| 2004年度 |
| フラナリー・オコナー−後期短編小説に見る「神秘」の表現 |
| ‘Fair, Kind and True': Metonymy as Structure
in Shakespeare's
Sonnets |
| The Years研究−The Pargitersとの比較によって現れる作品の自己批判 |
| Studies on the use of multiple glosses to
the Lindisfarne Gospels; with special reference to The Gospel according to Matthew |
| Learning to read Shakepeare: Bowdlerized
School Editions of
The Tempest in the late nineteenth and early twentieth
century |
| アラン・シリトー研究 |
| 2003年度 |
| 『自負と偏見』における「運動」の意味−舞踏会の踊りとウォーキングをめぐって− |
| 『セールスマンの死』研究−作品分析とウィリーの死についての考察− |
| デレック・ウォルコットとシェイクスピア |
| 『翼ある蛇』論−D・H・ロレンスにおける連続性への欲望とその断絶 |
| 2002年度 |
| オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』試論−「魂」に関する一考察 |
| Kazuo Ishiguro and Japan−作家・受容・作品− |
| 復讐悲劇の独白−『ハムレット』『アントニオの復讐』『ホフマンの悲劇』の場合 |
| ジョン・ダン Songs and Sonnets研究−そのウィットの機能− |
| ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』研究−レオポルド・ブルームに見るユダヤ人問題− |
| ジョー・クリスマス論−『八月の光』の宗教的問題に関する予備的考察− |
| 「笑い」の考察−夏目漱石とヘンリー・フィールディング− |
| 2001年度 |
| 中英語作品Sir Orfeoにおけるシンボルの研究 |
| 『リア王』研究−ダブル・プロットとフールを巡って |
| 音楽『波』の調べについて |
| ヘンリー・ジェイムズ研究−『ある婦人の肖像』 |
| Jane AustenとInvalidism |
| Amy Lowell and Haiku |
| 『ダロウェイ夫人』研究−ヴィジョンとコミュニケーション |
| Lessingの「変容」と一貫性−時代の表象としてのThe Golden Notebook |
| ガートルード・スタインの「持続する現在」 |
| 『ジュリアス・シーザー』−一つの終わり、一つの始まり |
| グレアム・グリーンの捉えた「絶望」 |
| 『真夏の夜の夢』研究−Robinと妖精の役割 |
| 2000年度 |
| Sir Gawain and the Green Knight研究 |
| H・G・ウェルズ研究−「獣性」を巡る問題を中心に |
| ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』論−「分身」をめぐって |
| 恐ろしい美の誕生:イェイツ1916-1925 |
| ロレンス・ダレル(Lawrence Durrell)の『アレクサンドリア・カルテット』(The Alexandria Quartet)の構造 |
| 文字表現の逆説 |
| チャールズ・ディケンズ『互いの友』論 |
| 1999年度 |
| マイケル・ドレイトンのソネット連作における劇的要素 |
| Light in Augustに見る"Life is motion" |
| ユートピア的自然主義 |
| T・S・エリオットのヒューマニズム |
| 古英詩の挽歌(Elegies)におけるDative/Instrumentalの用法の研究 |
| A Study of E.M. Forster: An Essay on Impossibility
of the Novel |
| 『夏の夜の夢』の上演革命−グランヴィル・パーカーのピーター・ブルックの場合 |
| Paul Auster研究 |
| ウィリアム・カーロス・ウィリアムズと『パタソン』研究−人、都市、変わろうとする意志 |
| 『アストロフェルとステラ』の構造 |
| ヴァージニア・ウルフ『歳月』研究−事実とヴィジョンの融合 |