・東京地判平成12年5月25日  「キャンディキャンディCANDY」事件。  本件は、連載漫画「キャンディ・キャンディ」につき、そのストーリーの創作を担当し た著述家である原告(水木杏子〔名木田恵子〕)が、原告に無断で行われた右連載漫画の 登場人物の絵の商品化事業について、右は原告が右連載漫画について有する原著作者とし ての権利を侵害するものであると主張して、本件商品「キャンディキャンディCANDY」 の商品化事業に関与した被告五十嵐優美子(右連載漫画の作画を担当した漫画家)を始め とする被告ら(カバヤ食品、有限会社アイプロダクション、株式会社フジサンケイアドワ ーク)に対して、著作権侵害を理由とする損害賠償を請求した事案。判決は、「本件連載 漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対しても、原告は、本件連載漫画の原著作物の 著作者として、著作権を行使し得るものというべきである」などと述べて、被告らに対し て計約300万円の損害賠償を命じる判決を下した。 ■争 点 1 本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対して、原告の本件連載漫画の原 著作者としての権利が及ぶかどうか。 2 本件商品の販売について、被告アドワーク及び被告カバヤが責任を負うかどうか。 3 原告の被った損害の額 ■判決文 第三 当裁判所の判断 1 争点1(本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対して、原告の本件連載 漫画の原著作者としての権利が及ぶかどうか)について  (一)前記第二、一2に認定の本件連載漫画の制作の経過によれば、本件連載漫画は、 原告の創作した原作原稿を原著作物とする二次的著作物に該当するものである(被告らも、 本件においては、これを争っていない。)。  著作権法二八条は、「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に 関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権 利を専有する。」と規定するものであり、右規定によれば、原著作物の著作者は、二次的 著作物の利用に関して、二次的著作物の著作者と同一の権利を有するものというべきであ る。同条は「同一の種類の権利」と規定するが、これは、二次的著作物の利用に関して原 著作物の著作者が二次的著作物の著作者とまったく同一の内容の権利を有することを前提 とした上で、二次的著作物においてその著作者の有する権利の内容が原著作物においてそ の著作者の有する権利の内容と種類を異にする場合であっても、そのような権利の種類の 異同にかかわらず、二次的著作物においてその著作者に認められる権利であれば、これを 原著作物の著作者が有することを明らかにしたものと解するのが、相当である。したがっ て、原著作物の著作者は、二次的著作物の一部の利用に関しても、それが原著作物の内容 を覚知できる部分かどうかにかかわらず、二次的著作物の著作者と同様の権利を有するも のである。  けだし、二次的著作物は、原著作物を基礎としてこれに新たな創作的要素を付加して作 成されるものであるから、その性質上当然に、原著作物の内容をそのまま引き継ぐ部分と、 二次的著作物において新たに付与された創作的部分の双方を有するものであるところ、両 者を区別することは実際上困難なことが多く、両者を区別して扱うこととすれば二次的著 作物の利用をめぐる権利関係が著しく複雑となり、法的安定性を害する結果となること、 また、二次的著作物における新たな創作的部分であっても、原著作物の内容による制約の 下で付与されるものであり、原著作物の創作性に全く依拠しないとはいえないことなどか ら、著作権法は、両者を区別しないで二次的著作物の利用全般について、原著作物の著作 者が二次的著作物の著作者と全く同一の権利を有するものとしたと解するのが合理的だか らである。この点に関して被告五十嵐らの引用する判例(最高裁昭和五一年(オ)第九二三 号同五五年三月二八日第三小法廷判決・民集三四巻三号二四四頁)は、本件とは事案を異 にするものであって、本件に適切でない。  漫画は、ストーリー展開、登場人物の台詞、コマ割りの構成、登場人物や背景の絵など の諸要素が不可分一体として有機的に結合したものであり、言語的要素と絵画的要素が有 機的に結合した著作物である。一般に、著作権者は、第三者が著作物の一部のみを複製す る行為に対しても、著作権の侵害を理由として差止め等を求めることができるものであり、 これを漫画についていえば、漫画の著作権者は、第三者が漫画を構成する要素の一部であ る絵画的要素のみを利用する行為、例えば漫画の登場人物の絵のみを複製する行為に対し ても、著作権の侵害を理由として差止め等を求めることができる。そうであれば、ストー リー原稿を原著作物として漫画が作成されている場合においては、原著作物の著作者(原 作者、著述家)は、二次的著作物の著作者(作画者、漫画家)と同様、当該漫画の登場人 物の絵のみを複製する行為に対しても、著作権侵害を理由として差止め等を求めることが できるというべきである。  (二)また、被告五十嵐及び被告アイプロは、本件においては、原告から被告五十嵐に 本件連載漫画の第一回連載分の原作原稿が交付される前に、被告五十嵐によりキャンディ 原画及びキャンディ予告原画が作成されていたから、本件連載漫画における主人公キャン ディの絵は、原告作成の原作原稿に依拠することなく作成されたものであり、キャンディ 原画ないしキャンディ予告原画の複製物ないし翻案物であって、原作原稿を原著作物とす る二次的著作物に該当しないと主張する。  なるほど、漫画の登場人物の絵として、既存の別個の漫画の登場人物の絵を使用した場 合(例えば、手塚治虫の漫画においては、複数の作品を通じて、「ヒゲオヤジ」「ランプ」 「ヒョウタンツギ」などの人物が脇役として登場している。)、既存のオリジナルキャラ クター(例えば、「ハロー・キティ」など)を使用した場合や、漫画以外の既存の著作物 における絵を使用した場合(例えば、漫画「ポケットモンスター」においては、先行して 発売された同名の携帯液晶ゲーム機用ソフトに登場する様々なモンスターが登場している。) は、漫画における当該登場人物の絵は、既存の他の著作物における絵の複製であり、当該 漫画の作画を担当した漫画家は当該登場人物の絵について著作権を有しないものであるか ら、当該漫画につきそのストーリー原稿を作成した者(著述家)がいたとしても、その者 は、当該登場人物の絵については、原著作物の著作者としての権利を有しないこととなる。  しかし、本件においては、証拠(甲一〇、丙一の1〜5、二の1〜4、三ないし五、一 〇)及び弁論の全趣旨によれば、@ 昭和四九年秋、なかよし編集部は、当時なかよしに 連載中の被告五十嵐の著作に係る漫画「ひとりぼっちの太陽」の連載終了後に、同被告に よる新たな連載漫画をなかよしに連載することを企画し、被告五十嵐の担当編集者であっ た清水が同被告との間で新たな連載漫画の構想を話し合うなかで、新連載漫画については、 なかよし昭和五〇年四月号から連載を開始し、ストーリーの作成を原告が担当し、作画を 被告五十嵐が担当することが決まり、昭和四九年一一月までの間に、清水は、被告五十嵐 及び原告とそれぞれ個別に打合せを行って、新連載漫画につき、舞台を外国として、主人 公である孤児の少女が逆境に負けずに明るく生きていく姿を描くなどの、漫画の舞台設定、 主人公の性格や基本的筋立て等の基本的構想を決定したこと、A 右に引き続いて、同年 一一月、原告と被告五十嵐は、清水を交えて初めての打合せを行い、なかよし昭和五〇年 四月号に掲載する連載第一回分の筋立てのほか、なかよし同年三月号に同漫画の予告を掲 載するために必要な、漫画の題名、主人公の名前、キャラクター等について各自の意見を 交換したが、その際、被告五十嵐は、携帯していたB5判の無地のレポート用紙綴りに、 主人公のラフスケッチ(キャンディ原画)を描いたこと、B 右打合せの結果を踏まえて、 原告は、本件連載漫画の連載第一回分の原作原稿を執筆していたところ、これと並行して、 被告五十嵐は、清水からの依頼に基づき、なかよし三月号に掲載する本件連載漫画の予告 用の主人公キャンディのカット画(キャンディ予告原画)を作成して、昭和五〇年一月八 日ころまでに清水に渡したこと、C その後、同年一月中旬に、被告五十嵐は、原告の作 成した連載第一回分の原作原稿を、清水から受領したこと、が認められる。  右事実関係に照らせば、キャンディ原画は、原告、被告五十嵐と編集者との間で本件連 載漫画の基本構想が決まった後に、三者で主人公の名前、キャラクターについての意見を 交換している際に、被告五十嵐が主人公の少女の容貌についての一案を提示する目的でそ の場で描いたものであって、本件連載漫画における主人公キャンディの絵との関係でいえ ば、下書きないし習作というべきものであり、キャンディ予告原画も、本件連載漫画の予 告掲載のため、昭和五〇年一月初めに、三者の右打合せの結果を踏まえて主人公キャンデ ィの暫定的な予定画として作成されたものであって、いずれも、原作原稿において予定さ れていた主人公の性格等の特徴に合致するように、本件連載漫画の制作作業の一環として 作成されたものである。右によれば、キャンディ原画及びキャンディ予告原画は、いずれ も、本件連載漫画のストーリーと無関係に独立して作成されたものということができず、 本件連載漫画の制作経過を全体としてみれば、キャンディ原画及びキャンディ予告原画は、 本件連載漫画における主人公キャンディの絵と一体として、原告作成の原作原稿に依拠し て作成されたものというべきである。したがって、結果的に、本件連載漫画において描か れた主人公キャンディの絵がキャンディ原画ないしキャンディ予告原画と同一ないし類似 するものであったとしても、本件連載漫画の絵が、これらに依拠して作成されたというこ とはできず、これらの複製ないし翻案に当たるということはできない。被告五十嵐らの前 記主張は、採用することができない。  また、本件連載漫画におけるキャンディ以外の登場人物の絵については、原告による原 作原稿作成以前に被告五十嵐によりこれらの絵の原画が作成されていたことを認めるに足 りる証拠はないから、被告五十嵐らの主張はその前提を欠くものであって、これ以上の検 討を要するまでもなく、失当である。  (三)以上によれば、本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対しても、原 告は、本件連載漫画の原著作物の著作者として、著作権を行使し得るものというべきであ る。 2 争点2(本件商品の販売について、被告アドワーク及び被告カバヤが責任を負うかど うか)について  証拠(甲一、三、八、乙一、二、六、七、丁一)及び弁論の全趣旨によれば、@ 被告 アドワークは、被告五十嵐及び被告アイプロの許諾を得て本件連載漫画のキャラクターの 商品化事業を遂行していたところ、平成九年五月から、被告カバヤとの間で、本件連載漫 画の登場人物の絵を付した菓子製品を新たに製造販売することについての交渉を始めたこ と、A 被告アドワークは、被告五十嵐と共に、原告から提起された先行訴訟の相手方と なっていたが、右訴訟の対応において、被告五十嵐の当時の代理人弁護士から、原告は本 件連載漫画作成の際に参考資料等の提供をしただけであって本件連載漫画について著作権 を有するのは被告五十嵐のみである旨及び仮に原告に何らかの権利があったとしても本件 連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問 題を生じない旨の説明を受けていたこと、B 商品化事業の交渉中、被告五十嵐、被告ア イプロ及び被告アドワークは、被告カバヤに対して、原告が同意しないためテレビアニメ 「キャンディ・キャンディ」(本件連載漫画をアニメーション化したテレビ番組)の再放 送ができないことを説明したが、先行訴訟が係属していることは述べず、本件連載漫画の ストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上何らの問題も生 じない旨の説明をしていたこと、C 被告カバヤは、被告五十嵐、被告アイプロ及び被告 アドワークによる右説明を信じて、本件商品の製造販売には著作権法上の問題はないもの と判断して、本件許諾契約の締結に応じたこと、D 本件許諾契約の締結後、平成一〇年 六月ころに、被告アドワークは、被告五十嵐の当時の代理人弁護士が作成した、本件連載 漫画について著作権を有するのは被告五十嵐のみである旨及び仮に原告に何らかの権利が あったとしても本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用するだけであ れば著作権法上の問題を生じない旨を説明した書面を、被告カバヤに交付したこと、が認 められる。  右認定事実によれば、被告らは、本件連載漫画について著作権を有するのは被告五十嵐 のみである旨及び仮に原告に何らかの権利があったとしても本件連載漫画のストーリーを 用いないで登場人物の絵を使用するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨の共通認 識の下で、共同して、本件連載漫画のキャラクターの商品化事業として、被告カバヤによ る本件商品の製造販売を遂行したものと認められるから、本件商品の製造販売による原告 の著作権の侵害については、各自、共同不法行為者として責任を負担するものというべき である。  被告アドワークは自己の行為は違法と評価されるものではないと主張するが、前記のと おり、本件許諾契約に向けての交渉の際には、本件連載漫画について著作権を有するのは 被告五十嵐のみである旨及び本件連載漫画のストーリーを用いないで登場人物の絵を使用 するだけであれば著作権法上の問題を生じない旨を繰り返し説明していたものであり、な るほど本件許諾契約には本件商品の製造販売により第三者の権利を侵害したときには被告 カバヤの責任により処理する旨の条項(一一条(2))は置かれているものの(右条項の存 在は、乙一により認められる。)、前記のような交渉の経緯に照らせば、右条項が本件連 載漫画の登場人物の絵の使用について原告から別途許諾を得る必要のあることを意味する ものと解することはできない。  また、被告アドワーク及び被告カバヤは自己の過失を争うが、被告らは、本件連載漫画 の登場人物の絵の使用について著作権法上の問題を生じないかどうかを、それぞれの事業 の遂行に当たり、各自、自己の責任により判断すべきものであるところ、前記認定事実に 加えて、なかよしにおける本件連載漫画の各連載分に「原作 水木杏子」という形で原告 のペンネームが表示されていたこと(前記第二、一2)に照らせば、本件連載漫画の登場 人物の絵の使用につき原告が何らかの権利を有することは容易に知り得べきものであった から、被告五十嵐ないし同被告の当時の代理人弁護士の説明を軽信して本件商品の製造販 売に関与した被告アドワーク及び被告カバヤに、過失があったことは明らかである。 3 争点3(原告の被った損害の額)について  証拠(乙一、三ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、@ 本件許諾契約においては、 被告カバヤが本件商品におけるキャラクター使用料として支払うべき額は、本件商品の小 売価格の三パーセントであり(三条(1))、被告カバヤは仮に右により算出された使用料 が一〇〇万円を下回るものであったとしても最低保証使用料として一〇〇万円を支払うべ きものと定められていること、A 被告カバヤは、本件許諾契約に基づき、平成一〇年六 月から同一一年二月までの間に、本件商品を小売価格一八〇円で一〇八万四七〇二個販売 したこと、B 被告カバヤは、本件許諾契約に基づき、右販売につき、被告アイプロに対 して小売価格の三パーセントに当たる五八五万七三九一円の使用料の支払義務を負担する ところ、このうち三七一万八九五三円は既に被告アドワークを介して被告アイプロに支払 ったが、残額二一三万八四三八円はいまだ支払っていないこと、が認められる。  右事実関係に照らせば、本件許諾契約において定められている本件商品についてのキャ ラクター使用料は、被告五十嵐が本件連載漫画の登場人物の絵の使用についてのすべての 権利を有することを前提として、商品化契約としての通常の交渉の結果合意された額と認 めることができるところ、本件連載漫画については、原告は原著作物の著作者として、被 告五十嵐は二次的著作物の著作者としてそれぞれ権利を有するものであり、その割合は各 二分の一と認めることができるから、本件商品における本件連載漫画の登場人物の絵の使 用について原告が通常受けるべき使用料は、本件許諾契約において定められた額の二分の 一に当たる本件商品小売価格の一・五パーセントと認めるのが相当である。したがって、 著作権法一一四条二項により、原告が本件商品の製造販売により被った損害額は二九二万 八六九五円と認めることができる。 4 結論  以上によれば、被告らは、共同不法行為による損害賠償として、原告に対して二九二万 八六九五円及びこれに対する不法行為後の平成一一年四月二七日以降の年五分の割合によ る遅延損害金を連帯して支払うべきものであるから、原告の本訴請求を右の限度で認容す ることとし、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 三村 量一