フィレンツェだより第2章
2017年10月25日



 




カラヴァッジョの特別展が開催されている王宮
バナーはカンザスシティーの「洗礼者ヨハネ」だった
ミラノ



§ミラノ行

ずっと予告しているエミリア=ロマーニャ州の諸都市の報告がなかなか始まらないが,その前に,先日見てきたカラヴァッジョの特別展を紹介して,日帰りミラノ行の報告をする.


 自宅に届いた旅行会社の定期刊行物に,ミラノの「王宮」(パラッツォ・レアーレ)で開催されるカラヴァッジョとロートレックの特別展の情報が掲載されていて,それを見た家族に行ってみてはどうかと勧められ,その気になった.

 2つの別々の特別展が,同じ場所で同時に開催されるもので,それぞれ魅力的な企画に思えた.特にカラヴァッジョ展は,前から観たいと思っていたカンザスシティーのネルソン・アトキンズ美術館の「洗礼者ヨハネ」が出展されていて,チャンスだと思った


ミラノ日帰りをシミュレーションする
 周辺にも古代の遺産があるし,特に古代後期,西ローマ帝国の末期にミラノは帝国の首都であったので,それに関係する資料を求めて,どこかの時点でミラノには行くつもりだった.

 周辺地域も回るとなれば,ミラノに3泊くらいして,腰を落ち着けて活動するのが良いだろうと思い,ロートレックはともかくカラヴァッジョの特別展はその際に行こうと考えたが,3泊するとなると,今度は日程の調整がなかなか難しい.

 特別展は1月までやっているので焦る必要はなかったが,早めに行った方が良いように思い,ピアチェンツァに2回行った経験から,フレッチャロッサ1本で行けるミラノは日帰りも可能だろうと考え,シミュレーションをしてみた.

 エミリア=ロマーニャの諸都市を訪れる時は,フィレンツェ・サンタ・マリーア・ノヴェッラ駅を7時半に出るフレッチャロッサ(いわゆる特急)でボローニャ・チェントラーレまで行き,そこで8時28分のピアチェンツァ行きのレジョナーレ・ヴェローチェ(ローカル線快速)に乗り換えることが多い.

 この7時半発のフレッチャロッサはミラノ中央駅行きなので,いつものようにボローニャで乗り換えなければ,9時10分には終点ミラノに到着する.

 中央駅で地下鉄に乗って,大聖堂前(ドゥオーモ駅)まで行き,9時半に開場するカラヴァッジョ展を見て,あわよくばロートレック展も見て,午後はブレラ絵画館に行って,可能なら近辺の教会を1つ,2つ拝観して,17時台のフレッチャロッサで帰ってくるという計画を立てた.


発券システムのトラブル
 当日は,予定より早い6時53分発のアレッツォ始発のフレッチャロッサに間に合ったので,ミラノ中央駅には8時40分に着いた.

 中央駅はビジネスの面では「中央」かも知れないが,観光対象が集中する旧市街からは少し離れているので,複数ある地下鉄路線の3番で,4つ目にあるドゥオーモ駅まで行かなければならない.1.5ユーロの券を買い,ドゥオーモ駅に向かった.

写真:
地下鉄の出口から
地上へ


 地下鉄の出口から地上に出ると,いきなり大聖堂(ドゥオーモ)が目の前に現れ,何度も観ているのに,その偉観にあらためて驚いた.このまま大聖堂を拝観したい気持ちを抑え,まずは場所の確認と思い,ファサードに向ってすぐ右側にある王宮に向った.結果的に,これは正解だった.

 特別展は9時半からだが,既に当日券を買うための列ができていた.

 この列がいっこうに進まないので訝しく思っていたら,係員が後で説明したところによると,「発券システムの不具合」で当日券の発行が困難になったので,20分ごとに5人ずつの人を中に入れているということだった.

 9時半を少し回ってから,5人ずつが中に入り始めたが,当日券の列をしり目に予約の団体客は9時半より前にどんどん入って行くので,当日券の列の中にいて係員に質問する人,途中で諦める人が続出した.

 最初は私も列の正体がよく分からなかったので,列の先まで進んでから,券売所は別の所と言われたら嫌だなあと少し不安に思ったが,その場合は午後のブレラ絵画館を諦めることにして,並び直せば良いと考え,ともかく初志貫徹で順番を待つことにした.

 結局,5番目くらいに順番が回ってきて,10時10分過ぎには会場に入ることができた.私の時には10人が入場できたので,システムの不具合への対応策が功を奏してきたのかも知れない.窓口には複数の係員がいたが,一人の方がPCとプリンタで一枚ずつ発券していて,これは確かに時間がかかるなと思った.

写真:
カラヴァッジョ展の
当日券を求める列


 イタリアの有名な美術館は,バーコードのついたチケットをその都度プリントする方式のところが少なくないので,発券に時間がかかる.日本では既に印刷されているチケットが渡されて,半券を係員が手でちぎる方式がほとんどで,早いし,システムエラーもないので,こういった問題は起きない.

 ただ,同時間帯の入場者数をコントロールする意味もあり,そもそもこれはイタリアの文化なのだから,すばらしい芸術を鑑賞させてもらう私たちがとやかく言うことではないだろう.日本の場合は,どれ程の入場者数を見込んで,予めチケットを印刷しているものかと思う.

 特別展でも集客力のあるカラヴァッジョの場合は,やや特殊なケースと言えるかも知れない.開場前に行列ができていたこと自体,意外だったし,予約の団体客も多く,入口に相当数の係員を配置し,トランシーバーで頻繁にやり取りが為されていたので,連日相当の盛況なのだと思う.

 私もインターネットでの事前のチケット購入は考えたが,早く行くことだし,大丈夫だろうと,高をくくっていた.とにかく,予想以上に時間はかかったが,ウフィッツィ美術館やヴァティカン博物館に行列することを考えれば,比較的短時間で入場できたと思う.


展示されている作品は全てカラヴァッジョ
 出展されていた作品は,購入した図録(DVD付き46ユーロを会場価格39ユーロ)掲載の順に並べると以下の通り(制作年代は全て図録に拠り,付番は宮城).

エジプト退避の際の休息 ローマ,ドーリア=パンフィーリ美術館,1597年 
悔悟するマグダラのマリア 同,1597年
蜥蜴に噛まれた少年 フィレンツェ,ロベルト・ロンギ美術史研究財団,1597年
女占い師 ローマ,カピトリーニ博物館,1596-97年
法悦の聖フランチェスコ コネティカット州ハートフォード,ウォズワース・アスィニアム美術館,1595-96年頃
マルタとマグダラのマリア デトロイト美術館,1598年頃
ホロフェルヌスの首を斬るユディト ローマ,バルベリーニ宮殿古典絵画館,1602年
イサクの犠牲 フィレンツェ,ウフィッツィ美術館,1603年
聖家族と幼児の洗礼者ヨハネ ニューヨーク,メトロポリタン美術館寄託個人蔵,1602-04年
10 洗礼者ヨハネ カンザスシティー,ネルソン・アトキンズ美術館,1604年頃
11 洗礼者ヨハネ ローマ,コルシーニ美術館,1604年
12 悔悟する聖ヒエロニュムス モンセラット修道院博物館,1605-06年
13 荊冠のキリスト ヴィチェンツァ国民銀行コレクション,1604-05年
14 瞑想の聖フランチェスコ クレモナ,市立アーラ=ポンツォーネ博物館,1604年以後で1606年か?
15 ロレートの聖母子 ローマ,サンタゴスティーノ聖堂,1604-05年
16 瞑想の聖フランチェスコ ローマ,バルベリーニ宮殿古典絵画館,1606年
17 キリスト笞刑 ナポリ,カポディモンテ国立博物館,1607年
18 マルタ騎士の肖像 フィレンツェ,パラティーナ美術館,1607-08年
19 洗礼者ヨハネの首とサロメ ロンドン,ナショナル・ギャラリー,1606-07年もしくは1609-10年
20 聖ウルスラの殉教 ナポリ,ツェヴァロス・スティリャーノ宮殿,インテーザ・サンパオロ・ガレリエ・ディターリア・コレクション,1610年


 僅か20点だが,驚くべきことに全てがカラヴァッジョの作品とされたものだ.メトロポリタンに寄託されている「聖家族と幼児の洗礼者ヨハネ」は真作性に関して議論がある作品かも知れないが,個人的には好きな作品で,カラヴァッジョの真作でなかったとしても佳品だと思うし,この特別展ではカラヴァッジョの作品として展示されていた.

 1,2,4,7,8,11,12,15,16,18は所蔵先に展示されているのを観ているし,3は2016年の国立西洋美術館の「カラヴァッジョ展」で,13は2008年のローマのルスポリ宮殿の特別展で,14は2013年のエルミタージュ美術館の特別展で観ている.したがって初めて観た作品は,5,6,9,10,17,19,20の7作品である.

 ロンドンのナショナル・ギャラリーは学生時代に一度行ったことがあるので,あるいは見たことがあるかも知れないが,全く記憶にない.当時は多分カラヴァッジョの名前を知らなかったと思う.

 アメリカから来た4点,ナポリから来た2点がどれも良かった.特にカンザスシティーの「洗礼者ヨハネ」は写真で見て,ずっと憧れていたので,これ1点だけでもミラノに行った甲斐があった.

 個人的感想に過ぎないとは言え,カラヴァッジョの最高傑作と言い切ってしまうには,他にも幾つか傑作を観ているので躊躇されるが,間違いなく,カラヴァッジョ作品の中でも最高水準の作品と思われる.

 エンポリのサント・ステーファノ教会に,これを模したと思われる絵があり,それも有名作品のコピーとしてはまずまずの水準だと思うが,今回カンザスシティーの「洗礼者ヨハネ」を観ることでき,本物の持つ(本物と言われて見ているからそう思うのかも知れないが)迫力に改めて感動した.

 感銘度と言う点では,ナポリから来た「キリスト笞刑」,「聖ウルスラの殉教」もカンザスシティーの「洗礼者ヨハネ」に勝らぬまでも,決して劣るものではなかった.明暗技法の完成度が高く,絵画に反映するストーリーの展開に無理があるように思われるウルスラの殉教場面も,時間が画面の一瞬に凝縮された,カラヴァッジョらしい表現として見ることができた.

 最初は見たことのある作品も少なくないので,気持ちに余裕を持って見ていたが,「キリスト笞刑」,カンザスシティーの「洗礼者ヨハネ」など初めて観る作品が出てくると興奮が高まってきて,最後の部屋で「聖ウルスラの殉教」を鑑賞し終えると,入り口まで引き返して,入場とともに無条件で借りられるイタリア語音声ガイド(英語もある)を借りた.

 多くの人がこの音声ガイドを聴きながらゆっくりと熱心に見ていたので,私ももう一度最初から,音声ガイドを1枚の絵について2度ずつ聞きながら,再びじっくりと鑑賞してみることにした.

 結局,20点の絵を4時間以上かけて観た.絵だけではなく,カラヴァッジョのローマでの活動の証拠となる文書も複数展示されていたので,それも丁寧に見た.



左上から 1,11,2,18,8,16 所蔵先で撮影(全て部分)


 この特別展は写真撮影禁止だった.スマホで写真を撮る人も少数いたが,概ねルールは遵守されていた.解説板なら良いだろうとスマホを向けた青年も注意されて素直に従っていた.と言う訳で,今回,特別展に出品されている作品の,撮影可の所蔵先で撮った写真を何点か紹介できるだけで,自分にとって大きな意味を持っていたアメリカとナポリから来た作品の紹介写真はない.

 しかし,じっくり観たおかげで,今までそれほど評価していなかった作品も含め,カラヴァッジョの世界を堪能することができたと思う.「デントロ・カラヴァッジョ」と称した特別展だけに,全作品がカラヴァッジョ(異論もあるかも知れないが)というのが凄い.

 作品点数から言えば,2016年の西洋美術館の特別展もカラヴァッジョ作とされる絵が11点(「女占い師」,「蜥蜴に噛まれた少年」,コルシーニの「洗礼者ヨハネ」が今回と共通)で,これも凄いと思う.この時は「エマオの饗宴」(ミラノ,ブレラ絵画館,1606年)「エッケ・ホモ」(ジェノヴァ,ストラーダ・ヌォーヴァ博物館,パラッツォ・ビアンコ,1605年頃)が良かった.

 この特別展はカラヴァッジェスキや関連作品を描いた画家の作品も多数来ていて,カラヴァッジョの影響を考察する内容となっていて,日本で開催されたことが信じられないくらい素晴らしい特別展で,私にとっては,カラヴァッジョ体験の出発点となった2001年の庭園美術館の特別展「カラヴァッジョ 光と影の巨匠」を上回るものだった.



 特別展を見終えて「王宮」を出たが,興奮状態で,ロートレック展を見る余裕はなかったので,ブレラ絵画館に「エマオの饗宴」を見に行くために歩き出した.近くのサン・ゴッタルド教会が開いていれば拝観しようと思って寄ってみたが,夕方までまだ間があったので開いておらず,大聖堂は長い行列ができていて拝観をあきらめた.

 思いついて,カラヴァッジョの「果物籠」(1594-98年)があるアンブロジアーナ絵画館が近いので,まずそちらに行くことにした.

 アンブロジアーナで私にとって目玉作品であるラファエロの「アテネの学堂」の下絵は修復中だった.「果物籠」はいつものように懸絶して素晴らしく思えたが.もちろんレオナルド作とされる「音楽家」やレオナルドの影響を受けたミラノの画家たちの作品,新しい時代のミラノ絵画などもじっくりと鑑賞した.

 うっかり確認を怠り,何点かの作品と「果物籠」の写真を撮ったら,この絵画館は以前と同じく撮影禁止であると注意を受けた.したがって,写真の紹介は控える.

 この後,幾つかの嬉しい誤算があって,結局,ブレラ絵画館の見学は断念した.


サン・セポルクロ教会
 アンブロジアーナ宮殿に隣接して,サン・セポルクロ教会がある.以前,外観は写真で紹介したが,扉が閉まっているので拝観したことはなかった.今回は意外にも扉が開いており,観光客も少数だがいたので,堂内も見学し,写真も撮ることができた.

 かつてこの教会にあったブラマンティーノ「ピエタのキリスト」,ジャンピエトリーノ「嬰児キリスト礼拝と聖ロッコ,奏楽の天使たち」は,今は絵画館にあって,先にしっかり鑑賞していた.

 創建は11世紀に遡るが,外観は19世紀末のネオ・ロマネスク,堂内はバロック風の装飾が施されている.

 三廊式の身廊と側廊を区切る柱にはコリント式の柱頭があり,後陣に向って左側の礼拝堂には「最後の晩餐」,右側の礼拝堂には新約聖書の3場面「衣を引き裂くカヤパ」(「マタイ伝」26章65節),「キリスト笞刑」,「ペテロの否認」の彩色テラコッタ像がある.作者は不明だが,16世紀末の作品で,現在の堂内では1番見応えがあると思う.




 「最後の晩餐」とされている(伊語版ウィキペディア)場面は,使徒が居並ぶ食卓の前でイエスがペテロの足を洗っているので,「最後の晩餐」の直前の場面から晩餐に至る経過を表しているものと思われる.また3場面のある礼拝堂近くの床を柵で囲って,そこにも「キリスト哀悼」の彩色テラコッタの彫像群が置かれていた.


サン・ラッファエーレ・アルカンジェロ教会
 サン・セポルクロ教会を出た時点では,まだブレラ美術館見学を諦めていなかったが,思いついて,大聖堂広場からサン・ラッファエーレ・アルカンジェロ教会に行くことにした.以前にも拝観したことがあるこの教会で,確かめたいことがあった.

 2014年の9月のツァーでローマに行った時の報告(2015年3月31日の記事)で,ローマのサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会の聖マタイ三部作について考察した際に,現存する「聖マタイと天使」(1602年)の前のヴァージョン(ドイツに運ばれ戦災で亡失)と似た絵を描いていたジョヴァンニ・アンブロージョ・フィジーノという画家のことを知った.

 しかも,彼の「聖マタイと天使」は拝観したことがあるはずのサン・ラッファエーレ・アルカンジェロ教会の礼拝堂に飾られているとのことだったが,記憶にも無く,写真も撮っていなかったので,この作品を確認したいと思った.

 教会に着くと,夕方のお祈りの前で開いていたので,中に入ってこの絵を探した.後陣に向って右側の礼拝堂の側壁にあるのを見つけて,しっかり鑑賞して,写真に収めた.

写真:
「聖マタイと天使」
ジョヴァンニ・
アンブロージョ・フィジーノ


 この礼拝堂の正面の祭壇には,ミラノでは大物のイル・チェラーノことジョヴァン=バッティスタ・クレスピの「ヨナの不服従」が飾られていて,両側の側壁に「聖ルカ」(右),「聖マタイと天使」(左)があるのを確認した.

 また堂内にイル・モラッツォーネことピエール・フランチェスコ・マッツッケッリの「エリアの夢」があるのは確認したが,カミッロ・プロカッチーニの「聖ヒエロニュムス」は確認できなかった.他にも作者不詳の祭壇画,木彫磔刑像を見ることができた.

 教会の外観も16世紀のマニエリスム建築で,ファサードの4本の装飾付け柱の柱頭に男性の首の高浮彫のある面白い意匠だが,光の関係で写真がうまく写らなかった.


サン・フェデーレ教会
 この後,ブレラ絵画館を目指して,スカラ座の右側の道(真っ直ぐ行くとブレラに着く)へ向かって歩き出したが,スカラ広場でサン・フェデーレ教会の方に目をやると,何度かファサードの前に立ったが,開いていたことがなかった扉が開いているのが見えた.

写真:
サン・フェデーレ教会
広場の銅像はマンゾーニ


 現在はトゥーリング・クラブ・イタリアーノが管理にかかわっており,水,木,金の14時から18時まで聖具室とその周辺をサン・フェデーレ博物館(入館料2ユーロ)として公開しているようだ.もちろん,堂内も公開されていたので,まず入ってすぐ左の礼拝堂にあるシモーネ・ペテルザーノ(ペテルツァーノ)の祭壇画「キリスト降架」を観た.

 ペテルザーノはミラノ出身のカラヴァッジョの画業の師匠とされ,ベルガモで生まれ,ヴェネツィアのティツィアーノの工房で修行し,ミラノにヴェネト地方のルネサンス,マニエリスムの画風を伝え,それがカラヴァッジョの絵にも影響しているとされる.

 「キリスト降架」はカラヴァッジョの作品のようなインパクトはないが,丁寧に描かれた高い水準の宗教画だと思う.カラヴァッジョが得意とした明暗対照画法は既にこの作品に見られると思う.観ることができて良かった.

写真:
シモーネ・ペテルザーノ
「キリスト降架」


 ペテルザーノの「キリスト降架」のある礼拝堂の向かい側の礼拝堂にはイル・チェラーノの「聖イグナティウス」があり,この教会がイエズス会の教会であったことが分かる.

 そこから後陣の方にある礼拝堂には現代芸術家ルーチョ・フォンターナの「聖なる心臓」(サクロ・クオーレ)と題された陶器の作品もあった.

 従兄の谷藤史彦がこの芸術家についての博士論文を京都大学に提出し,『ルチオ・フォンタナとイタリア20世紀美術 伝統性と革新性をめぐって』(中央公論美術出版,2016)と言う大著(491ページ)に結実させている.この作品がすぐれた芸術作品かどうか,あるいは本当に本人の作品かどうかもは私には分からないが,写真に収めた.

 博物館には,ティントレットやカルロ・マラッタの作品とされる絵もあったが,フィジーノの「聖母戴冠」(1583年),ベルナルディーノ・カンピにカルロ・ウルビーノが協力した「キリスト変容と聖人たち」(1565年)が大作で印象に残った.

 フィジーノがこの教会のために描いた,カラヴァッジョの「蛇の聖母子」(ボルゲーゼ美術館,1605年)に先行するように思われる絵は,現在はサンタントーニオ・アバーテ教会にあるとのことで,ここでは見られなかった.2009年にサンタントーニオ・アバーテ教会を拝観しているが,見た記憶はない.

 サン・フェデーレは聖具室の調度や堂内の複数の告解室の木彫が見事で見応えがあったので,丁寧に鑑賞し写真にも収めたが,整理しきれないので,今回は言及しない.

 ファサードなどの建築は,サン・ラッファエーレ・アルカンジェロ教会にも携わったペッレグリーノ・ティバルディ設計のマニエリスム建築で,これも興味深いが,理解が追いつかないので,今回は「見た」と言うだけのことである.



 サン・フェデーレ教会の拝観を終えた時点で,17時近かった.

 帰りの電車は18時45分発で,ブレラ絵画館はできれば5時間,最低でも3時間は見たいから,今回は諦めることにして,地下鉄の駅に向かいながらサン・ジュゼッペ教会(2回目),サンタ・マリーア・デル・カルミネ教会(初),サン・マルコ教会(2回目)を拝観して,その近くのモンテナポレオーネ駅から地下鉄でミラノ中央駅に向かった.

 時間はギリギリだったが,それでも車内で食べるべく,バールでトマトとモッツァレッラチーズを挟んだパニーノを買う余裕はあった.アレッツォ行きのフレッチャロッサに乗り,フィレンツェ・サンタ・マリーア・ノヴェッラ駅に着いたのは20時40分だった.

 こうして,ミラノは日帰りでも十分いけることが分かり,24日にはエミリア=ロマーニャ州との境(ポー川)を越えて,ロンバルディア州のマントヴァを日帰りで10年ぶりに再訪したが,これについては,エミリア=ロマーニャ州の後にまとめる.






次は入堂して,考古学エリアを見学したい
ドゥオーモ