・大阪地判平成11年9月16日  「アリナビッグA25」事件。  原告(武田薬品工業株式会社)は、医薬品・食品・化学製品等の製造、販売を目的とす る株式会社、被告(東洋ファルマー株式会社)は、医薬品・栄養食品等の製造、販売、お よび輸出入等を目的とする株式会社である。   原告は、「アリナミンA25」という商品名でビタミン製剤を販売しているところ、被 告は、平成九年五月下旬ころから、「アリナビッグA25」という商品名でフルスルチアミ ンを主成分とするビタミン製剤を製造し、被告の関連会社である訴外東ファル商事株式会 社に対し販売している。被告商品は、訴外株式会社ビッグ・ビットのプライベートブラン ド商品であり、東ファル商事からビッグ・ビットに販売されているものである。  原告は、被告が被告表示の使用等をしていることは、不正競争防止法2条1項2号の不 正競争行為に該当するとして、被告表示の使用、ならびに被告表示を付したビタミン製剤 の製造、販売、および販売のための展示の差止め、ビタミン製剤の包装箱・ラベルの廃棄、 および損害賠償を請求した。  判決は、いずれも認容した。その際、不正競争防止法5条1項にもとづく損害額の算定 につき、特許法等の平成10年改正に言及しながら、同項における「利益の額」について 具体的な解釈を示した。 ◆争点1(原告表示は著名か)について  「2 右認定事実からすると、原告商品は、その製造、販売開始以来日本全国において 多数販売され、その結果同種医薬品の代表的な商品となっていたこと、その広告も各種媒 体を通じて多額の費用を投じてなされていたこと、その広告のうち視覚的なものにおいて は原告表示が見えるように行われていたことが認められるから、被告商品の製造、販売が 開始された平成九年五月下旬の時点で、原告商品の商品名である原告表示が著名であった ことは明らかである。」 ◆争点2(被告表示は原告表示に類似するか)について  「5 以上の事実と既に判示した「アリナミンA25」の著名性を併せ考慮すれば、原告 表示と被告表示は、全体的、離隔的に対比して観察した場合には、その共通点から生じる 印象が相違点から生じる印象を凌駕し、一般の需用者に全体として両表示が類似するもの と受け取られるおそれがあるというべきである。したがって、被告表示は原告表示に類似 しているものと認められる。不正競争防止法2条1項2号の不正競争行為にあっては、誤 認混同のおそれは要件とされていないが、前記認定事実からすれば、原告表示と被告表示 とは、被告商品が原告商品の関連商品あるいは徳用商品であると一般需用者に誤認される おそれがある程度に相紛らわしいというべきであり(甲49、58によれば、現に消費者 にそのような誤認が生じた実例があることがうかがわれる。)、両表示が類似しているこ とは明らかである。」 ◆争点3(損害の額)について (1)総 論  「1 前記認定のとおり被告表示が原告表示に類似していることに加え、原告商品の包 装箱の態様等と被告商品の包装箱の態様等を対比観察すると、商品表示の外観のみならず、 包装箱の色の配置、デザインの点でも似ていることが認められるから、被告は、原告が獲 得している信用、名声、評価にただ乗りしようとする意図があったものと推認できる。し たがって、たとえ被告が被告表示が原告表示に法的には類似しないと判断していたとして も、被告が不正競争行為を行うにつき過失があったことは優に認められる。  よって、被告は原告に対し損害賠償責任を負う。  2 ところで、不正競争防止法5条1項は、不正競争行為によって営業上の利益を侵害 された者が侵害者に対して損害賠償を請求する場合に、侵害者が当該不正競争行為によっ て受けた利益の額をもって被侵害者の損害の額と推定する旨規定しているところ、この規 定は、不正競争行為によって営業上の利益を侵害された場合に、被害者が不正競争行為と 損害との因果関係を立証することが一般に困難であることに鑑みて設けられたものである。 右と同旨の規定は、従前から特許法(平成一〇年法律第五一号による改正後の102条2 項)、実用新案法(同29条2項)、意匠法(同39条2項)及び商標法(同38条2項) にも設けられているところであるが、右特許法等においては、平成一〇年の改正により、 更に逸失利益の立証の容易化を図る趣旨で、侵害者の譲渡した侵害品の数量に権利者が侵 害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を 損害の額とできる旨の規定が新設された(右各条1項)。これらの規定を総合して考える と、右特許法等の各規定(右各条2項)における侵害者が受けた「利益の額」とは、侵害 者が侵害行為によって得た売上額から、製造原価・販売原価のほか、侵害者が当該侵害行 為たる製造・販売に必要であった諸経費を控除した額であると解するのが相当である。そ して、不正競争防止法においては、右の特許法等と同様の改正はされていないが、同法5 条1項の規定と平成一〇年の改正後の特許法等の右各条2項の規定とが法文上同旨の規定 であることは明らかであるから、不正競争防止法5条1項にいう不正競争行為者が侵害行 為により受けた「利益の額」についても、右と同様に解するのが相当である。  もっとも、右「利益の額」とは、侵害者が不正競争行為により受けている利益、即ち不 正競争行為と因果関係がある利益を意味している。したがって、侵害者が不正競争行為に より受けている利益を算定するに当たっては、侵害品の売上高から不正競争行為のために 要した費用のみを差し引くべきである。そして、不正競争行為のために要した費用とは、 いわゆる製造原価がそれに当たることは明らかであるが、販売費及び一般管理費にあって は、当該不正競争行為をしたことによって増加したと認められる部分に限って、不正競争 行為のために要した費用と認めるのが相当である。なぜなら、一般に販売費及び一般管理 費には、製造原価と異なり、当該不正競争行為を行わなかったとしても必要であった費用 が多く含まれており、そのような費用については、不正競争行為を行うために要した費用 とは認められないからである。」 (2)あてはめ  「2 以上を前提に本件について検討する。  (一)売上高  証拠(乙29及び33の各1と2、34、35)と弁論の全趣旨によれば、被告が平成九年五月 二〇日から平成一一年三月一九日までに販売した被告商品の販売数は、イ号商品につき七 〇二〇個、ロ号商品につき七一六六個の合計一万四一八六個、その単価は一〇〇〇円、そ の売上高は金一四一八万六〇〇〇円であると認められる。  1,000×(7,020+7,166)=14,186,000  (二)費用  (1)証拠(乙29の1と2)と弁論の全趣旨によれば、被告は、一個当たりの被告商品 を製造するに当たり、イ号商品については七〇二円、ロ号商品については当初の六七四六 個については六四九円、その後の四二〇個については七二〇円の製造原価を要したことが 認められ(小数点以下第一位を四捨五入)、製造原価の総額は、金九四三万三三六四円と 認められる。  702×7,020+649×6,476+720×420=9,433,364  (2)被告は、被告の販売費及び一般管理費に、被告の全製造原価額中被告商品の製造 原価額の占める割合を乗じることにより得られる額を、被告商品の費用として計上すべき であると主張する。  しかしながら、平成九年六月一日から平成一〇年五月三一日までの間の、被告の総売上 高は五九億一七七九万六〇〇〇円であるのに対し(乙30)、同期間の被告商品の売上高は 九一一万七〇〇〇円であり(乙33の1)、被告商品の売上高は総売上高の約〇・一五パー セントしか占めていないこと、被告商品については、売り先の先決しているビッグ・ビッ トからの特注品を製造し、ビッグ・ビットに販売するために被告系列会社の東ファル商事 に販売しているだけであることからすれば、被告が、被告商品を製造、販売することによ り、特に販売費及び一般管理費が増加したとは認められず、その中で個別的に被告商品の 製造、販売に要した費用があったことを認めるに足りる証拠もない。  したがって、被告が被告商品を製造、販売することによって得た利益額を算定するに当 たって、被告の販売費及び一般管理費の一部を被告商品の製造、販売に当たって要した費 用と見るのは相当でない。  (三)したがって、被告が被告商品を販売することにより得た利益は、売上高金一四一 八万六〇〇〇円から製造原価金九四三万三三六四円を差し引いた金四七五万二六三六円と 認めるのが相当である。」 ◆結 論  「四 結論  以上の次第で、原告の請求のうち、(1)被告表示の使用並びに被告表示を付したビタ ミン製剤の製造、販売及び販売のための展示の差止請求、(2)被告表示を付したビタミ ン製剤の包装箱・ラベルの廃棄請求は、いずれも理由があり、(3)損害賠償請求は主文 第四項において認める限度で理由があり、その余は失当であるから、主文のとおり判決す る。」