・東京高判平成11年10月27日  三共医薬品特許事件:控訴審。  本件は、既に存続期間が終了した医薬品に係る特許権の権利者であった控訴人(原審原 告・三共株式会社)が、被控訴人(原審被告・株式会社陽進堂)において、製剤につき薬 事法にもとづく医薬品製造承認の申請をするために必要な試験を特許権存続期間中におこ なったことが、特許権存続期間中における右製剤の製造販売を目的とするものであって、 右特許権を侵害する行為であると主張し、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償と して、被控訴人が特許権存続期間後に右製剤を製造販売したことによって得た利益の額の 支払を請求した事案で、判決は、「本件試験の実施が本件特許権を侵害する行為であったと しても、被控訴人による平成九年七月以降の被控訴人製品の製造販売自体が、控訴人に対 する不法行為に当たるものとは解され」ないと述べて、原告の請求を棄却した原審を支持 して控訴を棄却した。 (第一審:東京地判) ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 仮に、控訴人の主張するとおり、被控訴人が、本件特許権の存続期間中に、本件製造 承認の申請のため本件試験を行ったことが、本件特許権を侵害する行為であったとしても、 次に述べるとおり、被控訴人が本件特許権の存続期間終了後である平成九年七月以降に行 っている被控訴人製品の製造販売が控訴人に対する不法行為に当たると解することはでき ないし、また、被控訴人が平成九年七月以降に被控訴人製品を製造販売していることによ って、控訴人が、本件特許権侵害行為である本件試験の実施による損害を受けたと解する こともできない。 1 薬事法は、医薬品の製造業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品の製造を してはならない旨(同法一二条一項)、厚生大臣は、基準を定めて指定する医薬品を除き、 医薬品を製造しようとする者から申請があったときは、品目ごとにその製造についての承 認を与える旨(同法一四条一項)、製造業の許可の申請者が製造しようとする物が製造承認 を要するものであって、製造承認を受けていないときは、その品目に係る製造業の許可を 与えない旨(同法一三条一項)をそれぞれ定めており、これらの規定によれば、結局、業 として医薬品を製造しようとする者は、厚生大臣が基準を定めて指定する医薬品を除き、 品目ごとに厚生大臣の製造承認を得る必要があることになる。そして、同法一四条二項は、 製造承認は、申請に係る医薬品の名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、 効果、副作用等を審査して行うものとし、同条三項は、製造承認申請をしようとする者は、 厚生省令の定めるところにより、申請書に資料を添付して申請しなければならないとして いるところ、後発医薬品の製造承認申請のための各種試験も、右各規定の定めに従って、 厚生省令である薬事法施行規則一八条の三により申請書に添付する必要のある資料を得る ために、行われるものである。  しかるところ、薬事法は、「医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具の品質、有効性及 び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに、医療上特にその必要性が高い医薬品 及び医療用具の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上 を図ることを目的とする」(同法一条)ものであって、同法が医薬品の製造につき製造承認 を要するものとする規制を行い、その申請に係る医薬品について所定の審査を行うのも、 医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して、国民の保健衛生の向上を図るためであるも のと解され、当該医薬品に係る特許権者の利益を保護することをその目的とするものとは 解されない。薬事法上、その申請に係る医薬品の製造販売を行うことが他人の特許権を侵 害しないこと、あるいは、その申請に当たって実施した各種試験が他人の特許権を侵害し たものではないことが、製造承認の要件とされているものと解すべき規定は存在しない。 2 ところで、控訴人は、被控訴人が平成九年七月以降に行っている被控訴人製品の製造 販売が、不法行為である本件試験の実施によって得た本件製造承認(平成六年三月一五日) に基づいて可能となったものであり、いわば違法行為の果実を利用したものであって、そ の製造販売自体も控訴人に対する不法行為であると主張する。  しかしながら、厚生大臣のした行政処分である本件製造承認が、処分の取消しの訴えに よって取り消された旨の主張立証はなく、また、右1のとおり、各種試験が他人の特許権 を侵害したものではないことが、製造承認の要件とされているものとは解されないから、 被控訴人が実施した本件試験が本件特許権を侵害する行為であったとしても、その故に本 件製造承認が違法となるものではなく、まして、それが本件製造承認の明白な瑕疵として、 本件製造承認を無効ならしめるものではあり得ないから、それによって本件製造承認の効 力にいささかでも影響が及ぶものということはできない。  そして、業として医薬品を製造しようとする者がその製造承認を得なければならないと されるのは、薬事法の定める規制であるところ、右1に見たとおり、薬事法は、当該医薬 品に係る特許権者の利益を保護することを目的として該規制を設けたものではない。した がって、仮に被控訴人が本件製造承認を取得しなかったとすれば、被控訴人製品の製造販 売をすることができず、そのことにより、控訴人において、本件特許権の存続期間終了後 も、被控訴人との市場における競合を一定期間免れ得たものとしても、それは、薬事法の 規制の影響で特許権者であった控訴人にたまたま生じた単なる反射的利益にすぎず、控訴 人にとっての法的利益とはなり得ないものである。  そうすると、被控訴人が、特許権侵害行為である本件試験の実施を経てであるにせよ、 薬事法上適法に本件製造承認を取得した結果、本件特許権の存続期間終了後に、被控訴人 製品の製造販売をすることが可能となり、控訴人が市場で被控訴人と競合することになっ たとしても、それは、控訴人にとって、薬事法の規制の影響で生じ得た反射的利益を受け 損なったというにすぎず、右の市場における競合をもたらした被控訴人による被控訴人製 品の製造販売が、控訴人の権利を侵害するものであるとは到底解されない。  したがって、本件試験の実施が本件特許権を侵害する行為であったとしても、被控訴人 による平成九年七月以降の被控訴人製品の製造販売自体が、控訴人に対する不法行為に当 たるものとは解されず、控訴人の前示主張は失当である。 3 控訴人は、被控訴人が不法行為である本件試験の実施に及ばなければ、被控訴人は平 成一二年七月ころまで被控訴人製品の製造販売が不可能であったのだから、被控訴人が、 平成九年七月から現在までの間に被控訴人製品の製造販売によって得た利益に相当する額 は、右不法行為と相当因果関係のある控訴人の逸失利益の損害の額に当たるとも主張する。  しかして、本件試験の実施が本件特許権を侵害する行為であったとすれば、その実施の 際に製造、使用等がなされた被控訴人製品に係る損害が控訴人に生じたことはいうまでも ない。しかしながら、特許権の存続期間終了後においては、特許法上、何人も自由に当該 特許発明の実施をすることができるものであり、特許権者以外の者による存続期間終了後 における特許発明の実施が、それによって特許権者であったものとの市場における競合を もたらすとしても、特許権者に対し何らかの損害を与えるものではあり得ない。他方、業 として医薬品を製造しようとする者がその製造承認を得なければならないとされ、製造承 認を得なければ医薬品の製造販売ができないのは、前示1のとおり、薬事法が、医薬品の 品質、有効性及び安全性を確保して、国民の保健衛生の向上を図るという特許権者の利益 の保護とは全く無関係な目的に基づいて定めた規制の結果であるにすぎない。したがって、 特許権者以外の者によってなされた特許権存続期間の終了後における当該特許発明であっ た医薬品の製造販売については、製造承認の効力の欠缺、その他薬事法上の違法事由が仮 にあったとしても、その故に当該医薬品の製造販売が、特許権者に対し何らかの損害を与 えるものということはできない。  しかるところ、本件試験は専ら本件製造承認の取得のためになされたものであるから、 それが本件特許権の侵害に当たるとしても、そのことによる効果としては、特許法上、前 示の本件試験の実施の際の被控訴人製品の製造、使用等に係る損害が控訴人に生じること 以外には、本件製造承認の薬事法上の効力に何らかの影響を及ぼす可能性が考えられるの みである。しかしながら、本件試験が本件特許権の侵害に当たるが故に、本件製造承認が 薬事法上違法であると仮定したとしても、右に見たとおり、本件特許権の存続期間終了後 に本件製造承認に基づいて被控訴人が行った被控訴人製品の製造販売によって控訴人が損 害を受けたということはできないのであり、まして、前示2のとおり、本件試験が本件特 許権の侵害に当たるとしても、本件製造承認の薬事法上の効力が影響を受けるものとは解 されないのであるから、本件特許権の存続期間終了後である平成九年七月から現在までの 間の被控訴人による被控訴人製品の製造販売によって、控訴人に該特許権侵害による損害 が生じたものと解することはできない。  したがって、控訴人の前示主張も失当というほかはない。 二 以上によれば、控訴人の当審における新請求は、その余の点について判断するまでも なく理由がないものである。  よって、右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条 一項本文を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第一三民事部 裁判長裁判官 田中 康久    裁判官 石原 直樹    裁判官 清水 節