・大阪地判平成12年6月6日判決速報303号9560  新世界の装飾街路灯デザイン事件:第一審。  原告(賛光電器近畿販売株式会社)は、照明器具の卸販売、電気工事業等を目的とする 会社である。被告(大阪市)は、建設局が主管となり、平成九年一二月一九日以降、大阪 市浪速区恵美須町の「公園本通商店街」等(通称「新世界」界隈)において装飾街路灯 (以下「本件街路灯」という。)の設置工事を実施した。原告は、被告に対し、被告は、 @本件デザイン図にもとづき本件設計図を作成し、A本件デザイン図に描かれた街路灯と 類似する本件街路灯を製作、設置して、原告が有する本件デザイン図の複製権または翻案 権を侵害したなどと主張して損害賠償請求をおこなった事案である。  判決は、本件デザイン図の著作物性を認めたうえで、「本件設計図が本件デザイン図を 複製又は翻案したものであるかを検討すると、本件設計図は本件街路灯についての技術的 な設計図にすぎず、これが本件デザイン図全体の絵画的な表現形式の創作性を有形的に再 製したものとはおよそ認められない。したがって、被告による本件設計図の作成が本件デ ザイン図の複製権又は翻案権を侵害するものとはいえない」と述べ、また、デザイン自体 について、「本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインが、産業上の利用を離れて、独 立に美的鑑賞の対象となり得るためには、他の同種の街路灯のデザインとは、その美的表 象の点で、隔絶しているといえる程度に質的に異なるものでなければならないと解される。 しかしながら、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインの美的表象は、同種の街路灯 のデザインと対比しても、美的鑑賞性の点で大きな差はなく、これらの街路灯と同じく、 産業デザインの一種としてとらえるのが相当であって、他の装飾街路灯のデザインと隔絶 しているといえる程度に質的に異なると見ることはできない。以上のことからすると、本 件デザイン図に描かれた街路灯のデザインは、実用品の産業上の利用を離れて、独立に美 的鑑賞の対象となり得るものとはいえず、著作物であるとはいえない」と述べて、原告の 請求を棄却した。 (控訴審:大阪高判平成13年1月23日) ■争 点 1 著作権侵害について (一) 本件デザイン図は著作物か。 (二) 原告は本件デザイン図の著作権者か。 (三) 被告による本件設計図の作成及び本件街路灯の製作、設置が、原告の本件デザイン 図に関する複製権又は翻案権を侵害する行為か。 2 不法行為について  被告の行為は、原告の法的利益を侵害する違法な行為か。 3 被告の故意又は過失の有無 4 損害及び因果関係 ■判決文 第四 争点に対する当裁判所の判断 一 被告による著作権侵害の有無について(争点1(一)(三)) 1 本件デザイン図全体の著作物性及び被告による複製権等侵害性について  本件デザイン図は別紙添付図面のとおりのものであるところ、本件デザイン図そのもの は、全体としては本件街路灯を街路に配置した完成予想図であり、構図や色彩等の絵画的 な表現形式の点において、「思想又は感情を創作的に表現したもの」と評価することがで き、「美術の範囲に属するもの」というべきであるから、美術の著作物に当たるものと認 められる。そして、本件デザイン図自体の著作物性を右のように把握する場合には、その 複製又は翻案とは、その絵画的な表現形式での創作性を有形的に再製することを意味する ことになる。  この観点から、まず本件設計図(乙4)が本件デザイン図を複製又は翻案したものであ るかを検討すると、本件設計図は本件街路灯についての技術的な設計図にすぎず、これが 本件デザイン図の絵画的な表現形式の創作性を有形的に再製したものとはおよそ認められ ない。したがって、被告による本件設計図の作成が本件デザイン図の複製権又は翻案権を 侵害するものとはいえない。  また、本件街路灯を製作、設置する行為は、本件デザイン図の絵画的な表現形式の創作 性を有形的に再製する行為とはおよそいえないから、右行為が本件デザイン図の複製権又 は翻案権を侵害するともいえない。 2 本件デザイン図中の街路灯のデザイン部分の著作物性及び被告による複製権等侵害性 について  次に、本件デザイン図に描かれている街路灯のデザイン(図案)が、美術の著作物とし て著作物性を有するかを検討する(当事者の主張も、主として、本件デザイン図に表現さ れた街路灯のデザインについて著作物性の有無を論じているものと解される。)。  著作権法は、著作物の定義として、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法二条一項一号)とし ているが、美術の著作物については、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を掲げ る(一〇条一項四号)とともに、「『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」 と規定する(同条二項)にとどまり、「美術の著作物」がどの範囲のものを含むのか、街 路灯のような実用品に関するデザインがこれに含まれるのかについては具体的に明らかに するところがない。  ところで、「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて 美感を起させるもの」は「意匠」として、意匠法による保護の対象とされており(意匠法 二条一項)、美術の著作物と意匠とは、視覚による美感にかかわるものである点で共通し ている。しかし、意匠として保護されるためには、出願、審査を経た上で登録を受ける必 要があり(意匠法六条、一六条、二〇条一項)、権利保護期間も設定の登録の日から一五 年とされている(同法二一条)のに対し、著作権法による保護を受けるためには、特段の 審査や登録を要せず、また権利保護期間も原則として著作者の死後五〇年間の長期に及ぶ (著作権法五一条)という大きな相違がある。そして、このような相違は、意匠法が、 「意匠の保護及び利用を図ることにより、意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与 すること」を目的とし(意匠法一条)、そのために工業上利用することができる意匠であ ることを要求する(同法三条一項)というように、専ら工業製品について産業の発達に寄 与するという観点から制度が組み立てられているのに対し、著作権法は、「文化的所産の 公正な利用に留意しつつ、著作権者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する こと」を目的とする(著作権法一条)というように、専ら文化的所産について文化の発展 に寄与するという観点から制度が組立てられているという差異に基づくものと解される。 したがって、意匠法の保護の対象となるものを広く著作権法でも保護の対象とする場合に は、意匠法が産業政策的観点から登録主義を採用し、特有の権利保護期間を設定したこと を空洞化することにつながるから、両者の保護対象について何らかの調整が必要となる。  そこでこの点について、現行の著作権法の制定過程をみると、著作権制度審議会が、昭 和四一年四月二〇日、文部大臣に提出した著作権改正に関する答申では次のように述べら れている。 「1 応用美術について、著作権法による保護を図るとともに現行の意匠法等工業所有権 制度との調整措置を積極的に講ずる方法としては、次のように措置することが適当と考え られる。 (一) 保護の対象 (1) 実用品自体である作品については美術工芸品に限定する。 (2) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とする ものについては、それ自体が美術の著作物であり得るものを対象とする。 (二) 意匠法、商標法との間の調整措置 図案等の産業上の利用を目的として創作された美術の著作物は、いったんそれが権利者に よりまたは権利者の許諾を得て産業上利用されたときは、それ以後の産業上の利用の関係 は、もっぱら意匠法等によって規制されるものとする。 2 上記の調整措置を円滑に講ずることが困難な場合には、今回の著作権制度の改正にお いては以下によることとし、著作権制度および工業所有権制度を通じての図案等のより効 果的な保護の措置を、将来の課題として考究すべきものと考える。 (一) 美術工芸品を保護することを明らかにする。 (二) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とする ものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有 権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有する ものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。 (三) ポスター等として作成され、またはポスター等に利用された絵画、写真等について は、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこととする。」 右答申のうち、1は第一次案、2は第二次案であるが、現行著作権法は、第一次案を採用 せず、第二次案に基づいて立法されたものと解されている。そうすると、実用に供する物 品に応用することを目的とする美術(いわゆる応用美術)について、広く一般に美術の著 作物として著作権の保護を与える解釈をとることは相当ではないが、実用品に関する創作 的表現であっても、客観的に見て純粋美術(専ら鑑賞を目的とする美術)としての性質も 有すると評価し得るもの、すなわち、実用品の産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の 対象となり得るものについては、美術の著作物として、著作権の保護を与えるのが相当で あり、著作権法が美術工芸品を美術の著作物に含める旨を規定したのも、この趣旨に出る ものであると解される。 そして、ある創作的表現が、実用品の産業上の利用を離れ、独立して美的鑑賞の対象とな り得るといえるためには、少なくとも、実用目的のために美の表現において実質的制約を 受けたものであってはならないと解される。  しかるところ、本件デザイン図に描かれた街路灯は、それが実用品のデザインであるこ とはいうまでもなく、しかもそれは、実際に新世界界隈に設置する街路灯のデザインとし て、専ら街路灯という物品の性質を考慮した上で、その産業上の利用目的にふさわしいも のとして作成されたものであることは原告の主張からしても明らかである。そして、原告 代表者の供述によれば、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインは、実際に街路灯の 製造を行う賛光電器産業株式会社が揃えている灯具やアームの規格品のデザインを適宜選 択して組み合わせて作成されたものであることが認められるのであるから、本件デザイン 図の街路灯のデザインは、街路灯のデザインという実用目的のために美の表現において実 質的制約を受けたものであると認められる。  また、確かに本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインは、従前新世界界隈に設置さ れていたもの(甲5の1、2、9、10)とは異なり、レトロなデザインとしてまとまりの ある美感を有するものであるが、レトロなデザインの装飾街路灯という点では、各社から 種々のデザインのものが多数販売され(乙2)、意匠登録を受けているものもあり(乙3。 いずれも、原告の関連会社である賛光電器産業株式会社が意匠権者である。)、実際に大 阪市やその近郊では随所に同様の装飾街路灯が設置されている(乙10、11)のであって、 街路灯においてレトロなデザインというのは、一つの確立した産業デザインの類型である ということができる。それにもかかわらず、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザイン が、産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となり得るためには、他の同種の街路 灯のデザインとは、その美的表象の点で、隔絶しているといえる程度に質的に異なるもの でなければならないと解される。しかしながら、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザ インの美的表象は、同種の街路灯のデザインと対比しても、美的鑑賞性の点で大きな差は なく、これらの街路灯と同じく、産業デザインの一種としてとらえるのが相当であって、 他の装飾街路灯のデザインと隔絶しているといえる程度に質的に異なると見ることはでき ない。  以上のことからすると、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインは、実用品の産業 上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となり得るものとはいえず、著作物であるとは いえない。  この点について原告は、本件デザイン図は町会連合会との長期にわたる協議を経て、新 世界界隈のシンボルとして人々の美的感覚に訴えるデザインとして原告によって創作され たもので、著作物性を有すると主張するが、著作物性の有無を判断するに当たっては、そ の表現を創作する過程の努力は必ずしも重視されるべきではないから、原告の主張は採用 できない。 3 したがって、著作権侵害に関する原告の主張は、その余の点について検討するまでも なく理由がない。 二 不法行為に基づく請求について(争点2)  《中 略》 第五 結論 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 高松 宏之    裁判官 安永 武央