・東京地判平成11年10月21日判時1701号152頁  「ヴィラージュ」商標事件。  本件は、「土地の売買、建物の売買」を指定役務とする登録商標「ヴィラージュ」および 「Village」の商標権者である原告(住友不動産株式会社)が、その登録商標と類似する名 称「ヴィラージュ白山」を付したマンションを販売した被告(株式会社プロパスト)に対 し、商標権侵害を理由として、当該名称等の使用の差止めおよび損害賠償を求めた事案で、 判決は、 同標章の使用差止め、および500万円の損害賠償の各請求を認容した。 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(商標権侵害の成否)について 1 後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 《中 略》 2 原告は、前記のとおり、被告が建物の販売という役務又は建物という商品に被告標章 を使用したと主張するので、まず、被告が被告標章を右役務に使用したということができ るかどうかを判断し、次いで、右商品に使用したということができるかどうかを判断する。 (一) まず、被告が被告標章を建物の販売という役務に使用したということができるかどう かを、判断する。  商標法二条三項三号、四号は、「役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する 物(譲渡し、又は貸し渡す物を含む。)」に標章を付する行為をもって、役務についての標 章の使用とするが、右各号にいう「役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供す る物(譲渡し、又は貸し渡す物を含む。)」とは、例えば、ホテル・旅館における寝具、洗 面用具、浴衣、レストランにおける食器、ナプキン、タクシー会社における自動車、銀行 における預金通帳など、役務提供の手段として用いられる物品であり、顧客に提供される 役務との関係で付随的なものである。そして、顧客の支払う金銭との関係からいえば、こ れと対価関係に立つのは役務であり、右物品自体が対価関係に立つものではない。  これに対して、本件においては、本件マンションないし本件各住居は顧客が支払う金銭 と直接の対価関係に立つものであって、本件各住居の所有権こそが被告と顧客との間の契 約の対象であり、本件売買において、本件各住居の所有権移転の外に顧客に対して提供さ れるべき役務は存在しない。したがって、被告による被告標章の使用は、「役務の提供に当 たりその提供を受ける者の利用に供する物(譲渡し、又は貸し渡す物を含む。)」に標章を 付する行為に該当するとはいえない。  また、前記認定事実によれば、被告標章は本件マンションという被告の販売する個別の 建物に付されているものであって、被告の不動産売買の営業一般について付されたものと 認めることもできない。  右によれば、本件マンションやその広告等に被告標章を付する行為や、これらを所持す る行為をもって、「建物の売買」という役務の提供につき使用する行為に該当するというこ とはできないから、被告の被告標章の使用について、本件登録商標の指定役務である「建 物の売買」という役務に使用したものとして本件商標権の侵害をいう原告の主張は、採用 することができない。 (二) そこで、次に、被告が被告標章を建物という商品に使用したということができるかど うかを、判断する。  商標法には、「商品」についての明確な定義規定はないが、「商標を保護することにより、 商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて 需要者の利益を保護する」という同法の目的(商標法一条)や、「商標」が「業として商品 を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用するもの」と定義され(同法 二条一項一号)、「商品又は商品の包装に標章を付する行為」及び「商品又は商品の包装に 標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、又は輸入す る行為」が標章についての「使用」であると定義されている(同条三項一号及び二号)こ とに照らすと、商標法によって保護される「商品」とは、譲渡、引渡し、展示又は輸入の 対象となるもの、すなわち、市場において流通に供されることを予定して生産され、又は 市場において取引される有体物であり、これに標章が付されることによってその出所が表 示されるという性質を有するものをいうと、解するのが相当である。  そして、不動産のうち、土地については、その存在する場所によって特定されるもので、 同一の地番により表示される土地が複数存在することはあり得ないものではあるが、造成 宅地等においては、立地条件、面積等のほぼ同等のものの間で代替性が認められる上、ど の業者により宅地の造成工事が施工され販売されるかは、業者の設計施工能力、瑕疵修補 能力、損害賠償能力等の点から購入者にとって重要な関心事であって、取引上、広告等に おいて施工・販売業者が顧客に対して表示されるのが通常であるし、注文建築による住宅 等についても、具体的な個別の住宅は注文主と施工業者との間の請負契約により建築され るものであるが、代替性が認められ、施工業者は建築材料、工法等においてそれぞれ特徴 を備えており、いわゆるモデルハウスや広告等において施工業者が顧客に対して表示され ているものであって、この点は仕立服等の場合と異なるところはない。また、分譲マンシ ョンや建売住宅は、地理的利便性、間取り等においてほぼ同等の条件を備えた、互いに競 合するものが多数供給され得るものである。このように造成地、建物等の不動産であって も、市場における販売に供されることを予定して生産され、市場において取引される有体 物であると認めることができるものであって、これに付された標章によってその出所が表 示されるという性質を備えていると解することができるから、これらもまた商標法によっ て保護されるべき「商品」に該当するものと判断するのが相当である。  なお、土地・建物は、商標法施行令及び商標法施行規則の各別表に定められた商品の区 分には掲げられていないが、右に判示したところに照らせば、このことは、土地・建物が 商標法上の「商品」であると解することの妨げとなるものではないというべきである。  右によれば、被告が販売した建物(本件各住居)は商標法上の「商品」ということがで き、被告が本件マンションないし本件各住居及びその広告に被告標章を付した行為は、「商 品又は商品の包装に標章を付する行為」、「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡 し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、又は輸入する行為」及び「商品又は 役務に関する広告、定価表又は取引書類に標章を付して展示し、又は頒布する行為」(商標 法二条三項一号、二号及び七号)に該当するものと認められる。  したがって、被告は、被告標章を建物という「商品」に使用したということができる。 3 本件商標権は、「建物の売買、土地の売買」という役務について登録されたものである が、商標法上、「役務」と「商品」とは、互いに類似することがあるものとされている(商 標法二条五項)。そこで、本件商標権の指定役務である「建物の売買」という役務と、被告 が被告標章を使用した「建物」という商品とが類似するものであるかどうかにつき検討す る。  役務と商品とが類似するかどうかに関しては、前述の商標法の目的や商標の定義に照ら し、役務又は商品についての出所の混同を招くおそれがあるかどうかを基準にして判断す べきであり、商品の製造・販売と役務の提供が同一事業者によって行われているのが一般 的であるかどうか、商品と役務の用途が一致するかどうか、商品の販売場所と役務の提供 場所が一致するかどうか、需要者の範囲が一致するかどうかなどの事情を総合的に考慮し た上で、個別具体的に判断するのが相当である。そして、商品の販売という役務に用いら れるべき標章と同一又はこれに類似する標章を、当該商品の名称として使用した場合には、 当該役務の提供者と当該商品の出所とが同一であるとの印象を需要者・取引者に与えると 解される。  これを本件についてみるに、「建物の売買」という役務と「建物」という商品との間では、 一般的に右役務提供の主体たる事業者は「建物」という商品の販売主体となるものであり、 需要者も一致するから、役務と商品との間において出所の混同を招くおそれがあるものと 認められる。したがって、「建物」という商品は、「建物の売買」という役務に類似すると いうべきである。 4 以上によれば、被告の前記行為は、指定役務に類似する商品について登録商標に類似 する商標を使用する行為(商標法三七条一号)に該当するものであって、本件商標権を侵 害するとみなされるから、原告は被告に対し、被告標章の使用の差止め及び後記の損害賠 償を求めることができる。  また、被告は、「ヴィラージュ」又は「VILLAGE」の文字と地域的名称とを組み合 わせた標章を、被告が将来販売するマンションに使用する意図を表明しているところ、こ れらの標章もまた本件登録商標と類似するものと認められるから、これらを建物に付して 販売した場合には、登録商標の指定役務に類似する商品について登録商標に類似する商標 を使用する行為として、本件商標権を侵害することとなるので、原告は、その予防として これらの標章の使用の差止めを求めることができる。 二 争点2(損害の額)について 1 証拠(甲六、一三)によれば、本件マンションは総戸数二七戸の分譲マンションであ り、本件各住居の販売価格は、合計一〇億七〇二〇万円であると認められる。  したがって、被告は本件商標権の侵害行為により、右金額の売上を得たものと認めるこ とができる。 2 原告は、右金額に相当使用料率又は被告の利益率を乗じた金額のいずれかが、被告に よる本件商標権の侵害行為により被った損害であり、その内金として一〇〇〇万円を請求 すると主張している。  そこで、本件商標権の使用に対して原告が受けるべき金銭の額に相当する額(商標法三 八条三項)について検討すると、本件各住居の販売価格のうちの相当部分は土地(敷地の 共有持分)の対価であると考えられること、宅地建物取引業者が建物の売買の媒介に関し て依頼者から受け取ることのできる報酬の額は、一般に建物の価格の三パーセント程度と されていること(宅地建物取引業法四六条一項、昭和四五年建設省告示第一五五二号参照)、 一般に建物の需要者は、これに付された標章によって表示される出所を考慮するにしても、 むしろ、その立地、床面積、間取り、設備、価格、周辺環境等の事情を重視して、当該建 物を購入するかどうかを判断するのが通常であること、現在までに原告が本件登録商標を 使用して販売した物件は山梨県八ヶ岳山麓にあるリゾートマンションのみであり(甲五)、 本件登録商標の顧客吸引力はさほど大きなものとはいえないこと、他方、本件マンション は都市型の居住用マンションであること、その他本件における諸事情を総合考慮すると、 本件各住居の販売価格の合計額の約〇・五パーセントに当たる五〇〇万円をもって、本件 における使用料相当額と認めることができる。  また、被告が本件マンションの販売により得た利益のうち、被告標章の使用の寄与に係 る部分が右金額を上回ることを、認めるに足りる証拠はない。 3 したがって、原告の損害賠償請求は、五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後であ る平成一一年一月二六日(訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合によ る遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 三 よって、主文のとおり判決する。 (口頭弁論の終結の日 平成一一年八月三一日) 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 中吉 徹郎