『アエネイス』講読
(第1巻234-241行)

テクスト
certe hinc Romanos olim, volventibus annis,
hinc fore ductores, revocato a sanguine Teucri,      235
qui mare, qui terras omni dicione tenerent,
pollicitus, quae te, genitor, sententia vertit?
hoc equidem occasum Troiae tristisque ruinas
solabar, fatis contraria fata rependens;
nunc eadem fortuna viros tot casibus actos           240
insequitur. quem das finem, rex magne, laborum?
                        (234-241行)


語彙
234行
235行
236行
237行
238行
239行
240行
241行


(語彙)
234行 (テクストへ)

 certe:副詞「確かに」
 hinc:副詞「ここから」.「今ここで苦難にあえいでいる彼ら(アエネアスとトロイア人)から」
 Romanos:第1・第2変化形容詞Roman-us, -a, -um「ローマの」の男性・複数・対格.形容詞の男性・複数形が民族名になるので,ここでは「ローマ人」
 olim:副詞「かつて,いつの日か」.ここでは未来,将来の意味に使われている
 volventibus:第3活用第1形動詞volvo, volvere, volvi, volutum「回る,巡る,巡らす,考える」の現在分詞・男性・複数・奪格.annisに一致
 annis:第2変化・男性名詞ann-us, -i, m.「年」の複数・奪格.「時が巡ると,巡れば」という意味になる絶対奪格

235行 (テクストへ)

 hinc:副詞「ここから」
 fore:不規則動詞sum, esse, fui, (futurus)「〜がある,〜である」の不定法・能動相・未来
 ductores:第3変化・男性名詞ductor, ductoris, m.「指導者,将軍,指揮官」の複数・対格.foreの主語なので対格に置かれている
 revocato:第1活用動詞revoc-o, -are, -avi, -atum「呼び戻す,呼び返す」の完了分詞・男性・単数・奪格
 a:奪格支配の前置詞「〜から」
 sanguine:第3変化・男性名詞sanguis, sanguinis, m.「血,血筋,血統」の単数・奪格
 Teucri:第2変化・男性名詞Teuc-er, -ri, m.「スカマンドロス川の神とイダ山のニンフの子で,最初のトロイア王テウクロス」の単数・属格.この固有名詞の複数形は「トロイア人」という意味で使われる

236行 (テクストへ)

 qui:関係代名詞qui, quae, quodの男性・複数・主格.先行詞は前行のductores
 mare:第3変化・中性名詞mare, maris, n.「海」の単数・対格
 qui:関係代名詞qui, quae, quodの男性・複数・主格.先行詞は前行のductores
 terras:第1変化・女性名詞terr-a, -ae, f.「大地,陸地」の複数・対格
 omnis:第3変化形容詞omn-is, -e「全部の,全ての,あらゆる」の女性・複数・対格.terrasを修飾
 dicione:第3変化・女性名詞dicio, dicionis, f.「権威,権力,力,支配」の単数・奪格.「手段の奪格」
 tenerent:第2活用動詞teneo, tenere, tenui, tentum「保つ,保持する,所有する,領有する」の接続法・能動相・未完了過去・3人称・複数.「関係代名詞+接続法」の関係文は主文に対して目的・結果を表す.この場合主文の動詞が「約束した」と過去の意味の完了で副時称なので,同時の場合,目的・結果を意味する従属文では動詞は接続法・未完了過去に置かれる

237行 (テクストへ)

 pollicitus:第2活用の形式受動相(能動相欠如)動詞polliceor, polliceri, pollicitus sum「約束する」の完了分詞・男性・単数・主格.sum動詞の直説法・現在とともに直説法・受動相(意味は能動)・完了を構成するが,ここでは2人称・単数のesが省略されていて「あなたは約束した」という意味
 quae:疑問形容詞qui, quae, quodの女性・単数・主格.sententiaを修飾
 te:2人称・単数の人称代名詞tu「あなた」の単数・対格
 genitor:第3変化・男性名詞genitor, genitoris, m.「産みの父親,父」の単数・呼格
 sententia:第1変化・女性名詞sententi-a, -ae, f.「意見,考え,判断」の単数・主格
 vertit:第3活用第1形動詞verto, vertere, verti, versum「向ける,転ずる,変える」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.この動詞では直説法・能動相・3人称・単数は現在でも完了でもvertitと同形になるが,ここは直接話法なので,歴史的現在はないと考えて,「変えた」と過去の意味を出すために完了と解する.現在完了(変えて,その結果違う考えになっている)と考えた方が良く,実際に「現在完了」という時制が存在する英語では,フェアクラフは現在完了に訳している

238行 (テクストへ)

 hoc:形容詞的にも用いられる指示代名詞hic, haec, hoc「これ,この」の中性・単数・奪格.「これによって」という,受動文ならば行為者を表す奪格で,「これ」はユピテルの約束(アエネアスの子孫がローマ人となって世界を支配すること)を指す.男性と中性が同形だが,具体的に「約束」にあたる語がないので,「性」を確定する要素がない.ここでは「このこと」と考えて中性と解する.ただし「慰める」は形式受動相(能動相欠如)動詞なので,受動ではなく中動的に考えて,「手段の奪格」と考える
 equidem:副詞「確かに」
 occasum:第4変化・男性名詞occas-us, -us, m.「陥落,落城,没落,墜落,失墜,滅亡」の単数・対格.この対格は「〜に関して,〜に際して」という「関心の対格」でギリシア語的な詩的用法
 Troiae:第1変化・女性名詞Troi-a, -ae, f.「トロイア」の単数・属格
 tristisque:第3変化形容詞trist-is, -e「悲しい」の女性・複数・対格.ruinasを修飾
 ruinas:第1変化・女性名詞ruin-a, -ae, f.「破滅,滅亡,廃墟」の複数・対格.ギリシア語的「関心の対格」

239行 (テクストへ)

 solabar:第1活用の形式受動相(能動相欠如)動詞sol-or, -ari, -atus sum「慰める,慰撫する,宥める」の直説法・受動相(意味は能動もしくは中動)・未完了過去・1人称・単数.目的語がないので,「自らを宥める」という中動相的表現と考えるが,ほとんど受動文のように思える.ウィリアムズはこのような用法はウェルギリウスでは稀ではないとして,『農耕詩』1巻293行,『アエネイス』9巻489行を参照せよと言っている
 fatis:第2変化・中性名詞fat-um, -i, n.「運命,宿命,定め」の複数・与格
 contraria:第1・第2変化形容詞contrari-us, -a, -um「反対の,相反する,対応する」の中性・複数・対格
 fata:第2変化・中性名詞fat-um, -i, n.「運命,宿命,定め」の複数・対格
 rependens:第3活用第1形動詞rependo, rependere, rependi, repensum「量り直す,等しくする,対価を払う,償う,報いる」の現在分詞・女性・単数・主格.主語である「私=ウェヌス」の副詞的同格

240行 (テクストへ)

 nunc:副詞「今」
 eadem:-demが不変化で前綴りの部分が指示代名詞is, ea, -id「それ,その」に準じて変化する形容詞としても用いられる代名詞idem, eadem, idem「同じ(もの)」の女性・単数・主格.fortunaを修飾
 fortuna:第1変化・女性名詞fortun-a, -ae, f.「運,運不運,好運,不運,有為転変,財産」の単数・主格
 viros:やや変則的な第2変化・男性名詞vir, viri, m.「男,兵士,戦士,夫」の複数・対格
 tot:不変化の形容詞「これほど多くの」
 casibus:第4変化・男性名詞cas-us, -us, m.「落下,事件,災難,偶然,有為転変」の複数・奪格
 actos:第3活用第1形動詞ago, agere, egi, actum「駆り立てる,導く,左右する,翻弄する,行う,演ずる」の完了分詞・男性・複数・対格

241行 (テクストへ)

 insequitur:第3活用第1形の形式受動相(能動相欠如)動詞insequor, insequi, insecutus sum「追う,付き従う,追いかける,つきまとう」の直説法・受動相(意味は能動)・現在・3人称・単数.主語は前行のfortuna
 quem:疑問形容詞qui, quae, quod「どんな,いかなる」の男性・単数・対格.finemを修飾
 das:不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える」の直説法・能動相・現在・2人称・単数.主語はあなた=ユピテル
 finem:第3変化・男性名詞fin-is, -is, m.「終わり,結果,結末」の単数・対格
 rex:第3変化・男性名詞rex, regis, m.「王」の単数・呼格
 magne:第1・第2変化形容詞magn-us, -a, -um「偉大な,大きな」の男性・単数・呼格.rexを修飾
 laborum:第3変化・男性名詞labor, laboris, m.「労働,労苦,苦労,艱難」の複数・属格

(試訳)
確かに彼らから,いつの日か時が巡ると,この者たちらから
ローマ人が生じて,テウクロスの蘇った血を引く指導者たちが,
海を,全ての大地を支配下に収めるであろうと,あなたは
約束なさった.父よ,いかなるお考えがあなたを変えたのですか.
この約束を思って,トロイアの落城にも,その悲しい滅亡にも私は
慰められていたのです.定めと,その反対の定めを秤にかけて.
多くの災いに追い立てられた男たちを,今も同じ不運が
追い回しています.偉大なる王よ,この艱難にいかなる終わりを与えるのですか.
                                   (234-241行)