『アエネイス』講読
(第1巻142-147行)

テクスト
 Sic ait, et dicto citius tumida aequora placat,
collectasque fugat nubes, solemque reducit.
Cymothoe simul et Triton adnixus acuto
detrudunt navis scopulo; levat ipse tridenti;         145
et vastas aperit syrtis, et temperat aequor,
atque rotis summas levibus perlabitur undas.
                        (142-147行)


語彙
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143行
144行
145行
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(語彙)
142行 (テクストへ)

 Sic:副詞「このように」
 ait:不完全動詞(活用形が完備されていない)aio(不定法・能動相・現在/直説法・能動相・完了・1人称・単数/目的分詞がないので,辞書表示もアーイオーという直説法・能動相・現在・1人称・単数のみ)「言う,同意する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数または,3人称・単数のみが存在する同形の直説法・能動相・完了・3人称・単数.後者なら「彼は言った」で,前者の場合でも歴史的現在で意味は過去になるので「彼は言った」だから,どちらでも同じことになる
 et:接続詞「〜と,そして」
 dicto:第3活用動詞dico, dicere, dixi, dictum「言う」の完了分詞・中性・単数・奪格.名詞化して「言葉」.「比較の(対象を示す)奪格」
 citius:第1・第2変化形容詞cit-us, -a, -um「急がされた,駆り立てられた,速い」の比較級・中性・単数・対格.副詞cito「急いで,速く」の比較級「より速く」として使われている.「〜より速く」という意味の相対比較級で使われていて,比較の対象は直前のdictoで,「言葉よりも速く」→「言うが速いか,言うよりも速く」という意味になる
 tumida:第1・第2変化tumid-us, -a, -um「膨れ上がった」の中性・複数・対格.aequoraを修飾
 aequora:第3変化・中性名詞aequor, aequoris, n.「平面,水面,水,海,海原」の複数・対格
 placat:第1活用動詞plac-o, -are, -avi, -atum「宥める,鎮まらせる,慰撫する,和解させる」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はネプトゥヌス

143行 (テクストへ)

 collectasque:第3活用第1形動詞colligo, colligere, collegi, collectum「集める」の完了分詞・女性・複数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.nubesを修飾
 fugat:第1活用動詞fug-o, -are, -avi, -atum「逃がす,追い立てる,追い散らす,追い払う」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はネプトゥヌス
 nubes:第3変化・女性名詞nubes, nubis, f.「雲」の複数・対格
 solemque:第3変化・男性名詞sol, solis, m.「太陽」の単数・対格
 reducit:第3活用第1形動詞reduco, reducere, reduxi, reductum「再び導く,戻す,帰らせる,呼び戻す.連れ戻す」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はネプトゥヌス

144行 (テクストへ)

 Cymothoe:「波」(キューマ)と「速い」(トオス)から作った「波駆ける者」(キューモトエー.「モ」にアクセント)というギリシア語名のニンフの名「キュモトエ」で,ギリシア語の第1変化・女性名詞の単数・主格の形をそのまま使っている.LSの中型版には「海の神ネレウスの娘たちの一人」で,『イリアス』とヘシオドスの名前が出てくるとある.キュー・モ・ト・エーなので,−∪∪−となる.ガフィオの羅仏辞典には辞書登録があり,Cymotho-e, -es, f.とあるので,属格以下もギリシア語型変化をするものと思われ,ラテン語では他にプロペルティウスとプリニウスに用例があるが,斜格形の例文はない
 simul:副詞「一緒に,同時に」
 et:接続詞「〜と,そして」
 Triton:第3変化・男性名詞Triton, Tritonis, m.「海の神,ネプトゥヌス(ポセイドン)の息子」の単数・主格.こちらももとはギリシア語だが,変化はラテン語の第3変化.トリー(toではなくt)・トーンと−−の2音節になる
 adnixus:第3活用第1形の形式受動相(能動相欠如)動詞adnitor (annitor), adniti (annti), adnixus (annixus) sum「〜に寄りかかる,力を尽くす,努力する」の完了分詞・男性・単数・主格.Tritonに一致.ここでは「努力して,力を尽くして」という意味になり,副詞的同格で状態を説明している.文法的にはトリトンのみにかかかるが,キュモトエおよび,彼らと「一緒に」に船の救出作業をしているネプトゥヌスにもかけて良いだろう
  acuto:第1・第2変化形容詞acut-us, -a, -um「鋭い,尖った」の男性・単数・奪格.次行のscopuloを修飾

145行 (テクストへ)

 detrudunt:第3活用第1形動詞detrudo, detrudere, detrusi, detrusum「押し戻す,跳ね除ける,破壊する」の直説法・能動相・完了・3人称・複数.主語はキュモトエとトリトン
 navis:第3変化・女性名詞nav-is, -is, f.「船」の複数・対格
 scopulo:第2変化・男性名詞scopul-us, -i, m.「岩」の単数・奪格.「岩から」(救い出す)という「分離の奪格」
 levat:第1活用動詞lev-o, -are, -avi, -atum「救う,持ち上げる」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はネプトゥヌス.目的語は「船」だが省略されている
 ipse:指示代名詞ipse, ipsa, ipsum「その人自身,その物自体」の単数・主格.ここでは主語のネプトゥヌスの同格で「ネプトゥヌス自ら」,(キュモトエとトリトンだけでなく)「彼自身も」
 tridenti:第3変化形容詞が名詞化した男性名詞tridens, tridentis, m.「三叉の矛」の単数・奪格

146行 (テクストへ)

 et:接続詞「そして,〜と」
 vastas:第1・第2変化形容詞vast-us, -a, -um「広大な」の女性・複数・対格
 aperit:第4活用動詞aperio, aperire, aperuim apertum「開く,開放する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はネプトゥヌス
 syrtis:第3変化・女性名詞syrt-is, -is, f.「砂洲」の複数・対格
 et:接続詞「そして,〜と」
 temperat:第1活用動詞temper-o, -are, -avi, -atum「抑える,宥める,鎮める,支配する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はネプトゥヌス
 aequor:第3変化・中性名詞aequor, aequoris, n.「平面,水面,海,海原」の単数・対格

147行 (テクストへ)

 atque:接続詞「そして,〜と」
 rotis:第1変化・女性名詞rot-a, -ae, f.「輪,車輪,戦車,馬車,変転,はかなさ」の複数・奪格.ここでは「車輪」が部分で全体を意味する比喩「提喩」(synecdoche)で「馬車,戦車」の意味となりネプトゥヌスが乗っているchariotを意味していると思われる
 summas:第1・第2変化形容詞alt-us, -a, -um「高い」の最上級summ-us, -a, -um「最高の」の女性・複数・対格.undasを修飾.「最高の波」は「波の一番上の部分」を指す
 levibus:第3変化形容詞lev-is, -e「軽い」の女性・複数・奪格.rotisを修飾
 perlabitur:第3活用第1形の形式受動相(能動相欠如)動詞perlalor, pelabi, perlapsus sum「〜の上を(対格)滑る,滑降する,滑走する.滑空する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はネプトゥヌス
 undas:第1変化・女性名詞und-a, -ae, f.「波」の複数・対格undas

(試訳)
 以上のように言うと,言葉よりも速く彼は,膨れ上がった海面を鎮め,
集まっていた雲を追い散らし,太陽を戻した.
一緒にキュモトエとトリトンも懸命に,尖った
岩礁から船を押し戻した.ネプトゥヌス自身も三叉の矛で船を救い出し,
広大な砂洲を開いて,海原を宥め,
軽やかな戦車で,波の上を滑るように進んだ.
                               (142-147行)