ネポス『ハンニバル伝』講読10

(テクスト)

 (4.3.) Hoc itinere adeo gravi morbo adficitur oculorum, ut postea numquam dextro aeque bene usus sit. Qua valetudine cum etiam tum premeretur lecticaque ferretur, C. Flaminium consulem apud Trasumenum cum exercitu insidiis circumventum occidit, neque multo post C. Centenium praetorem cum delecta manu saltus occupantem.

(語彙)

(4.3.)(第1文)

 hoc:形容詞的にも使われる指示代名詞hic, hec, hoc「これ,この」の中性・単数・奪格
 itinere:第3変化・中性名詞iter, itineris, n.「道,旅,行程,旅程,道中,途中」の単数・奪格
 adeo:程度を表す副詞で従属文を導く接続詞utと対応し,英語のso..that..のsoにあたる役割を果たす.「(結果として)ut以下のようになるほど,それほど」
 gravi:第3変化形容詞grav-is, -is「重い」の男性・単数・奪格
 morbo:第3変化・男性名詞morb-us, -i, m.「病,病気」の単数・奪格
 adficitur:第3活用動詞adficio(afficio), adficere(afficere), adfeci(affeci), adfectum(affectum)「影響する,弱らせる」の直説法・受動相・現在・3人称・単数.他動詞の受動は意味としては自動詞の能動と考えて良いので,「弱らされる→弱る」.現在は「歴史的現在」(意味は完了)
 oculorum:第2変化・男性名詞ocul-us, -i, m.「目」の複数・属格
 ut:動詞が接続法になる従属文を導いて,目的・結果を意味させる接続詞
 postea:副詞「それ以後」
 numquam:副詞「決して〜しない」
 dextro:第1・第2変化形容詞dext-er, -ra, -rum(男性・単数・主格と呼格が-erで終わりる第1・第2変化形容詞で,-eが落ちるタイプ)「右の」.修飾している「目」が省略されていて,ここでは「右目」を意味している
 aeque:副詞「同じく,等しく」.「(以前と)同じく」なのか,「(左目と)同じく」なのか,ここでは前者であろう
 bene:副詞「良く」
 usus:奪格支配の自動詞である第3活用第1形の形式受動相動詞utor, uti, usus sum「(〜を)使用する,利用する,用いる」の完了分詞・男性・単数・主格.ここではsum動詞と結びついて完了時制を意味するが,動詞がsitなので,ここでは接続法・受動相(意味は能動)・完了・3人称・単数を形成
 sit:不規則動詞sum, esse, fui, -「〜がある,〜である」の接続法・能動相・現在・3人称・単数

(4.3.)(第2文)

 qua:関係形容詞qui, quae, quodの女性・単数・奪格
 valetudine:第3変化・女性名詞valetudo, valetudinis, f.「健康状態,良好な健康状態,元気さ,悪い健康状態,病気」の単数・奪格
 cum:「時」を意味する接続詞,動詞は直説法の場合も接続法の場合もある
 etiam:副詞「〜ですら」
 tum:副詞「その時,当時」
 premeretur:第3活用第1形動詞premo, premere, pressi, pressum「圧する,抑圧する,苦しめる」の接続法・受動相・未完了過去・3人称・単数.主語はハンニバル
 lecticaque:第1変化・女性名詞lectic-a, -ae, f.「担架,駕籠,輿」の単数・奪格+等位接続詞「〜と,そして」.「手段の奪格」
 ferretur:第3活用第1形に準ずる不規則動詞fero, ferre, tuli, latum「運ぶ,産む,耐える」の接続法・受動相・未完了過去・3人称・単数
 C.:個人名を表す第2変化・男性名詞Gai-us, -i, m.「ガイウス(男性の個人名)」の省略形.ここでは単数・対格Gaiumであるのは,後続の家名から推測できる.cは日本語で言うと「カキクケコ」を構成する子音であるが,文字の起源としてはギリシア語のガンマΓγから来ている名残でC.はガイウス,Cn.はグナエウスの省力形として使われる
 Flammium:第2変化・男性名詞(元来は第1・第2変化形容詞の男性形)Flamini-us, -i, m.「(家名)フラミニウス)」の単数・対格
 consulem:第3変化・男性名詞consul, consulis, m.「執政官,統領」の単数・対格.同格でフラミニウスを説明している
 apud:対格支配の前置詞「〜の所で,〜のほとりで」
 Trasmenum:第2変化・男性名詞(元来は第1・第2変化形容詞だが第4変化・男性名詞lac-us, -us, m.「湖」を修飾していることが了解されている)Trasme-us (Trasmenn-us), -i, m.「トラスメヌス湖」の単数・対格・現在のトラジメーノ湖
 cum:奪格支配の前置詞「〜と(共に)」
 exercitu:第4変化・男性名詞exercit-us, -us, m.「軍隊」の単数・奪格
 insidiis:複数で使われる第1変化・女性名詞insidi-ae, -arm, f.pl.「罠,仕掛け,待ち伏せ」の奪格.手段の奪格
 cirucumventum:第4活用動詞circum-venio, -venire, -veni, -ventum「取り囲む,包囲する」の完了分詞・男性・単数・対格で,フラミニウスを修飾.「取り囲まれたフラミニウスを殺した」は「フラミニウスを取り囲んで殺した」となる
 occidit:第3活用第1形動詞occido, occidere, occidi, occisum「殺す」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.「現在」(オッキディト)と「完了」(オッキーディト)は綴り上同じであるが,周囲の他の動詞から見て後者(前者でも「歴史的現在」と考えれば意味は同じ)と考える
 neque:前が肯定文,後ろが否定文となる文をつなぐ等位接続詞
 multo:副詞「すごく,大いに」
 post:対格支配の前置詞としても使われるが,ここでは副詞「後に」.neque multo postで「そんなに後のことではなく」→「間もなく」
 C.:個人名を表す第2変化・男性名詞Gai-us, -i, m.「ガイウス(男性の個人名)」の省略形.ここでは単数・対格Gaiumであるのは,後続の家名から推測できる
 Centenium:第2変化・男性名詞(元来は第1・第2変化形容詞の男性形)Centeni-us, -i, m.「(家名)ケンテニウス(ケンテーニウス)」の単数・対格
 praetorem:第3変化・男性名詞praetor, praetoris, m.「法務官」(選挙で選ばれる高級政務官で執政官に次ぐ地位.任期一年の後,執政官同様「前職」の資格で「属州総督」として地方に赴任する.つまり,それだけ「利権」の多い官職)の単数・対格
 cum:奪格支配の前置詞「〜とともに」
 delecta:第3活用・第1形動詞deligo, deligere, delegi, delectum「選び出す,選抜する」の完了分詞・女性・単数・奪格
 manu:第4変化・女性名詞(第4変化は殆ど男性名詞だが,数少ない例外)man-us, -us, f.「手→手勢,部隊」の単数・奪格
 saltus:第四変化・男性名詞salt-us, -us, m.「(山や森の中の)牧地,空地,山道,間道」の複数・対格.次の現在分詞の目的語
 occupantem:第1活用動詞occup-o, -are, -avi, -atum「占領する,占拠する」の現在分詞・男性・単数・対格.ケンテニウスを修飾

(試訳)

 (4.3.) この進軍中に,ハンニバルは重い眼病に罹り,後には右目が以前ほどにはよく使えなかった程だった.その時もこの病に苦しめられて,担架で運ばれていたにも関わらず,執政官のガイウス・フラミニウスをその軍隊とともにトラスメヌス湖畔で待ち伏せて包囲して殺し,そのすぐ後には,間道を占拠していた法務官のガイウス・ケンテニウスをその精鋭部隊とともに殺した.