・大阪地判平成11年7月6日  包装用トレー実用新案事件。  原告鈴木(実用新案権者)および原告会社(独占的通常実施権)が、被告が被告包装用 トレーを製造・販売したことに対して、実用新案権に基づいて提起した損害賠償請求が認 容された事例。  判決は、「被告トレーは、本件考案の技術的範囲に属する」として侵害を認めた上で、争 点5(被告トレーの製造・販売が本件実用新案権を侵害する場合に、原告らが被告に対し て支払を求め得る金員の額)について以下のように判示した。  原告会社の損害額算定にあたっては、平成10年改正後の実用新案法29条2項に基づ いて損害額を認定した。その際、具体的な認定に基づいて、「営業経費」なども控除の対象 とした。実用新案法29条1項または民法709条に基づく算定については、原告の利益 率について採用できないとして、これを退けた。 ■原告鈴木  「以上より、原告鈴木が被告に対して不当利得として返還を請求し得る金額は、三四九 〇万二八四〇円(0.2×174,514,200)であると認められる。」 ■原告会社  「(一)前記のとおり、原告会社は本件実用新案権の独占的通常実施権者であり、本件実 用新案権の実施による市場利益を独占し得る地位にある点で専用実施権者と変わるところ はないから、実用新案法29条1項及び2項の類推適用があるものと解すべきである。そ こで、まず、主位的請求原因である同法29条2項による損害額について検討する。」 ・得た利益の額を算定するに当たって、控除すべき費用額(実用新案法29条2項)  「(2)ところで、実用新案法29条2項は、侵害行為を行った者が当該行為により受け た利益の額をもって権利者等の損害の額と推定する旨規定しているところ、この規定は、 実用新案権が侵害された場合に権利者が侵害行為と損害との因果関係を立証することが一 般に困難であることに鑑みて設けられたものであるが、さらに逸失利益の立証の容易化を 図る趣旨で、平成一〇年の実用新案法の改正により、同条1項として、侵害者の譲渡した 侵害品の数量に権利者が侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの 利益の額を乗じて得た額を損害の額とすることができる旨の規定が新設されたものである。 これらの規定の趣旨を総合して考えると、同条2項にいう『利益の額』とは、侵害者が侵 害行為によって得た売上額から侵害者において当該侵害行為たる製造・販売に必要であっ た諸経費を控除した額であると解するのが相当である。」 ・具体的な認定  「(3)この観点から、被告主張の別表1の費用項目について検討する。  ア まず、成型工程における直接作業労務費については、工場においてトレーの製造作 業を行うのに直接要する労務費であり、これを控除の対象とすべきことは明らかである。  イ 次に成型工程における製造間接費について検討する。  被告の主張によれば、製造間接費の中には、@工場において、準備、故障の修繕、ミー ティング、後作業等の、直接製造に携わった時間以外のために要する労務費、A直接の製 造作業には携わらない工場長の労務費、B工場における旅費交通費、発送配達費、修繕費、 水道光熱費、消耗品費等の製造に係る諸経費であって、個別製品の経費としての計上が困 難なもの、の三種類のものが含まれるということである。  このうち、@及びBについては、被告会社において被告トレーを追加的に製造するに当 たって発生する費用であると考えられるから、これらは控除の対象とすべきであるが、A については、被告においても、トレーの増産によって増加する経費とは考え難い。したが って、Aについては、これを控除すべき経費と認めることはできない。  もっとも、別表1中の製造間接費中、右ツに相応する金額は判然としないが、費目の性 質からして、それらの三分の一を上回ることはないと考えられるから、製造間接費として は、別表1の額の三分の二に相当する額を控除するにとどめるのが相当である。  ウ 次に、成型工程における材料費、梱包工程につき検討するに、これらはいずれもト レーの増産に伴って追加的に発生する費用であることは明らかであるから、控除の対象と するのが相当である。  エ 次に糊付け工程における費用について検討するに、被告伊那工場における糊付費用 については、先にアないしウで述べたところが同様に妥当する。したがって、直接労務費、 製造間接費の三分の二及び糊代単価を控除の対象とするのが相当である。  また、被告が長野コバヤシに糊付けを委託していた費用については、トレーを追加的に 製造するに当たっても発生する費用であると考えられるから、控除の対象とすべきである。  オ 次に、梱包費については、トレーを追加的に製造するに当たっても発生する費用で あると考えられるから、控除の対象とすべきである。  カ 最後に、営業経費については、乙82及び乙83によれば、被告トレーにも農家か ら品質上の問題点が指摘され、その改善のための協議を要したことが認められ、このよう に被告が被告トレーの販売をするに当たって営業経費が必要となったことは認めることが できる。そして、乙21及び弁論の全趣旨によれば、被告の主張する営業経費は、被告の 農業資材事業部のうちの販売部において被告トレーを担当する農業資材二課の全経費を、 同課の所管する商品別売上高の割合に基づいて按分したものであり、純粋の管理部門であ る管理部(ここには経理課、人事課及び電算課が置かれている。)に要する経費は入ってい ないと認められるから、被告主張の営業経費は、それなりに合理的なものと考えられる。  したがって、営業経費についても、控除の対象とすべきである。  キ 以上の検討に従い控除すべき経費をまとめると、別表3のとおりとなる。そこで、 被告が開示した二時期の平均をもって本件請求期間中の費用と見るべきものとした上、被 告が被告トレーの製造販売に要した単位利益を算定すると、別表4のようになる。なお、 被告は、利益の算定に当たって、右二時期に対応する各時期の単価を売上額として用いて いるが、売上単価は各時期によって変動するのであり、しかも右二時期の経費の平均値を もって通期的な経費額と把握すべき以上、先に認定した各時期の平均単価から右の平均経 費額を控除することによって単位利益を算定すべきである。  (4)前記(二)において認定した販売量及び販売単価と右(3)において認定した控 除すべき費用を組み合わせて、本件請求期間中に被告が被告トレーの製造販売によって得 た利益を算定すると、別表4のとおり、七九六三万四七九七円と認められる。」 ・被告の主張(能力・因果関係)に対して  「(5)これに対し、被告は、実用新案法二九条二項の適用に関し、原告には生産を拡大 する能力がなかったとか、被告の参入は長野県連の要請に基づくものであると主張する。  ア まず、原告会社の生産能力については、確かに乙3によれば、長野県におけるしめ じの生産量は平成元年以降、急激に増加したことが認められ、乙17によれば、長野ノバ フォーム取締役兼営業部長の冨岡恵次自身が、糊付けトレーの開発に取り組んだ後、『本し めじの生産量がどんどん拡大する為、トレーの生産がきのこの生産に追いつくのがやっと で、機械化に適したトレーの生産と糊付技術の向上が皆様方の御期待に添えなかったのが 実情でした』と述べていることが認められる。また、乙22いし乙24及び証人小林勝の 証言によれば、被告は、昭和五九年一〇月から一一月にかけて、長野ノバフォームから糊 付けトレーの製造を依頼されて、それを製造・供給したことが認められる。しかし、昭和 五九年の出来事は一時期のことにすぎず、昭和六三年までは原告トレーのみが長野経済連 に供給され、乙93によっても、伊南農協の側が原告トレーの生産能力に危惧を抱いてい たことを窺わせるものはないから、甲22を併せ考慮すれば、被告の製造販売量程度であ れば原告会社にとっても製造能力があったと認めるのが相当である。  したがって、原告会社の製造能力に関する被告の右主張は採用できない。  イ 次に、被告トレーの製造・販売がなければ原告会社が販売できた数量について検討 するに、前記三で認定したとおり、昭和六三年当時、伊南農協は、原告トレーの改善を重 大問題としており、被告による被告トレーの製造販売開始は、伊南農協及び長野経済連か らの強い要請に基づくものであった。また、長野経済連には、供給される農業資材につい て、一社のみの独占供給体制を認めず、価格競争と安定供給確保の両面の理由から、二社 供給体制を敷くことを方針としており、しめじ用トレーについては長野経済連が唯一の購 入者であったのであるから、新業者の参入に当たっても長野経済連の意向が大きな影響を 及ぼしたであろうことは容易に推認し得るところである。  このような事実からすれば、平成元年四月の時点で早晩他の業者が長野経済連に対する しめじ用トレーの製造販売を開始したであろうと推認することができ、その場合、原告会 社又は原告鈴木としては新規参入業者から実施料を徴収するにとどまったであろうと考え られる。  しかし、本件全証拠によるも、新規参入業者がどの時点で参入したはずものか、またそ の場合にどの程度の量を販売することになったのかについて、それらを確定するに足りる 証拠はなく、さらに、その場合に原告会社の受けた現実の損害額が、先に算定した被告の 利益額を下回ることを認めるに足りる証拠もない。  したがって、長野経済連の方針に関する被告の主張も、実用新案法29条2項の推定を 覆すものとしては採用することができない。」 ・予備的請求(実用新案法29条1項または民法709条)  「(1)実用新案法29条1項は、先に述べたとおり、実用新案権者等がその権利を侵害 されたことにより、侵害者に対して損害賠償を請求する場合の逸失利益の簡易な算定方法 を定めたもであり、この場合に、権利者等が得られたであろう単位利益を算定するに当た っては、権利者等が追加的な売上を得るに当たって、どのような費用が追加的に必要にな ったかを考慮に入れて判断することが必要であると解される。またこの点は、民法709 条に基づく場合も同様である。  (2)しかるところ、原告らは、@原告会社が原告トレーを製造し、長野ノバフォーム に販売した場合には、別表2の1のとおり、トレー一個当たり一・五三九円の利益が得ら れたこと、Aデンカポリマーがトレー本体を製造し、原告会社が糊付けを行ったものを長 野ノバフォームに販売した場合には、別表2の2のとおり、トレー一個当たり〇・七〇五 円の利益が得られたと主張する。  原告ら主張に係る費用額は、いわゆる製造原価のみを積算したものと認められるが、先 に認定したように、原告会社の正社員は三名にすぎず、対長野経済連関係の営業活動はす べて長野ノバフォームが行っていたことからすれば、原告会社が追加的に原告トレーを製 造したとしても、製造原価以外に発生する費用はなかったか又はあったとしても微々たる ものであったと推認することはできる。  しかし、原告ら主張の利益率は、@の場合には四八パーセント、Aの場合には八二パー セントもの高率に達するものであるが、その裏付けとなる資料については、原材料費等に ついては伝票が提出されているものの、利益率を大きく左右すると考えられる人件費及び その他経費については、原告鈴木の陳述書があるのみで、原告会社の経理・財務資料とい った客観的証拠が提出されていない。原告らは、甲24及び25の存在を指摘するが、乙 89及び弁論の全趣旨に照らして、それらの記載が標準的なものであるとは直ちにいえな い。  また、帝国データバンクによる推定調査(乙87)では、平成三年九月期から平成五年 九月期の平均売上高当期利益(税引後利益)率は一パーセント余となっており、原告らの 主張する利益率(これは売上高から製造原価のみを控除した粗利益率に相当するものと考 えられる。)と著しい格差がある。この点について原告らは、右数値は正確でないと主張す るが、さりとて原告会社の実際の利益率を右以上に明らかにする証拠はない。右乙87の 調査は、原告会社から財務諸表の入手ができなかったため、側面調査による推定に基づく ものではあるが、一定の信頼性のある調査会社の調査結果であるから軽視することは相当 でない。また、原告らは、右調査による利益額は税引後利益であり原告主張の利益とは控 除対象となる費用に大きな差があり、原告会社では研究開発費や他商品の赤字補填に多額 の費用を支出していると主張するが、そのことを明らかにして、前記のような利益率の格 差を的確に説明し得る証拠はない(なお、前記のような原告会社の規模及び形態からして、 売上に左右されない固定費用の額はさほど大きくないと考えられる。)。  以上よりすれば、原告ら主張の原告会社の単位利益額はにわかにこれを採用することが できず、他に、前記被告の単位利益額より大きな単位利益額を認めるに足りる証拠もない。  (3)したがって、実用新案法29条1項又は民法709条に基づく損害額については、 それによる損害額が実用新案法29条2項による損害額を上回らないから、主位的請求原 因である後者の額をもって、本件において被告が原告会社に対して支払うべき損害額とす る(なお、予備的請求2である実用新案法29条3項に基づく請求については、その請求 額自体が前記主位的請求原因による損害額を下回っているから、判断する必要がない。)。」