・大阪地判平成11年9月21日判時1732号137頁  デザイン書体事件。  原告(上坂祥元)は、文字を商業目的に応じてグラフィカルにデザインする商業書道作 家であり、昭和六三年に「商業書道を拓く」、平成三年に「上坂祥元の商業書道」、平成 七年に「祥元流商業書道レクチャー」という書籍をそれぞれ出版した。原告は、商業書道 の確立と普及を目的として、昭和六三年一〇月一日、日本商業書道作家協会(JCCA) を設立して初代理事長を務め、平成八年には名誉会長に就任している。  被告ら(佐伯勉、古川貢)は、一時JCCAに加入し、その後脱会するなどした。被告 株式会社ぱあとわんは、広告デザイン、コンピューターソフトウェアの製作、販売等を目 的とする株式会社であり、「著作権フリー」を売り物に、イラストやデザイン文字のデー タを収録したCDーROMを多数製作、販売している(被告大塚誠は、被告会社の代表取 締役であり、同社が製作販売するCDーROMの製作に関しプロデューサーとして総指揮 を執っている者であり、被告広瀬由美は、アートディレクターとして監修をしている者で ある)。  原告は、装飾文字「趣」(以下「原告の趣」という。)を作成して前記書籍「商業書道 を拓く」に収録し、装飾文字「華」(以下「原告の華」といい、「原告の趣」と併せて 「原告の趣及び華」という。)を作成して前記書籍「上坂祥元の商業書道」に収録した。  被告古川は、別紙の「趣」および「華」(以下それぞれ「被告の趣」「被告の華」とい い、両者を併せて「被告の趣及び華」という。)の二文字を作成し(被告佐伯も作成者か どうか争いがある。)、被告会社をして、これを「Free Art Pro カリグラ フィイラスト」と称するCDーROMに収録させ、販売させた。このCD−ROMに収録 された文字およびイラストデータは、チラシ、パンフレットなどあらゆる広告、印刷媒体 に、自由に加工又は変形、改変して使用することができる旨の表示(著作権フリー表示) がなされている。  本件は、原告が、「原告の趣及び華」の著作権者であることを前提として、@被告佐伯 が「被告の趣及び華」を作成したうえ(争いあり)、被告大塚および被告広瀬がこれをC DーROMに収録することを決定し、被告会社が収録し、販売したことが、原告の著作権、 著作者人格権を侵害するとしてした請求(第一事件)、およびA被告古川が「被告の趣及 び華」を作成して、被告会社がこれをCDーROMに収録し、販売したことが、原告の著 作権、著作者人格権を侵害するとしてした請求(第二事件)である。  判決は、本件デザイン書体の著作物性は認めたものの、「書又はこれと同視できる創作 的表現として、著作物性が認められるといっても、独占排他的な保護が認められる範囲は 狭いのであって、著作物を複写しあるいは極めて類似している場合のみに、著作権の複製 権を侵害するというべきであり、単に字体や書風が類似しているというだけで右権利を侵 害することにはならない」と述べて、原告の請求を棄却した。  その際、応用美術の保護について、立法過程にまで現況しつつ、「応用美術について、 広く一般に美術の著作物として著作権の保護を与える解釈をとることは相当ではないが、 応用美術であるからという理由で、一律に美術の著作物性が否定されるものでないことも 明らかである。……したがって、広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属する 文字を素材とする造形表現物については、客観的に見て純粋美術としての性質も有すると 評価し得るもの、すなわち、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創 作性を有すると認められるものについては、美術の著作物として、著作権の保護を与える のが相当である」との解釈を示した。 ◆争点1(「原告の趣及び華」に著作物性が認められるか。)について ・総 論  「1 前提となる事実及び証拠(甲1、2)によれば、次の事実を認めることができる。  原告は、「原告の趣」を、昭和五八年にダイレクトメールのタイトルロゴとして毛筆で 墨書して作成し、昭和六三年に「商業書道を拓く」という書籍に収録した。また、原告は、 「原告の華」を、平成元年に店舗ロゴ「雪華亭」の中の一文字として指で墨書して作成し (指文字)、平成三年に「上坂祥元の商業書道」という書籍に収録した。原告は、いずれ の文字も、多数の印刷等も予定される広い意味での広告に使用される「書」として、下書 きをせず、なぞるようなことなく、一気に書き上げるという手法で作成しているが、それ ぞれの広告の目的に応じたデザイン文字であると位置づけている。  2 著作権法は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し(2条1項1号)、著 作物の例示として、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を掲げる(10条1項4 号)とともに、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」 と定めている(2条2項)。「原告の趣及び華」は、文字を素材とした造形表現物である ので、右の「美術の著作物」に該当するかどうかが問題となる。  (一)文字を素材とした造形表現物が、美術の著作物として認められるためには、当該 表現物が、知的、文化的精神活動の所産として、これを見る平均的一般人の審美感を満足 させる程度の美的創作性(後述の純粋美術としての性質)を持ったものであり、かつ、そ の表現物に著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供 されるべき文字の本質を害しないものに限ると解するのが相当である。  文字は、視覚的には当該文字固有の字体によって識別され、その多様な組み合わせ等に より様々な意味を付与されることによって、人間社会における情報伝達手段を果たしてい るという特質を有する。したがって、文字自体は、情報伝達手段として、また、言語の著 作物を創作する手段として、万人の共有財産とされるべきものである。そして、文字は当 該文字固有の字体によって識別されるのであるから、多少の創作的な装飾が加えられた字 体であっても、社会的に情報伝達手段として用いられる需要のある字体について、特定人 に対し独占排他的な著作権を認めることは、その反面でその範囲について他人の使用を排 除してしまう結果になる。そのような事態は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、 著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」という著作権法の目的(1 条)に反するものであるから、これを認めることはできない。  他方、文字を素材とした造形表現物の中でも、元来美術鑑賞の対象となるような書家に よる書は、字体、筆遣い、筆勢、墨の濃淡やにじみ等の様々な要素により多様な表現が可 能な中で、筆者の知的、文化的精神活動の所産としての創作的な表現をしたものとして著 作物性が認められるのは当然であり、書家による書に限らず、「書」と評価できるような 創作的な表現のものは、美術の著作物(著作権法10条1項4号)に当たると解される。 そのように解しても、書は、そのまま情報伝達手段として利用すべき社会的な需要が少な く、これに独占排他的な著作権を認めても前記のような弊害を生じることはない。」 ・あてはめ  「そこで、本件についてこれをみると、前記1の事実及び別紙二上下段右側記載の「原 告の趣及び華」自体によれば、「原告の趣及び華」は、確かに広義の広告のためのデザイ ン文字としての側面を有するものの、書又はこれと同視できるほどに、これを見る平均的 一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有しており、かつ、それに著作権による 保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を 害しないものと認めることができるから、美術の著作物に該当するというべきである。」 ・被告の主張に対して  「(二)被告らは、「原告の趣及び華」は、いわゆるデザイン書体であり、美術工芸品 以外の応用美術に属するのであるから、著作権法二条一項一号の「美術」には含まれず、 美術としての著作物性を有しないと主張する。  応用美術とは、実用に供する物品に応用することを目的とする美術をいい、専ら鑑賞を 目的とする純粋美術と対比されるものである。前記1の事実によれば、「原告の趣及び華」 は、広義の広告という実用に供することを目的としているので、応用美術に属するといえ る。  前記のとおり、著作権法は、応用美術の作品の中で、それ自体が実用品である美術工芸 品について、美術の著作物に含むと規定している(2条2項)が、それ以外の応用美術の 作品を著作権法による保護の対象とするか否かについて明文の規定を置いていない。そこ で現行の著作権法の制定過程についてみると、著作権制度審議会が、昭和四一年四月二〇 日、文部大臣に提出した著作権改正に関する答申では、応用美術の保護について次のよう に述べられている。  「1 応用美術について、著作権法による保護を図るとともに現行の意匠法等工業所有 権制度との調整措置を積極的に講ずる方法としては、次のように措置することが適当と考 えられる。  (一)保護の対象  (1)実用品自体である作品については美術工芸品に限定する。  (2)図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とす るものについては、それ自体が美術の著作物であり得るものを対象とする。  (二)意匠法、商標法との間の調整措置  図案等の産業上の利用を目的として創作された美術の著作物は、いったんそれが権利者 によりまたは権利者の許諾を得て産業上利用されたときは、それ以後の産業上の利用の関 係は、もっぱら意匠法等によって規制されるものとする。  2 上記の調整措置を円滑に講ずることが困難な場合には、今回の著作権制度の改正に おいては以下によることとし、著作権制度および工業所有権制度を通じての図案等のより 効果的な保護の措置を、将来の課題として考究すべきものと考える。  (一)美術工芸品を保護することを明らかにする。  (二)図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とす るものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所 有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有す るものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。  (三)ポスター等として作成され、またはポスター等に利用された絵画、写真等につい ては、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこととする。」  右答申のうち、1は第一次案、2は第二次案であるが、現行著作権法は、第一次案を採 用せず、第二次案に基づいて立法されたものと解されている。そうすると、応用美術につ いて、広く一般に美術の著作物として著作権の保護を与える解釈をとることは相当ではな いが、応用美術であるからという理由で、一律に美術の著作物性が否定されるものでない ことも明らかである。  そこで、本件のように広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属するところの 文字を素材とする造形表現物について検討すると、右答申の第二次案である2の(三)の 考え方が参考になる。これは、絵画、写真等の著作物は、ポスター、絵はがき、カレンダ ー等に使用される目的で作られ(応用美術)、あるいはポスター等に利用されても(純粋 美術の実用化)、そのためにその著作物としての性質を失うものではなく、著作権法によ って保護されるという考え方である。このような類型においては、実用に供するための応 用美術と、専ら鑑賞を目的とする純粋美術とを截然と区別することは困難であり、また、 作成者の右のような主観の違いだけで同一の表現物に著作権の保護が与えられたり、与え られなかったりすることは合理的とはいえない。したがって、広義の広告に用いることを 目的とする応用美術に属する文字を素材とする造形表現物については、客観的に見て純粋 美術としての性質も有すると評価し得るもの、すなわち、これを見る平均的一般人の審美 感を満足させる程度の美的創作性を有すると認められるものについては、美術の著作物と して、著作権の保護を与えるのが相当である。  「原告の趣及び華」は、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作 性を有することは、前記(一)で認定したとおりであり、応用美術に属するという理由で 美術の著作物性を否定されるものではない。」 ◆争点2(被告らによる原告の著作権、著作者人格権侵害の有無)について  「1 「被告の趣及び華」の作成者について、被告佐伯がこれらを作成したことを認め るに足りる証拠はなく(第一事件)、被告古川がこれらを作成したことは当事者間に争い はない(第二事件)。また、弁論の全趣旨によれば、被告古川は、「被告の趣及び華」を、 指で墨書して作成した(指文字)ことを認めることができる。  2 そこで、被告古川による「被告の趣及び華」の作成行為が、「原告の趣及び華」に 関する原告の著作権(複製権、翻案権)、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を 侵害するかを検討する。  前記一のとおり、「原告の趣及び華」は、文字を素材として造形表現される美術に関す る著作物である。また、文字自体は、情報伝達手段として、万人の共有財産とされるべき ところ、文字は当該文字固有の字体によって識別されるものであるから、同じ文字であれ ば、その字形が似ていてもある意味では当然である。したがって、書又はこれと同視でき る創作的表現として、著作物性が認められるといっても、独占排他的な保護が認められる 範囲は狭いのであって、著作物を複写しあるいは極めて類似している場合のみに、著作権 の複製権を侵害するというべきであり、単に字体や書風が類似しているというだけで右権 利を侵害することにはならないし、ましてや、著作権の翻案権の侵害を認めることはでき ない。  これを本件についてみると、別紙二上段左右側記載の「本件各趣」及び同下段記載の 「本件各華」をそれぞれ対比検討すれば、「本件各趣」及び「本件各華」は、原告主張の ような字体上の類似点があることは肯定できるが、いずれも単に字体や書風が類似してい るにすぎず、字体の細部のほか、筆の勢い、運筆、墨の濃淡、かすれ具合等で一見明らか な相違点を随所に認めることができる。右事実によれば、「被告の趣及び華」が「原告の 趣及び華」を複製したものと認めることは困難であるといわざるを得ない。  したがって、被告古川による「被告の趣及び華」の作成行為が、「原告の趣及び華」に 関する原告の著作権(複製権、翻案権)、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を 侵害するとは認められない。」