知らない人にも容易に理解できるものでなければなりません。新奇な批評用語の使用は極力我慢し、その代わりに、理論の背後にある新しいものの見方を、暗黙のうちに自分の読解に反映させる方がクールなの(かっこいいの)です。

 

(W)テーマ探し

 ここまで来れば、多くの場合、自分はどんなテーマで論文を書きたいかが、もう見えているはずです。まだ今ひとつ、テーマが定まっていない場合は、先行する研究者たちが過去にどんなテーマで論文を書いているかを調べてみましょう。論文のタイトルだけを通観するだけでも、必ず参考になります。テーマが決まっている人にとっても、この作業は有益です。この際にもっとも役立つのは、MLAModern Language Association)が出しているMLA Bibliographyです。CD-ROMの形でも配布されているので、これを検索するのが早道です。修論の対象とする作家について過去に書かれた学術論文を検索し、プリントアウトしましょう。このCD-ROMは大学の図書館には必ず備えられています。

 

V)論文の執筆

 修士論文は新しい学説を世に問うものではありません。書き手が、将来研究者として自立してやっていけるかどうかを、すなわち、大学院で必要な訓練を積んできたかどうかを見る、ひとつの試験みたいなものです。

(1)作品の読解・分析力

(2)資料収集能力

(3)先行研究の理解と利用

(4)文学史的な視野

(5)理論的思考能力

(6)論文形式の遵守意識

等を示すことができれば合格です。博士課程に進む資格が十分あります。それに1パーセントの独創性があれば、文句なしです。

 以下は修論にも卒論にも有用な、多くはテクニカルな注意点です。

 

(1)平易な文体で書こう。

 論文の文章は誰が読んでも分かる平易なものであること。文体に凝る必要はない。むしろそれは避けるべきである。明快な論理を用い、詩の専門家でなくても理解できるような懇切丁寧な書き方を心がける。

 

(2)欲張らず、ばっさり切り捨てよう。

 研究過程で自分の得た知識、情報を必要以上に欲張って盛り込まない。欲張ると、論旨が不明確になりやすい。もしどうしても載せたいのでれば注(後注)に記す。文章の推敲の際には、もちろん不足している説明を補うことも重要ですが、論旨を明確にするためには、思い切った削除(ナタをふるうこと)も重要です。

 

(3)平易で読みやすい文章を書くこつをつかもう。

ひとつの文はできるだけ短いことが望ましい。基本的に三行を越えないように心がける。もちろん、やむなく長くなる場合もあろうが、長い文がいくつも続くことは避けたい。主語と動詞の距離、他動詞と目的語の距離、副詞と動詞の距離を最小限にする。修飾句、修飾節はできるだけ短くする。接続詞を多用しない(推敲の際に不要な接続詞を削除する)。同語の繰り返しを避け、同義語を活用する。

 

(4)人に読んでもらおう。

 信頼できる友人など他の人に読んでもらうことも重要です。英語論文の場合は、知り合いのネイティブ・スピーカーに読んでもらうのもよい。

 

(5)英語で書くには。

 英語で書く場合も、上記の(1)(4)は当てはまります。英語でいきなり論文が書けるはずもありません。まず、できるだけたくさんの論文や研究書を読み、文学について英語で論文を書くということがどういうことかを理解しなければなりません。書き手によって文体が異なりますから、まず、自分に合った平易な文体の批評家を見つけて、その文体を模倣する試みから始めましょう。

 口語調の英語でも、表現力があれば言いたいことを言葉にできますが、英文学の論文では、特有の論理的で効率的な表現が多用されます。比較的やさしい研究書から、使えそうな表現を書き出して、自分用の表現辞典のようなものを作っておくと、論文執筆の際に大いに役立つでしょう。

 また、言うまでもなく、基本的な文学用語を熟知していると、表現の巾が大きく広がります。

 

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B.レポート・卒論・修論の書式(江田孝臣担当の授業の場合) 

[他の教員の場合は、細部が異なることがあります]

 

目次

(T)推奨するマニュアル

(U)作品の版の選び方

(V)書式

(W)引用の仕方

(X)引用した文献を明示する

(Y)後注

(Z)卒論作成の日程

 

 

(T)推奨するマニュアル

A)レポート・卒業論文・修士論文の書き方について、詳しくは、

栩木伸明著『卒論を書こう:テーマ探しからスタイルまで(第二版)』(三修社、2006年)

を参照すること。この本は卒論、修論を書こうという人の必読書あるいは座右の書です。

 

B)英語で書く場合は

ジョゼフ・ジバルディ著、原田譲治訳編、原田敬一監修 『MLA英語論文の手引』(北星堂書店、2002年)

を参照すること。(MLAModern Language Associationの略で、アメリカ最大の文学研究の学会)

 

C)レポート・論文の書式は、現物の論文を参考にするのが手っ取り早い。たとえば、英文学関係の最も由緒ある月刊雑誌『英語青年』(研究社)は、大きな書店の文芸系の雑誌コーナーにはたいてい置いてあります。

 また、日本英文学会の機関誌『英文学研究』と英語版のStudies in English Literatureや日本アメリカ文学会の機関誌『アメリカ文学研究』と英語版のThe Journal of the American Literature Society of Japanなどに収録された論文は、正式な書式に従っています。これらは、どこの大学図書館でも所蔵しています。

 

(U)作品の版の選び方

 小説や詩や劇は、(特に古いもの、人気のあるものは)さまざまな出版社(publishers)から、さまざまな版(editions)で出版されています。

 安価だが信頼性に欠ける普及版から、学問的な校訂を経た信頼できる版までいろいろあり、どの版で作品を読むか、あるいは引用するかは、きわめて重要です。間違った版で引用した場合、それだけで論文の致命的な欠陥となります。

 文学研究の対象となる作品の場合、たいてい、決定版(authoritative edition)と呼ばれる、学問的な校訂を経た版が、最低ひとつかふたつは存在します。ほとんどの文学の授業は、そのような版を使って行なわれています。授業で扱った以外の作品を読みたい時は、どの版で読むべきかを、専門とする教員に聞くことを薦めます。

 アメリカ文学の場合、主要な作家の作品は、Library of Americaというシリーズとして続々と刊行中で、これを利用すれば無難です。

 Norton社から出ているNorton Critical Editionも信頼の置けるテクストです。英米の小説の主要なものが入っています。その作品について書かれた書評、代表的な論文、書誌(文献目録)も収められていて、とても便利です。卒論・修論で扱う作品がこのシリーズに入っている場合は、まずこれから読み始めることを推奨します。

 さらに、大学の出版局から出ているものも信用できます。Oxford University Press, Cambridge University Press, Harvard University Press, Columbia University Press , University of California Pressなど。

 

(V)書式

(1)用紙その他: A4用紙に横書き(日本語は本来縦書きだが、英文学のレポート・論文では英語を引用する必要があるため、横書きとする)。用紙は市販のコピー用紙、パソコン用紙でよい。レポート・論文には頁数を、用紙の右下に記入する。そして、表紙をつけて、左上をホッチキスか強力なバインダーで留めること。卒論・修論は、事務所から配布される書類の規定に従うこと。

 

(2)構成: レポートの場合は、章分けする必要はないが、内容的には序論、本論、結論の違いが分かるようにして書くのがよい。卒論・修論の場合は、各セクションを章に分ける。最初に序論を置き、最後に結論を置く。その間の本論は、3〜5章位で構成する。レポートの場合も卒論・修論の場合も、必ず末尾に参考文献表(BibliographyあるいはWorks Cited)を付ける。

 

(3)作品、研究書、論文等の表記方法(これはきわめて重要)

(a)レポート・論文の本文で言及する場合の表記

(イ)日本語作品、翻訳の場合

 本の形で出版されている作品は、

 『坊ちゃん』、『ハムレット』、『エミリ・ディキンスン詩集』

 などのように二重括弧(『 』)で括る。

 短編小説、詩、随筆、学術論文など、それ自体では一冊の本になっていない作品の場合は、たとえば

  「インディアン・キャンプ」(Hemingwayの短編)

  「クブラ・カーン」(Coleridgeの詩)

  「漱石とホフマンの猫についての試論」

 などのように一重括弧(「 」)で括る。

 

(ロ)英語の作品の場合

 本の形で出版されている作品は、イタリック体で表記する。たとえば

  Hamlet や Light in August  のように。

 手書きの場合は下線(underline)を使う。

  Hamlet や Light in August のように。

 短編や一篇の詩の場合は、二重引用符(“”)で括る。

  “Indian Camp” や “Kubla Khan”のように。

 

(W)引用の仕方

 レポート・論文中でのテクストの引用は、正確でなければなりません。文学はテクストが命です。スペリングの間違い、句読点の間違い、大文字/小文字の区別の間違いも、いっさい許されません。引用は、決定版のテクストと完全に一致しなければなりません。特に、修士論文、博士論文、学術論文の場合、引用の間違いは致命的です。どんなに内容が優れていても、作品のテクストをおろそかにしている論文は信用されません。(重要な論文における長い散文の引用や詩の引用の場合は、複写機でコピーしたものを、糊で貼り付けるという、ワープロやPC登場以前の前近代的?方法が確実です)。

 レポート・論文での引用は必要最小限とします。説得力を高めるような引用になるように心がけます。作品や研究書から、そういう箇所を見つけ出す能力が、優れたレポート・論文を書くのには必要です。しかし、同じような種類の引用の繰り返しは、冗漫な印象を与えます。また、紙数稼ぎであることが明白な引用は、読み手にはすぐに分かりますし、マイナスの印象を与えます。

 

 小説・散文などで、3〜4行以上になるような引用は、本文とは独立させ、前後の本文とは1行のスペースを空け、行頭を1〜2字分、右にインデントします(右方向にへこませる)。それ以下の1〜2行の引用は、二重引用符(“ ”)で括って、本文中に組み込みます。

 特に、詩を一篇全て引用する場合は、大文字・小文字の区別、詩行の数、行末の切り方等々、決定版に印刷してある通りに忠実に再現しなければなりません。

 

 本文中で詩の一部を引用する場合は次の要領で行ないます。Emily Dickinsonにこんな詩があります。

 

  I'm Nobody! Who are you?

  Are you - Nobody - too?

  Then there's a pair of us!

  Don't tell! they'd banish us - you know!

 

  How dreary - to be - Somebody!

  How public - like a Frog -

  To tell your name - the livelong June -

  To an admiring Bog!

 

この詩の1,2行目だけを本文中に組み込んで引用する場合には、“I'm Nobody! Who are you? / Are you - Nobody - too?”のように行分けをスラッシュ記号( / )で示します。定型詩の場合、脚韻を踏む場合が多いので、行末の単語が何かを明示することは非常に重要だからです。(この2行の場合 “you?”と“too?”が不完全韻half-rhymeになっています)。

4,5行目との間にはスタンザの切れ目を示す空白行が入っています。この2行を引用する場合には、“Don't tell! they'd banish us - you know! // How dreary - to be - Somebody!” のように、空白行を二重スラッシュ記号(//)で示します。

 

(X)引用した文献を明示する

(a)引用の明示(documentation

 レポート・論文の中で引用を行なった場合は、必ずその出典を明示しなければなりません。出典を明らかにせず、また引用文であるにもかかわらず引用符で括らず、あたかも自分自身の文章のようにして利用した場合、それは剽窃(盗用)と見なされます。剽窃であることが明らかであれば、レポートの評価はもちろん「不可」です。修士論文、博士論文で剽窃を行なえば、退学処分となり、指導教授の責任も問われます。もちろん本人の研究者としての将来は完全に閉ざされます。(ちなみに、大学教員が剽窃を行なえば解雇されます。再就職はできません。学会からは永久追放です。盗用された被害者から告訴される場合もあります)

  一方で、documentationとは、自分の論を、他の信頼できる文献からの引用によって補強することでもあります。そういう文献(証拠)が多ければ多いほど、論文の説得力は増します。

 レポート・論文を書く際に引用した文献は、論文の末尾に置く文献一覧(Bibliography あるいは Works Cited)に記載します。

 独立した引用の場合は引用の直後に、また本文中に組み込んだ引用の場合は、その引用を含むセンテンスの末尾に、著者名と頁数を括弧に入れて表示します。このようにして典拠を明らかにすることをdocumentationと言います(別な言い方をすれば、自分の主張を、他の文献や資料からの引用によって補強すること)。

 例えば、Charles Roberts Anderson Emily Dickinson's Poetry: Stairway of Surprise.という本の67ページから引用した場合は、BibliographyWorks Cited)に--

 

  Anderson, Charles Roberts. Emily Dickinson's Poetry: Stairway of Surprise. New York: Holt, Rinehart and Winston, 1960.

 

と記述し、本文中の引用の後に(Anderson 67)という注を入れます。

 この情報は、読み手が同じ文献を探し出し、引用が正確か、解釈が正しいか、などを調べるために不可欠です。

 

 論文の主要な対象であり、頻繁に引用する作品の場合は、頁数だけで示すことができます。その場合、文献一覧のその作品の記述の後に、例えば、「この作品からの引用の場合、括弧で括った頁数のみで示す」というように断っておく。

 同じ作家の複数の作品から頻繁に引用する場合、例えばFaulknerThe Sound and the FuryLight in Augustから何度も引用する時は、(The Sound 34)や(Light 108)のように注をつけます。

 

(b)文献一覧(Bibliography あるいは Works Cited

 文献一覧では、著者あるいは編者あるいは訳者、表題(副題を含む)、出版地、出版社、刊行年を明らかにしなければなりません。この情報は、英米で出版された本の場合、たいてい、表題紙(title page)とその裏面に書いてあります。

 表題紙は、本を開いて2,3頁目にあります。その裏面には、通常、著作権(copyright)情報とISBNInternational Standard Book Number)関連の情報が記されています。

 日本で出版された本の場合には、巻末の奥付に記載してあります。

 

 (卒論・修論の場合、文献一覧の記述方法の詳細については、冒頭で紹介した『卒論を書こう』か『MLA英語論文の手引き』を参考にすること。)

 

 文献一覧は対象とする作家の作品(Primary Sources)の一覧と、批評書・関連文献など(Secondary Sources)の一覧は分けてもよい。

 文献は著者のセカンド・ネームのアルファベット順に並べます。

 

  文献の記述の仕方は以下の通り--

(例)単著の場合

Williams, William Carlos. Ed. Christopher MacGowan. The Collected Poems of William Carlos Williams Volume II. New York: New Directions, 1988.

 

Smith, Martha Nell. Rowing in Eden: Rereading Emily Dickinson. Austin: U of Texas P, 1992.

 

(例)雑誌に載った論文の場合:

Esslin, Martin. Samuel Beckett and the Art of Broadcasting. Encounter 45/3 (Sept. 1975).

 

日本語の本の場合は、著者名、書名、出版社、出版年の順に記します。

(例)単著の場合: 

吉増剛造『透谷ノート』小沢書店、1987年。

 

 (例) 紀要、論文集等に収録された論文の場合(収録されている頁数も示す): 

村田宏「フェルナン・レジェと『赤い三〇年代』」、モダニズム研究会編『モダニズムの越境U: 権力/記憶』所収、人文書院、2002年。

 

(Y)後注

本文中に書けない情報は、「後注」に載せます(雑誌、紀要などによっては脚注の場合もある)。

(a)本文中の注番号はアラビア数字で、センテンスの末尾に付ける(句点の直後の右肩に付ける)。

(b)ひとつのセンテンスに複数の注をつける場合も、注番号はひとつとし、その番号に対応する後注に、それら複数の情報を載せる(ひとつのセンテンスに、注番号がいくつもあるのは見苦しい)。

 

 (大学院の授業のレポート、卒論・修論の場合は、注の付け方の詳細について、『卒論を書こう』か『MLA英語論文の手引き』に従うこと。)

 

(Z)卒論作成の日程(江田指導の場合。他の教員の場合は異なります)

 卒論の準備は早く始めるに越したことはありません。研究の対象と主題(テーマ)が、4月までに決まっていれば、かなり余裕を持って書けるでしょう。

 

 就職活動が終わって、最後の夏休みを思いっ切りエンジョイして、10月からテーマ探しをしたり、文献を読み始めても、間に合いません。たとえ、間に合ったとしても、そのような卒論が「可」となる可能性は大変低いでしょう(江田の場合は、まず90%「不可」を付けるでしょう)。卒論はレポートとは質的に違います。

 

 夏休み前までに、指導教員との打ち合わせを何回か行ない、読むべき文献、リサーチの進め方、方法論等について、方向性を定めましょう。

 

 下調べは夏休み明けくらいまでに9割方、完了させましょう。下調べとは、文献検索によって参考文献のリストを作り、文献や資料を収集し、研究書(伝記、作品論、作家論等)や関連書を読み、(場合によってはインタビューや現地調査などを行ない)、論文執筆の基礎となるノート(あるいはカード)や資料を作成することです。

 

 実際の執筆は10月に始めれば間に合いますが、個人差もありますから、心配な人は9月くらいから始めましょう。

 

 出来た原稿は、数回に分けて、10月、11月に指導教員に見せましょう。特に最初の章は早めにチェックを受けて下さい。

 

 12月は細かい修正、文章の推敲に当てましょう。江田の場合、12月に入ってから原稿のチェックは行いません。それ以前に、済ませておきましょう。

 

 パソコンで書く場合は、データのバックアップを心がけましょう。