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フィレンツェだより |
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「カシーネの森」の市 |
§ローマの旅(その4) −美術館篇− その前に,「カシーネの森」の市 「来た,見た,買った」 現在の寓居の近くに「カシーネの森」公園がある.火曜日の午前中に市が立つことは教えていただいていたが,体調を崩したりしていたので,引越し後2か月以上経ってもまだ行っていなかった.今日ようやく行って来た.大変な数の露店が出て,地元の人も観光客もつめかけて相当の賑わいだった.衣類や食器など買っても良いと思われる値段と質のものがけっこうあったので,これからも何度か訪れたい. 今日は部屋で着る衣類を少し購入し,シーズンになった栗を1キロ買って来た.スニーカーも買った.北本のロジャースで買った愛用のアディダスはイタリアで大活躍だったが,そろそろ傷んで来たので,店のおじさんの積極的な勧めもあって購入した.47ユーロをまけてもらって30ユーロ,今日一番高い買い物だった. ローマの美術館,あれこれ 10月5日の夕方,カンピドリオの丘(古代のカピトリウムの丘)にあるカピトリーニ美術館,6日にボルゲーゼ美術館,7日の午前中にバルベリーニ宮殿の古典絵画館,午後にドーリア・パンフィーリ美術館を訪れた. このうち,ボルゲーゼとバルベリーニは,入場前に荷物を預けなくてはならない.もともとすいているうえに,ロッカーに自分で荷物をしまう方式のバルベリーニはともかく,混んでいるうえにクローク式のボルゲーゼは荷物を預けるのにも行列ができるので,覚悟が必要だ. ドーリア・パンフィーリは有名な作品の前に改めて「撮影禁止」とあるので,実際には撮っている人もいるようだが,もちろん私たちはデジカメはバッグにしまって鑑賞した.カピトリーニ美術館は絵画館(ピナコテカ)を含めてフラッシュ無しなら写真撮影可だった.思わぬ作品の写真をカピトリーニで撮れたので,所々で紹介しながら,報告を進めたい.
いつも授業でお世話になっている作品たち ボルゲーゼ美術館は,今回のローマ行の主な目的の一つだった.どうしてボルゲーゼに行きたかったかと言えば,ベルニーニの3つの彫刻を見たかったからだ.ベルニーニはカラヴァッジョとともにイタリアの代表的なバロックの芸術家で,彼の作品はローマのあちこちで見ることができる.その中で,ボルゲーゼにあって,私が見たかった作品は, アポロとダフネ プロセルピナの誘拐 亡命のアエネアス であった.それぞれ有名な作品で,ギリシア神話に題材を取っており,オウィディウスの『変身物語』やウェルギリウスの『アエネイス』など古典ローマ文学に扱われた題材なので,写真はよく授業で紹介させてもらっているが,実物を見たことはなかった.3つとも聞きしに勝るすばらしい作品だった. 特に「亡命のアエネアス」は,トロイア戦争に敗れ,トロイアが落城するとき,王族のアエネアスが父アンキセスを背負い,息子アスカニウスの手を引いて亡命していく姿を彫り上げたもので,老父,本人,幼い息子という縦長の造形が,ローマ的美徳ピエタスを体現している. アエネアスはイタリアに渡って新しい王国を築き,ローマ人の祖先となる.叙事詩『アエネイス』では英雄アエネアスには多くの場合「ピウス」(ピエタスを遵守する)という形容詞が付される.ピエタスは神を敬い,親族を大事にするという宗教的美徳と親族愛の両面性を持つローマ固有の道徳を意味するラテン語であり,同じ古典語でもギリシア語ではこれを意味する時に2語以上を必要とする.
今回実物を見て気づいたことがある.幼いアスカニウスが手に炎を持っている.これが,後にローマのヴェスタ神殿の炎となり,トロイアからローマへの連続性を示す炎であろう.国家の守護神は家の守り神でもあり,家の中心である炉に燃えていた炎は神聖なものとされるからだ. ベルニーニの作品は他にもいくつかあったが,中でも「山羊と戯れる幼いゼウス」は印象に残る.自ら父ウラノスを追放して王位に着いた神クロノス(ローマではサトゥルヌス)は,「自分も子どもに追放される」という予言を恐れ,生まれる自分の子を次々に食べてしまう.最後に生まれたゼウス(ローマではユピテル)を母レアがクレタ島に逃がしてやる.そこでゼウスは牧人に育てられるが,像には嬰児のゼウスが牧人の子と一緒に山羊飼いをしている様子が刻まれていた.この小さな彫像も写真では見たことがあったが,ゼウスが山羊の乳を搾っているのには初めて気づいた.
傑作を多数集めたボルゲーゼにあって,それほどの傑作ではないかも知れないが,フェデリコ・バロッチの絵を見られて良かった.これも「落城のトロイアから亡命するアエネアス」である.これも授業では何度も紹介しているが,実物を見るのは初めてだ. この絵にはアエネアスの妻クレウサも描かれている.トロイア王プリアモスの娘で,英雄ヘクトルの妹にあたる.アスカニウスはアエネアスとクレウサの子で,別名をユルス(イウロス)と言い,彼の子孫とされるユリウス氏族からユリウス・カエサルや遠縁で養子のアウグストゥスが出るので,ローマ最大の英雄と初代皇帝はヘクトルの妹とアエネアスの血筋ということに伝説上はなる.クレウサは落城の混乱の中,命を落とし,亡霊となって夫に「新たなトロイア」建国の使命を告げる. ギリシア・ローマの文化が中世の闇の中から復活してルネサンスになったと言われることが少なくない.しかし,ルネサンス期の古典文学の扱いにはどこかぎこちなさがあって,よそよそしい.
ベルニーニの迫真性や,それにくらべると芸術としては格落ちかも知れないがバロッチの絵の緊迫感は,後世の西欧人にとっての古典の意味を深く考えさせてくれるように思う.
「プロセルピナの誘拐」は,「冥界のゼウス」と言われるハデス(プルト)が乙女を誘拐して妃に迎えるが,「エウロパの誘拐」は,本家ゼウスが白い牡牛に化けてフェニキアの乙女エウロパをクレタ島にさらっていき,エウロパは「ヨーロッパ」の名祖となる.これもギリシア神話の物語だ. フィレンツェでおなじみの大芸術家 ボルゲーゼでは,フィレンツェでおなじみの大芸術家の作品もかなり見ることができた.ラファエロの「キリスト降架」は,パラティーナ美術館にあるペルジーノの「キリスト哀悼」と比べてみるとおもしろいかも知れない.同じペルジーノがフィリピーノ・リッピの未完の作を完成させた「キリスト降架」(アカデミア美術館)と比べると,さらに興味深いように思える. ペルジーノの作品もある.「聖母子」だ.これもパラティーナ美術館の「袋の聖母」と対比させて見たい.この「聖母子」にはペルジーノならではの特徴がでているが,隣に並んでいるラファエロの「ユニコーンを抱く女性の肖像」を見ると,なるほどラファエロはペルジーノの弟子だなと思わせられる.
ピエロ・ディ・コジモの「幼児イエスの礼拝」も線の細い奏楽の天使たちが美しく,いかにもこの画家の作品だと思わせる.アンドレア・デル・サルトの「聖母子と幼い洗礼者ヨハネ」も見られた.ブロンズィーノの「洗礼者ヨハネ」が美しい少年がたくましい青年になっていく姿を描いていて傑作だった. これは傑作とは言えないかも知れないが,フランチャビージョとベッカフーミの作品も見ることができた.アレッサンドロ・アッローリの「コジモ1世の肖像」もあった.フラ・バルトロメオとともにアカデミア美術館に作品があるソリアーニの「聖母子」を見ることができた. ヴェネツィア派もたくさん鑑賞 もちろんフィレンツェでも見られる画家たちだが,ヴェネツィア派と言われるヴェロネーゼ,ティツィアーノの作品をまとめて見ることができる. 特にティツィアーノの「神聖な愛と世俗の愛」という寓意画は有名だし,この美術館のガイドブックの表紙にも採用されているくらいで一つの売り物になっている.確かに見事な作品だ.これがプラトン『饗宴』でも語られた2つの愛を端的に表現しているかどうは別問題として,ともかく絵が美しい.どちらかと言えば,「キューピッドに目隠しをするヴィーナス」の方がこの作家らしい絵なのだろうか. ヴェロネーゼの「洗礼者ヨハネの説教」も良かったが,「魚に説教する聖アントニウス」というパドヴァの聖アントニウス(サンタントーニオ)にまつわる伝説を扱った絵がおもしろかった.有名な話なのだそうだが,私は知らなかった.
ヴェネツィア派の画家たちの作品はカピトリーニ美術館でも見ることができた.ここにはティントレットの作品(上で紹介したキリスト3部作)もあった. そう言えばボルゲーゼでジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子」が見られた.たくさんの「聖母子」を描いたようだが,ヴェローナの美術館で見た「聖母子」を思い出しながら比べてみたい.パンフィーリのティツィアーノの絵(「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」もしくは「ユディット」とも)は日本出張中だった.パンフィーリではラファエロの「二人の男の肖像画」も力作だった. まとまった数を鑑賞できるメリット 今回はフィレンツェではそれほどおなじみでない画家の作品を見られたことが大変良かった.この体験は6日に行ったボルゲーゼだけでなく,前日行ったカピトリーニ,翌日行ったバルベリーニ宮殿の古典絵画館でも共通したものだ. ドッソ・ドッシ(ボルゲーゼ「コスマスとダミヌアス」/「ディアナとカリスト」/「聖母子」,バルベリーニ「聖ヨハネ,聖バルトロマイと寄進者」),グエルチーノ(バルベリーニ「キリストの笞刑」/「ダヴィデを襲うサウル」/「絵画と彫刻の寓意」,パンフィーリ「傷ついたタンクレディを見つけたエルミニア」),グィド・レーニ(ボルゲーゼ「モーゼ」,バルベリーニ「マグダラのマリア」)の作品はウフィッツィやパラティーナでも見られるが,かなりの数の作品を見られるのはローマならではだろう. ソドマ(ボルゲーゼ「ピエタ」,バルベリーニ「聖カタリナの神秘の結婚」),フランチェスコ・フランチャ,ヤーコポ・ズッキ(ボルゲーゼ「新世界発見の寓意」/「天地創造の寓意」,バルベリーニ「バテシバの入浴」),ドメニキーノ(ボルゲーゼ「ディアナとニンフたち」,カピトリーニ「クマエのシビュラ」,バルベリーニ「聖母子と聖人たち」,パンフィーリ「渡しの風景」),ジョヴァンニ・ランフランコ(ボルゲーゼ「死の神に見つかったノランディノとルキナ」,バルベリーニ「聖ウルスラと乙女たち」/「音楽の寓意」),アニバーレ・カッラッチ(パンフィーリ「聖家族のエジプト退避」/「スザンナと老人たち」)などの作品もフィレンツェでも見られる(ソドマやランフランコはパラティーナで見られる)のであろうが,今回記憶に残る形で見ることができた. 写真では見たことがあったヤーコポ・バッサーノの「最後の晩餐」も見た.グイド・レーニ,グエルチーノの絵はカピトリーニ美術館に何点もあった.
前回,大変感動した古典絵画館は今回は少し物足りないように思えたが,カラヴァッジョの作品だけでなく,ラファエッロの「ラ・フォルリーナ」も見られたし,デル・サルトの「聖家族」や,ピエロ・ディ・コジモの「マグダラのマリア」もベッカフーミの「聖母子と幼児の洗礼者ヨハネ」も見られて良かった.どうも館内を修復中なのか,前回と様子が違うし,見せていない作品も多いように思えた. ホルバインの「ヘンリー8世の肖像」と,画家の名前が読めない(メツュスだろうか)「エラスムスの肖像」も見ることができたので,「アルプスを越えたルネサンス」にも出会えたことになる.ブロンズィーノの「コロンナ家のステファノ4世の肖像」が傑作だったし,牧歌の主題としてはニコラ・プサンの作品(ルーヴル美術館)で有名な「我もまたアルカディアにあり」をグェルチーノの作品で見られた.古典ネタとしては,ティツィアーノの「ヴィーナスとアドーニス」,ドッソ・ドッシの「キルケ」だろうか. 中世末期はやはりフィレンツェか 『地球の歩き方』には古典絵画館にシモーネ・マルティーニの作品があると書いてあったが,これは見られなかった.またフィリッポ・リッピの「聖母子」と「受胎告知」も今回は展示していなかった.今回はどの美術館でも,中世末期からルネサンスへの過渡期の作品はあまり見られなかったが,カピトリーニ美術館とドーリア・パンフィーリ美術館で,ビッチ・ディ・ロレンツォの名で伝わる作品を見ることができた.特に最後に見たドーリア・パンフィーリの一番奥にあったのがビッチの作品だったので,縁があるのかなと思ったが,作品はどちらも彼の実力が発揮されたものとは思えなかった. それにくらべると,カピトリーニとボルゲーゼで見た古代彫刻は大傑作に満ちていた.ローマ時代の床モザイクも興味深いもので,やはり古典古代は大したものだという平凡な結論を再確認した.これについては,「明日に続く」としたい. |
カンピドリオの丘 カピトリーニ美術館は8時閉館 |