『アエネイス』講読
(第1巻195-199行)

テクスト

vina bonus quae deinde cadis onerarat Acestes   195
litore Trinacrio dederatque abeuntibus heros
dividit, et dictis maerentia pectora mulcet:
"O socii? neque enim ignari sumus ante malorum?
o passi graviora, dabit deus his quoque finem.

                        (195-199行)


語彙
195行
196行
197行
198行
199行


(語彙)
195行 (テクストへ)

 vina:第2変化・中性名詞vin-um, -i, n.「ワイン,葡萄酒」の複数・対格
 bonus:第1・第2変化形容詞bon-us, -a, -um「良い」の男性・単数・主格.行末のAchatesを修飾
 quae:関係代名詞qui, quae, quodの中性・複数・対格.先行詞は行頭のvina
 deinde:副詞「次に」.主文の動詞dividitを修飾
 cadis:第2変化・男性名詞cad-us, -i, m.「ワイン壺,瓶」の複数・与格
 onerarat:第1活用動詞oner-o, -are, -avi, -atum「圧する,積む,載せる」の直説法・能動相・過去完了・3人称・単数oneraveratの別形.-ve-はよく省略される.主語はアカテス
 Acestes:第1変化・男性名詞Acest-es, -ae, m.「アケステス」の単数・主格.アケステスはシチリアの王で,アエネアス一行が北アフリカに漂着する以前に,立ち寄り,そこからイタリア本土を目指して出発したが,嵐に遭ってカルタゴに着いたことを踏まえて語られている.第5巻でアエネアス一行は彼のもとを再訪する

196行 (テクストへ)

 litore:第3変化・中性名詞litus, litoris, n.「海岸,岸辺」の単数・奪格.「場所の奪格」
 Trinacrio:第1・第2変化形容詞Trinacri-us, -a. -um「シチリアの」の中性・単数・奪格.litoreを修飾.シチリアの別称としてギリシア語でトリナクリアと言うが,3つの大きな岬が特徴であるところから来ている
 dederatque:不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える」の直説法・能動相・過去完了・3人称・単数.主語は前行のアカテス.関係文の動詞2つが,過去完了となっているのは主文の動詞(次行のdividit.主語はアエネアス)に対して「以前」を意味している
 abeuntibus:不規則動詞abeo, abire, abivi, abitum「去る」の現在分詞・男性・複数・与格
 heros:ギリシア語から来た第3変化・男性名詞heros(ヘーロース),herois(ヘーローイス), m.「英雄,半神」の単数・主格.ギリシア語では単数・属格はヘーローオスになるので,単数・属格が-isになっているこの形はあくまでラテン語の変化形に従い,-isを第3変化させれば良い.問題は「英雄」が誰を指すかだが,アエネアスを指すとも考えられる.その場合は次行のdividitの主語はあきらかにアエネアスなので,「英雄アエネアス」と考えて良い.しかし,この箇所はフェアクラフの英訳でも,ウィリアムズの注釈でも関係文の主語であるアケステスの説明的同格と考え,副詞的に「英雄のように,気前良く,礼儀正しく,大胆に」といような意味で使われていると考えているようだ.

197行 (テクストへ)

 dividit:第3活用第1形動詞divido, dividere, divisi, divisum「分る,分かつ,分配する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.歴史的現在.主語はアエネアス
 et:接続詞「〜と,そして」
 dictis:第3活用第1形動詞dico, dicere, dixi, dictum「言う」の完了分詞・中性・複数・奪格.中性の完了分詞が名詞化して「言われたこと,言葉」となる
 maerentia:第2活用動詞maereo, maerere, -, -「嘆く,悲しむ,悲嘆にくれる」の現在分詞・中性・複数・対格.pectoraを修飾
 pectora:第3変化・中性名詞pectus, pectoris, n.「胸」の複数・対格.複数になっているのは韻律上の理由よりも,アエネアスに従ってきた者たち,という具体的に複数いる人々の「胸」を意味するからだろう
 mulcet:第2活用動詞mulceo, mulcere, mulsi, mulsum「撫でる,慰める,喜ばす」の直説法・能動相・現在・3人称・単数

198行 (テクストへ)

 この「演説」の箇所は,『オデュッセイア』12巻208行以下に拠っている(ウィリアムズ)

 O:間投詞「おお,〜よ」
 socii:第2変化・男性名詞soci-us, -i, m.「仲間」の複数・呼格
 neque:接続詞「そして〜ない」
 enim:副詞「なぜなら,確かに,実際」.
 ignari:第1・第2変化形容詞ignar-us, -a, -um「知らない,無知の」の男性・複数・主格
 sumus:不規則動詞sum, esse, fui, (futurus)「〜がある,〜である」
 ante:副詞「以前は」
 malorum:第1・第2変化形容詞mal-us, -a, -um「悪い,不幸な」の中性・複数・属格.中性が名詞化して「不幸,災難,災い,災厄」の意味で使われている.属格は,形容詞ignarusが属格を支配して「〜を知らない」という意味になる

199行 (テクストへ)

 o:間投詞「おお,〜よ」
 passi:第3活用第2形の形式受動相(能動相欠如)動詞patior, pati, passus sum「蒙る,ひどい目に遭う,甘受する」の完了分詞・男性・複数・呼格.目的語gravioraをとっている
 graviora:第3変化形容詞grav-is, -e「重い,深刻な」の比較級の中性・複数・対格.名詞化して「より深刻な災難」
 dabit:不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える,授ける」の直説法・能動相・未来・3人称・単数.主語はdeus
 deus:不規則な要素を含む第2変化・男性名詞de-us, -i, m.「神」の単数・主格
 his:指示代名詞hic, haec, hoc「これ,この」の中性・複数・与格.gravioraを受ける
 quoque:副詞「〜もまた」
 finem:第3変化・男性名詞(もしくは女性名詞)fin-is, -is, mf.「終わり,限界,境界,境域」の単数・対格

(試訳)
次にアエネアスは,葡萄酒を分配した.善良なアケステスが,
シチリアの浜辺で瓶に入れ,出発する彼らに気前良く与えた
葡萄酒だ.そして,言葉をかけて悲嘆にくれる者たちの胸を慰めた.
 「おお,仲間たちよ,以前,私たちはこれほどの災いを知らなかったが,
世にも深刻な災難を蒙った者たちよ,この災厄をも神は終わらせて下さるだろう.
                                   (195-199行)