フィレンツェだより
2007年4月13-14日



 




サン・ガエターノ教会



§フィレンツェにおけるセザンヌ展

13日は仕事,勉強,休養の日とし,14日は午前中に中央市場に行き,カイザーという梨(ペーラ,複数でペーレ)とワインを買った.


 洋梨はどちらかと言えば苦手なのだが,カイザーはうまい.エッセルンガで以前買ったとき,他にもウィリアムズというのと,もう一つ別の種類もあったがカイザーが一番安かった.どうしてドイツ語や英語の名前なのかわからないが,是非他の種類も試してみたい.

 ワインは3日に1本という非常に抑制の効いたペースで飲んでいる.例の日本人女性がレジにいる店で以前一度飲んだテッレ・デル・ヴィカリアートというキャンティ・クラシコを買った.クラシコでは例外的に安く,7.95ユーロだが,7ユーロにまけてもらった.



 午後はストロッツィ宮でやっているセザンヌ展を見に行った.

 途中,ブランド・ショップのある通りとして有名なトルナブォーニ通りで,いつも見かける,ファサードの最上部にメディチ家の家紋がある建物に目がいって写真を撮った(トップの写真).キエーザ・ディ・サンティ・ミケーレ・エ・ガエターノというのが正式名称らしいが,通称サン・ガエターノ教会と言うようだ.

 英語版のガイドブックによると,起源は11世紀まで遡るらしいが,17世紀のバロック建築で,開いているのは稀で入れた人はすごく幸運なのだそうだ.私たちは開いているのを見たことはないが,堂々たる建造物だと思う.

 ストロッツィ宮の前はよく通りかかるが,そこにかかっているセザンヌ展の広告バナーを見るたびに,いつか見たいと思っていた.正式には「フィレンツェにおけるセザンヌ展」と言うようだ.セザンヌがフィレンツェで絵を描いたことがあるのかと思ったらそうではないようだ.

 アメリカで成功をおさめた同名の伯父と,父エルネスト・ジュゼッペの故郷であるイタリアに戻り,フィレンツェに住んだ,エジスト・パオーロ・ファッブリというニューヨーク生まれの画家の作品で,この展覧会は始まっていた.

ファッブリとその周辺の人によってセザンヌが高く評価され,フィレンツェを中心とするトスカーナ地方に芽生えつつあった新しい芸術の潮流に印象派が大きく影響することになった,というのがどうもこの展覧会の趣旨らしい.


 実際に,最後の方の展示場には,明らかにセザンヌや印象派の影響を受けたイタリアの画家たちの作品も展示してあった.

 ワシントンのナショナル・ギャラリー,ニューヨークのメトロポリタン美術館などから作品が集められ,サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館からもセザンヌの3作品(自画像,静物,風景)が来ており,まさにこの肖像と静物と風景が評価され,影響を与えた分野である,と言う風な構成だったように思う.

 印象派とその周辺の作家はたくさんいるのに,セザンヌの他に複数の作品があったのはピサロで,この絵はピッティ宮殿の近代美術館の収蔵されている2作品の他にも少なくと2作品があった.あとはゴッホとマティスが1作ずつあっただけである.

セザンヌの絵にピサロの影響の濃いものがあったのは,少なくとも今日の展示を見る限り明らかで,もともとピサロが好きな私には,ともかく彼の絵を見ることができ,セザンヌとその影響を受けた作家たちの中にピサロ的な画風が見られて嬉しかった.


 水浴する人物たちというのもセザンヌの重要なモティーフなのだろうと思うが,少なくとも2枚はそのような絵があった.

チケットに使われている絵は「セザンヌ夫人の肖像」(ボストン美術館)というタイトルである.


 彼のモデルとなり,愛人でもあって,後に結婚したオルタンス・フィケを描いたと思われるものとしては,「髪をほどいた若い女」という小さな絵があり,これは魅力的な作品だった.

 ファッブリは,セザンヌの絵を所有もしていたみたいだが,セザンヌがヴェロネーゼの絵を模したものがあった.セザンヌがドーミエに興味があり,ドーミエ風の絵「盗賊たちと驢馬」を描いたというのも興味深かった.ちなみにこの絵の主題は,ローマ時代後期の作家で思想家のアプレイウスの通称「黄金の驢馬」と言われる『変身物語』に想を得ているようだ.

 ファッブリがセザンヌの作品を模したのではないかとされる「赤いベストを着た少年」は,なかなかのものだったし,彼が書いた一連の肖像画も見応えがあった.私はまったくこの画家を知らなかったが,フィレンツェでの「セザンヌ展」だからこそ見られたのだと思うと,大変幸運だった.

 他には,当時のイタリアの新しい芸術潮流を示す作家として,トリノで生まれミラノで死んだメダルド・ロッソという作家の蝋,石膏,青銅でつくった作品,ロイドという画家の二枚の絵が印象的だった.フィレンツェで生まれロンドンで死んだサージェントという画家の絵もあった.私は知らなかったが,妻の話では当時は随分流行し,評価された作家だったらしい.日本でもしばらく前に「サージェント展」があったそうだ.

 いずれにせよ,セザンヌの本当の代表作のような目玉となる作品はなかったが,彼の作風とそのフィレンツェ周辺における影響をよく説明している展覧会で満足した.

 見に行くまでは,フィレンツェでセザンヌ展か,と思わないでもなかったが,ルネサンス時代の代表的な豪邸建築とされるストロッツィ宮の内部は,こうした展覧会でもないとなかなか見られないから,とか色々な理屈をつけてともかく行ってみた.行って大正解だった.

ストロッツィ宮の中庭



 展覧会のカタログをよく買うが,今回は特に知らない作家が多かったので是非ほしかった.35ユーロで英語版を購入.高いと思ったが,内容の充実度からすると仕方がないだろう.

 英語版を買うつもりではなかったが,これも結果的には中身がよくわかって良かった.帰宅後,いつも参照するアートサイクロペディアで,ファッブリについて検索したが,別人の彫刻家ファッブリが出てきただけだ.グーグルで検索したら,どうもご先祖を探すらしい英語ページに詳しい紹介があった.


レオパルディ
 帰りに,先日掘り出し物をした露天の古本屋に立ち寄った.他にもほしい本もあったが,19世紀イタリアの大詩人ジャーコモ・レオパルディの散文作品に注解をつけた本(マーリオ・フビーニ校訂・注解,トリーノ,1966)を1ユーロで買った.

 こちらに来る前に高円寺の古本屋でレオパルディの作品(詩と散文)の翻訳を買った(名古屋大学出版会,2007).この散文作品を訳した柱本さんは,京大にいた時何度か話したことのある人だ.

 さらに昔,岩波ホールで見たヴィスコンティの映画「熊座の淡き星影」は,そのタイトルをレオパルディの作品からとっている.


「サイタマ」
 夏時間のせいもあって夕方遅くまで明るいので,この後エッセルンガに買い物に行った.今日は土曜日のせいか,街には比較的人が少なかったが,日本人をよく見かけた.エッセルンガでも何人かのアジア系の人を見た.

 私たちがサン・ロレンツォの露店の間を歩いていると「サイタマ!」と声をかけられるくらいなので,大体のところ日本人と認識されているようだが,気のせいかも知れないが,中国人,韓国人,日本人はよく似てはいるが,大体分かるような気がする.

 その直感で行くと,少なくとも今日のエッセルンガには中国人のグループと,こちらに住んでいる写真家風の日本人,観光のついでに立ち寄った日本人女性の二人連れを見たような気がした.もちろん,その通りかどうかはわからない.私たちが買ったものの中では大きな黄色いピーマン(ペペローネ・ジャッロ)が美味だった.

近所の文房具屋(リブレリーアは本屋,カルトレリーアは文房具屋だが,一つの店で,「本屋」ではないようだ)で,バーゲン(リクィダツィオーネ)をやっていて,「全品半額」(トゥット・ア・メタ・プレッツォ)と書いてあるのが,何やら懐かしいような.



後日,「バーゲン」ではなく,本当に「清算(閉店のため)」(リクィダツィオーネ)だということがわかった.