・東京地判平成12年6月29日判時1728号101頁  「BERETTA」モデルガン事件。  本件は、原告(ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・ベレッタ・エス・ピー・エー、株式会 ウエスタン・アームス)が被告(有限会社マルゼン、有限会社丸前商店)に対し、原告各 表示がいわゆる周知商品等表示に該当し、「ベレッタM93R」という商品名の玩具銃を 製造販売する被告らが不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為をおこなっている と主張して、玩具銃やそのパッケージ等に被告各表示を付すことの差止めおよび損害賠償 を求めた事案である。判決は、「被告商品及びそのパッケージ等に被告各表示を付するこ とは、「商品等表示」としての「使用」に当たるとはいえず、不正競争行為行為に該当し ないと解されるが、加えて、被告商品及びそのパッケージ等に被告各表示を付する行為は、 原告ベレッタの商品と混同を生じさせるものでもなく、この点からも、不正競争防止法2 条1項1号所定の不正競争行為には、該当しない」と述べて、原告の請求を棄却した。 ■争 点 1 原告ベレッタとの関係における不正競争の成否 2 原告ウエスタンアームスとの関係における不正競争の成否 3 原告らの差止請求権の有無 4 原告らの損害賠償請求権の有無及び原告らが請求し得る損害額 5 権利濫用の成否 ■判決文 一 争点1(原告ベレッタとの関係における不正競争の成否)について  《中 略》 2(一) 右認定の事実を前提に、まず、被告商品及びそのパッケージ等に被告各表示を 付することが「商品等表示」としての「使用」に当たるかどうかについて検討する。 (二) 不正競争防止法二条一項一号は、「他人の商品等表示・・・・として需要者の間 に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表 示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、若 しくは輸入して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」を不正競争と規定してい るが、同号の趣旨は、人の業務に係る商品の表示について、同表示の持つ標識としての機 能、すなわち、商品の出所を表示し、自他商品を識別し、その品質を保証する機能及びそ の顧客吸引力を保護し、もって事業者間の公正な競争を確保するところにある。そうであ ればこそ、同号は、他人の周知の商品等表示と同一若しくは類似の「商品等表示」を使用 する行為を不正競争行為としている。すなわち、同号の不正競争行為というためには、単 に他人の周知の商品等表示と同一又は類似の表示を商品に付しているというだけでは足り ず、それが商品の出所を表示し、自他商品を識別する機能を果たす態様で用いられている ことを要するというべきである。けだし、そのような態様で用いられていない表示によっ ては、周知商品等表示の出所表示機能、自他商品識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力 を害することにはならないからである。このことは、同法一一条一項一号において、商品 の普通名称又は同一若しくは類似の商品について慣用されている商品等表示を普通に用い られる方法で使用する行為については、同法二条一項一号所定の不正競争行為として同法 の規定を適用することが除外されていることからも、明らかというべきである。 (三) 一般に、模型は、一定の対象物(例えば、自動車、航空機、船舶、建築物、兵器 等)について、本物の備えている本質的機能(例えば、自動車、航空機、船舶等にあって は運送能力、建築物にあっては居住可能性、兵器にあっては殺傷能力)を有さず、単に、 その外観を縮尺ないし原寸で模すものである。模型は、本物の外観を忠実に模すところに 有意性が存するものであり、外観上本物にどれだけ近づくことができたかによって、模型 自体やその製作者の技術に対する評価が下されることから、模型の製作に当たっては、本 物の形状のみならず、色合いや質感、それに付されている模様やマークに至るまで、精巧 かつ緻密に再現することが行われている(この点は、図鑑や写真集の場合と同様である。)。 また、同一の対象物について、複数の異なる製作者により、いくつかの模型が製作される ことも、当然に生じ得る。  このような模型は、古代における墳墓の副葬品に既にその原形が見られるように、古く から人類によって製作されてきたものであり、模型の有する右のような特徴は、長年にわ たって広く社会的に認識されてきた。また、本物の備える機能を有さず、外観のみを忠実 に模したものであるという模型の本質的特徴から、一般に、模型の需要者は本物のそれと は異なるものであり、模型の製造販売の主体も、本物のそれとは異なるのが通常である。  そして、模型の形状や模型に付された表示が本物のそれと同一であったとしても、模型 の当該形状や表示は、模型としての性質上必然的に備えるべきものであって、これが商品 としての模型自体の出所を表示するものでないことは、広く社会的に承認されているもの である。右の点は、模型が、航空機や建築物のプラモデルやミニチュアカーのように縮尺 されたものであるか、あるいはモデルガンのように原寸大のものであるかによって、何ら 異なるものではない。 (四) 本件においては、前記認定の事実関係によれば、被告商品は、我が国においては、 市場において流通することがなく、所持することも一般に禁じられている実銃であるM9 3Rを対象に、その外観を忠実に再現したモデルガンであり、実銃の備える本質的機能で ある殺傷能力を有するものではなく、実銃とは別個の市場において、あくまで実銃とは区 別された模造品として取引されているものであって、その取引者・需要者は、原告実銃の 形状及びそれに付された表示と同一の形状・表示を有する多数のモデルガンの中から、そ の本体やパッケージ等に付された当該モデルガンの製造者を示す表示等によって各商品を 識別し、そのモデルガンとしての性能や品質について評価した上で、これを選択し、購入 しているものと認められる。したがって、原告実銃において原告各表示が原告ベレッタの 商品であることを示す表示として使用されており、また、被告商品に原告実銃に付されて いる原告各表示と同一ないし類似の被告各表示が付されているとしても、被告各表示は、 いずれも出所表示機能、自他商品識別機能を有する態様で使用されているものではないと いうべきである。  また、前記認定の事実関係によれば、被告商品のパッケージ等に被告商品の外観を示す 写真や図面、その商品名を示す表示が付されていても、それは、当該モデルガンがどの実 銃を対象とし、どのような外観を有するのかという当該モデルガンの内容を説明するため に使用されているにすぎず、右パッケージ等に表示された被告各表示は、いずれも出所表 示機能、自他商品識別機能を有する態様で使用されているものではないというべきである。 (五) 原告らは、昭和四一年には田宮模型が本田技研から許諾を得てその自動車の模型 を製造・販売していたことを例に挙げ、玩具の商品分野において、実物を模した玩具を製 造・販売する際、実物の形態やそれに付された表示の使用について、実物メーカーの許諾 を得る慣行が既に確立していた旨を主張し、その証拠として甲第二七号証ないし第三〇号 証を提出する。  しかし、甲第三〇号証によれば、田宮模型がグッドイヤー社製のタイヤを装着したF1 カーを模型化するに当たり、グッドイヤーの名前の入ったミニチュアタイヤを装着するこ とについて、初めて事前にグッドイヤー社に対してその承諾を求めたことがうかがえるが、 他方、同号証には、田宮模型の担当者が本田技研に対してF1カーの模型化のための協力 を依頼した結果、車の写真を撮影したり、本田技研の技術者から説明を受けるなどの取材 が行われた旨の記載や、田宮模型の担当者がポルシェに対しそのスポーツカーの模型化の ための取材を申し込んだ際にも、その車の製造工程を写真に収めるなどしたものの、寸法 等のデータを得ることができなかったので、ポルシェのスポーツカーを数千万円で購入し、 これを分解して必要なデータを収集した旨なども記載されているものであり、これらの記 載に照らせば、むしろ、模型メーカーは実物メーカーに対し、模型化に必要な資料収集に ついての協力を求めていたにすぎないものと認められ、同号証は、原告ら主張のような慣 行があったことを認めるに足りるものではない。  また、甲第二七号証は、玩具とは全く関係のない分野で使われている有名ブランドを玩 具のブランドとして使うことについての記載であって、模型に実物の形態やそれに付され た表示を使用する場合を想定したものではないし、甲第二八号証は、これに記載された当 事者間の一つの合意を示したにすぎず、甲第二九号証も、商品化許諾基本契約についての 契約書ひな形にすぎない。前記認定のとおり、原告ウエスタンアームス自身、原告ベレッ タとの間でその商号及び商標等のモデルガンの分野における独占的使用契約を締結する以 前から、被告商品と同様、原告実銃の形態やそれに付された表示を再現したモデルガンを 製造販売していたことなどを併せみれば、いずれも原告ら主張のような慣行が確立してい たことを認めるに足りるものではない。  したがって、甲第二七号証ないし第三〇号証によっても、原告らの主張するような慣行 が確立していると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 (六) 以上のとおり、被告商品及びそのパッケージ等に被告各表示を付することが「商 品等表示」としての「使用」に当たるということはできない。 3 前記のとおり、被告商品及びそのパッケージ等に被告各表示を付することは、「商品 等表示」としての「使用」に当たるとはいえず、不正競争行為行為に該当しないと解され るが、加えて、被告商品及びそのパッケージ等に被告各表示を付する行為は、原告ベレッ タの商品と混同を生じさせるものでもなく、この点からも、不正競争防止法二条一項一号 所定の不正競争行為には、該当しない。  すなわち、前記認定の事実関係、殊に、被告商品が一般に流通することがなく、所持す ることもできない実銃の外観を再現したモデルガンであり、その基となった実銃とは別個 の市場において、あくまで本物と区別された模造品として取引されているものであること、 原告ベレッタはこれまで玩具銃を製造・販売したことがないこと、原告ベレッタが我が国 において販売した模型銃は、観賞のために実銃から発砲機能、稼働機構を除去した高価な ものであり、玩具銃とは性質を異にし、その輸入数量も僅少であること、原告ベレッタが 実銃のほかに「Beretta」等の表示を付して販売している商品は、いずれも実銃の 関連商品としてのいわゆるシューティング・アクセサリーの類で、主に実銃所持者を販売 対象とするものであり、その販売数量も多くないことなどの事実関係に加え、およそ実銃 メーカーが玩具銃を製造販売し、玩具銃メーカーが実銃を製造販売していることをうかが わせる証拠はないこと、かつて国外の玩具銃業者が原告ベレッタからライセンスを受けて 玩具銃を製造販売したことがあったとしても、その玩具銃が我が国において販売されたこ とを認めるに足りる証拠はなく、また、そのようなライセンス生産の事実が我が国におい て一般に知られていることをうかがわせる証拠もないことなどを併せみれば、被告商品及 びそのパッケージ等に被告各表示が付されているからといって、その玩具銃が原告ベレッ タ若しくはその子会社又はそのライセンシーの製造に係るものであると誤認されるおそれ があるものとは認められず、したがって、広義の混同を生じさせるものではない。 4 したがって、平成二年一二月ころ以降、被告商品に被告表示二及び五を、そのパッケ ージ等に被告各表示をそれぞれ付す行為、並びに右の各表示が付されたこれらの商品等を 譲渡し、引き渡す行為は、いずれも不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争行為に該 当するということはできない。 二 以上によれば、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。  よって、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 中吉 徹郎