『アエネイス』講読
(第1巻305-313行)

テクスト
 At pius Aeneas, per noctem plurima volvens,  305
ut primum lux alma data est, exire locosque
explorare novos, quas vento accesserit oras,
qui teneant (nam inculta videt), hominesne feraene,
quaerere constituit sociisque exacta referre.
classem in convexo nemorum sub rupe cavata  310
arboribus clausam circum atque horrentibus umbris
occulit; ipse uno graditur comitatus Achate,
bina manu lato crispans hastilia ferro.
                          (305-313行)


語彙
305行
306行
307行
308行
309行
310行
311行
312行
313行

(語彙)

305行 (テクストへ

 at:接続詞「しかし,ところで,一方」
 pius:第1・第2変化形容詞pi-us, -a, -um「敬神の心に満ちた,親族への情愛に溢れた,共同体へ義務を果たす,立派な,行い正しい」の男性・単数・主格.アエネアスへの形容句(epithet)と行っても良い語
 Aeneas:ギリシア語の類推からの第1変化・男性名詞Aene-as, -ae, m.「(英雄)アエネアス」の単数・主格
 per:対格支配の前置詞「〜を通って,〜を通じて,〜中,〜の間ずっと」(英語のthroughと同じ語感と考えて良い)
 nocetem:第3変化・女性名詞nox, noctis, f.「夜」の単数・対格
 plurima:第1・第2変化形容詞mult-us, -a, -um「多い,多量の」の最上級plurim-us, -a, -umの中性・複数・対格.この場合は絶対最上級で「極めて多くのことを」
 volvens:第3変化第1形動詞volvo, volvere, volvi, volutum「回す,回転させる,巡らせる」の現在分詞・男性・単数・主格.「極めて多くのことを巡らせる」→「多くの思いを巡らす」

306行 (テクストへ

 ut:接続詞「〜の時に」.ut primum+直説法で「〜するや否や」
 primum:副詞「最初に,すぐに」.上記参照
 lux:第3変化・女性名詞lux, lucis, f.「光」の単数・主格.ここでは「曙光」
 alma:第1・第2変化形容詞alm-us, -a, -um「慈愛に満ちた,慈悲深い,やさしい」の女性・単数・主格.「光」を修飾
 data:第1活用を基準にする不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える」の完了分詞・女性・単数・主格.sum動詞と結びついて受動相の完了時制を構成
 est:不規則動詞sum. esse, fui, futurus「ある,いる,〜である」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.完了分詞と結びついて,受動相の完了時制を構成
 exire:不規則動詞ex-eo, -ire, -ivi (-ii), -itum「出る」の不定法・能動相・現在
 locosque:第2変化・男性名詞loc-us, -i, m.「場所」の複数・対格(複数形は「中性」の形になることが少なくないが,ここでは男性形のまま)+等位接続詞-que「そして,〜と」.-queがあることによって「場所」は「出る」の目的語ではなく,次行の「探検する」の目的語になる

307行 (テクストへ

 explorare:第1活用動詞explor-o, -are, -avi, -atum「探検する,探索する」の不定法・能動相・現在
 novos:第1・第2変化形容詞nov-us, -a, -um「新しい,新奇な,見知らぬ」の男性・複数・対格
 quas:疑問形容詞qui, quae, quod「どんな,いかなる,何の」の女性・複数・対格.後出の「海岸」を修飾
 vento:第2変化・男性名詞vent-us, -i, m.「風」の単数・奪格.「風で,風によって」
 accesserit:第3活用第1形動詞accedo, accedere, accessi, accessum「〜へと近づく」(対格支配の他動詞)の接続法・能動相・完了・3人称・単数(直説法・未来完了と同形だが,「間接疑問」を意味する接続法と考える)
 oras:第1変化・女性名詞or-a, -ae, f.「海岸,岸辺」の複数・対格

308行 (テクストへ

 qui:疑問代名詞quis, quid「誰,何」の男性・複数・主格(単数は男女同形だが,複数では関係代名詞や疑問形容詞と同形で男女別形になる)
 teneant:第2活用動詞teneo, tenere, tenui, tentum「保つ,保持する,支配する」の接続法・能動相・現在・3人称・複数(「間接疑問」の接続法)
 nam:接続詞「と言うのも」
 inculta:第1・第2変化形容詞incult-us, -a, -um「耕されていない,未開の,野蛮な」の中性・複数・対格.同行の動詞videtの目的語である中性・複数・対格eaが略されていて,それの目的格補語と考える.あるいはsum動詞の不定法・現在esseが省略されていると考えても良く,ea esse incultaという「対格+不定法」構文「それらが未開であること」と考えられる.その場合eaが何を指すかが問題になるが,近傍に中性・複数の名詞またはそれに相当するものが見あたらない.そこで,全行のoras(女性)を内容的に中性の代名詞で受けて,単に「それら」としていると考える.であれば,本来はeas esse incultasという形になる.そうするとこの行のinculta「インクルタ」がincultas「インクルタース」となり,韻律的には「イン・クル・タ・ウィ・デト」となり,「クル・タ・ウィ」の所が,「長・短・短」(dactylus)になり,叙事詩の韻律に合うが,女性・複数の場合は「クル・タース・ウィ」と「長・長・短」になり,叙事詩の韻律と齟齬が生じる.したがって,本来は女性の代名詞とその目的格補語で示されるべき箇所を「韻律上の理由で」(metri causa),中性の代名詞(ただし省略)とその同格の目的格補語で示されていると考えられる.韻律上の問題は実は「ウィ・デト」の「デト」の部分でも生じるが,それは次の項目で
 videt:第2活用動詞video, videre, vidi, visum「見る,〜を・・と見なす,認識する,了解する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はアエネアス.韻律的には,「ウィ・デト・ホ・ミ・ネース・ネ」の「デト・ホ・ミ」の部分が,このままだと「短・短・短」になってしまう.これを「長・短・短」と解するためには本来「ウィ・デト」は「短・短」である所を,事実上「ウィ・デート」すなわち「短・長」と見なせば,問題の箇所は「長・短・短」となり叙事詩の韻律構成要素であるダクテュロスとなる.本来「短い」音節を一定の根拠に拠って「長い」と考えるのをアルシス(arsis)と言う
 hominesne:第3変化・男性名詞homo, hominis, m.「人間」の複数・主格+「〜か,(あるいは)〜か」を意味する疑問小辞-ne
 feraene:第1変化・女性名詞fer-a, -ae, f.「野獣」の複数・主格+-ne.上とあわせて,「(その支配している者たちは)人間なのか,あるいは野獣なのか」という間接疑問文を構成するので,sum動詞の接続法・現在・3人称・複数sintを補う

309行 (テクストへ

 quaerere:第3活用第1形動詞quaero, quaerere, quaesivi, quaesitum「探る,訪ねる,問う,質問する,求める,要求する」の不定法・能動相・現在
 constituit:第3活用第1形動詞constituo, constituere, constitui, constitutum「(不定法を取って)〜するのを決める,決心する」の直説法・能動相・完了・3人称・単数(「現在」と同じ形だが,「完了」と考える).exire,explorare,quaerere,referreと四つの不定法を支配している
 sociisque:第2変化・男性名詞soci-us, -i, n.「仲間」の複数・与格
 exacta:第3活用動詞exigo, exigere, exegi, exactum「完成する,(時を)費やす」の完了分詞・中性・複数・対格.名詞化して「完遂したこと」=「探検の結果」
 referre:第活用第1形を基準とする不規則動詞refero, referre, retuli, relatum「持ち帰る,報告する」の不定法・能動相・現在(目的分詞形を見れば英語のrelateの語源であることがわかる) 

310行 (テクストへ

 classem:第3変化・女性名詞class-is, -is, f.「艦隊,船団」の単数・対格
 in:奪格支配の前置詞「〜において,〜の中で」
 convexo:第2変化・中性名詞convex-um, -i, n.「天蓋,天空,斜面」の単数・奪格
 nemorum:第3変化・中性名詞numus, nemoris, n.「森」の複数・属格
 sub:奪格支配の前置詞「〜の下で」
 rupe:第3変化・女性名詞rep-es, -is, f.「岩,崖」の単数・奪格
 cavata:第1・第2変化形容詞cavat-us, -a, -um「うつろな」の女性・単数・奪格

311行 (テクストへ

 arboribus:第3変化・女性名詞arbor (arbos), arboris, f.「木,樹木」の複数・奪格
 clausam:第3活用第1形動詞claudo, clausere, clausi, clausum「閉ざす,閉じる」
 circum:副詞「周囲で,周りで,周囲を」
 atque:等位接続詞「〜と,そして」
 horrentibus:第2活用動詞horreo, horrere, horrui, -「震える,恐れる,毛羽立つ」の現在分詞・女性・複数・奪格.「影」を修飾して,ここでは「鬱蒼とした」くらいの意味か
 umbris:第1変化・女性名詞umbr-a, -ae, f.「影」の複数・奪格

312行 (テクストへ

 occulit:第3活用第1形動詞occulo, occulere, occului, occultum「隠す」の直説法・能動相・現在・3人称・単数(この完了分詞からできた形容詞「秘密の」が英語のoccultの語源であるのは言うまでもないだろう)
 ipse:指示代名詞ipse, ipsa, ipsum「〜自身,自体」の男性・単数・主格.アエネアスを指す
 uno:代名詞型の第1・第2変化形容詞(数詞)un-us, -a, -um「一つの,〜だけ」の男性・単数・奪格
 graditur:第3活用第2形の形式受動相動詞gradior, gradi, gradus sum「行く,進む」の直説法・受動相(意味は能動)・現在・3人称・単数
 comitatus:第1活用動詞comit-or, -ari, -atus sum「(奪格支配で)〜を伴う,連れる」の完了分詞(意味は能動)・男性・単数・主格
 Achate:第3変化・男性名詞Achat-es, -is, m.「(アエネアスの仲間)アカテス(アカーテース)」の単数・奪格

313行 (テクストへ

 bina:複数で使われる第1・第2変化形容詞bin-i, -ae, -a「二つ(一組)の」の中性・複数・対格
 manu:第4変化・女性名詞man-us, -us, f.「手」の単数・奪格
 lato:第1・第2変化形容詞lat-us, -a, -um「広い」の中性・単数・奪格
 cripans:第1活用動詞crisp-o, -are, -avi, -atum「握る」の現在分詞・男性・単数・主格
 hastilia:第3変化・中性名詞hastil-e, -is, n.「槍先,槍,投げ槍」の複数・対格
 ferro:第2変化・中性名詞ferr-um, -i, n.「鉄,剣,武器」の単数・奪格

(試訳)
 一方,行い正しいアエネアスは,夜を通じて多くのことを考え巡らし,
やさしい曙光が指し染めるとすぐに,出発し,見知らぬ
場所を探索し,風によってどの岸辺へと近づき,誰が
支配しているのか(未開の地に思われたので),人なのか獣なのかを
調べて,仲間たちに結果を報告することを,決心した.
うつろな断崖のもと,樹木に覆われた場所に,
艦隊の周囲を,木々と鬱蒼とした影で覆って
隠した.アエネアス自身はただアカテスだけを伴って,幅広い
鉄の穂先のついた二丁の投げ槍を手に握って,先へ進んだ.
                                   (305−313行)