『アエネイス』講読
(第1巻216-222行)

テクスト
postquam exempta fames epulis mensaeque remotae,
amissos longo socios sermone requirunt,
spemque metumque inter dubii, seu vivere credant,
sive extrema pati nec iam exaudire vocatos.
praecipue pius Aeneas nunc acris Oronti,                220
nunc Amyci casum gemit et crudelia secum
fata Lyci, fortemque Gyan, fortemque Cloanthum. 
                        (216-222行)


語彙
216行
217行
218行
219行
220行
221行
222行


(語彙)
216行 (テクストへ)

 postquam:接続詞「〜した後に」
 exempta:第3活用第1形動詞eximo, eximere, exemi, exemptum「取り去る,解放する」の完了分詞・女性・単数・主格.直説法・受動相・完了・3人称・単数を構成するsum動詞が省略されている
 fames:第3変化・女性名詞fames, famis, f.「飢え,飢餓,空腹」の単数・主格
 epulis:複数で用いられる第1変化・女性名詞epul-ae, -arum, f.pl.「食料,食事」の複数・奪格.受動表現の行為者(「人」でない場合は前置詞無し)の奪格
 mensaeque:第1変化・女性名詞mens-a, -ae, f.「食卓,テーブル,食事」の複数・主格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 remotae:第2活用動詞removeo, removere, removi, remotum「動かす,取り去る,撤去する」の完了分詞・女性・複数・主格.直説法・受動相・完了・3人称・複数を構成するsum動詞が省略されている

217行 (テクストへ)

 amissos:第3活用第1形動詞amitto, amittere, amisi, amissum「送り出す,派遣する,解放する,失う」の完了分詞・男性・複数・主格.sociosを修飾
 longo:第1・第2変化形容詞long-us, -a, -um「長い」の男性・単数・奪格.sermoneを修飾
 socios:同形の第1・第2変化形容詞から派生した第2変化・男性名詞soci-us, -i, m.「仲間」の複数・対格
 sermone:第3変化・男性名詞sermo, sermonis, m.「話,会話,議論,言葉,噂」の単数・奪格
 requirunt:第3活用第1形動詞requiro, requirere, rquisivi, requistum「探し求める,いなくて寂しく思う,欠如している,必要である」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はトロイア人たちで,歴史的現在で意味は過去

 この行は5語で構成され,語順が形容詞(完了分詞)+形容詞+名詞+名詞+動詞になり,修飾関係が第1語が第3語を修飾し,第2語が第4語を修飾する交差配列語法(chiasmus)になるラテン語ならではの形で,最も安定感のある美しい形とされ,「黄金詩行」(golden line)と通称される.この形もしくはその変形(たとえば動詞が真ん中に来て,完全な交差配列になるなど,幾つかの形が考えられる)になっている時には,何らかの強調の意図が込められていると思われる

218行 (テクストへ)

 spemque:第5変化・女性名詞spes, spei, f.「希望」の単数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 metumque:第4変化・男性名詞met-us, -us, m.「恐れ,恐怖,不安」の単数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 inter:対格支配の前置詞「〜と〜の間に」.前置されている「希望」と「不安」を目的語にとっている
 dubii:第1・第2変化形容詞dubi-us, -a, -um「疑わしい,不安に思う」の男性・複数・主格.主語のトロイア人たちの副詞的同格
 seu:接続詞「あるいは,もしくは」.同じ意味のsiveと連動して「〜か,もしくは〜か」
 vivere:第3活用第1形動詞vivo, vivere, vixi, (victurus)「生きる,生きている,生活する」の不定法・能動相・現在
 credant:第3活用第1形動詞credo, credere, credidi, creditum「信じる,思う,考える」の接続法・能動相・現在・3人称・複数.主語はトロイア人たちで,歴史的現在で意味は過去.dubiiiはinterに支配される前置詞句とともに,seu, siveに導かれる間接疑問文を支配しており,seuに導かれる文章の中では動詞が接続法になっている

219行 (テクストへ)

 sive:接続詞「あるいは,もしくは」.前行の同じ意味のseuと連動して「〜か,もしくは〜か」
 extrema:最上級から派生した第1・第2変化形容詞extrem-us, -a, -um「最も外側の,最悪の,極端な」の中性・複数・対格.ここでは名詞化して「最悪の事態」(=死).patiの目的語
 pati:第3活用第2形の形式受動相(能動相欠如)動詞patior, pati, passus sum「蒙る,ひどい目に遭う,甘受する」の不定法・受動相(意味は能動)・現在
 nec:接続詞「あるいは〜ない」
 iam:副詞「今や,すでに」
 exaudire:第4活用動詞exaudio, exaudire, exaudivi, exauditum「聞き取る」の不定法・能動相・現在
 vocatos:第1活用動詞voc-o, -are, -avi, -atum「呼ぶ」の完了分詞・男性・複数・対格.ここで対格になっているのは,次のように考える

 「思う」行為者(主語)がトロイア人で,思う内容の動詞(不定法)「生きている」,「蒙る」,「聞き取る」の主語は「失われた仲間たち」である.動詞の主語と不定法の主語が異なる場合,不定法の主語は対格に置かれる.ここでは,対格なのに目に見えていない不定法の主語「彼ら」の副詞的同格としてvocatosが置かれており,「彼らが生きている」と思ったり,「彼らが最悪の事態を蒙って,その結果呼ばれても聞こえない」と思ったりして,残ったトロイア人たちの心の不安定さが表現されている

220行 (テクストへ)

 praecipue:副詞「主として,特に」
 pius:第1・第2変化形容詞pi-us, -a, -um「神を敬って親族を大事にする,敬虔な,善良な,親孝行な,行い正しい」の男性・単数・主格
 Aeneas:ギリシア語からの外来語である第1変化・男性名詞の固有名詞Aene-as, -ae, m.「アエネアス」の単数・主格
 nunc:副詞「今や」.次行のnuncと連動して,「ある時は〜で,またある時は〜」
 acris:第3変化形容詞ac-er, -ris, -re「俊敏な,勇猛な,すばやい,激しい」の男性・単数・属格.Orontiを修飾
 Oronti:第5変化・男性名詞Oront-es, -ei, m.「アエネアスの仲間でリュキア人オロンテース」と考え,単数・属格のOrontei(オロンテーイー)がホメロスでよく見られる母音融合(synizesis)が起こり(ペーレーイアデオーがペーレーイアドー)Oronti(オロンティー)となったと考えるか,アエネアスと同じギリシア語由来の第1変化・男性名詞でOront-es, -aeと考え,-aeの代りに属格に-iを使う(ギリシア語の第1変化・男性名詞は基本的に第1変化・女性名詞に準じた変化だが,単数・属格のみは第2変化・・男性名詞と同じ-uウーを使う)と考えるかどちらかで,いずれにせよ,単数・属格「俊敏なオロンテスの」の解する

221行 (テクストへ)

 nunc:副詞「今や」.前行のnuncと連動して,「ある時は〜で,またある時は〜」
 Amyci:第2変化・男性名詞Amyc-us, -i, m.「トロイア人アミュクス」の単数・属格
 casum:第4変化・男性名詞cas-us, -us, m.「出来事,事件,偶然,不幸,災難,場合」の単数・対格
 gemit:第3活用第1形動詞gemo, gemere, gemuii, gemitum「嘆く,悲しむ」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はアエネアスで,歴史的現在で意味は過去
 et:接続詞「〜と,そして」
 crudelia:第3変化形容詞crudel-is, -e「残酷な,苛酷な」の中性・複数・対格.次行のfataを修飾
 secum:主語と同じものを指す再帰代名詞の単数・対格+対格支配の前置詞cum「〜とともに」.cumは人称代名詞とともに用いられるときは,後置されて一語のように書かれる.secumは「他の誰でもなく自分と共に」になる「自分と共に語る」は「独り言を言う」になる.「自ら思い巡らす」とか「自ら心の中で語る」という風に,「自ら」,「秘かに」というような意味で使われる

222行 (テクストへ)

 fata:第2変化・中性名詞fat-um, -i, n.「運命,宿命,定め,死」の複数・対格.複数は韻律上の理由からの「単数の代わりの複数」(plural for singular)と考えられる
 Lyci:第2変化・男性名詞Lyc-us, -i, m.「トロイアの戦士リュクス」の単数・属格
 fortemque:第3変化形容詞fort-is, -e「強い,勇猛な」の単数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 Gyan:ギリシア語由来の第1変化・男性名詞Gy-as, -ae, m.「アエネアスの仲間ギュアース」のギリシア語形の単数・対格(ギュアーンもしくはギュエーンとなる)
 fortemque:第3変化形容詞fort-is, -e「強い,勇猛な」の単数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 Cloanthum:第2変化・男性名詞Cloanth-us, -i, m.「クロアントゥス」の単数・対格.ギュアースとクロアントゥスは第5巻のアンキーセース追善の競技会に登場するし,アミュクスも10巻にも登場する

(試訳)
空腹が食事によって追い払われ,食卓が片付けられた後で,
彼らは長く語らい,行方知れずの仲間たちの不在を惜しんだ.
希望を抱きもし不安に駆られもして心は揺れ動いていた,生存を信じることもあり,
あるいは最悪の事態に遭遇して,呼ばれても聞こえないのだと思いもしながら.
誰よりも,行い正しいアエネアスが,まずは俊敏なオロンテスの,
次にはアミュクスの不運を嘆き,心の中でリュクスの残酷な運命を,また
勇猛果敢なギュアスとクロアンテスのことを思い嘆いた.
                                   (216-222行)