『アエネイス』講読
(第1巻242-253行)

テクスト
Antenor potuit, mediis elapsus Achivis,
Illyricos penetrare sinus, atque intima tutus
regna Liburnorum, et fontem superare Timavi,
unde per ora novem vasto cum murmure montis      245
it mare proruptum et pelago premit arva sonanti.
hic tamen ille urbem Patavi sedesque locavit
Teucrorum, et genti nomen dedit, armaque fixit
Troia; nunc placida compostus pace quiescit:
nos, tua progenies, caeli quibus adnuis arcem,         250
navibus (infandum !) amissis, unius ob iram
prodimur atque Italis longe disiungimur oris.
hic pietatis honos? sic nos in sceptra reponis?'
                        (242-253行)


語彙
242行
243行
244行
245行
246行
247行
248行
249行
250行
251行
252行
253行


(語彙)
242行 (テクストへ)

 Antenor:第3変化・男性名詞Antenor, Antenoris, m.「トロイアの知将アンテーノル」の単数・主格.『イリアス』7巻347行以下で,ヘレネと財宝を返してギリシア人と和平を結ぶことを提案するなど理性的な人物として描かれている.アドリア海東海岸から陸路リブルニア,イリュリクム地方を通って西海岸に至り,現在のヴェネト地方に定住してパタウィウム(現在のパドヴァ)を建設したとされる
 potuit:不規則動詞possumu, posse, potui, -「(不定法とともに)〜できる」の直説法・能動相・完了・3人称・単数
 mediis:第1・第2変化形容詞medi-us, -a, -um「真ん中の」の男性・複数・奪格.「真ん中の〜」は「〜の真ん中」という意味になる
 elapsus:第3活用第1形の形式受動相(能動相欠如)動詞elabor, elabi, elapsus sum「すり抜ける,滑り出る」の完了分詞・男性・単数・主格で,主語の説明的同格.estが省略されていると考える場合は直説法・受動相(意味は能動)・完了・3人称・単数を構成するが,ここでは「〜して,・・・できた」と考えれば良い
 Achivis:第1・第2変化形容詞Achiv-us, -a, -um「アカイアの,ギリシアの」の男性・複数・奪格.男性・複数形は「〜人」という意味になるので,「アカイア人,ギリシア人」

243行 (テクストへ)

 Illyricos:第1・第2変化形容詞illyric-us, -a, -um「イリュリアの,イリュリア人の,イリュリクム地方の」の男性・複数・対格.sinusを修飾.イリュリクムはイリュリア人の住む地方で,アドリア海東海岸で,現在のクロアチア,スロヴェニア,イタリアの国境地帯
 penetrare:第1活用動詞penetr-o, -are, -avi, -atum「通り抜ける,突き抜ける,貫く」の不定法・能動相・現在
 sinus:第4変化名詞sin-us, -us, m.「屈曲,湾曲,入り江,ふところ,谷,内部」の複数・対格.イリュリア人の土地,地方を意味する
 atque:接続詞「〜と,そして」
 intima:第1・第2変化形容詞intim-us, -a, -um「奥の,内部の」の中性・複数・対格.次行のregnaを修飾.「内部の王国」は「王国の内部」を意味する
 tutus:第1・第2変化形容詞tut-us, -a, -um「安全な」の男性・単数・主格.主語アンテノルの副詞的同格

244行 (テクストへ)

 regna:第2変化・中性名詞regn-um, -i, n.「王国,王座,支配権,支配領域」の複数・対格.リブルニア人の「王国」が一つで,韻律上の理由による「複数の代りの単数」と考えても良いが,「王国」が複数あったと考えた方が,時代の実情に合うだろう
 Liburnorum:第1・第2変化形容詞Liburn-us, -a, -um「リブルニアの,リブルニア人の」の男性・複数・属格.名詞化して「リブルニア人」.リブルニアは現在のクロアチアにあり,アドリア海東岸地方.ギリシア北方のエピルス(エペイロス)をアドリア海沿いに北上するとダルマティアで,その北がリブルニア.リブルニアの北にイストリアがあり,このあたりまでが東海岸.アドリア海北岸がウェネティー族のいるウェネティア地方(現在のヴェネト州)で,西海岸の最初の都市がパタウィウム(現在のヴェネツィアはまだ建設されていない).ダルマティアとリブルニアは後の帝国時代の属州イリュリクムに含まれる
 et:接続詞「〜と,そして」
 fontem:第3変化・男性名詞fons, fontis, m.「泉,源泉,起源」の単数・対格.
 superare:第1活用動詞super-o, -are, -avi, -atum「越す,通過する,凌駕する」の不定法・能動相・現在.セルウィウスが「船で越す」という意味だと注解している(ウィリアムズ)
 Timavi:第2変化・男性名詞Timav-us, -i, m.「(ウェネティア地方の川)ティマウス川」の単数・属格

245行 (テクストへ)

 unde:関係副詞「〜から」.先行詞は「源泉」で,関係文の主語はティマウス川
 per:対格支配の前置詞「〜を通じて,〜を通り抜けて,〜じゅうに」
 ora:第3変化・中性名詞os, oris, n.「口,顔,河口」の複数・対格.フェアクラフの注解に拠れば,ティマウス川はジュリア・アルプス(スロヴェニア西部とイタリア北東部にまたがるアルプス東部の山脈)に発して,18マイルほど地中を流れた後,幾つかの泉となって現れ,短い急流となってアドリア海に注ぐとされているので,この「口」は河口ではなく,再び地上に現れる時の「泉」を意味する
 novem:不変化の数形容詞「9つの,9」の中性・複数・対格.oraを修飾
 vasto:第1・第2変化形容詞vast-us, -a, -um「大きな,巨大な,広大な」の中性・単数・奪格
 cum:奪格支配のcum前置詞「〜とともに」
 murmure:第3変化・中性名詞murumur, murmuris, n.「ささやき,ざわめき,とどろき,轟音」
 montis:第3変化・男性名詞mons, montis, m.「山,丘」の単数・属格

246行 (テクストへ)

 it:不規則動詞eo, ire, ii (ivi), itum「行く」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はティマウス川
 mare:第3変化・中性名詞mare, maris, n.「海」の単数・主格.ここでは主語の副詞的同格で「海となって,海のように」という誇張表現
 proruptum:第3活用第1形動詞prorumpo, prorumpere, prorupi, proruptum「はじけ出す,はじけ出る,あふれ出る」の完了分詞・中性・単数・主格.「はじけ出させられた」→「はじけ出た」で,勢い良く湧出して急流となっていることを形容している
 et:接続詞「〜と,そして」
 pelago:複数の無い第2変化・男性型の中性名詞(呼格,対格もpelagus)pelag-us, -i, n.「海,大海」の単数・奪格.「描写の奪格」で,「大海となって,大海のように大量の水が流れて」という誇張表現
 premit:第3活用第1形動詞premo, premere, pressi, pressum「圧する,押し潰す,押さえつける」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はティマウス川
 arva:第2変化・中性名詞arv-um ,-i, n.「畑,耕地,野,平原」の複数・対格
 sonanti:第1活用動詞son-o, -are, -avi, -atum「響く,音をたてる」の現在分詞・中性・単数・奪格.pelagoを修飾

247行 (テクストへ)

 hic:副詞「ここに」
 tamen:接続詞「しかして,ところで,一方」
 ille:指示代名詞ille, illa, illud「あれ,それ,あの,その,かの」の男性・単数・主格.「かの者=彼」はここではアンテノルを指す
 urbem:第3変化・女性名詞urbs, urbis, f.「都市,町」の単数・対格
 Patavi:第2変化・中性名詞Patavi-um, -i, n.「ウェネティア地方の都市パタウィウム,現在のパドヴァの単数・属格Pataviiの別形.説明的属格で「パタウィウムの町」は「パタウィウムという町」.後世の歴史家のティトゥス・リウィウスの出身地
 sedesque:第3変化・女性名詞sedes, sedis, f.「座,住居,家」の複数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.ここでは-queは説明的で「すなわち,つまり」という意味に考える
 locavit:第1活用動詞loc-o, -are, -avi, -atum「置く,位置づける,位置を定める」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.主語はアンテノル

248行 (テクストへ)

 Teucrorum:第2変化・男性名詞Teuc-er, -ri, m.「トロイア建国の祖テウケル,テウクロス」の複数・属格.複数は「テウクロスの子孫=トロイア人」という意味になる
 et:接続詞「〜と,そして」
 genti:第3変化・女性名詞gens, gentis, f.「種族,部族,一族」の単数・与格
 nomen:第3変化・中性名詞nomen, nominis, n.「名前」の単数・対格.ここでは「トロイア人という名前」
 dedit:不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.主語はアンテノル
 armaque:複数で用いられる第2変化・中性名詞arm-a, -orum, n.pl.「武器,武具,戦争」の複数・対格.ここでは滅亡したトロイアからも持ってきた「トロイアの遺品」であり,「トロイア人としての証拠」である武具を柱にかけて神殿に奉納することを指す
 fixit:第3活用第1形動詞figo, figere, fixi, fixum「貫く,指して留める,柱にかけて飾る」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.主語はアンテノル

249行 (テクストへ)

 Troia:第1・第2変化形容詞Troi-us, -a, -um「トロイアの」の中性・複数・対格.前行のarmaを修飾
 nunc:副詞「今,今は,今や」
 placida:第1・第2変化形容詞placid-us, -a, -um「穏やかな,静かな,平穏な」の女性・単数・奪格.paceを修飾
 compostus:第3活用・第1形動詞compono, componere, composui, compostum「置く,定める,集める,建設する,鎮める,落ち着かせる」の完了分詞・男性・単数・主格.主語のアンテノルの副詞的同格
 pace:第3変化・女性名詞pax, pacis, f.「平和,平安,静謐」の単数・奪格
 quiescit:第3活用第1形動詞quiesco, quiescere, quievi, quietum「静まる,落ち着く,休まる,平穏無事に暮らす」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はアンテノル

; :

250行 (テクストへ)

 nos:1人称・複数の人称代名詞nos「私たち」の主格
 tua:2人称・単数の所有形容詞tu-us, -a, -um「あなたの」の女性・単数・主格
 progenies:第5変化・女性名詞progeni-es, -ei, f.「子孫」の単数・主格.ウェヌスはユピテルの娘という設定なので,彼女の息子アエネアスはユピテルの孫,その子アスカニウスはひ孫にあたる
 caeli:第2変化・中性名詞cael-um, -i, n.「天,天空,天界」の単数・対格
 quibus:関係代名詞qui, quae, quodの男性(女性でも同形だが,「私たち」にアエネアスが含まれるので男性と考える)・複数・与格
 adnuis:第3活用第1形動詞adnuo (annuo), adnuere (annuere), adnu (annui)i, -「頷く,同意する,(与えることを)認める」の直説法・能動相・現在・2人称・単数.主語は「あなた=ユピテル」
 arcem:第3変化・女性名詞arx, arcis, f.「砦,要塞,アクロポリス,高み,保護,避難所」の単数・対格.「天の高み」はアエネアスが死後,神となって天界に迎えられることを指している.神々の仲間に迎えられるほどの優遇の証拠として,生前,イタリアに新たな王国を築き,滅亡したトロイアを再建して,後世のローマ帝国の土台を固めることが含意されている

251行 (テクストへ)

 navibus:第3変化・女性名詞nav-is, -is, f.「船」の複数・奪格.「船が失って」」とい状況を表す絶対奪格で,「裏切られている」ことへの説明になっている
 infandum:第1・第2変化形容詞infand-us, -a, -um「言うのも憚られる,言ってはいけない,恐ろしい」の中性・単数・主格.「それは恐ろしい」→「何と恐ろしいことでしょう」と言う挿入文になっている
 amissis:第3活用第1形動詞amitto, amittere, amisi, amissum「失う」の完了分詞・複数・奪格.navibusに一致
 unius:代名詞型変化をする第1・第2変化形容詞un-us, -a, -um「1つの」の3性共通の単数・属格.「ただ1人の人」は女神ユノーを指すので女性
 ob:対格支配の前置詞「〜の前で,〜に対して,〜故に」
 iram:第1変化・女性名詞ir-a, -ae, f.「怒り」の単数・対格.主人公アエネアスに対して障害となるユノーの怒りが,この物語の裏の主題となっており,ユノーの怒りが鎮まる時にこの物語は終わりを迎える.『イリアス』でアキレウスの怒りが鎮まる時が,物語の終わりとなる構造を踏襲している

252行 (テクストへ)

 prodimur:第3活用第1形動詞prodo, prodere, prodidi, proditum「生み出す,手渡す,裏切る」の直説法・受動相・現在・1人称・複数
 atque:接続詞「〜と,そして」
 Italis:第1・第2変化形容詞Ital-us, -a, -um「イタリアの」の中性・複数・奪格.行末のorisを修飾
 longe:副詞「遠く」
 disiungimur:第3活用第1形動詞disiungo, disiungere, disiunxi, disiunctum「切り離す,引き離す」の直説法・受動相・現在・1人称・複数
 oris:第2変化・女性名詞or-a, -ae, f.「縁,へり,海岸,岸辺,領域」の複数・奪格.前置詞無しの「分離の奪格」

253行 (テクストへ)

 hic:指示代名詞hic, haec, hoc「これ,この」の男性・単数・主格.「これ」が中性ではなく男性になっているのは補語のhonosに一致している.内容的には「約束を反故にされて,アエネアスが目的地に到着できないことを指している」
 pietatis:第3変化・女性名詞pietas, pietatis, f.「神を敬い,親族を大事にするローマ的美徳,敬神,親族愛」
 honos:第3変化・男性名詞honos (honor), honoris, m.「名誉,尊敬,賞賛,報酬,代償」の単数・主格
 sic:副詞「このように,こうして」
 nos:1人称・複数の人称代名詞nos「私たち」の対格
 in:対格支配の前置詞「〜(の中)へと」
 sceptra:第2変化・中性名詞sceptr-um, -i, n.「王笏,王位,支配権」の複数・対格
 reponis:第3活用第1形動詞repono, reponere, reposui, repositum「返す,戻す」の直説法・能動相・現在・2人称・単数.「このようにして私たちを王笏へと返すのですか」は,「あなたは私の子孫であるトロイアの王族アエネアスを亡命に身としましたが,いずれ新しい王国を支配させると約束したのに,現在はまだ海難に苦しんだ末に,見知らぬ土地に漂着している身の上です.これが,あなたが彼に再び王国を支配させるということなのですか」というような意味

(試訳)
アンテノルはギリシア人たちのただ中を切り抜けて,イリュリア人たちの
領域を通り,リブルニア人たちの諸王国の中を無事に通過して,
ティマウス川の源を越えることができました.その源からはティマウス川が
9つの噴出し口を通じて,山の轟音を立てながら,
奔流の海のようになって流れ,響き渡る大海のように平野を圧倒しています.
ここに,アンテノルはパタウィウムの町を,トロイア人たちの住処として
建設し,一族にトロイア人と名乗らせ,トロイアの遺品たる武具を神殿に
奉納しています.彼は今や穏やかな平安のうちに落ち着き,静かに暮らしています.
あなたの子孫である私たちは,天の高みをあなたは約束して下さったのに,
ただ一人の方の怒りゆえに,船を失ってしまい(何と恐ろしいことでしょう),
裏切られて,イタリアの岸辺から遠く引き離されています.
これが敬神への褒美でしょうか.私たちに王国を返すとはこのことなのですか.
                                   (242-253行)