・東京地判平成12年9月29日判時1733号108頁  デール・カーネギー事件:第一審。  デール・カーネギーは、アメリカ合衆国国民の文筆家・講演家で(一九五五年(昭和三〇 年)死亡)、一九三六年(昭和一一年)に、「How to Win Friends and Influence People」 と題する書籍(本件第一著作物)を著作し、一九三八年(昭和一三年)に、「How to Win Friends and Influence People」と題する講演原稿(本件第二著作物)を著作した。原告 ドナは、デール・カーネギーの子であるアメリカ合衆国国民であり、著作権を含むデール ・カーネギーの遺産を相続した。原告デール・カーネギー・アンド・アソシエイツ・イン コーポレイテッド(原告アソシエイツ)は、デール・カーネギーの死去後、デール・カー ネギーが行っていた「デール・カーネギー・コース」等の教育事業を承継し、同事業を自 ら実施するかまたはライセンシーを通じて実施してきている。原告パンポテンシアは、原 告アソシエイツから日本国内における独占的ライセンスを受け、一九九四年(平成六年) 以降、日本国内において、「デール・カーネギー・トレーニング」の名称により、「デー ル・カーネギー・コース」等の教育事業(本件教育事業)を実施している。原告サイモン は、アメリカ合衆国法人であり、本件第一著作物について、原告ドナから許諾を受け、出 版を行っている。原告創元社は、原告サイモンから本件第一著作物の日本語訳版の独占的 出版許諾を受け、「人を動かす(How to Win Friends and Influence People)」(B六版、 三一二頁)およびその朗読カセットテープセット(カセットテープ八巻等により構成され るもの)を発行し販売している。  他方、被告(株式会社騎虎書房)は、被告が本件第二著作物を日本語に翻訳した本件書 籍『こうすれば人は動く』を、平成八年五月以降、定価一二六二円(消費税別)で発行販 売している。被告株式会社エス・エス・アイは、本件第二著作物を日本語訳したカセット テープセットを、平成八年後半から、本件カセットテープセット単体として、または「D ・カーネギー ハイエンド・プログラム(D.Carnegie's High-End Program)」(本件 カセットテープセットと「D・カーネギー パワー パースエイション・プログラム(D. Carnegie's Power Persuasion Program)」とを組み合わせた商品)の一部として、発行 販売している。  本件は、原告らが、被告らに対し、著作権、著作者人格権、商標権、不正競争防止法に 基づいて、本件書籍及び本件カセットテープセットの発行等の差止め、廃棄を求めるとと もに、これらの侵害を理由として、損害賠償及び謝罪広告を求める事案である。  判決は、「本件著作権の日本における保護期間は、著作者の死後五〇年に、連合国特例 法による戦時加算三七九四日を加えた期間となるから、本件口頭弁論終結時点において、 保護期間が終了していないことは明らかである」、「本件第二著作物の翻訳権についても、 他の権利と同様に、万国条約特例法一一条によって、現行著作権法の保護を受けるという ことができ」、「日米著作権条約には、翻訳自由の規定が設けられていたから、本件第二 著作物の翻訳権については、連合国特例法による戦時加算の適用はないが、本件口頭弁論 終結時点において、保護期間が終了しないことは明らかである」としたうえで、「本件書 籍及び本件カセットテープセットの各内容は、本件第二著作物を日本語訳したものである から、被告騎虎書房による本件書籍の発行行為及び被告エス・エス・アイによる本件カセ ットテープセットの発行行為は、本件著作権を侵害する行為である」として著作権侵害に もとづく損害賠償請求を認容した。さらに、同一性保持権については、被告書籍中に第二 著作物中には存在していない記述があることから、「被告騎虎書房による本件書籍の発行 行為は、本件第二著作物の著作者であるデール・カーネギーが生存しているとしたならば、 その著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為であるということができる(著 作権法六〇条違反)」とした(被告エス・エス・アイによる本件カセットテープセットの 発行行為についても同様)。そのほか、商標法、不正競争防止法にもとづく請求も一部認 容した。 (控訴審:東京地判平成14年2月28日) ■争 点 一 著作権及び著作者人格権に基づく請求  1 本件著作権の日本における保護期間  2 被告らによる本件著作権及び著作者人格権(同一性保持権)侵害行為の有無 二 商標権に基づく請求  被告らによる本件商標権侵害行為の有無 三 不正競争防止法に基づく請求  被告らによる原告らに対する不正競争防止法二条一項一号、二号違反行為の有無 四 原告らの被った損害等 ■判決文 第五 当裁判所の判断 一 争点一について 1 本件第二著作物の保護期間について (一) 前記第二・一・1の事実、裁判所に顕著な事実及び弁論の全趣旨によると、以下の 事実が認められる。 (1) 一九〇五年(明治三八年)一一月一〇日に日米著作権条約が締結された。同条約には、 内国民待遇(一条)及び翻訳自由(二条)の規定が設けられていた。 (2) 一九三八年(昭和一三年)、デール・カーネギーは、本件第二著作物を著作し、アメ リカ合衆国において著作権登録された。  本件第二著作物はラジオ放送により公表されたが、複製物として頒布されることはなか った。 (3) 一九五二年(昭和二七年)四月二八日、平和条約が発効し、日米著作権条約は、効力 を失った。  アメリカ合衆国は、平和条約二五条に規定する連合国である。  平和条約一二条に基づいて日米暫定協定が締結され、日本とアメリカ合衆国は、昭和二 七年四月二八日に遡って、同日から四年間、互いに、翻訳権を含めて、著作権を内国民待 遇で保護する旨約した。 (4) 一九五五年(昭和三〇年)デール・カーネギーが死亡した。 (5) アメリカ合衆国は、万国著作権条約の締約国であったところ、一九五六年(昭和三一 年)四月二八日、日本について、同条約が発効したことにより、同日以降、日本とアメリ カ合衆国との間において、万国著作権条約が適用されるようになった。 (6) 万国条約特例法は、万国著作権条約の実施に伴い、著作権法の特例を定めることを目 的として、昭和三一年四月二八日に施行された法律で、一一条には、日本国との平和条約 二五条に規定する連合国で、この法律の施行の際、万国著作権条約の締約国であるもの及 びその国民は、この法律施行の際平和条約一二条に基づく旧著作権法による保護を受けて いる著作物については、この法律施行後も引き続き、その保護(現行著作権法の施行の際 当該保護を受けている著作物については、同法による保護)と同一の保護を受ける旨規定 されている(これは、現行著作権法施行の際に改正された後の規定である。)。また、同法 附則二条は、この法律(一一条を除く。)は、発行されていない著作物でこの法律施行前に 著作されたもの及び発行された著作物でこの法律施行前に発行されたものについては、適 用しないと規定している。 (7) 一九七一年(昭和四六年)一月一日、現行著作権法が施行された。 (8) 日本は、ベルヌ条約の締約国であったところ、一九八九年(平成元年)、アメリカ合 衆国についてベルヌ条約が発効し、以降、日本とアメリカ合衆国の間において、ベルヌ条 約が適用されることになった。 (二) 以上を前提として、本件著作権の日本における保護期間について検討する。 (1) 右(一)で述べたところによると、アメリカ合衆国は、平和条約二五条に規定する連合 国で、万国条約特例法の施行の際、万国著作権条約の締約国であったこと、同法の施行の 際、本件著作権は、平和条約一二条に基づく日米暫定協定により旧著作権法によって保護 されていたことが認められるから、アメリカ合衆国の国民は、本件著作権について、同法 一一条により、同法施行後も同一の保護を受けることができる。そして、旧著作権法の規 定によると、現行著作権法施行の際、本件著作権の保護期間は満了していなかったから、 本件著作権は、現行著作権法による保護を受けるというべきである。  そうすると、本件著作権の日本における保護期間は、著作者の死後五〇年に、連合国特 例法による戦時加算三七九四日を加えた期間となるから、本件口頭弁論終結時点において、 保護期間が終了していないことは明らかである。 (2) 万国著作権条約一七条に関する附属宣言cは、万国著作権条約はベルヌ条約により創 設された国際同盟の加盟国の一を同条約の規定に基づいて本国とする著作物の保護に関す る限り、ベルヌ同盟国間の関係については適用しない旨規定している。本件第二著作物は、 ベルヌ条約においてアメリカ合衆国を本国とする著作物であるから、ベルヌ条約と万国著 作権条約が競合する場合、著作物の保護は、ベルヌ条約によって定められることとなる。  ベルヌ条約七条(8)は、著作物の保護期間は、本国において定められる保護期間を超える ことはない旨規定しており、現行著作権法五八条は、ベルヌ条約の右規定に従った規定で あるが、ベルヌ条約は、著作物の保護期間について、本国において定められる保護期間を 超えることはないことを原則としつつも、国内法において本国において定められる保護期 間よりも長い保護期間を定めることを認めており、また、万国条約特例法は、著作権法の 特別法であるから、ベルヌ条約七条(8)や現行著作権法五八条の規定いかんにかかわらず、 万国条約特例法は、著作物保護の根拠となるというべきである。  また、万国条約特例法一一条は、平和条約一二条に基づいて保護されていた著作物を引 き続き同一の条件で保護するために設けられた規定であって、万国著作権条約に基づく保 護に関する規定ではない(万国条約特例法一一条による保護を受けている本件第二著作物 には、附則二条によって万国著作権条約に基づく保護に関する規定は適用されない。)から、 万国条約特例法一一条が適用されるかどうかは、本件第二著作物に万国著作権条約が適用 されるかどうかとは関係がないというべきである。  さらに、万国条約特例法は、著作権法の特別法であるから、現行著作権法六条の規定い かんにかかわらず、著作物保護の根拠となるというべきである。 (3) 右(一)で述べたとおり、平和条約一二条に基づく日米暫定協定による保護は、翻訳権 を含むから、万国条約特例法一一条による保護にも翻訳権が含まれている。  ところで、右(一)で述べたとおり、本件第二著作物はラジオ放送により公表されたが、 複製物として頒布されたことはなかったのであるから、旧著作権法七条の「発行」があっ たということはできない。したがって、本件第二著作物については、旧著作権法七条によ り翻訳権が消滅することはない。  そうすると、本件第二著作物の翻訳権についても、他の権利と同様に、万国条約特例法 一一条によって、現行著作権法の保護を受けるということができる。  なお、右(一)で述べたとおり、日米著作権条約には、翻訳自由の規定が設けられていた から、本件第二著作物の翻訳権については、連合国特例法による戦時加算の適用はないが、 本件口頭弁論終結時点において、保護期間が終了しないことは明らかである。 2 著作者人格権の保護について  万国条約特例法一一条によると、本件第二著作物には、現行著作権法による保護が与え られるから、本件第二著作物について、現行著作権法による著作者人格権の保護が与えら れる。 3 被告らによる著作権侵害行為について  前記第二・一・1・(五)のとおり、本件書籍及び本件カセットテープセットの各内容は、 本件第二著作物を日本語訳したものであるから、被告騎虎書房による本件書籍の発行行為 及び被告エス・エス・アイによる本件カセットテープセットの発行行為は、本件著作権を 侵害する行為である。 4 被告らによる著作者人格権(同一性保持権)侵害行為について (一) 証拠(検甲六)及び弁論の全趣旨によると、本件書籍一六〇頁部分には、デール・ カーネギー自身が読者に直接話しかける形で「このようなノウハウを皆さんにお伝えして 本当にうれしいのは、全国のさまざまな人々から『成功ノウハウ』を家庭や職場で利用し て成果をあげている、という手紙をいただくことです。このような私の紹介するノウハウ を使って、こんないいことがあったということがありましたら、その経験を、手紙でお寄 せ下さい[日本での宛先・・・〒一六三―〇二 東京都新宿区西新宿二―六―一 新宿住友ビ ル三六階 〒二三号 SSI D・カーネギー・プログラムス係]。」との記載があること、 右記載は、本件第二著作物中には存在していないこと、以上の事実が認められる。この事 実からすると、被告騎虎書房による本件書籍の発行行為は、本件第二著作物の著作者であ るデール・カーネギーが生存しているとしたならば、その著作者人格権(同一性保持権) の侵害となるべき行為であるということができる(著作権法六〇条違反)。  被告らは、本件書籍と本件第二著作物との間に若干の異同があったとしても、それは、 本件第二著作物の内容、趣旨を変更せず、本件第二著作物の思想、主張を広く伝える必要 に応じてなされたものであって、同一性保持権を害したとはいえないと主張するが、右の 改変の程度、内容からすると、被告らの右主張を採用することはできない。 (二) 証拠(検甲六)によると、本件書籍第一六〇頁と第一六一頁との間には、「SSI  D・カーネギー・プログラムス」宛のアンケート返信用はがきが挾まれていること、本件 書籍の巻末には、本件カセットテープセット等の広告が掲載されていること、以上の事実 が認められ、原告ドナは、これらについても、著作者人格権(同一性保持権)の侵害を主 張するが、証拠(検甲六)によると、これらは、本件第二著作物を翻訳した部分とは明確 に区別されているから、これらの部分について、本件第二著作物に関する著作者人格権(同 一性保持権)の侵害を認めることはできない。 (三) 本件カセットテープセットは、後記二2のような構成のものであるところ、証拠(検 甲一の一ないし二三、甲四の一ないし一二)及び弁論の全趣旨によると、本件カセットテ ープセットのうち、カセットテープ及びマニュアルは、本件第二著作物を翻訳したもので あること、本件カセットテープセット及びマニュアルは、本件第二著作物と比較して章の 構成が異なっていること、EXトランプは、本件第二著作物の一部を抜粋して各トランプ に記載したものであること、以上の事実が認められる。この事実からすると、被告エス・ エス・アイによる本件カセットテープセットの発行行為は、本件第二著作物の著作者であ るデール・カーネギーが生存しているとしたならば、その著作者人格権(同一性保持権) の侵害となるべき行為であるということができる(著作権法六〇条違反)。 5 被告らの損害賠償責任等について (一) 以上の1ないし4で述べたところに弁論の全趣旨を総合すると、被告騎虎書房及び 被告エス・エス・アイの代表者である被告田中は、右の著作権及び著作者人格権侵害行為 について、少なくとも過失があったものと認められる。  したがって、被告騎虎書房及び被告田中は、本件書籍の発行による本件著作権侵害行為 によって、被告エス・エス・アイ及び被告田中は、本件カセットテープセットの発行によ る本件著作権侵害行為によって、それぞれ原告ドナが被った損害を賠償する責任がある。  なお、被告騎虎書房は、被告エス・エス・アイと代表者が同じである等の原告ら主張(前 記第四の四原告らの主張7)に係る事実によっても、本件カセットテープセットの発行に よる本件著作権侵害行為について責任があるとは認められないし、被告エス・エス・アイ は、被告騎虎書房と代表者が同じである等の原告ら主張(前記第四の四原告らの主張7) に係る事実によっても、本件書籍の発行による本件著作権侵害行為について責任があると は認められない。 (二) 右4のとおり、被告騎虎書房による本件書籍の発行行為及び被告エス・エス・アイ による本件カセットテープセットの発行行為は、本件第二著作物の著作者であるデール・ カーネギーが生存しているとしたならば、その著作者人格権(同一性保持権)の侵害とな るべき行為であるということができるが、著作権法は、著作権法六〇条違反の効果として、 差止めと名誉回復等の措置のみを認めており、損害賠償請求は認めていないから、原告ド ナは、著作者人格権(同一性保持権)の侵害となるべき行為が存したことを理由として、 被告らに対して損害賠償請求をすることはできない。 本件書籍一六〇頁部分は、デール・ カーネギーが読者にその経験を手紙で寄せることを求めるもので、その日本での宛先が「S SI D・カーネギー・プログラムス係」となっているのであるが、右部分の改変行為が、 直ちにデール・カーネギーの社会的な名誉声望を毀損する行為であるとまでいうことはで きない。また、原告らは、被告エス・エス・アイは、購入者との間で法的紛争が絶えない 会社であり、被告らにとって本件書籍は、不当に高額な本件カセットテープセットを読者 に購入させるための広告としての役割があるにすぎないとも主張するが、これらの事実を 認めるに足りる的確な証拠はないから、これらの事実に基づいて、右部分の改変行為が、 デール・カーネギーの社会的な名誉声望を毀損する行為であると認めることはできず、他 にこの事実を認めるに足りる証拠はない。さらに、本件カセットテープセットに関する右 改変が、デール・カーネギーの社会的な名誉声望を毀損する行為であるとまでいうべき事 情は認められない。そうすると、謝罪広告の請求は認められない。 二 争点二について 1 本件書籍について (一) 証拠(検甲六)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。 (1) 本件書籍の表紙には、大きな文字で「こうすれば人は動く」と記載され、その下にそ れよりも小さいアルファベット文字で「How to Win Friends andInflnence People」、さら にその下に右アルファベット文字よりも小さい文字で「デール・カーネギー著」との記載 がされている。 (2) 本件書籍奥付上部には本件書籍に関する問合せ先として、被告騎虎書房の住所の下に 「SSI D・カーネギー・プログラムス」と記載されている。 (3) 本件書籍に綴じ込まれている感想等を書いて送付するはがきには、被告騎虎書房の住 所の下に「SSI D・カーネギー・プログラムス行」と記載されている。 (二) 右(一)認定の事実によると、右の本件書籍奥付部分及び綴じ込みはがきにおける「S SI D・カーネギー・プログラムス」の記載は、いずれも本件書籍を読んだ感想等を送 付するための送付先を示すものであることは明らかであって、本件書籍中における右各記 載が、自他商品識別機能、出所表示機能を有しているとは認められない。したがって、本 件書籍において、「SSI D・カーネギー・プログラムス」の表示が商標として使用され ているとは認められない。 (三) 以上によると、本件商標権侵害を理由とする原告アソシエイツの請求は、本件書籍 に関する部分については、理由がない。     2 本件カセットテープセットについて (一) 証拠(甲四一の一ないし一三、甲五三の一ないし七、検甲四の一ないし一二)及び 弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。 (1) 本件カセットテープセットは、本件第二著作物を日本語訳したものを録音したカセッ トテープ一二巻、その内容を印刷したマニュアル一二冊、カセットテープ二巻とマニュア ル二冊を収納するケース六個、カセットテープ及びマニュアルの内容の一部を印刷したE Xトランプ、右ケースに入ったカセットテープとマニュアルをすべて収納することができ る木製ラック、本件速聴機、納品明細書、プログラムガイドのカセットテープとそのケー ス等が一体になったもので、これらが収納ケースに入っている。 (2) 本件カセットテープセット全体が入っている収納ケース、各カセットテープ、各マニ ュアル、カセットテープとマニュアルを収納するケースには、「D. Carnegie's Golden Rules Program」という標章が付されている。  各カセットテープ、納品明細書には、「D・カーネギー ゴールデンルール・プログラム」 という標章が付されている。  納品明細書、プログラムガイドのカセットテープには、「D・カーネギー ヒューマンモ ティベーション・システム」という標章が付されている。  木製ラック、EXトランプ、本件速聴機の本体及びそれを収納する箱には、「D. Carnegie's Human Motivation Systems」という標章が付されている。  本件カセットテープセット全体が入っている収納ケース、各マニュアル、カセットテー プとマニュアルを収納するケース、納品明細書、プログラムガイドのカセットテープを収 納するケース、本件速聴機を収納する箱には、「SSI D・カーネギー プログラムス」 という標章が付されている。 (二) 本件商標と被告ら標章との類似性について  右(一)で認定した本件カセットテープセットに付されている各標章を本件商標と比較し た場合、本件商標には存しない「ゴールデンルール・プログラム」、「Golden Rules Program」、 「ヒューマンモティベーション・システム」、「Human Motivation Systems」、「SSI」、「プ ログラムス」の各表示が存する。これらの各表示のうち、「SSI」を除く表示は、いずれ も一般的抽象的な概念を示す言葉である。また、「SSI」は、被告エス・エス・アイを示 すものであるが、それのみでは、直ちに被告の会社名を示すことを認識することは困難で ある。  証拠(甲二一ないし四〇、六一)によると、デール・カーネギーは、文筆家、講演家と して、アメリカ合衆国のみならず、日本においても、広く知られているものと認められる。  以上の事実に、本件カセットテープセットがデール・カーネギーの著作をもとにしたも のであることを併せ考えると、右(一)で認定した本件カセットテープセットに付されてい る各標章の要部は「D・カーネギー」又は「D. Carnegie」の部分であるというべきである。  そして、本件商標と右(一)で認定した本件カセットテープセットに付されている各標章 とを対比すると、その称呼が類似しているうえ、両者は、いずれも、文筆家、講演家であ るデール・カーネギーの観念を生じると認められる。また、右(一)で認定した本件カセッ トテープセットに付されている標章のうち、「D・カーネギー」を含むものは、本件商標(一) と、「D. Carnegie」を含むものは、本件商標(二)と、それぞれ外観が類似する。  したがって、本件商標と右(一)で認定した本件カセットテープセットに付されている各 標章は類似していると認められる。 (三) 商品の類似性について  右(一)認定のとおり、本件カセットテープセットには、カセットテープの内容を印刷し たマニュアルやその内容の一部を印刷したEXトランプが含まれているのであって、それ らが、カセットテープ等と一体となって一つの商品を構成しているのであるから、本件カ セットテープセットは、本件商標権における指定商品である「印刷物」と類似していると 認められる。 (四) 商標法二六条一項二号該当性について  右(一)で認定した本件カセットテープセットに付されている各標章は、右(一)で認定し たその使用態様からすると、単に題号として使用されているということはできない。  その他、右(一)で認定した本件カセットテープセットに付されている各標章が、商品の 品質を普通に用いられる方法で表示したものというべき事情は認められない。  したがって、右各標章について、商標法二六条一項二号の適用はない。 (五) よって、被告エス・エス・アイが本件カセットテープセットに、右(一)の各標章を 付して製作販売する行為は、本件商標権を侵害する。 そして、右行為について、被告エス・エス・アイ及びその代表者である被告田中には、過 失があったことが推定されるから、右両名は、右商標権侵害行為によって原告アソシエイ ツが被った損害を賠償する責任がある。  なお、被告騎虎書房については、被告エス・エス・アイと代表者が同じである等の原告 ら主張(前記第四の四原告らの主張7)に係る事実によっても、右商標権侵害行為につい て責任があるとは認められない。 (六) 後記四・2・(一)認定の本件商標の使用状況等からすると、本件商標権侵害に基づ く、信用回復措置としての謝罪広告の請求は認められない。 三 争点三について 1 本件商品表示及び本件営業表示について (一) 本件商品表示について  前記第二・一・1・(四)の事実に証拠(甲二一ないし三三、三五、検甲三、五)及び弁 論の全趣旨を総合すると、(1)原告創元社は、本件第一著作物・日本語訳版(同朗読カセッ トテープセットを含む。)について、日本文題名「人を動かす」、英文題名「How to Win Friends and Influence People」、日本文著者名「D・カーネギー」という表示を、本件第一著作物・ 日本語訳版には、これら加えて、英文著者名「D. Carnegie」という表示をそれぞれ付して 販売していること、(2)本件第一著作物・日本語訳版は、昭和三三年の初版発行以来、四〇 年以上にわたって増刷を重ね、日本国内で約三〇〇万部を売り上げたこと、(3)本件第一著 作物・日本語訳版は、日本において、ビジネスマン向けの雑誌などに多く取り上げられて いること、以上の事実が認められる。  以上の事実によると、本件商品表示は、原告創元社の商品を表示するものとして広く知 られていたものと認められる。しかし、それが著名であるとまでは認められない。 (二) 本件営業表示について  前記第二・一・1・(三)の事実に証拠(甲三三ないし三五、四二ないし四六、四八ない し五一)及び弁論の全趣旨を総合すると、原告アソシエイツは、一九五五年(昭和三〇年) のデール・カーネギーの死去後、デール・カーネギーが行っていた「デール・カーネギー・ コース」等の教育事業を承継し、同事業を自ら実施するか、又は世界七〇数か国(日本も含 む)のライセンシーを通じて実施してきており、一九一二年の開始以降、「デール・カーネ ギー・コース」等の修了者は世界中で四五〇万人を超えていること、日本においては、昭 和三八年から、「デール・カーネギー・コース」等の各コース(本件教育事業)が、全国の 各都市において継続して開講され、その修了者はこれまでに六万人以上に達していること、 右の各コースは、コミュニケーション能力の向上、リーダーシップの養成等を目的とする ものであり、受講対象者は、主としてビジネスマンであるが、各コースの内容等により、 高校生から企業の経営者まで幅広いものであること、右の各コースは、官公庁や各企業の 研修にも多く利用されていること、平成六年から、原告パンポテンシアが、原告アソシエ イツの許諾(売上金額の一二パーセントのロイヤリティを支払うとの約定)を受けて本件 教育事業を行っており、事業を総称するものとして、「デール・カーネギー・トレーニング」 の名称を使用していること、以上の事実が認められ、これらの事実からすると、「デール・ カーネギー・コース」、「デール・カーネギー・トレーニング」の各表示は、原告パンポテ ンシア及び原告アソシエイツの本件教育事業を表示するものとして、広く知られていたも のと認められる。しかし、それが著名であるとまでは認められない。  2 被告らの行為とその不正競争行為該当性について (一) 本件書籍について  証拠(検甲六)によると、被告騎虎書房は、本件書籍に、「こうすれば人は動く」、「How to Win Friends and Influence People」、「デール・カーネギー著」という各表示を付してい ることが認められる。  ところで、自己の商品等表示に他人の商品等表示と同一又は類似する表示が含まれてい るとしても、それが、専ら商品の内容、特徴等を表現するために用いられた場合は、他人 の商品等表示と同一又は類似のものを使用したということはできないところ、本件書籍の 右表示は、デール・カーネギーの著作であること、その題名が英文では「How to Win Friends and Influence People」であること、それを日本語に訳すと「こうすれば人は動く」とな ることを示しているもの(この訳は、直訳ではないが、英文を訳したものでないとまでは いえない。)にすぎず、専ら商品の内容、特徴等を表現するために用いられているというこ とができるから、本件書籍の右表示は、本件商品表示及び本件営業表示と同一又は類似の ものを使用したものであるということはできない。  また、前記二・1・(一)認定のとおり、本件書籍には、奥付部分及び綴じ込みはがきに 「SSI D・カーネギー プログラムス」という記載が存するが、これらは、本件書籍 を読んだ感想等を送付するための送付先を示すものであって、本件書籍中における右の各 記載が、被告の商品を表示するものとして用いられているとは認められない。  したがって、本件書籍については、不正競争行為は認められない。 (二) 本件カセットテープセットについて (1) 前記二2(一)認定のとおり、本件カセットテープセットには、「D・カーネギー ゴ ールデンルール・プログラム」、「D. Carnegie's Golden Rules Program」、「D・カーネギ ー ヒューマンモティベーション・システム」、「D.Carnegie's Motivation Systems」及 び「SSI D・カーネギー プログラムス」という表示が付されている。そして、前記二・ 2・(二)認定のとおり、これらの表示の要部は、「D・カーネギー」又は「D. Carnegie」 の部分である。 (2) 証拠(検甲五)によると、本件商品表示のうち、最も需要者の目をひく部分は、題名 である「人を動かす」という部分であると認められるが、本件カセットテープセットに付 された右の各表示には、この部分と同一又は類似した部分はなく、「How to Win Friends and Influence People」という部分と同一又は類似した部分もない。したがって、本件商品表 示のうち「デール・カーネギー」又は「D. Carnegie」という部分が、本件カセットテープ セットに付された右(1)の各表示の要部と同一又は類似であるとしても、全体として、本件 商品表示と本件カセットテープセットに付された右の各表示が類似すると認めることはで きない。  したがって、本件カセットテープセットについて、本件商品表示に関する不正競争行為 は認められない。 (3) 本件営業表示は、「デール・カーネギー」と「コース」又は「トレーニング」を組み 合わせたものであるが、「コース」又は「トレーニング」が一般的抽象的な概念を示すもの であることや前記二2(二)認定のとおり「デール・カーネギー」が広く知られていること からすると、本件営業表示の要部は、「デール・カーネギー」の部分であると認められる。  そうすると、本件営業表示と本件カセットテープセットに付された表示とは、類似して いるというべきである。  証拠(甲五三の一ないし三)によると、本件カセットテープセットは、コミュニケーシ ョン能力の向上、指導力の形成等を目的とした商品として販売されていると認められるか ら、本件教育事業とは、その目的において重なるものであり、一般的に授業の内容がカセ ットテープや書籍として発売されることがあり得ることを併せて考えると、被告エス・エ ス・アイが本件カセットテープセットに右の表示を付したことにより、需要者をして、原 告パンポテンシア又は原告アソシエイツとの間に何らかの緊密な営業上の関係又は同一の 商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させるおそれがあるものと認めら れる。  したがって、被告エス・エス・アイが、本件カセットテープセットについて、右(1)の表 示を使用する行為は、不正競争行為となる。 (4) 原告パンポテンシア及び原告アソシエイツは、被告エス・エス・アイの右不正競争行 為によって営業上の利益を侵害されたものと認められる。  そして、以上述べたところに弁論の全趣旨を総合すると、被告エス・エス・アイの代表 者である被告田中は、右の不正競争行為について、少なくとも過失があったものと認めら れるから、被告エス・エス・アイ及びその代表者である被告田中は、右不正競争行為によ って原告パンポテンシア及び原告アソシエイツが被った損害を賠償する責任がある。  なお、被告騎虎書房については、被告エス・エス・アイと代表者が同じである等の原告 ら主張(前記第四の四原告らの主張7)に係る事実によっても、右不正競争行為について 責任があるとは認められない。 (三) 被告営業表示について (1) 証拠(甲五三の一ないし七、甲五七)及び弁論の全趣旨によると、被告エス・エス・ アイは、本件カセットテープセットの販売に当たって、その営業上の施設又は活動に、「S SI D・カーネギー プログラムス」の表示を使用していることが認められる。また、 前記二1(一)認定のとおり、本件書籍には、奥付部分及び綴じ込みはがきに「SSI D・ カーネギー プログラムス」という記載が存することからすると、被告騎虎書房も、本件 書籍の販売に当たって、その営業上の活動に、「SSI D・カーネギー プログラムス」 の表示を使用しているものと認められる。 (2) 右(二)(2)(3)で述べたとおり、「SSI D・カーネギー プログラムス」の表示は、 本件営業表示と類似するが、本件商品表示とは類似しない。  そして、右(二)(3)で述べたのと同様の理由により、右の表示を付したことにより、需要 者をして、被告エス・エス・アイ及び被告騎虎書房と原告パンポテンシア又は原告アソシ エイツとの間に何らかの緊密な営業上の関係又は同一の商品化事業を営むグループに属す る関係が存すると誤信させるおそれがあるものと認められる。  したがって、被告エス・エス・アイ及び被告騎虎書房が、「SSI D・カーネギー プ ログラムス」の表示を使用する行為は、不正競争行為となる。 (3) 原告パンポテンシア及び原告アソシエイツは、被告エス・エス・アイ及び被告騎虎書 房の右不正競争行為によって営業上の利益を侵害されたものと認められる。  そして、以上述べたところに弁論の全趣旨を総合すると、被告エス・エス・アイ及び被 告騎虎書房の代表者である被告田中は、右の不正競争行為について、少なくとも過失があ ったものと認められる。 (四) 原告パンポテンシア及び原告アソシエイツが、被告エス・エス・アイ及び被告騎虎 書房の右の各不正競争行為によって業務上の信用を害されたというべき具体的な事情は認 められないから、信用回復措置としての謝罪広告の請求は認められない。 四 争点四について  《中 略》 五 結論  以上の次第で、原告らの被告らに対する各請求については、主文掲記の範囲において理 由がある。 東京地方裁判所民事第四七部 裁判長裁判官 森 義之    裁判官 内藤裕之    裁判官 杜下弘記