・大阪地判平成11年8月31日  大鵬薬品「ユーエフティー」試験研究T事件。  原告(大鵬薬品工業株式会社)が、被告(メディサ新薬株式会社、沢井製薬株式会社) に対し、被告医薬品は本件発明の技術的範囲に属するから、@被告メディサ新薬が被告イ 号医薬品を製造して試験に使用した行為、A被告メディサ新薬が被告ロ号医薬品を製造し て被告沢井製薬に譲渡した行為、B被告沢井製薬が被告ロ号医薬品を試験に使用した行為 が、それぞれ本件特許権を侵害するとして、損害賠償を請求した事案。  判決は、 ◆総論  「一 ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場 合において、第三者が、特許権の存続期間満了後に特許発明に係る医薬品と有効成分を同 じくする医薬品(「後発医薬品」)を製造して販売することを目的として、その製造につき 薬事法14条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲 に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得る のに必要な試験を行うことは、次の理由により、特許法69条1項にいう「試験又は研究 のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相 当である(最高裁判所平成一一年四月一六日判決・裁判所時報一二四一号一三四頁、判例 時報一六七五号三七頁参照)。  1 特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権 利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された 発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものである。このこと からすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用すること ができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つ であるということができる。  2 薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生 大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った 上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬 品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定 の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発 明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。もし特許 法上、右試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中 は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、 第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に 反するものというべきである。  3 他方、第三者が、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請のための試験 に必要な範囲を超えて、同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し、又はその成分とす るため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは、特許権を侵害するものとして許 されないと解すべきである。そして、そう解する限り、特許権者にとっては、特許権存続 期間中の特許発明の独占的実施による利益は確保されるのであって、もしこれを、同期間 中は後発医薬品の製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解す ると、特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが、これは特許権者に 付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない。」  「2(一)ところで被告メディサ新薬が行った生物学的同等性試験について、原告は、 争点2に関する原告の主張2のとおり、虚偽又はねつ造したものであると主張している。  (二)特許権の存続期間終了後には自由に特許発明を利用し得るという特許制度の根幹 を維持するためには、右存続期間中に医薬品の製造承認申請のための試験を行い得る必要 があることは前示のとおりであるところ、右試験の実施方法又は右試験結果の分析・評価 が適正でなかったとしても、右試験が、特許権の存続期間が終了した後の当該発明の利用 を目的として、薬事法上の製造承認申請に必要な資料を得るために行われたものである場 合には、なお特許法六九条一項の「試験」に当たると解するのが相当である。なぜなら、 @試験というものは、その性質上、実施内容及び試験結果の分析・評価が適正でない場合 も当然に起こり得るのであるから(だからこそ薬事法上も厚生大臣による審査が必要とさ れているのである。)、実施内容や分析・評価が適正でない場合には当該試験のための特許 発明の実施が許されないとしたのでは、試験を行うこと自体が阻害されることになり、ひ いては特許権の存続期間の終了後に特許発明を利用することを妨げる結果となるからであ り、A他方、このような場合に特許法69条1項の適用を認めたとしても、特許権存続期 間中の特許権者による特許発明の独占的実施による利益を害することもないからである。  他方、試験結果に基づいて製造承認申請を行う際に、試験結果と異なる虚偽のデータを 記載して申請を行った場合には、右試験は、もはや製造承認申請に必要なものとはいえず、 そのような試験及び製造承認申請を特許権の存続期間中に行う必要性も認められないから、 特許法69条1項の適用はないと解するのが相当である。」 ◆あてはめ  「(4)以上のとおり、被告メディサの行った生物学的同等性試験が適正なものであった か否かについては議論があり得るが、被告メディサ新薬が、試験結果と異なる虚偽のデー タを製造承認申請書に記載したものとはいえない。」 1.被告メディサ新薬の行った被告イ号医薬品の製造及び使用  「(三)ところで、第三者が、特許権の存続期間満了後に特許発明に係る医薬品と有効成 分を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的とし て、その製造につき薬事法14条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特 許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添 付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、特許法69条1項にいう「試験又は研 究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが 相当であることは前記のとおりであるが、第三者が、特許が無効とされた以後に特許発明 に係る後発医薬品を製造して販売することを目的として、後発医薬品の製造を行い、それ を使用して同様の試験を行うことも、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにす る特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である。 なぜなら、@特許を無効とすべき旨の審決が確定した場合には、特許権は初めから存在し なかったものとみなされ(特許法125条本文)、当該技術は何人も自由に利用し得ること になるところ、この場合でも後発医薬品の製造販売には一定期間の試験を行った上で製造 承認申請を行う必要があることに変わりはなく、ツ第三者の行う特許発明の実施が右製造 承認申請を行う上で必要な範囲にとどまる限り、たとえ特許が無効とならなかった場合で も、特許発明の独占的実施による利益は確保されることに変わりはないからである。  (四)しかるところ、前記1及び(二)で認定した事実からすれば、被告メディサ新薬 は、各試験当時、本件特許権の存続期間が終了した後又は本件特許権が無効となった後に 被告医薬品を製造販売することを意図していたと認められ、被告メディサ新薬が前記のと おり薬価収載申請を行ったことは、右認定を覆すものではない。  したがって、原告の右主張は採用できない。  4 以上によれば、被告メディサ新薬の行った被告イ号医薬品の製造及び使用は、特許 法69条1項の「試験又は研究」に該当するものとするのが相当である。」 2.被告メディサ新薬が被告沢井製薬に対し、被告ロ号医薬品を製造した上譲渡し、被告 沢井製薬において被告ロ号医薬品を使用して小分け製造承認申請のための試験を行った行 為  「2 先に一で述べたところからすれば、右1(三)における被告沢井製薬の行った規 格試験は、@本件特許権の存続期間中に被告沢井製薬が製造承認申請をするために必要な 試験であり、A被告沢井製薬は譲受けに係る被告ロ号医薬品を規格試験に供しただけであ るから本件特許権の存続期間中の原告の独占的実施の利益を害することもなく、特許法6 9条1項の「試験」に当たるというべきである。そして、この点は、先に二3で述べたと おり、被告沢井製薬の意図が、本件特許権が無効となった後の被告ロ号医薬品の製造販売 を意図するものであったとしても同様である。  そして、被告メディサ新薬が行った被告ロ号医薬品の製造及び譲渡は、@被告沢井製薬 の右試験の実施のために行われたものであって、A本件特許権の存続期間中の原告の独占 的実施の利益を害することもないといえるから、特許法六九条一項の「試験又は研究のた めの特許発明の実施」に当たり、原告の特許権を侵害しないというべきである。」