・東京地判平成11年7月23日  エスニシティ論文事件:第一審。  原告は、桜美林大学国際学部の助教授として民族研究および比較政治学の研究ならびに 教育活動をしている者である。被告は、一橋大学社会学部の教授として国際社会学の研究 および教育活動をしている者である。  原告は、「エスニシティと現代社会@政治社会学的アプローチの試み@」と題する論文 (原告論文)を執筆し、岩波書店発行の雑誌「思想」1985年4月号(昭和六〇年四月 五日発行)に発表した。また、原告は、平成六年九月二〇日、一橋大学社会学部主催の国 際シンポジウム「多文化主義時代における世界と日本」において、「西洋先進諸国における エスニック・マイノリティの政治的権利(Political Rights of Ethnic Minorities in Western Europe)」と題する研究報告(原告報告)を行った。  被告は、「離脱者・媒介者・民族的闘士@エスニック紛争の中の諸主体@」と題する論文 (被告第一論文)を執筆し、別紙書籍目録記載一の書籍の第T編第2章として収載した。 また、被告は、「外国人の地方参政権@西欧諸国の経験と日本への示唆@」と題する論文(被 告科研費論文)を執筆し、これを平成七年三月発行の平成五〜六年度文部省科学研究費補 助金(総合研究A)研究成果報告書「地域社会における外国人労働者@日・欧における受 入れの現状と課題@」において発表した。さらに、被告は、被告科研費論文の内容を敷衍 した「外国人の参政権@西欧諸国の対応@」と題する論文(被告第二論文)を執筆し、こ れを「国際政治110号@エスニシティとEU」(平成七年一〇月二一日発行)において発 表した。被告第二論文は、別紙書籍目録記載二の書籍の第七章として再録された。  本件は、原告が、@被告第一論文は原告論文を、被告第二論文及び被告科研費論文は原 告報告を、それぞれ翻案したものであるから、被告の右一3(一)(二)の行為は原告の著 作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害する、A被告の右一3(一)(二) の行為は、原告の研究成果を剽窃するものであるから、不法行為を構成する、と主張して、 著作権及び著作者人格権侵害を理由とする別紙書籍目録記載の各書籍の出版の差止め及び 謝罪広告の掲載を求めるとともに、不法行為(主位的に右@を、予備的に右Aを理由とす る。)に基づく損害賠償を求めた事案である。  判決は、以下のように述べて、原告の請求を棄却した。 ・争点1(被告第一論文は原告論文を翻案したものか)について  「以上述べたところからすると、被告第一論文が原告論文に依拠したかどうかについて 判断するまでもなく、被告第一論文の別表1ないし6の部分はいずれもこれに対応する部 分の原告論文を翻案したものであるとは認められない。 3 右1、2のとおりであり、被告第一論文のその他の部分が原告論文を翻案したもので あるとの主張立証はないから、被告第一論文が原告論文を翻案したものであるとは認めら れない。」  なお、判決は、この判断の過程で、下記のように、論文の「内容(論点)」それ自体は、 アイデアであり著作物性を有しないものと述べている。  「原告は、両論文が、客観的属性でエスニシティが規定できるという一般的な考え方に 対し、近年のエスニックな現象の逆説的な実態、すなわち、客観的な属性(客観的特徴) では捉えられない主観的な要素が際だってきたという論点を記述していると主張するが、 原告論文の右のような内容(論点)自体はアイデアであって著作物として保護されるもの ではなく、両論文の表現が大きく異なっていることは、別表6により対比してみると明ら かである。 」 ・争点二(被告科研費論文および被告第二論文は原告報告を翻案したものか)について  「(二)右(一)認定の事実に証拠略と弁論の全趣旨を総合して、原告報告と被告科研費 論文及び被告第二論文とを全体として対比すると、両者は、外国人への参政権付与が政治 的な問題であることを述べる部分など一部にその論旨が共通する部分があるが、それらを 全体的としてみると、その目的、構成、論理展開はいずれも異なるものと認められる(右 の論旨が一部共通する点については、後記2(一)(6)参照)。」  「3 右1、2のとおりであり、被告科研費論文及び被告第二論文のその他の部分が原 告報告(原告報告書)を翻案したものであるとの主張立証はないから、被告科研費論文及 び被告第二論文が原告報告(原告報告書)を翻案したとは認められない。」 (控訴審:東京高判平成12年3月29日)