日本語学通信 第2号
(学部学生向け 研究室情報誌)
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目次

みぎはのみこそ ぬれまさりけれ
「《日本語の歴史と方言》研究会」始動
「国語学研究班」にも一年生が5人参加
『美しい日本の名文・名詩・名歌』発売『平家正節 声譜付語彙索引』上・下2冊 完成

みぎはのみこそ ぬれまさりけれ

 日本の古典文学の作品を読んでいて、その注釈や現代語訳を物足りなく思ったことはありませんか。ここに取り上げる『土佐日記』の一節も、江戸時代以来その一面を、ただ《おとなしく》解釈してきた箇所でして、私はそれに強い不満を感じています。

 ところで、言語表現には、《複線的》に解釈できるものがたくさんあります。《暗号》とまでは言わなくても、日常生活で《なにか皮肉に聞こえる》というようなことばに出会うことは少なくありません。表面的には問題のない発言でも、その中に別の解釈を誘う要素が含まれていて、それが聞く者の神経に障るのです。それは、ときに《ひねくれた》解釈による《ひがみ》である場合もあります。しかし、状況が別の解釈を許し、言語的にもそれを喚起する要因が指摘できる場合には、むしろ表現者の側で仕組んだものと考えてよいのではないでしょうか。

『土佐日記』一月七日の条には、「破子(わりご)」に簡単なご馳走を用意して、船にいる人と歌の贈答をしようと目論んできた、下心の見え透いた男のことが描かれています。「波の立つなること(外は波が立っているようですね)」などと言って、歌を詠みかけるきっかけをつかんだ男が、「ゆくさきに立つ白波のこゑよりも おくれて泣かむわれやまさらむ」と用意してきた歌をまず詠みます。波など立ったのでは船の旅には困るのですが、この男は平気で《あとに残って泣いている私の声の方が波の音にまさるだろう》などと、大袈裟な歌を詠んだわけです。すると一行の人々は、すかさず「いとおほごゑなるべし」と茶化したあげくに、「もてきたるものよりは、うたはいかがあらむ」などと嫌味なことを言います。そしてありきたりの世辞を言うばかりで、誰も返歌をしようとしません。この男もこれには堪えかねたと見えて「まだまからず(まだ帰るのではありません)」と言いはしたものの、そのまま席を立って居なくなってしまいました。船の人たちの露骨な《無視》に当惑して、帰らざるをえなくなったのでしょう。しかし旅の一行は、なおも「夜更けぬとにやありけむ(夜も遅くなったから、というわけだろうか)」などと言って、とぼけきっていますが、これはあくまでも表面のこと。実質的には、彼らが《意地悪く》追い返したも同じです。

 ところが、男が席を立ったあとで、そこにいた「ある人の子」が「まろ、この歌の返しせむ」と、遠慮がちに言い出します。その歌というのは「行く人もとまるも袖の涙川 みぎはのみこそ ぬれまさりけれ」というものでした。これには「かくはいふものか。うつくしければにやあらむ、いと思はずなり」と、周囲は大いに感心したようです。誰かに署名させて返歌にしようとするのですが、よい「ついで」もなかったので、そのまま書き留められて手元に残ったようだと『土佐日記』には記されています。

 江戸時代、北村季吟の『土佐日記抄』(1661、下の写真は早稲田大学中央図書館蔵本の表紙)は、男の歌について「破子のしつらひのよきよりは 歌はをとれり」とか「うたのさま」がおとなしくないなどと評し、「かくはいふものか」については「童としてかやうにはよむ事かと 驚ける詞也」と述べました。「わが子をうつくしみ憐む心からにや 思外に面白歌と也」とも説明しています。《親の欲目からだろうか、意外にも面白い》と解釈したようです。このほか江戸期の注釈書で、本学の中央図書館にある岸本由豆流『土佐日記考証』(1815)、冨士谷御杖『土佐日記燈』(1817)、香川景樹『土佐日記創見』(1823)、橘守部『土佐日記舟の直路』(1842)なども見ましたが、これらの解釈もほぼ同様です。近くは萩谷朴『土佐日記全注釈』(1967角川書店)ですら、かの男の歌よりも子供の歌を優れたものとするばかりで、その含意するところには触れません。その点では最近の『新編日本古典文学全集』も『新日本古典文学大系』も同じです。

 もちろん返歌にしようとしたほどですから、子供の歌も上手な歌には違いないのです。男の歌が、どこか大袈裟で洗練されていないのに対して、この歌は、熟した慣用的表現を巧みに用いてまとめてあります。その点は、すでに諸注釈も言うところで、私も認めます。歌の大意は《行く人も止まる人も、別れの悲しみで袖は涙で川のようです。その涙川の水かさがまして汀が濡れまさるように、袖も濡れてゆくことです》というほどのものでしょう。これに作者は感心して、《これほど上手に詠むものか。その子が幼くてかわいいからか、とても意外だ》と批評したことに、一応はなります。江戸期の学者は作者が貫之だということから、この子を貫之の子と解したので《親は子をかわいいと思うから、その歌も思いのほか上手に思われる》というような理解が生まれたのでしょう。

 しかし「みぎはのみこそ ぬれまさりけれ」の「のみこそ」に注意してみると、その表面の意味は《ただに汀が濡れまさる》ということになります。川岸は濡れて当然のところです。しかし、そこだけがわざわざ強調されることに不審を抱くのは、私一人でしょうか。《袖が濡れる》とは、表面的には《涙にくれる》ことです。が、わざわざ《みぎは》が強調されれば、その涙はうわべだけのことだと言っているも同じではありませんか。作者の評価にしても「まだまだ幼くてかわいいと思っていたからか、こんな歌を詠むなんて思いも寄らなかった」と読めますから、なにか含むところがありそうに思えます。

 だいたいが『土佐日記』のなかで、この男は名前まで忘れられたほど、馬鹿にされた男なのです。その男が、歌の贈答をしたくて、ずうずうしくも船に乗り込んできて、気の利かない歌を一首詠んだのです。みんな下手な(うわべだけの大袈裟な)歌に堪えきれず、はやく帰れと密かに思っているわけで、ふつうなら返歌などして応対しなければならないのに、《ここはまともに相手などしないで、はやく帰ってもらおう》と、大人たちは思っていました。そのような状況がきちんと把握されるべきです。それを承知のうえで、この子は「汀のみこそ・・・」と詠んだのです。ですから、この歌は《お互いに口先でそんなことを言って泣いたふりをしていても、ちょうど川の水に、ただ岸のところが濡れまさるのと同じだ。その涙も泣き声も表面だけのことさ》という痛烈な皮肉も隠し持っているのだと理解されましょう。

 そもそも「汀まさる」という表現趣向は「(汀の水が増すというところから)涙がとめどなく流れる」(『日本国語大辞典』第二版 2001小学館)ことをいうのですが、その場合に「汀のみこそ」などと強調されることは、ほかに類例を知りません。なればこそ、この表現に注意が向けられることになります。そして、そこになにか《ひっかかるもの》を感じるわけです。

 そうなると「かくはいふものか」は、むしろ《ここまで言うとは驚いた》という複雑な心情の表現ということになります。そして「うつくしければにやあらむ、いと思はずなり」は、《幼くてかわいいと思っていたからか、皮肉にも聞こえる歌を詠むなんて思いも寄らなかった》という感嘆というよりは驚愕の表現になるのです。

 私がはじめに、いままでは《おとなしく》解釈してきたのではないか、と言ったのはこのことです。別の解釈も一方で成り立つ余地があるのに、これまでは、おもての一面だけをみてきたように思えます。もちろん表面的にはそれでいいわけですが、一方では辛らつな皮肉も読み取れるように、言語的に仕組まれているのではないか、と考えたのです。言語表現の《複線的》構造がここに見て取れるのではないでしょうか。一方で表面を取り繕いながら、もう一方で別の意味を見え隠れさせる――そんなところは今も昔も同じなのかもしれません。

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「《日本語の歴史と方言》研究会」始動

 前号でご案内した二つの研究会のうち、「《日本語の歴史と方言》研究会」は、ただいま参加学生8名で活動中。まずは地域言語・方言の調査法を学んでいます。夏休みには、みんなで調査旅行にとび出す予定。日程、目的地とも未定。(木16:20〜17:50)

(2002.6.13「《日本語の歴史と方言》研究会」)
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国語学研究班」にも一年生が5人参加

 こちらも日本語学を専攻する5人の院生と、5人の学部学生とで5月から始めました。ほぼ一対一の個人指導体制で、井上史雄『日本語ウォッチング』(岩波新書)を読んでいます。参加学生がまだ一年生ということもあって、大学院生によるゆっくり丁寧な説明が特徴。写真は次号に掲載します。(金18:00〜19:30)
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『美しい日本の名文・名詩・名歌』発売

 私(上野)の監修ということで、『美しい日本の名文・名詩・名歌』というささやかな本が発売されています。古典から近現代の文学作品、短歌・俳句・漢詩の一節を掲載し、それを声優の平拳氏が読んだCDも添えられています。(2002.4 三省堂刊,暗誦用CDつき\1800+税)
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『平家正節 声譜付語彙索引』上・下2冊 完成

 私(上野)の専門分野は、日本語の音韻やアクセントの歴史的研究です。そのうち、とくに江戸期の京都アクセント資料とされる「平曲譜本」の譜記を整理して、当時のアクセント体系や変化の様子を研究していますが、このほど譜本の一部を対象とした語彙索引を完成させました。ところで、数箇所に乱丁のある本が、ただいま研究室に少しばかり置いてあります。売り物にもならず、と言って捨てるのも残念です。もし関心のある方がいらっしゃったらご連絡ください。無償でお分けします。(2001.12 アクセント史資料研究会刊)
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上野和昭(Ueno Kazuaki) E-mail: uenok(at)waseda.jp