フィレンツェだより
2008年1月27日



 




チョコレート市で買ったジンジャーのチョコレート
大人の味です



§甘い香り,熱い思い

24日から4日間の日程でサンタ・クローチェ教会前の広場にチョコレート市が開かれている.福山さんに教えてもらい,昨日(26日)の午後,ペルゴラ劇場に行くついでに寄ってみた.


 広場には甘い香がたちこめていた.イタリア国内外から出店があるようで,色々なタイプのチョコレート菓子・飲料を売るテントが並んでいる.私たちも楽しみながら一周した.

 折角なので記念に少しだけ買うことにした.雰囲気を見定めて,いかにも職人らしいおじさんとお兄さんが売っている店でジンジャーの砂糖漬けにチョコレートをかけたお菓子(トップの写真)を買った.包装紙を見ると,トリノから来た店だった.それを齧りながら,恒例の土曜日のペルゴラ劇場コンサートへと向かった.

写真:
テントの中のお店
チョコレート一色



ペルゴラ劇場コンサート
 この日は,アンジェラ・ヒューイットのピアノ・リサイタルで,バッハ「平均律クラヴィーア曲集」第2巻「プレリュードとフーガ」13番から24番,「フランス組曲」第5番ト長調というプログラムだった.

 前半の平均律は鬼神をも唸らせる迫力で,聴いているのがしんどかったが,文句の付けようのない立派な演奏に思えた.前半と言っても,1時間20分を越える演奏だったと思う.休憩の後の後半は短かったが,聴きやすい曲なので,前半の疲労と緊張を心地よく解きほぐしてくれた.選曲も成功していると思う.

ヒューイットは1958年カナダのオタワ生まれで,ロンドンを拠点に活躍しているが,カナダにも,イタリアのウンブリアにも家があって,トラジメーノ音楽祭の中心的役割を果たしているということで,イタリアにも縁の深い人のようだ.


 ペルゴラ劇場のパンフレットに使用されている写真は,日本で紹介される時と同じものだったので,おそらく若い頃のものだと思った.それでも人の良さげな中年女性といった風に写っているので,実物はあるいはもう少し,お年を召して見えるのかと思っていたところ,実際に舞台に現れたのは,遠くの席だったので顔まではわからないものの,第1次大戦後の豊かになったアメリカ女性のようなエレガントな衣装をまとい,豊かな髪を古風にセットした長身の女神のような容姿の女性だったので,これはこれで驚いた.

 姿は颯爽としていたが,演奏は繊細でロマンティックだった.ただ,前半は大曲を大曲として弾いていたので,私には少々しんどかった.



 ピアノで弾かれたバッハのクラヴィーア曲の実演を,自分の意志で聴きに行ったのはこれが初めてだと思う.ルージチコヴァに始まり,鈴木雅明,小林道夫,脇田英里子,曽根麻矢子,トン・コープマン,グスタフ・レオンハルト,ピエール・アンタイなど,すべてチェンバロだった.ペルゴラ劇場でも先日,オッターヴィオ・ダントーネの「ゴルトベルク変奏曲」のチェンバロ演奏会があり,聴きに行きたかったが,時間の都合であきらめた.

 CDで「ゴルトベルク変奏曲」を何枚持っているか数えてみたところ,リヒターやレオンハルトなど複数持っているものを含めて27枚.ピアノ演奏では,グールドの海賊版ではないライヴ録音を含めて3枚,ニコラーエワが3枚,熊本マリ,園田高弘,リフシッツ,シェプキンといったところだが,ちゃんと聴いたのはグールドとニコラーエワだけだ.

 「平均律」は,キース・ジャレットが1巻はピアノで弾いていたが,2巻はチェンバロで弾いたものを持っている.ピアノで弾いた全曲演奏はリヒテルとグールドしか持っていない.ニコラーエワは2巻だけ,ホルショフスキーは1巻だけで,特に後者は演奏もすばらしいと,少なくとも私は思う.「フランス組曲」の全曲盤ピアノ演奏はニコラーエワとグールドしか持っていない.

 いずれにせよ,私がクラシック音楽を好きになったのが遅いこともあるが,私の世代はすでにバッハのクラヴィーア曲をピアノで聴くというのは一般的ではないように思う.



 京都に住んでいたとき,河原町三條の十字屋の2階に輸入盤のCDをよく買いに行った.ルネサンス・バロックの宗教音楽やピノック指揮の「疾風怒涛期」のハイドン交響曲など,バーゲンのたびに買いに行っていた.今はどうかわからないが,四條烏丸の十字屋よりずっと地味な木造2階で,2階の床は板張りだったように思うが,記憶違いかもしれない.

 そこでピアノのバッハが鳴っていて,「お,これは良いなあ」と思った.演奏は,一時の熱狂が一段落してだいぶ時間が経ったブーニンだった.それ以来,食わず嫌いは損だと思ってブーニンのCDを聴くようになった.結局バッハ演奏のCDは随分後になってから買ったが,今は茅屋の棚で眠っている.

 日本語のウェブページにもヒューイットの情報がかなりあって,吉田秀和が彼女の「ゴルトベルク変奏曲」を絶賛したとある.吉田秀和のエッセーはほとんど読んだことがないが,偉い人だとは知っているので,なるほど大先生のお墨付きのバッハ奏者だったのかとも思う.

 彼女がCDを出しているハイペリオンは,私の好きなルネサンス・バロックの音楽をよく録音しているので,ヘンリー・パーセルなどのイギリス音楽や,ヨーロッパ各国の宗教音楽のCDをかなり持っているにもかかわらず,ヒューイットのCDを私は1枚も持っていなかったし,実はどういう演奏家かもよく知らなかった.これで少なくとも,日本に帰ったら,お茶の水のディスクユニオンに行って,すぐに買い求めるアイテムのリストに載ったことは間違いない.



 それにしても録音や録画ではなく,ペルゴラのような古雅な演奏会場で実演を聴ける喜びは換え難いものがある.

 昨日は,今日の聴衆は本当にバッハが好きなのだなあと思わずにはいられなかった.他の日には感じられなかったが,昨日はあきらかにアンコールを期待し,要求していた.ピアニストはその期待に応えて,小曲を3回弾いた.3曲目は「ゴルトベルク変奏曲」の主題だったが,これでアンコールも終わりという暗示だったかも知れない.

アンコールに入ってから,パルコに陣取った禿頭の年配男性たちが,あるいは拍子をとり,あるいは祈るように手を胸に当てて聴いている姿は,なかなか感動的だった.


 終了後,立ち上がって賞賛する人も少なくなかった.ヒューイットの固定したファン層がいるのかもしれない.

 年明け前は,全て平土間(プラテア)で聴き,それでも場所によって見える風景が違って楽しめたが,年が明けてからは,少し安いので,節約の意味もあって階上ボックス席(パルコ)を選択している.

 前回は定員4人ほどのボックス(パルコ)で2人で聴けたし,今回はパルコ・チェントラーレが割り当てられた.これを例えば「中央ボックス席」と訳すのは正確ではないだろう.舞台正面の,2階と3階を一つにした大きなパルコで,多分昔はトスカーナ大公の席であったと思われる場所だ.

 今は階段状に25人ほどの座席があり,決して広々というわけにはいかないが,舞台は良く見えるし,音も悪くない.大変居心地の良い席だった.2列目の右端だったので,大公ではなく,お付きの人か衛兵が立っていた場所あたりか.雰囲気は十分だった.



 昨日(26日)で,無事滞在11カ月目に入った.いつもより高いワインで祝うのは,箱ワインの封を切っていたので,明日以降に延期している.今は風邪をひかずに,無事帰国できるようにしたい.

 ショーウィンドウが春物へと模様替えが進むサルディの巷で,良い品物をバーゲンで買ったと言ったら喜んでくれそうな親族向けのお土産を購入して,ようやく成果をあげることができた.





101匹チョコレート
これが齧られる !?