『アエネイス』講読
(第1巻148-156行)

テクスト
ac veluti magno in populo cum saepe coorta est
seditio, saevitque animis ignobile volgus,
iamque faces et saxa volant(furor arma ministrat),  150
tum, pietate gravem ac meritis si forte virum quem
conspexere, silent, arrectisque auribus adstant;
ille regit dictis animos, et pectora mulcet:
sic cunctus pelagi cecidit fragor, aequora postquam
prospiciens genitor caeloque invectus aperto        155
flectit equos, curruque volans dat lora secundo.
                        (148-156行)


語彙
148行
149行
150行
151行
152行
153行
154行
155行
156行


(語彙)
148行 (テクストへ)

 ac:接続詞「〜と,そして」
 veluti:叙事詩的比喩(epic simile)を導く接続詞「(それは)あたかも〜のようだ」
 magno:第1・第2変化形容詞magn-us, -a, -um「偉大な,大きい,大勢の」の男性・単数・奪格
 in:奪格支配の前置詞「〜において,〜で」
 populo:第2変化・男性名詞popul-us, -i, m.「人々,民族」の単数・奪格.単数なので「民族」と考え,「偉大な民族」とする考えもある(フェアクラフ),ウィリアムズに従って集合的に「大勢の人々,群集」と考える
 cum:従属文を導く接続詞「〜の時に」
 saepe:副詞「しばしば」
 coorta:第4変化の形式受動相(能動相欠如)動詞coorior, cooriri, coortus sum「起き上がる,立ち昇る,現れる」の完了分詞・女性・単数・主格.次のestとともに直説法・受動相(意味は能動)・完了・3人称・単数(完了分詞が女性形なので,主語は女性名詞)を形成
 est:不規則動詞sum, esse, fui, (futurus)「〜がある,〜である」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.完了分詞とともに完了時制の受身形を作っている

149行 (テクストへ)

 seditio:第3変化・女性名詞seditio, seditionis, f.「分裂,争い,争乱,騒擾」の単数・主格
 saevitque:第4活用動詞saev-io, -ire, -ivi, -tum「荒れ狂う」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語は行末のvolgus
 animis:第1変化・女性名詞anim-a, -ae, f.「心,魂」の複数・奪格.「〜の点において」という「限定の奪格」.ウェルギリウスでは詩的表現としてギリシア語の「限定の対格」も用いられる.
 ignobile:第3変化形容詞ignobil-is, -e「無知な,卑俗な,卑賤な」の中性・単数・主格.次のvolgusを修飾
 volgus:第2変化・男性型の中性名詞(呼格と対格が主格と同じで複数がない)volg-us (vulg-us), -i, n.「民衆,大衆」の単数・主格

150行 (テクストへ)

 iamque:副詞「既に,今や,すぐに,更に」+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 faces:第3変化・女性名詞fax, facis, f.「松明,灯火,火」の複数・主格
 et:接続詞「〜と,そして」
 saxa:第2変化・中性名詞sax-um, -i, n.「岩,石」の複数・主格
 volant:第1活用動詞vol-o, -are, -avi, -atum「飛ぶ」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語は「松明と石」
 furor:第3変化・男性名詞furor, furoris, m.「狂気,激怒」の単数・主格
 arma:複数で使われる第2変化・中性名詞arm-a, -orum, n.pl.「武器,戦争」の複数・対格
 ministrat:第1活用動詞ministr-o, -are, -avi, -atum「仕える,侍する,同行する,備える,供給する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.フェアクラフにしたがって,この動詞を主動詞とする文は括弧にいれる挿入文(parenthesis)と考える

151行 (テクストへ)

 tum:副詞「その時,次に」
 pietate:第3変化・女性名詞pietas, pietatis, f.「親族愛,敬神」の単数・奪格.一語で親族愛と敬神を意味するローマ的道徳を現す語.それぞれの側面が英語ではfilial pietyとreligious pietyと説明される.
 gravem:第3変化形容詞grav-is, -e「重い,重要な,重大な」
 ac:接続詞「〜と,そして」
 meritis:第2変化の形式受動相(能動相欠如)動詞mereor, mereri, meritus sum「〜に値する,獲得する」(能動相がある場合ももある)の完了分詞が名詞化した第2変化・中性名詞merit-um, -i, n.「価値,功績,仕事」の複数・奪格
 si:条件文を導く接続詞「もし〜ならば」
 forte:副詞「たまたま,偶然」
 virum:第2変化・男性名詞vir, viri, m.「男,夫,戦士,英雄」の単数・対格
 quem:関係代名詞qui, quae, quodの男性・単数・対格.siと連動する不定関係代名詞とすて「もし誰か〜する者があれば」という意味になる用法で,さらに関係形容詞して使われていてvirumを修飾し,「もしある男がいて,人々がその男を道徳と功績によって重要な人物とみなしたならば」と言うような意味と考える.

152行 (テクストへ)

 conspexere:第3活用第2形動詞conspicio, conspicere, conspexi, conspectum「しっかり見る,観察する,見つめる.見なす,評価する」の直説法・能動相・完了・3人称・複数conspexeruntの別形.主語は「人々」で,前の文章で集合的に2語の単数名詞で表現されている群集と考えても良いし,その民衆の中の不特定の「人々」と考えても良い
 silent:第2活用動詞sileo, silere, silui, -「静かにしている,黙っている,静かになる,黙る」(現在分詞が英語のsilentの語源)の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語は「人々」
 arrectisque:第3活用第1形動詞arrigo, arrigere, arrexi, arrectum「立てる,真っ直ぐにする,持ち上げる」の完了分詞・女性・複数・奪格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.auribusに一致
 auribus:第3変化・女性名詞aur-is, -is, f.「耳」の複数・奪格.絶対(的)奪格で「耳が立てられて→耳を立てて→注意深く,聞き耳を立てて」の意.状況を説明している
 adstant:第1活用動詞adst-o(ast-o), -are, -avi, -atum「傍らに立つ,直立する」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語は「人々」

153行 (テクストへ)

 ille:指示代名詞ille, illa, illiud「あれ,あの,それ,その」の男性・単数・主格.ここでは3人称の人称代名詞の代用で「彼」.人々に立派だと見なされた「男」を指す
 regit:第3活用第1形動詞rego, regere, rexi, rectum「支配する,正す」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.dictis:第3活用第1形動詞dico, dicere, dixi, dictum「言う」の完了分詞が名詞化した第2変化・中性名詞dict-um, -, n.「言葉,言動,演説」の複数・奪格
 animos:第2変化・男性名詞anim-us, -i, m.「魂,心」の複数・対格.「人々の心,気持ち」
 et:接続詞「〜と,そして」
 pectora:第3変化・中性名詞pectus, pctoris, n.「胸,心,気持ち」の複数・対格
 mulcet:第2活用動詞mulceo, mulcere, mulsi, mulsum「打つ,撫でる.慰撫する.喜ばせる」の直説法・能動相・現在・3人称・単数

154行 (テクストへ)

 sic:副詞「このように」.velut「あたかも〜のように」を「まさにそのように」と受けて,比喩が終わったことを示す
 cunctus:第1・第2変化形容詞cunct-us, -a, -um「全ての」の男性・単数・主格.fragorを修飾
 pelagi:第2変化・男性型の中性名詞(呼格・対格が主格と同形で複数がない)pelag-us, -i, n.「海,海原」の単数・属格
 cecidit:第3活用第1形動詞cado, cadere, cecidi, casum「落ちる,沈む,降りる,死ぬ,止む」の直説法・能動相・完了・3人称・単数
 fragor:第3変化・男性名詞fragor, fragoris, m.「大音,騒音」の単数・主格
 aequora:第3変化・中性名詞aequor, aequoris, n.「平面,水面,海,海原」の複数・対格
 postquam:従属接続詞「〜の後」

155行 (テクストへ)

 prospiciens:第3活用第2形動詞prospicio, prospicere, prospexi, prospectum「見渡す」の現在分詞・男性・単数・主格.主動詞の主語「父」(=ネプトゥヌス)の副詞的同格
 genitor:第3変化・男性名詞genitor, genitoris, m.「生みの親,父親」の単数・主格.「父」はユピテルなど格の高い神を意味する
  caeloque:第2変化・中性名詞cael-um, -i, n.「天,空」の単数・奪格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.接続詞なしの「場所の奪格」で詩的用法
 invectus:第3活用第1形動詞inveho, invehere, invexi, invectum「運ぶ」の完了分詞・男性・単数・主格.genitorに一致する副詞的同格
 aperto:第4活用動詞aperio, aperire, aprui, aertum「開く,覆いを取る,開ける」の完了分詞・中性・単数・奪格.caeloを修飾して,「雨雲の晴れた空」を意味する

156行 (テクストへ)

 flectit:第3活用第1形動詞動詞flecto, flectere, flexi, flexum「曲げる,曲がらせる,説得する,操縦する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はgenitor
 equos:第2変化・男性名詞equ-us, -i, m.「馬」の複数・対格
 curruque:第4変化・男性名詞curr-us, -us, m.「馬車,戦車」の単数・与格(=currui)
 volans:第1活用動詞vol-o, -are, -avi, -atum「飛ぶ」の現在分詞・男性・主格.genitorに一致する副詞的同格
 dat:不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「歴史的現在」で意味は過去.主語はgenitor
 lora:第2変化・中性名詞lor-um, -i, n.「紐,手綱,鞭」の複数・対格.「手綱を与える」は「制御する,操縦する」
 secundo:第1・第2変化形容詞secund-us, -a, -um「第2の,順調な」の男性・単数・与格.curruを修飾

(試訳)
そして,大勢の人々の中に,しばしば騒擾が起き,
心根が卑賤な群衆が荒れ狂い,
ついには松明と石が飛び交う時に(狂気が武器を与えるのだ),
その時,もしも人々が誰かある者を道徳と業績において重要人物と
見なしたならば,人々は静まり,聞き耳を立てて立ち尽くす.
その者は演説でその場を取り仕切り,人々の心と胸を慰撫する.
あたかもそのように,海の全ての騒ぎは収まった.父なる神が
海原を見渡しつつ,晴れ渡った天空を運ばれながら,
馬どもを制御し,飛びつつも従順な戦車を操縦した後のことだ.
                                   (148-156行)

 「叙事詩的比喩」(epic simile)はホメロスに多用され,たとえば『イリアス』第6巻でグラウコスが人生を木の葉に喩えている箇所(「人の世の移り変わりは,木の葉のそれと変わりがない.風が木の葉を散らすかと思えば,春が来て,蘇った森に新しい葉が芽生えてくる.そのように人間の世代も,あるものは生じ,あるものは移ろうてゆく」岩波文庫,松平千秋訳,上巻189頁)が有名だが,ウェルギリウスもまたこの技法を用いる.この箇所は『アエネイス』で「最初の比喩」(ウィリアムズ)ということだが,ホメロスに見られるように,人事や出来事を自然現象に喩えるのが普通であるのに対し,ここでは神の仕業とはいえ,自然の成り行きを人間社会の出来事に喩えているところが,斬新であるかも知れない.