フィレンツェだより
2007年12月15日



 




インディペンデンツァ広場の回転木馬
無人のまま華やかに回り続ける



§私の中の音楽と絵画

ピエトロ・ダ・コルトーナの作品「女狩人の姿でアエネアスの前に現れたヴィーナス」を写真等で初めて見たのはいつだろう.多分大学4年生の時だと思う.


 初めての海外旅行で,ミュンヘンでレコード屋に行き,日本で音楽雑誌の広告では輸入盤として紹介されているのに,どこの店でも現物を見たことがなかった「黄金の世紀:ルネサンス・スペインの教会音楽」の3枚組LPを見つけて買った.

 そのついでに,実演はおろか放送でも,録音でも聴いたことのないヘンリー・パーセルのオペラ「ディドーとアエネアス」(ダイドー&イニーアス)のLPを3種類見つけて,これも全て買ったが,そのうちの1枚のジャケットに使われていたのが,コルトーナの「女狩人の姿でアエネアスの前に現れたヴィーナス」の絵だった.

 当時は『アエネイス』を読んだことがなかったので,何のエピソードかはわからなかったが,オペラのストーリーは知っていたので,アエネアスにまつわる絵だろうと推測した.LPなのでジャケットの絵が大きく,印象に残った.

 実は,ドイツの前にパリでルーヴルに3日通ったので,その絵の現物を見ている可能性があるのだが,見たのか,見なかったのか,見ても記憶に残らなかったのか,今となっては思い出せない.

 当時も売っている店さえ知っていれば,東京で輸入盤LPを手に入れるのは難しいことではなかっただろうに,ドイツでLPを6枚も買いこんで,その後ギリシアに行ったのだから,ご苦労なことだ.

 この店では,歌手のディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウが書いた『ニーチェとワグナー』も購入したが,この本も後に翻訳が出たようだ.


ペルゴラ劇場のコンサート
 土曜日は恒例のペルゴラ劇場の日だが,来週フェッラーラに行くユーロスターを予約しに中央駅に寄ったので,今日はく徒歩で劇場に向かった.

 ドゥオーモを過ぎて,マルテッリ通りを右に曲がってプッチ通り,サンテジーディオ通りと進むと,サンタ・マリーア・ヌォーヴァ病院の前を通る.この病院の付属教会であるサンテジーディオ教会がどこにあるかはまだ確かめていないが,病院自体にもフレスコ画があり,特に工事中部分の回廊(左下の写真)にフレスコ画があるのは,前から目をつけていた.






 工事用の柵があって近づけないのは相変わらずだが,工事が進展したおかげで,夏に来た時よりも少し見通しがよくなっている.

 もしかしたらと思って何枚か遠くから写真を撮ってみたが,やはり光線不足で全てぼけてしまっていた.それでも右側の壁の奥にあった「受胎告知」(右上の写真)だけは,かろうじて絵柄がわかるので,紹介する.

 病院を通り過ぎて左に曲がるとペルゴラ通りで,少し行くと劇場に着く.



 今日も比較的良い席が取れたと思っていたら,数名のお子様を連れたグループがすぐ後ろに座り,子どもたちは名演奏に酔いしれるにはまだ少し幼いのか,おしゃべりをしたり,様々な物音をたてたりして周りの顰蹙を買っていた.

 子どもには罪はないとは言い切れないかも知れないが,要するに親のしつけの問題だろう.おとなしくさせることができなくて,周りに迷惑をかけるようなら,連れて来ないほうが良い.第一,退屈そうで子どもが気の毒だ.

 ティル・フェルナーというピアニストを私たちは知らなかったが,演奏は素晴らしかった.パンフレットの紹介写真がモノクロだったので,若さを演出しようとして昔のモノクロ写真を使用しているのではないかと勘繰ったが,実物も,少し地味だが,美少年といいたくなるような若者だった.

 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ嬰ハ短調作品27の2(いわゆる「月光ソナタ」),シューマンの幻想曲ハ長調作品17,アデスの「可視の闇」,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ変ホ長調作品7で,シューマンが立派だった.


懐かしのシニョーラ
 コンサート終了後,しばらく行っていないので,李慶餘飯店で食事をしようということになって,アルファーニ通り,リカゾーリ通りからサン・マルコ広場に出て,ヴェンティセッテ・アプリーレ通りを西進した.

写真:
交差するサン・ガッロ通りが
可愛い星型のクリスマス
電飾をつけていた.


 途中,前寓居の近くの古本屋に寄り,久しぶりに古典の本を買った.『イリアス』22巻,『イリアス』24巻,プラトン『饗宴』,プラウトゥス『商人』,カトゥルス『詩集』抜粋,ホラティウス『諷刺詩&書簡詩』のそれぞれの注解,コンパレッティ『中世のウェルギリウス』第1巻である.

 最後のものは端本で10ユーロしたが,めずらしい本なので買った.全部で32ユーロだったが,年配の女性店主が私たちを覚えていてくれて,ニッコリ笑って30ユーロにまけてくれた.

写真:
購入した本
右下は李慶餘飯店の
フォーチュン・クッキー



クリスマスの街を歩く
 古本を買ったあと,李慶餘飯店の酸辣湯に久しぶりに舌鼓を打ち,良い気分で,懐かしいヴェンティセッテ・アプリーレ通りを歩く.インディペンデンツァ広場のところで左に曲がり,ナツィオナーレ通りを中央駅の方に向かうと,普段は広場にはないメリーゴーランドが回っているのが目に入った.仮設のチケット売り場に係りの人はいるが,誰も乗っていない.回転木馬と言いたいところだが,回っているのは,ライオン,虎,象など「サーカスの動物たち」だった.

 駅まではウィンドウ・ショッピングしながら歩いた.ディスプレイされているクリスマス商品が可愛い.可愛いものが好き,という感性ではイタリア人と日本人はわかりあえるとあらためて思う.

写真:
こまごまとしたグッズが
賑やかに並ぶウィンドウ


 駅前に出ると,サンタ・マリーア・ノヴェッラ教会のすぐ裏手になる駅前ロータリーにもクリスマス飾りがしてあった.

 いつもの駅の地下道を通ったが,7時過ぎたばかりなので,地下商店街がまだ開いている.キティちゃんグッズを眺めたりしてから,いつもは横目に通り過ぎる新刊半額書店に寄ってみた.ギュスターヴ・ドレの挿絵入り,注解付き,ダンテ『神曲』が30ユーロ,『トスカーナ絵画における聖ベネディクトの図像学』という分厚い本がわずか10ユーロ.後者は魅力的だったが,荷物になるのであきらめた.

写真:
教会を背景に,
幻想的な駅前ロータリー


 帰宅後,コーヒーを入れ,李慶餘飯店でもらったフォーチュン・クッキーを食べた.ご託宣は,私のは「音楽の才能が見出される」,妻のは「投資は慎重にすべし」だった.私の古本道楽に30ユーロ投資してくれたのは,あるいは慎重さを欠いていたという天の忠告であろうか.

 私の「音楽の才能」って何だろう.





フォーチュン・クッキー
大いなるご託宣