フィレンツェだより番外篇
2008年11月8日



 




ジョット「玉座の聖母子と天使たち」
旧ステーファノ・アル・ポンテ教会美術館所蔵
フィリーネ・ヴァルダルノの聖堂参事会教会付属博物館の特別展示で撮影(2007年)



§「ジョットとその遺産」展

10月7日,損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「ジョットとその遺産」展を見に行った.


 目玉作品は,フィレンツェの旧サント・ステーファノ・アル・ポンテ教会の博物館所蔵の「玉座の聖母子」だ.イタリア滞在中,本来のサント・ステーファノでは一度も見ていないが,フィリーネ・ヴァルダルノの聖堂参事会教会の付属美術館の特別展示で,2度この作品を見ている.

 ジョットの作品の中で,特に優れたものとは思わないが,イタリアで2度見た作品に再会する楽しみがあった.



 久しぶりに対面した「聖母子」は,今回は照明が良いおかげか,細部もよく鑑賞できて,感動を新たにした.聖母子の座る玉座の両脇にいる天使の衣と羽が美しい.玉座の掛け布の模様も立派だった. 

 ジョットの「聖母子」はもうひとつあった.

 フィレンツェの北,フィエーゾレの丘を越えたところにムジェッロの谷があり,小さな町がある.このボルゴ・サン・ロレンツォという町に1度行きたいと思いながら,果たせないまま1年間の滞在が終わった.

ラヴェンナからフィレンツェに戻る時に,一度だけここを通過したことがあった.


 ローカル線の直通がボルゴ・サン・ロレンツォの駅に停車したとき,“このあたりがメディチ家の発祥の地,ムジェッロ渓谷か”と窓の外を覗き込んだが,もう何もかもすっかり闇に沈んでいて,わずかな風景すら見ることができなかった.

 この町のサン・ロレンツォ教会には,ジョットの「聖母子」の剥落した板絵がある.写真では何度も見ていながら,滞在中1度も実物を拝観する機会がなかったこの絵が展示されていた.1つ目のサプライズだった.

 写真では,聖母が左手を頬にあてて沈思している姿が描かれているように見えたが,それにしては頬に添えている手があまりにも小さくてアンバランスだと思っていた.実際に作品を見てみると,聖母の手だと思っていたのは,実は剥落してその姿がほとんど見えなくなっている幼子イエスの手だった.

 念願の作品が見られた上に,注意して見れば写真でも分かったはずのことだが,それでも今まで気づかなかったことが分かったのは単純に嬉しかった.



 ジョットの作品としては,彼に帰せられる剥離フレスコ画(左下の写真)と彼が下絵を描いたとされるステンドグラスが来ていた.どちらもフィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂の美術館にあり,少なくとも2度は見ている.






 ステンドグラスの方は,ジョットへの帰属が主張されたのは1984年のことだそうで,それほど昔のことではない.サンタ・クローチェの美術館では丸枠に入った予言者像と助祭服姿の若い殉教聖人(棕櫚を手にしている)2人の像が展示されていて,これがジョット帰属とされていたが,このうち1人の殉教聖人像(右上の写真の下段左側)が今回は展示されていた.

 サンタ・クローチェの美術館では他にアレッソ・バルドヴィネッティ周辺の画家が下絵を描いたもの,また伝タッデーオ・ガッディ下絵のステンドグラスがあり,後者が見事だった.



 他にはジョット工房作品とされる,ガラスに金箔を貼って掻き絵を施した「ピエタ」,板にテンペラの「四人の天使に囲まれた聖母子」があった.後者をジョットに帰属させる研究者もいるそうだが,聖母の顔にはボローニャで見た祭壇画を思わせる雰囲気があり,後期のジョット工房の作風をたたえているのは間違いないだろう.

 「隠れ家の聖母」という別名を持つこの絵は,フィレンツェのサンタ・マリーア・ア・リコルボリ教会にあるものだそうだが,この教会は拝観していない.

 ジョッテスキの作品としては,直弟子ベルナルド・ダッディの携帯三翼祭壇画「玉座の聖母子,降誕,磔刑,聖人たち」と「キリスト磔刑」(左下写真)と,孫弟子アーニョロ・ガッディの「聖なる顔」(ヴォルト・サント)(右下写真)が来ていた.

 ベルナルドの後者とアーニョロの作品はホーン美術館で見ている.いずれも佳品だと思う.






 ジョッテスキとは言えないかも知れないが,ジョットの影響を受けたオルカーニャの画風を学んだとされるロレンツォ・ディ・ビッチの「聖マルティヌス」は立派な作品だ.フィレンツェのアカデミア美術館所蔵で,少なくとも2度見ているはずだ.三代続いて栄えたフィレンツェの大工房の初代,大したものだ.

 その工房の2代目のビッチ・ディ・ロレンツォの作品は,多くの場合とても華やかな絵だ. ピエロ・デッラ・フランチェスカの傑作,アレッツォのサン・フランチェスコ教会のフレスコ画「聖十字架の物語」は,もとはビッチが依頼を受けたもので,彼の死により,ピエロが描くこととなった.

 当時それほどの評価を得ていた人だし,国際ゴシックの影響を受けた絢爛とした絵に心魅かれる人は少なくないと思う.私もビッチの作品が好きだ.

 購入した図録にはスピネッロ・アレティーノやアーニョロ・ガッディのもとで学んだとあり,その意味ではジョッテスキの系譜に連なるわけだが,もう時代がジョット風の絵を求めていなかったのか,彼自身が流行の国際ゴシックに魅かれたのか,いずれにしろ,ビッチの絵には,もうオルカーニャやスピネッロのようなジョット風の峻厳さは見られない.

 今回展示されていた絵で比べると,父のロレンツォの作品が圧倒的に優れていると思わざるを得ない.



 ビッチの「イエスの誕生」(一番下の写真)は,ローマで盗難に遭い,被害届を出すためにフィレンツェの中央警察に行った際に,近くのサン・ガッロ通りにあるサン・ジョヴァンニーノ・デイ・カヴァリエーリ教会で一度見ている.

 ファサードにマルタ騎士団の紋章が見えるこの教会には,ビッチの作品の他,彼の息子ネーリ(ネーリ・ディ・ビッチ)の「聖母戴冠」,ストラトニーチェの親方の「受胎告知」,パルマ・イル・ジョーヴァネの「最後の晩餐」,サンティ・ディ・ティートの「ヨハネの誕生」(完成は息子のティベリオ),ピエル・ダンディーニの「ヨハネの斬首」,19世紀ジノーリ製のロッビア風「聖母子」があり,中央祭壇には,ロレンツォ・モナコ風の「キリスト磔刑像」がある.

堂内に大傑作こそないが,ジョッテスキ,国際ゴシック風,ネオ・ゴシック,ヴェネツィア派,対抗宗教改革時代の絵から19世紀の職人技まで,フィレンツェの美術史の凝縮した流れを垣間見られる空間であり,余裕さえあれば,また訪れたい場所のひとつだ.


 この教会は14世紀に,ベネディクト会から分かれたチェレスティーノ会修道士たちによってマグダラのマリアの祈祷堂として創建された.ビッチの「イエスの誕生」,モナコ風の磔刑像,ジョット派の「受胎告知」は,この修道会の管理下にあった時の作品である.

 その後,16世紀にマルタ騎士団修道会の修道女たちに譲渡され,サン・ニコラ・ディ・バーリ教会となり,やがて修道会の守護聖人である洗礼者ヨハネの愛称(ジョヴァンニーノ=少年ヨハネ)で呼ばれるようになった.カヴェリエーリ(騎士たち)という添え名も同修道会に由来する.

 サンティ・ディ・ティート,ダンディーニの2点のヨハネの絵は,この修道会管理下になってからの作品だろう.



 再会した作品としては,他に,エンポリのサンタンドレーア参事会教会美術館のロレンツォ・モナコとその工房,及びパオロ・スキアーヴォの作とされる「玉座の聖母子と聖人たち」がある.

 同美術館には同じくロレンツォ・モナコ作とされる「謙譲の聖母と聖人たち」もあったが,どちらもとりたてて傑作とは思えなかった.

 しかし,フィレンツェ周辺だけでなく,あちこちで見ることができるモナコの作品とされる絵を見る機会を重ねていくことは,この時代の絵画に興味があれば,意味があるだろう.

 昨年知った画家としては,ジョヴァンニ・デル・ビオンド,ニッコロ・ディ・ピエトロ・ジェリーニ,ロッセッロ・ディ・ヤーコポ・フランキの作品が来ていて,それなりに印象に残った.

 聖ゲオルギウスの写本の画家,プッチョ・ディ・シモーネ,サン・マルティーノ・ア・メンソーラの画家,チェンニ・ディ・フランチェスコ・ディ・セル・チェンニ,ストラウスの聖母の画家,アンブロージョ・ディ・バルデーゼ,ロレンツォ・ディ・ニッコロ・ディ・マルティーノ,シーニャの画家などは,今回の学習項目だ.

 2点来ていたチェンニの作品はそれぞれフィレンツェの捨て子養育院,アカデミア美術館所蔵なので,見ていた可能性が高い.アンブロージョ・ディ・バルデーゼの「授乳の聖母」もエンポリで見たかも知れない.

写真:
「聖フランチェスコと2人の寄進者」
サン・マルティーノ・ア・メンソーラの画家
ホーン美術館所蔵


 サン・マルティーノ・ア・メンソーラの画家の作品も2点来ていて,興味深かったが,このうち「聖フランチェスコと2人の寄進者」はホーン美術館で見ていて,写真も撮っていた.こうして見ると佳作だと思うが,記憶には残っていない.



 「ジョット」というビッグネームのタイトルに魅かれて見に行った人の多くは,地味な特別展だと思って,場合によっては失望したかも知れないが,この時代(13世紀から14世紀前半)の芸術に興味を抱いた私にとっては充実した,内容の濃いものに思え,大いに満足することができた.

最後に2つ目のサプライズがあった.マゾリーノの剥離フレスコ画「聖イヴォと少女たち」である.聖人の姿は剥落してしまっているが,聖歌隊を形成する少女たちが美しい.


 この絵はエンポリのサント・ステーファノ教会にあるが,エンポリに行った際には閉まっていて拝観できなかった.今回の特別展のHPには写真が紹介されており,事前に出品を知ることもできたはずだが,知らずに見たので感動も倍だった.

 この特別展で,最後にこのマゾリーノの絵を見られたのが,一番嬉しかった.

 マザッチョの共作者として知られるマゾリーノの作品で最後を締めくくることによって,「ジョットとその遺産展」というタイトルに込められたコンセプトが明確になっていたと思う.ルネサンスという書物の最初にはジョットに始まる長い序章があり,それに続いて第一章がマザッチョによって書き始められたことを示す意図があったのだろう.良い展示だったと思う.



 特別展を見終えて,損保ジャパン東郷青児美術館の常設展示を見た.どれも印象に残るすばらしい作品だと思うが,ゴッホの「ひまわり」は圧倒的だった.この絵一枚を見るために,何度もこの美術館に通いたいと思った.

 写真ではわからない大きさと色彩,なるほど天才と言われる人は,平凡な素材から奇跡を産み出す.凡人はそれを見て,ただただ驚くのみだ.





ビッチ・ディ・ロレンツォ「イエスの誕生」
サン・ジョヴァンニーノ・デイ・カヴァリエーリ教会
2007年10月8日同教会にて撮影