・東京地判平成12年5月12日  カイロプラクティック書籍事件:第一審。  本件は、原告(ボビー・ケナー)が、「原告は、別紙著作物目録一ないし五記載の著作 物(以下「本件著作物一」などどいい、これらをまとめて「本件著作物」という。)の著 作権を有するところ、被告(中島文保)が著作し、被告会社(エンタプライズ株式会社) が発行した書籍『臨床家のためのブロックテクニック』、『四肢・顎関節の調整』、『臨 床家のための内臓反射テクニック』は、原告の本件著作物についての著作権および氏名表 示権を侵害するものである。」と主張して、被告らに対し、本件書籍の印刷、製本、発売、 および頒布の差止めならびに損害賠償を求めた事案である。判決は、「本件書籍の部分は、 同各右欄記載の本件著作物の部分を翻訳したものであることが認められる」とし著作権侵 害を認めたうえで、被告書籍の印刷、頒布等の差止め、および609万円あまりの損害賠 償請求を認容した。 (控訴審:東京高判平成13年11月27日) ■争 点 1 本件書籍の一部が本件著作物の一部を翻訳したものであるかどうか 2 本件書籍の著作販売がデ・ジャネットの氏名表示権を侵害するかどうか 3 原告の損害 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1について 1 証拠(甲一ないし八、甲一五の一ないし二〇、甲一六の一ないし一〇、甲一七の一な いし一一)及び弁論の全趣旨によると、別紙対照表1ないし12(以下、これらをまとめて 「本件対照表」という。)の各左欄記載の本件書籍の部分は、同各右欄記載の本件著作物 の部分を翻訳したものであることが認められる(ただし、別紙対照表1ないし6の「Sacr o Occipital Technic」の頁欄の冒頭に記載された数字0ないし2は、それぞれ本件著作 物一ないし三を意味する。)。本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分のほとんどは、 本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分をそのまま直訳したものというほかない。一部 には、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分をそのまま直訳したとまでいうことがで きない部分もあるが、次に例示するとおり、その違いはきわめて少ないから、本件対照表 の各左欄記載の本件書籍の部分が、同各右欄記載の本件著作物の部分を翻訳したものであ るとの右認定を左右するものではない。  《中 略》 2 証拠(甲二ないし四、六、八)及び弁論の全趣旨によると、本件対照表の右欄記載の 本件著作物の部分は、単なる用語やデータといったものではなく、ひとまとまりの創作性 がある著作部分であると認められるから、著作物性を認めることができるのであり、これ に反する被告中島の主張は採用できない。 3 また、被告中島は、本件著作物及び本件書籍は、共にSOTに係る科学技術書である から、その性質上、著作すべき対象、技術、理論が類似することは当然であるとも主張す るが、右1認定のとおり、本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分は、同各右欄記載の 本件著作物の部分のほとんど直訳というべきものであるから、共にSOTに係る科学技術 書であるから必然的に類似したというようなものでないことは明らかである。 4 右1認定の事実及び弁論の全趣旨によると、被告中島には、本件著作物の翻訳による 右著作権侵害について故意又は少なくとも過失があったものと認められ、また、被告エン タープライズには、右著作権侵害の事実があるにもかかわらず、出版社として十分な調査、 検討を行うことなく、本件書籍を発行したことについて過失があったものと認められる。 二 争点2について  著作者の遺族には著作者人格権侵害による損害賠償請求権は認められないところ(著作 権法一一六条一項)、デ・ジャネットの遺族である原告にはデ・ジャネットの氏名表示権 侵害による損害賠償請求権が認められる余地はないから、争点2について判断するまでも なく、原告の右請求は認められない。 三 争点3について 1 前記第二(事案の概要)一(争いのない事実等)3(一)ないし(三)のとおり、本件書 籍の価格及び出版部数は、次のとおりであると認められる。           価 格    出版部数  本件書籍一  一万七〇〇〇円  八一六部  本件書籍二  一万六〇〇〇円  六二二部  本件書籍三  一万七〇〇〇円  八〇〇部 2 証拠(甲一ないし一一)及び弁論の全趣旨によると、本件書籍において、本件著作物 を翻訳した部分が使用された割合は、次のとおりであると認められる(本件書籍各頁中の 翻訳部分の割合については別紙翻訳割合表1ないし3参照)。  本件書籍一  七六.九%  本件書籍二  二五.七%  本件書籍三  六八.三% 3 証拠(甲二五)及び弁論の全趣旨によると、デ・ジャネットは、パシフィック・アジ ア・カイロプラクティック協会に対し、「1984 SACRO OCCIPITAL TECHNIC MANUAL」につ いて一冊六〇米ドルで、本件著作物四について一冊八米ドルで、本件著作物五について一 冊三〇米ドルで、それぞれ日本語への翻訳を許諾していること、原告が本件著作物の翻訳 を許諾する場合の許諾料は、本件著作物一ないし三を翻訳したもの一冊につき六〇米ドル、 本件著作物四を翻訳したもの一冊につき八米ドル、本件著作物五を翻訳したもの一冊につ き三〇米ドルを下回ることはないこと、以上の事実が認められるから、本件著作物の翻訳 許諾料は次のように認めるのが相当である。  本件著作物一ないし三  六〇米ドル/一冊  本件著作物四       八米ドル/一冊  本件著作物五      三〇米ドル/一冊  なお、被告らは、右翻訳許諾料が不当に高額である旨主張するが、右金額が実際の契約 に基づくものであることなど右認定の事実からすると、右翻訳許諾料が不当に高額である とは認められない。 4 以上によると、本件書籍につき、本件著作物の著作権者である原告が通常受けるべき 金銭の額に相当する額は、次のとおり、本件書籍のそれぞれについて、右3の翻訳許諾料 に、右2の翻訳部分の割合及び右1の出版部数を乗じた額であるというべきである。        翻訳許諾料  翻訳割合 出版部数    本件書籍一 六〇米ドル 七六.九% 八一六部 三万七六五〇米ドル  本件書籍二  八米ドル 二五.七% 六二二部   一二七八米ドル  本件書籍三 三〇米ドル 六八.三% 八〇〇部 一万六三九二米ドル                     合 計 五万五三二○米ドル 5 本件口頭弁論終結時における日本円と米ドルの交換レート(東京外国為替市場におけ る終値)が一一〇円二五銭〜二八銭/一米ドルであることは当裁判所に顕著であるから、 原告が本件書籍につき通常受けるべき金銭の額に相当する額は、(五万五三二〇米ドル× 一一〇.二五円=)六〇九万九〇三〇円となり、右金額は原告の被った損害の額であると 認められる。 四 以上の次第であるから、原告の請求は主文掲記の限度で理由がある。 裁判長裁判官 森  義之    裁判官 杜下 弘記