フィレンツェだより
2007年5月13日


 




晴れた日のアルノ川
グラーツィエ橋から



§本屋の楽しみ

フィレンツェ大学の中嶋浩郎先生からメールをいただいた.


 先日(5月10日)に「リヴィア・マルファッティの小宮殿」に言及したが,それについて,「どの大公かわからないが,トスカーナ大公の愛人」と書いたのを,先生が読んでくださって,この大公はロレーナ家の二代目ピエトロ・レオポルドであると教えてくださった.

 先生のご著書『フィレンツェ歴史散歩』に書いてあるそうで,フィレンツェに来る前にその本で勉強させていただいた身としては,記憶力の悪さを恥じるばかりである.

 先生の『素顔のフィレンツェ案内』も熟読させていただいたが,重量を制限して,日本の本は原則的に持ってこないことにしたので,北本の茅屋の書架の目抜き通りに2冊とも並んでいる.どちらも奥様との共著で白水社から出ている.私は単行本で読んだが,後者は確か白水社Uブックスという新書版になったので,入手しやすいはずだ.メールで,先生はコルヌコピアについても興味深い話を教えてくださったが,それについては是非先生のご著書を読まれたい.

 今度,先生の同僚でいらっしゃる鷺山先生のご紹介で,会っていただけることになっており,大変光栄なことである.



 実は今日は「文化週間」便乗の一環としてピッティ宮殿に行き,パラティーナ美術館を見たのだが,昨日のウフィッツィ,今日のパラティーナと大傑作に満ち満ちた美術館に2つも行ったので,さすがに疲労困憊している.そこで,以前に書いていたのだが,披露する機会を逸していたもので穴埋めとする.

 先週(5月9日),露店の古本屋で買った3冊のガイドブックは,

 1.Arts et histoire: Florence, Firenze: Bonechi, 1991
 2.Giuliano Valdes, The Golden Books of Taormina, Firenze: Boneschi, 2007
 3.Alfredo de Agostino, Il museo archeologico di Firenze, Firenze: Arnaud, 1968


 1は英語版だと思って買ったフランス語版だが,図版は豊富だ.1991年の版だが,使用している写真は観光バスの様子などを見ると明らかにもっと古いので,その意味でも貴重※に思える.バルジェッロ博物館のページを見ると,現在と作品の並べ方が違うのに驚く.それだけ情報量は多い.半分以上は負け惜しみで,そう思うのかも知れないが.

 2は1と同じ出版社のゴールデン・ブックス・シリーズの「タオルミーナ」の最新版(英語版)だ.このシリーズは街でもよく見かける.実は1を購入した店にも,このシリーズの「フィレンツェ」(英語版)があり,比べてみて,1の方が良いように思えた.つまり,しっかり中身を確認した上で買っているのに,あとから英語版でないことに気がついたという情けない状況だった.

 3については,考古学は日進月歩の分野なので,ガイドブックとはいえ,今,フィレンツェ考古学博物館に行ったら,きっとカラー図版で最新知識を盛り込んだ新版が出ているのは間違いないだろうと思ったが,白黒写真がほとんどの60年代のガイドブックも捨てがたい気がして,買ってしまった.1と2はそれぞれ2.5ユーロ,3は1ユーロだった.

※その後,ドゥオーモのブックショップで,この本の英語版を見た.それどころか街の露店の土産物屋で日本語版を売っているのも発見した.ブックショップで見せてもらった英語版は新版だったにもかかわらず,写真は私たちのフランス語版と同じように思えた.少なくとも「リヴィアの小宮殿」は全く同じものだった.したがって,私たちの本には年代的価値もないことがわかった.でも,縁あって出会った本だから大切にする.

写真:
夾竹桃の繁る
川沿いの邸宅


 中央郵便局に行く途中,最初の頃エウリピデス『ヘカベ』を掘り出した露店に寄ってみた.ここでは2回目にレオパルディの散文作品も買っているが,今回は何も買わなかった.

 ダンテ『神曲』の「煉獄篇」の50年代にフィレンツェで出た注釈付きテクストが1ユーロで売られていたが,破れていたページがあったので買わなかった.

 前回は,オックスフォードからでている伊英対訳のダンテ『神曲』の「地獄篇」が1ユーロの山の中にあったが,これはもう売れていた.

 レプッブリカ広場のアーケードには露店の本屋が2軒ある.一つは古本屋でLPレコードなども売っていて,おもしろそうだが,すぐに欲しいものはなかった.

 もう一つは新刊の本を売っているように思えた.日本で買って何冊か持っている注釈シリーズで,ヘロドトスの『歴史』アジア篇と,プルタルコス『ヌマ伝』の希伊対訳の本が出ていた.ハードカヴァーの立派な造本で1冊20ユーロから30ユーロなので,日本で普段,結構な値段の本を買っていることを考えれば決して高くはないが,決断は次回に持ち越した.基本的に今でなくても買える本だからだ.

 同じアーケードを北に行くとエジソンという大きな新刊書店がある.帰りにここにも立ち寄ってみた.世界の古典的文学書の中に,吉本ばななの翻訳が平積みになっており,これについては日本でも情報を得ていたので,驚かなかったが,井上靖の『アモーレ』という作品があったのは意外だった.井上靖に『愛』なんて作品があったかなと思いながら,原作は確認しなかった.

 また「詩」(ポエジーア)のコーナーには,分厚い俳句の日伊対訳本があった.見開きで,左ページに5・7・5が1句だけあり,右にそのイタリア語訳という贅沢なつくりだが,紙表紙の普及版であるところをみると,けっこう読む人はいるのだろう.

 奥に行くとファンタジーと児童文学書のコーナーがあり,これはおもしろそうだった.時間に余裕のあるときにじっくり見てみたい.2階(イタリア語式では1階)に,芸術系の本があり,地下には人文・社会系の本があった.地下は哲学のコーナーを見ただけできりあげた.今度ゆっくり見に行こう.

 もう一度1階(イタリア語式では「地上階」?)にもどって,ガイドブックのコーナーに行くと,おもしろそうな本があった.英語版のフィレンツェ史,美術館のブックショップでもよく見る「メディチ家のヴィラ」の案内本,英語版もあるメディチ家の歴史などが興味を引いたが,購入するにしてもまたの機会ということにした.

このコーナーに,街のあちこちに見られるタベルナーコロ(「壁龕」:へきがん)と,そこに置かれている像などの写真を集めた本があった.


 日本語でも「壁龕」(へきがん)は,ほとんどなじみのない語だ.私は昔ポーの「ヘレンに」という詩を読んだとき,window nicheという語が出てきて,その時辞書を引いてはじめて「壁龕」という日本語があることを知った.せっかく買ったフランス語のガイドブックを覗くとフランス語ではniche(ニシュ)と言うようなので,英語と文字上は同じ語のようだ.イタリア語ではtabernacoloタベルナーコロ(英語にもtabernacleという語があって,「天蓋つき壁龕」という意味もある)というようだ.

 この本に集められているのは,オルサンミケーレのような有名なものではないし,イタリア語版しかなかったが,欲しいと思った.少し高かったのと,写真が白黒で不鮮明に思えたので今回は見送ったが,いずれ買うかも知れない.

 本屋は,私のようにすぐ買いたくなる人間には誘惑の多いところでもあるが,ともかく色々な情報が得られて大きな本屋は楽しい.



 昨日,オルサンミケーレ教会で喜捨入り価格で購入したガイドブックも大変有益な本だった.

  ガイドブックは,分りやすさを求めるとまず日本語版ということになろうが,情報量というファクターが入ると,日本語版は見劣りがする場合が多々あるので,殆どの場合,必ず存在する英語版を購入することになる.

 しかし,イタリア語では何と書かれているのか見てみたいという気持ちは常にあって,何度も行く所は日本語版か英語版を購入したら,次はイタリア語版を買っても良いかなと思ったりする.

 その点,オルサンミケーレの本は初めからイタリア語と英語のパラレル・テクストになっているおり,非常に役立つ.ギルドの名前などは英語に訳してあってもよくわからないことがしばしばだが,イタリア語名称にある語を『伊和中辞典』(初版は冊子,第二版は電子辞書を持ってきた)で引くと,分りやすい日本語の訳がつけてあって,場合によっては歴史的背景も説明してくれる.

 オルサンミケーレのガイドブックには21のギルド(アルテ)の簡単な説明と紋章がカラー図版入りで解説してあって,今後の私たちの美術鑑賞,歴史の勉強に有効なことこの上ない.それでもわからないことは幾つもある.『伊和中辞典』はオックスフォード伊英辞典(電子辞書に一緒に入っている)に説明のない語が出てきた場合だ.

サン・ミニアート・アル・モンテ教会の後援者だった「カリマラ組合」なるものの紋章が「黄金の鷲」であることはよくわかったが,「カリマラ」とは一体何だろうか.これからもあちこちで出会うであろうから,是非この正体を知りたいものだと思う.


 オルサンミケーレのガイドブックに拠れば,先日書いたように「聖ゲオルギウス」のオリジナルの大理石像はバルジェッロ博物館にあって,教会にあるのはブロンズのコピーだ.

 しかし,土台部分の「カッパドキアの王女を救って,邪悪な龍を退治する」浮き彫りの部分はドナテッロのオリジナル※だそうである.下の写真では小さくて分りにくいかも知れないが,凛々しい聖人のブロンズ像の下に,騎馬で龍を退治するゲオルギウスの姿が見える.

写真:
「聖ゲオルギウス」
ドナテッロ


 貴重な情報を得たと,思ったのだが,もう一度ガイドブックをよく読むと,台座もドナテッロが作ったと書いてあるが,教会にあるものがオリジナルとまでは書いていないようだった.もう一度バルジェッロ美術館のものもよく見てこよう.

※後日:浮彫もコピーで,オリジナルはやはりバルジェッロ博物館にあった.




ジョットの鐘楼から見たレプッブリカ広場
メリーゴーランドが回っている