・東京高判平成11年12月22日判決速報298号9223  小説遺稿追悼集掲載事件。  遺稿となった小説の掲載について、被控訴人(原審原告)による請求のうち、控訴人 (原審被告)4名に対する本件遺稿追悼集の頒布の差止め、本件遺稿追悼集の対象物件掲 載部分の廃棄、慰謝料50万円を命じた原審判決が維持された。 (第一審:甲府地判) ■判決文 理  由 一 当裁判所も、被控訴人の本訴請求のうち、控訴人らに対する本件遺稿追悼集の頒布の 差止め、本件遺稿追悼集の対象物件掲載部分の廃棄、慰謝料五〇万円及びこれに対する遅 延損害金の請求(以下、これらの請求を「被控訴人勝訴請求」という。)は理由があるも のと判断する。  その理由は、当審における主張について、次に項を改めて説示するほか、原判決理由欄 の記載と同じであるから、これを引用する。 二 当審における主張について  控訴人らは、本件原稿における著者名の記載等の体裁、昌訓自身の私小説ともいうべき その内容、昌訓による生前の言動、控訴人鞠子が原審被告敏野から告げられた平成二年夏 当時の体験等から、本件原稿が昌訓の作品であると信じたものであり、他方、本件雑誌は、 教職員間における同人誌的なものであって、本件遺稿追悼集の発行の約二〇年も前に刊行 された書籍であるから、本件小説が本件雑誌に掲載されていたことを知るのは到底無理で あり、しかも、昌訓の遺品中に本件雑誌が存在していなかった以上、控訴人らが対象物件 を本件遺稿追悼集に掲載した行為について故意・過失は存在せず、不法行為は成立しない と主張する。  確かに、本件原稿の体裁及びその内容からすれば、本件原稿が昌訓の作品であると信じ ることにも一応の根拠があり、また、本件雑誌の性格や刊行年月日を考慮すれば、それに ついての調査が極めて容易であるとはいい難い面があることは否定できないところである。  しかしながら、控訴人啓太郎の依頼により正名から送られた送付原稿(乙一号証)の冒 頭には、「昭和五〇年夏草稿 同五一年春“文芸広場”掲載のもの」との書き込みがあり、 このことから本件雑誌の存在自体は容易に知り得たものと認められるところ、前示のとお り(原判決一六頁二〜七行)、対象物件についての自筆の原稿が見つけられず、本件遺稿 追悼集に収録された昌訓の作品の中で、昌訓自筆の草稿が見つからず、かつ、出典が明ら かにならなかったものが、対象物件だけである以上、教職員の関係者はもとより、実弟の 正名等を含む近親者に対してその出典等の調査を行うべきことは、本件遺稿追悼集を刊行 しようとする控訴人らにおいて、当然、かつ、容易な事柄であると認められ、正名が隔地 に居住していることや勤務上多忙であろうことを理由に、それを怠ることは許されるもの ではないといわなければならない。  したがって、控訴人らが、この点についての調査を怠ったまま、対象物件を本件遺稿追 悼集に掲載した行為については、過失が存するものと認められ、不法行為が成立しないと する控訴人らの主張を採用することはできない。 三 以上によれば、被控訴人勝訴請求には理由があり、これを認容した原判決は正当であ って、控訴人らの本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担 につき、民事訴訟法六一条、六五条一項本文、六七条一項本文を適用して、主文のとおり 判決する。 東京高等裁判所第一三民事部 裁判長裁判官 田中 康久    裁判官 石原 直樹    裁判官 清水 節