・東京高判平成13年6月21日判時1765号96頁  「みずみずしいすいか」写真事件:控訴審。  控訴認容。  判決は、「本件写真は、そこに表現されたものから明らかなとおり、屋内に撮影場所 を選び、西瓜、篭、氷、青いグラデーション用紙等を組み合わせることにより、人為的 に作り出された被写体であるから、被写体の決定自体に独自性を認める余地が十分認め られるものである。したがって、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャ ッター速度の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分 についてのみならず、被写体の決定における創造的な表現部分についても、本件写真に そのような部分が存在するか、存在するとして、そのような部分において本件写真と被 控訴人写真が共通しているか否かをも検討しなければならないことになるものというべ きである」としたうえで、「本件写真は、作者である控訴人の思想又は感情が表れてい るものであるから、著作物性が認められるものであり、被控訴人写真は、本件写真に表 現されたものの範囲内で、これをいわば粗雑に再製又は改変したにすぎないものという べきである。このような再製又は改変が、著作権法上、違法なものであることは明らか というべきである」として、同一性保持権の侵害にもとづく損害賠償請求を100万円 に限り認容した。 (第一審:東京地判平成11年12月15日) ■判決文 第3 当裁判所の判断  当裁判所は、控訴人の本訴請求につき、控訴人が、被控訴人らに対して、慰謝料10 0万円の連帯しての支払を求め、被控訴人会社に、その作成した被控訴人カタログの発 行及び頒布の中止を求める限度において理由があり、その余は理由がないものと判断す る。その理由は、次のとおりである。 1 本件写真と被控訴人写真との対比について (1)写真著作物について  写真著作物において、例えば、景色、人物等、現在する物が被写体となっている場合 の多くにおけるように、被写体自体に格別の独自性が認められないときは、創作的表現 は、撮影や現像等における独自の工夫によってしか生じ得ないことになるから、写真著 作物が類似するかどうかを検討するに当たっては、被写体に関する要素が共通するか否 かはほとんどあるいは全く問題にならず、事実上、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レ ンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる 創造的な表現部分が共通するか否かのみを考慮して判断することになろう。  しかしながら、被写体の決定自体について、すなわち、撮影の対象物の選択、組合せ、 配置等において創作的な表現がなされ、それに著作権法上の保護に値する独自性が与え られることは、十分あり得ることであり、その場合には、被写体の決定自体における、 創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは、 当然である。写真著作物における創作性は、最終的に当該写真として示されているもの が何を有するかによって判断されるべきものであり、これを決めるのは、被写体とこれ を撮影するに当たっての撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速 度の設定、現像の手法等における工夫の双方であり、その一方ではないことは、論ずる までもないことだからである。  本件写真は、そこに表現されたものから明らかなとおり、屋内に撮影場所を選び、西 瓜、篭、氷、青いグラデーション用紙等を組み合わせることにより、人為的に作り出さ れた被写体であるから、被写体の決定自体に独自性を認める余地が十分認められるもの である。したがって、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度 の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分についての みならず、被写体の決定における創造的な表現部分についても、本件写真にそのような 部分が存在するか、存在するとして、そのような部分において本件写真と被控訴人写真 が共通しているか否かをも検討しなければならないことになるものというべきである。  この点について、被控訴人会社は、写真については、事実上、同一のものでない限り 著作者人格権あるいは著作権の侵害とはならないというべきであると主張し、写真業界 においては、これが定説であるという。しかし、被控訴人会社の主張は、写真の著作物 については、著作権法の規定を無視せよというに等しいものであり、採用できない。仮 に、被控訴人会社主張のような見解が写真業界において定説となっているとしても、そ のことは、誤った見解が何らかの理由によってある範囲内において定説となった場合の 一例を提供するにすぎず、著作権法の正当な解釈を何ら左右するものではない。 (2)本件写真の表現について  証拠(甲第1号証〜第5号証、第11号証、乙第1号証)によれば、本件写真は、 〔1〕前面の中央に、半分に切った大きな楕円球の西瓜を、切り口を上に向けて横長に 配置し、〔2〕同西瓜の下に、ブロック状の多数の氷を配置し、〔3〕同西瓜の上には、 略三角形に切った6切れの西瓜を、右側に傾斜させて一列に並べて配置し、〔4〕前面 の半分に切った大きな楕円球の西瓜の後方やや左側には、大きな円球の西瓜を配置し、 その左後方に、一部が見えるように小さい円球の西瓜を配置し、〔5〕前面の半分に切 った大きな楕円球の西瓜の後方右側には、取っ手のついた籐の篭に、横長に入れられた 小さな楕円球の西瓜と小さい円球の西瓜を配置し、〔6〕後方の3個の西瓜の上には、 各西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し、〔7〕青いグラデーション用紙により背 景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたものであることが認められる。  さらに具体的にみると、半分に切った大きな楕円球の西瓜は、切り口が全面的に鋸の 刃のようにV字型に切り欠かれており、その切欠きに、略三角形に切った西瓜が整然と 並べられていること、配置した西瓜の全体に、水滴が付く程度に水を撒き、右前方から 西瓜の表面に光を当てて、西瓜がみずみずしくみえるように工夫されていること、カメ ラアングルとしては、配置された西瓜が、やや下方から撮影されていることが認められ る。 (3)被控訴人写真の表現について (イ)被控訴人写真は、〔1〕前面の中央に、半分に切った大きい楕円球の西瓜様のも のを、切り口を上に向けて配置し、〔2〕この西瓜様のものの上には、略三角形に切っ た6切れの西瓜を、左側に傾斜させて一列に並べて配置し、〔3〕前面の半分に切った 大きい楕円球の西瓜様のものの後方には、大きな円球の西瓜を配置し、その左後方に、 小さい円球の西瓜を配置し、〔4〕前面の半分に切った大きい楕円球の西瓜様のものの 右横には、小さな円球の西瓜を配し、後方右側には、ざるに、横長に入れられた大きい 楕円球の西瓜様のものを配置し、〔5〕後方中央の大きな円球の西瓜から右前方にかけ ての西瓜の上には、西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し、〔6〕青いグラデーシ ョン用紙により背景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたものであることが認めら れる。  撮影方法については、左方から西瓜の表面に光を当ていること、カメラアングルとし ては、配置された西瓜を、やや上方から撮影していることが認められる。 (ロ)甲第2号証、第3号証、甲第11号証、乙第1号証及び第2号証、第5号証及び 第6号証によれば、被控訴人写真に写っている楕円球の西瓜様のものは、本件写真の西 瓜と同様に楕円球ではあるけれども、表面に西瓜特有の縞模様がなく、一面が濃緑色で あり、中身は白色をしていることが認められる。乙第5号証、第6号証に写っている西 瓜様のものの表面と、甲第11号証(第41「懐かしい冬瓜スープ」という写真)に掲 載されている冬瓜の写真のその表面とを比べると、色彩、色合い、模様が、極めてよく 似ている。  また、被控訴人B自身も、本人尋問においては、本人の実家の隣家から入手した西瓜 であることを強調しているものの、乙第3号証によれば、当初は、「大分前のことなの で記憶が定かではないのですが、これは、冬瓜だったかもしれません。」と陳述してい たことが認められる。  そうすると、他に確定的に否定し得る格別の証拠でもない限り、被控訴人写真の上記 西瓜様のものは、冬瓜であるとみるべきである。そして、本件全証拠を検討しても、上 記認定を否定し得る証拠を見いだすことができない。  そして、被控訴人写真の、ざるに入れられた大きい楕円球の西瓜様のものも、上記西 瓜様のものとの対比により、冬瓜であると推認することができる。 (4)本件写真と被控訴人写真との表現の対比 (イ)本件写真と被控訴人写真とを対比すると、被写体の決定において、すなわち、素 材の選択、組合せ及び配置において著しく似ていることが認められる。  すなわち、前面の中央に半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜を、切り口を上 に向けて配置し、その上には、略三角形に切った6切れの西瓜を傾斜させて一列に並べ て配置し、半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方には、大きな円球の西瓜 を配置し、その左後方に、やや小さい円球の西瓜を配置し、半分に切った大きな楕円球 の西瓜ないし冬瓜の後方右側には、籐の篭ないしざるに、横長に入れられた楕円球の西 瓜ないし冬瓜を配置し、その楕円球の西瓜ないし冬瓜の右前方に小さい西瓜を配置し、 後方には、西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し、青いグラデーション用紙により 背景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたという全体の構図において共通している。  そして、前面中央の半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の上に、略三角形に 切った6切れの西瓜を、傾斜させて一列に並べて配置した構図においても、本件写真と 被控訴人写真とが共通していることは明らかである。 (ロ)一方、前面の中央に半分に切った大きな楕円球のものが、前者では、楕円球の西 瓜であるのに対し、後者では、冬瓜である点(相違点〔1〕)、上記楕円球のものが、 前者では、水平方向に半球状に切られ、そのうえ、上記切り口がV字型に切り欠かれて いるのに対し、後者では、単に、水平方向に半球状に切られているだけである点(相違 点〔2〕)、略三角形に薄く切られた西瓜が、前者では、右側に傾斜しているのに対し、 後者では、左側に傾斜している点(相違点〔3〕)、前者では、中央前面に氷が敷かれ ているのに対し、後者では、これがない点(相違点〔4〕)、上記の大きな楕円球の西 瓜ないし冬瓜の後方右側にあるのが、前者では、籐の篭に、横長に入れられた小さな楕 円球の西瓜であるのに対し、後者では、ざるに、横長に入れられた大きな楕円球の冬瓜 である点(相違点〔5〕)、右前方の小さい西瓜が、前者では、籐の篭に入れられてい るのに対し、後者では、入れられていない点(相違点〔6〕)、光の当て方等について、 前者では、配置した西瓜の全体に、水滴が付く程度に水を撒き、右前方から西瓜の表面 に光を当てて、西瓜がみずみずしくみえるように工夫されているのに対し、後者では、 格別の工夫はなされていない点(相違点〔7〕)、カメラアングルについて、前者では、 中央に配置された西瓜及び薄く切られた西瓜を、やや下方から撮影しているのに対し、 後者では、やや上方から撮影している点(相違点〔8〕)で、それぞれ相違している。 2 被控訴人写真が本件写真に依拠したものかどうかについて (1)本件写真と被控訴人写真との表現の類似性 (イ)本件写真と被控訴人写真とを、その使用する素材について比較すると、いずれも、 大きい円球の西瓜1個、小さい円球の西瓜2個、楕円球の西瓜ないし冬瓜1個、半分に 切った大きい楕円球の西瓜ないし冬瓜1個、略三角形に切った西瓜6切れ、葉や花を伴 った西瓜の蔓1本、青いグラデーション用紙を選択しており、相違するのは、氷の有無、 籐の篭とざるの違い、西瓜と冬瓜の違い、篭ないしざるに入った楕円球の西瓜あるいは 冬瓜の大きさの違いだけである。西瓜を主題(モチーフ)とする写真を撮影する場合、 多種多様な西瓜があり、その数も任意に選択できるのであり、切り方も自由に選べるの である。本件写真と被控訴人写真のように、西瓜の種類、個数、切り方から、葉や花を 伴った西瓜の蔓があること、青いグラデーション用紙を使用することまで一致すること は、偶然には生じ得ないこととはいえないであろうが、偶然に生じる確率を大きいもの とすることもできないであろう。 (ロ)また、本件写真と被控訴人写真とを、被写体の配列の観点からみると、いずれも、 前面中央の半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の上に、略三角形に切った6切 れの西瓜を傾斜させて一列に並べて配置し、その背後には、大きい円球の西瓜を配置し、 その左側に小さい円球の西瓜を配置し、右側には籐の篭ないしざるを用意して、同所に 大きい楕円球の西瓜ないし冬瓜を配置し、その右前方に小さい円球の西瓜を配置し、こ れらの西瓜の上には、葉や花を伴った西瓜の蔓1本を配置し、背景として、グラデーシ ョン用紙により盛夏を思わせる青色の色彩としていることが認められる。 (ハ)本件写真の素材自体は、西瓜(切ったもの、丸のままのもの)、西瓜の蔓、ブロ ック状の氷、籐の篭、背景としての青であって、日常生活の中によく見られるありふれ たものばかりであることが明らかである。しかし、その構図、すなわち、素材の選択、 組合せ及び配置は、全体的に観察すると、西瓜を主題(モチーフ)として、人為的に、 夏の青空の下でのみずみずしい西瓜を演出しようとする、作者の思想又は感情が表れて いるものであり、この思想又は感情の下で、前記のありふれた多数の素材を、本件写真 にあるとおりの組合せ及び配置として一体のものとしてまとめているものと認められる。  他の者が、このような作為的な表現についての発想を、控訴人とは全く別個に得る可 能性を全くないものとすることはできないであろう。しかし、このように一致した配置 及び構図の着想に至ったのが偶然であったとしたら、相当に珍しいことが生じたものと いうことは許されるであろう。 (ニ)被控訴人Bは、こうした配置は、写真家であれば誰でも思いつく定石の範囲を超 えるものではない旨主張する。  しかしながら、被控訴人Bは、上記主張を裏付けるための何らの立証をもしていない。 もし、本件写真がありふれたものであるならば、本件写真のような素材を選択し、配置 した写真、西瓜の背景としてグラデーション用紙を利用した写真等を、証拠として提出 できるはずである。しかし、そのような作品は、証拠として全く提出されていない。す なわち、本件全証拠を検討しても、そのような作品を見いだすことはできない。被控訴 人Bは、自分自身プロの写真家なのであるから、上記主張が正しいなら、自己が過去に 撮影した膨大な写真の中から、被控訴人写真と類似する写真を提出することができるの ではないかと思われるのに、これをしていないのである。被控訴人Bが自己の撮影した 写真として提出する乙第22号証及び第24号証によれば、同人は、北海道の大自然、 風景、動植物、食材等のありのままの姿を撮影することを作風としていることが認めら れ、同事実からすると、被控訴人写真においてなされている作為的な表現は、被控訴人 Bの作風とは、著しく異なっているものと考えざるを得ないのである。 (ホ)以上、検討したところによれば、本件写真と被控訴人写真との上記類似性は、被 控訴人写真が本件写真に依拠して作成されたものであることを強く推認させる事情とな っているものというべきである。 (2)証拠(甲第4号証、第5号証、被控訴人B及び被控訴人会社代表者各尋問の結果) によれば、本件写真は、昭和61年7月に、控訴人によって撮影され、同月発行の「き ょうの料理」(日本放送出版協会発行)に掲載され、さらに、平成4年11月発行の 「A(仮名)の旬菜果」(誠文堂新光社発行)に掲載されたこと、被控訴人会社の代表 者であるCは、平成5年2月下旬ころ、写真原稿寄託業務契約に関し、控訴人の事務所 を訪問し、その後の同年3月18日、再度、控訴人の事務所を訪れた際、控訴人の作品 である「A(仮名)の旬菜果」を購入して持ち帰ったこと、被控訴人BとCは、平成4 年ころから取引を開始し、被控訴人Bは現在までに約5万枚の写真を被控訴人会社に預 けていること、被控訴人Bは、平成5年8月18日ころに被控訴人写真を撮影し、その 後、時期は不明であるが、この写真を被控訴人会社に寄託していたこと、被控訴人会社 は、被控訴人写真を、自社の被控訴人カタログに掲載したことが認められる。  上記認定の事実によれば、被控訴人Bが、被控訴人写真を撮影したのは、Cが「A (仮名)の旬菜果」を入手してから5か月後の時期であり、被控訴人BとCとの上記関 係からすれば、被控訴人Bには、被控訴人写真を撮影する前に、本件写真に接する機会 があったことが明らかである。すなわち、被控訴人Bは、Cの所持していた「A(仮名) の旬菜果」を見ることが物理的に可能であったものであり、本件写真に依拠し得る立場 にいたものということができるのである。 (3)被控訴人Bが、平成10年11月20日の控訴人への電話で、本件写真を参考に したことを認める発言をしたかどうかについて検討する。 (イ)控訴人は、被控訴人Bは、控訴人から抗議を受けた後の平成10年11月20日 の電話で話した際に、控訴人の写真に感動し、参考にしたと明言しており、この場合、 被控訴人Bが感動し参考にしたのは、写真集「A(仮名)の旬菜果」しかあり得ない旨 主張し、他方、被控訴人Bは、どの写真を問題とされているか確認することなく控訴人 に電話をかけたのであり、一般論として、「色々な先生方の写真を見ている。すばらし いものがたくさんあるので勉強している。」と述べたまでであり、控訴人の写真を見た とかまねをしたなどとは言っていない旨主張している。 (ロ)証拠(甲第32号証の1〜3、第33号証の1、2、第35号証、乙第3号証、 控訴人、被控訴人B、被控訴人会社代表者各尋問の結果)によれば、Cは、被控訴人会 社の取引先である控訴人から問い合わせを受け、平成10年11月16日、控訴人に、 被控訴人カタログ2冊を送付したこと、控訴人は、同月19日、上記カタログに被控訴 人写真が掲載されていることを知り、本件写真を模倣して撮影したものだと考え、直ち に、被控訴人会社に、「カタログの125頁の中央に掲載されている「西瓜」の写真を 撮影した写真家は誰ですか」、「私の写真集「A(仮名)の旬菜果」に掲載されている 写真と似ている」、「意図的盗作としか思えない」などと記載した抗議文に本件写真と 被控訴人写真を添付してファックスを送信したこと、Cは、同月20日、出張中であっ た被控訴人Bに電話し、控訴人に電話するように依頼したこと、被控訴人Bは、同日、 控訴人に電話をしたこと、被控訴人Bは、同月24日、控訴人の事務所に電話をかけ、 電話に出た控訴人のスタッフEに対し、被控訴人写真は被控訴人Bのオリジナル作品で ある、本件写真は全く見たことがない旨述べたこと、Cは、同月25日、控訴人に対し、 被控訴人写真は本件写真を参考にしたものではないというファックスを送信したこと、 控訴人は、20日までの被控訴人B及びCの電話で、両名が謝罪の意を表明していると 思い、その後24日に再度被控訴人Bから電話があるまで、被控訴人らに対して、何ら の抗議の言動をとっていなかったことが認められる。  上記認定の事実によれば、Cは、控訴人からの抗議のファックス(甲第32号証の1 〜3)をみて、被控訴人Bに連絡しているのであり、上記ファックスでは、添付されて いる被控訴人写真の写し(甲第32号証の3)、あるいは、「カタログ125頁の中央 に掲載されている西瓜の写真」との文言(甲第32号証の1)により、抗議の対象とな っている写真自体は十分に特定されているのに対し、それ以外に、当該写真の撮影者を 特定する資料は存在しないから、Cは、抗議の対象となっている写真がどれであるかを まず理解し、そのことを通じて、連絡すべき撮影者が被控訴人Bであることを理解した ことになる。Cは、このような状況の下で、被控訴人Bに対して電話して、控訴人に電 話するように依頼しているのである。この際のCと被控訴人Bとの間の電話で、問題と されているのが被控訴人写真であることが話されなかったということは、非常に考えに くいことというべきである。  被控訴人Bが、平成10年11月20日に控訴人へ電話するまでのいきさつが上記の ようなものであったとすると、どの写真が問題とされているかを確認しないままに電話 をかけたのであり、一般論として「色々な先生方の写真を見ている。すばらしいものが たくさんあるので勉強している。」と述べただけであるとする被控訴人Bの主張は、簡 単には納得することのできないものとなるというべきである。Cからいわれて被控訴人 Bがわざわざかけた電話において、控訴人はもちろん、被控訴人Bも、問題とされてい る写真が被控訴人写真であることを認識しつつ話すとすれば、そこでの話は同写真のこ とに向かうのが自然であり、これについての具体的な話しを離れて一般的な話しで終わ るということは考えにくいことというべきである。もし、被控訴人Bの返事がその程度 のものであったのであれば、控訴人のこれに対する最終的な反応は、相当に厳しく激し いものとなるであろうと考えるのが合理的であるのに、控訴人に生じた反応がそのよう なものであったことは、本件全証拠によっても認めることができず、控訴人が4日後に 被控訴人Bからの再度の電話があるまで抗議の言動をしていないことを基礎において、 甲第35号証(控訴人の陳述書)、控訴人本人尋問の結果の関係部分を検討すれば、2 0日の電話による被控訴人Bの返事は、一応、控訴人を納得させるものであった見込み が極めて大きいということができる。  以上によれば、被控訴人Bは、控訴人がどの写真を問題視しているかを十分に認識し たうえ、控訴人の写真に感動し、参考にした旨伝えたものと認めるのが合理的であると いうことができる。そして、これを前提にすると、被控訴人Bが、被控訴人写真の撮影 の経緯についての説明を変遷させたとする控訴人の供述(甲第35号証及び控訴人本人 尋問の結果)は、極めて自然に理解できるものとなる。要するに、被控訴人Bは、20 日の時点では、本件写真を参考にしたことを認めていたのに、その後、何らかの理由で、 これを否定するようになったと認められるのである。  したがって、少なくとも11月20日の時点では、被控訴人Bは、控訴人に対し、本 件写真を参考にした旨説明していたものというべきである。  上記認定に反する被控訴人代表者及び被控訴人B各本人尋問の結果並びに乙第3号証 (被控訴人Bの陳述書)及び丙第1号証(Cの陳述書)その他の証拠は、採用できない。 (4)前述したとおり、被控訴人写真に写っている楕円球の西瓜様のものは、冬瓜であ ると認められる。  被控訴人写真が西瓜を主題(モチーフ)とする作品であることは、写真自体から明ら かであり、被控訴人B自身も認めるところであって、これに冬瓜を加えるのは、明らか に主題に反することであり、通常の社会常識からすれば、異例なことである。逆にいえ ば、そこには、冬瓜を西瓜に見せかけて加えざるを得なかった何らかの必要があったこ とを強くうかがわせるものである。 (5)以上の認定を総合すると、被控訴人Bは、本件写真に依拠して被控訴人写真を撮 影したと認められ、かつ、被控訴人Bは、本件写真に依拠しない限り、到底、被控訴人 写真を撮影することができなかったものと認められる。 (6)被控訴人Bは、平成5年8月18日、晴れか曇りの日に、知人と一緒に旭川市に 果物写真の撮影に赴き、付近の西瓜畑にあった西瓜を、被控訴人B独自の着想によって、 被控訴人写真のとおりに配置し、撮影したのであり、被控訴人Bは、それまでに本件写 真を見たことはない、参考にしたこともない旨主張し、これに沿った陳述書を提出し、 かつ、被控訴人B本人尋問で陳述しているが、上記認定に照らし、採用することができ ない。  その他依拠を否定する被控訴人Bの主張は、いずれも採用できない。 3 被控訴人Bの侵害行為について (1)相違点の検討  相違点〔1〕(前面の中央に半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜が、本件写 真は、楕円球の西瓜であるのに対し、被控訴人写真は、冬瓜である点)、相違点〔5〕 (大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方右側にあるのが、本件写真では、籐の篭に、横 長に入れられた小さな楕円球の西瓜であるのに対し、被控訴人写真では、ざるに、横長 に入れられた大きな楕円球の冬瓜である点)については、前記のとおり、被控訴人写真 も、本件写真と同様に、西瓜を主題(モチーフ)とする作品であり、このことは、被控 訴人B自身も認めているところである。被控訴人Bが、本件写真に依拠して被控訴人写 真を作成しつつ、楕円球の西瓜でなく冬瓜としたことは、本件写真を改悪したものとい わざるを得ない。また、本件写真において籐の篭が与える印象を、ざるに代えたことで、 個性ある表現をありふれた表現にしたものといわざるを得ない。  相違点〔2〕(楕円球の西瓜ないし冬瓜が、本件写真は、水平方向に半球状に切られ、 そのうえ、上記切り口がV字型に切り欠かれているのに対し、被控訴人写真では、単に、 水平方向に半球状に切られているだけである点)、相違点〔4〕(本件写真は、中央前 面に氷が敷かれているのに対し、被控訴人写真では、これがない点)については、本件 写真中の表現の一部を欠いているものである。この表現の欠如から、被控訴人写真に、 本件写真とは異なる思想又は感情を読み取ることはできない。  相違点〔3〕(略三角形に薄く切られた西瓜が、本件写真は、右側に傾斜しているの に対し、被控訴人写真では、左側に傾斜している点)、相違点〔6〕(右前方の小さい 西瓜が、本件写真では、籐の篭に入れられているのに対し、被控訴人写真では、入れら れていない点)、相違点〔8〕(カメラアングルについて、本件写真は、中央に配置さ れた西瓜及び薄く切られた西瓜を、やや下方から撮影しているのに対し、被控訴人写真 では、やや上方から撮影している点)については、いずれも、些細な、格別に意味のな い相違にすぎず、これらの相違から、被控訴人写真に、本件写真とは異なる思想又は感 情を読み取ることはできない。  相違点〔7〕(光りの当て方等について、本件写真は、配置した西瓜の全体に、水滴 が付く程度に水を撒き、右前方から西瓜の表面に光を当てて、西瓜がみずみずしくみえ るように工夫されているのに対し、被控訴人写真では、格別の工夫はなされていない点) については、本件写真の改悪であることが明らかである。 (2)以上によれば、被控訴人写真は、本件写真の表現の一部を欠いているか、本件写 真を改悪したか、あるいは、本件写真に、些細な、格別に意味のない相違を付与したか、 という程度のものにすぎないのであり、しかも、これらの相違点は、そこから被控訴人 B独自の思想又は感情を読み取ることができるようなものではない。  前述したとおり、本件写真は、作者である控訴人の思想又は感情が表れているもので あるから、著作物性が認められるものであり、被控訴人写真は、本件写真に表現された ものの範囲内で、これをいわば粗雑に再製又は改変したにすぎないものというべきであ る。このような再製又は改変が、著作権法上、違法なものであることは明らかというべ きである。 (3)この点について、被控訴人Bは、被写体を容易かつ正確に表現できることに最大 の利点がある写真について、先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真を 撮影してはならないとなると、写真による表現行為は著しく制約されることになり、こ うした結論が創作活動の動機付けを与えようとする著作権法の趣旨に反することは、明 らかである旨主張する。  しかしながら、当裁判所は、先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真 一般について、そのような写真を撮影するのが著作権法に違反するといっているのでは ない。特に、先行著作物の被写体を参考として利用しつつ、被写体を決定し、自らの創 作力を発揮して新しい写真を撮影することが、著作権法に違反するといっているのでは ない。当裁判所がいっているのは、先行著作物において、その保護の範囲をどのように とらえるべきかはともかく、被写体の決定自体に著作権法上の保護に値する独自性が与 えられているとき、上記のような形でこれを再製又は改変することは許されないという ことだけである。したがって、上記のように解したからといって、写真による表現行為 が著しく制約されるということに、決してなるものではない。 4 同一性保持権侵害について  前記認定の事実によれば、被控訴人Bは、本件写真と類似する被控訴人写真を製作し、 被控訴人カタログに掲載したのであり、前述したとおり、被控訴人写真が本件写真と相 違していることからすれば、被控訴人Bは、本件写真の表現を変更しあるいは一部切除 してこれを改変したものであることが、明らかである。  したがって、被控訴人Bの行為は、著作者である被控訴人の承諾又は著作権法の定め る適用除外規定に該当する事由がない限り、本件写真について控訴人が有する同一性保 持権を侵害するものとなる(著作権法20条)。ところが、被控訴人Bにつき、控訴人 の承諾を得ているとも、著作権法の定める適用除外規定に該当する事由があるとも認め られないから、被控訴人Bの行為は、本件写真について控訴人が有する同一性保持権を 侵害するものである。 5 被控訴人らの責任について (1)被控訴人Bの責任  前述したところによれば、控訴人Bが被控訴人写真を撮影した行為は、控訴人の有す る同一性保持権を侵害するものであり、後記認定のとおり、被控訴人写真のデュープフ ィルム(写真原稿)を被控訴人会社に預け、Cと打ち合わせて、これを被控訴人会社発 行の被控訴人カタログに掲載し、これを頒布したことをも含めて、これらの行為全体が、 一体として、故意による同一性保持権侵害の不法行為を構成するものというべきである。 (2)被控訴人会社の責任 (イ)前述したとおり、被控訴人会社は、控訴人の有する同一性保持権を侵害する被控 訴人写真を、被控訴人カタログに掲載したのであるから、被控訴人会社に故意又は過失 が認められれば、不法行為が成立する。 (ロ)Cが、平成5年3月18日、控訴人の事務所を訪れた際、控訴人の作品である 「A(仮名)の旬菜果」を購入して持ち帰ったことは、前記認定のとおりである。  証拠(甲第3号証、第29号証、被控訴人会社代表者尋問の結果)によれば、Cは、 平成5年の時点で、既に、約12年間にわたり、写真家から写真のデュープフィルム (写真原稿)を預かり、これを有償で希望する者に貸し出すことを業として営んでいた こと、Cは、その時期は明らかでないが、被控訴人会社の業務として、被控訴人Bから 他の多くの写真のフィルムとともに、被控訴人写真のデュープフィルムを預かっていた こと、Cと被控訴人Bは、打ち合わせのうえ、被控訴人写真を被控訴人会社の発行する 被控訴人カタログに掲載したことが認められる。  被控訴人会社は、預かっているデュープフィルムを有償で第三者に貸し出し、デュー プフィルムのもととなる写真を使用させるのであるから、そのデュープフィルム貸出し によって著作者人格権侵害が発生しないように細心の注意を払うべき義務があったもの というべきである。上記認定の事実によれば、Cは、少なくとも、被控訴人写真が「A (仮名)の旬菜果」に掲載されている本件写真に類似していることを認識し得たはずで あり、それにもかかわらず、被控訴人カタログに被控訴人写真を掲載したのであるから、 被控訴人会社の同行為が上記義務に違反することは明らかというべきである。  そうすると、被控訴人会社は、上記侵害行為について過失があったことが認められる。 (ハ)被控訴人会社は、Cは、写真集「A(仮名)の旬菜果」を購入したものの、本件 写真は見ていなかったのであり、本件写真の存在について全く認識がなかった旨主張す るが、失当である。  証拠(甲第27号証〜第35号証、控訴人本人尋問の結果)によれば、被控訴人会社 の代表者であるCは、控訴人に関する何らかの情報を得て、自ら望んで、控訴人に連絡 し、平成5年2月25日、控訴人の事務所を訪問したが、控訴人が仕事のために十分な 商談ができなかったこと、同日、Cは、控訴人のスタッフにご馳走したこと、Cは、同 年3月18日、再び、控訴人の事務所を訪れて、控訴人の写真を被控訴人会社の業務に 利用させてもらうことについて商談を進め、その際、控訴人から写真に関する話を聞く とともに、前記のとおり、写真集「A(仮名)の旬菜果」を購入したこと、その後、同 年5月末に、三度、控訴人の事務所を訪れて、平成5年6月1日付けで写真原稿寄託業 務契約を締結したこと、控訴人は、この契約に基づき、控訴人の写真のデュープフィル ム85点を被控訴人会社に送付したことが認められる。  上記認定の事実によれば、Cは、平成5年当時、控訴人の写真に大いに関心を持って いたことが明らかであって、しかも、控訴人の写真を自己の経営する会社の事業に利用 して利益を得ようというのであるから、契約の対象となっていないとしても、控訴人の 作風を示す写真集「A(仮名)の旬菜果」を見ていなかったということは考えにくいこ とであり、写真集「A(仮名)の旬菜果」に掲載されている本件写真についても十分に 知っていたものとみるのが合理的である。 6 被控訴人会社の発行する被控訴人カタログの発行差止め等について (1)被控訴人会社が被控訴人写真を、被控訴人カタログに掲載したことは、上述のと おりである。  上記カタログに掲載されている被控訴人写真が、控訴人の著作者人格権を侵害する行 為によって作成されたものであることは、前述したとおりである。そうすると、上記カ タログは、侵害行為によって作成された物であることが明らかであるから、控訴人は、 侵害の停止又は予防に必要な措置の一つとして、上記カタログの発行及び頒布の中止を 求めることができる。  なお、本件においては、控訴人が被控訴人会社に対し被控訴人カタログの頒布の中止 を求めるためのものとして、著作権法113条1項2号に定める「情を知って」の要件 が問題になることはあり得ないものというべきである。すなわち、著作権法113条1 項2号は、著作者人格権侵害の行為等によって作成された物がいったん流通過程に置か れた後に、それを更に転売・貸与する行為を全部権利侵害とすることには問題があるた めに、その場合に限って「情を知って」との要件を付加しているものと解すべきであり 、控訴人会社は、被控訴人写真を上記カタログに掲載して発行した当の本人であって、 物がいったん流通過程に置かれた後に、それを更に転売・貸与する者ではないから、被 控訴人会社の行為は、同法113条1項2号にいう「頒布」の問題として扱われるべき 事柄ではないというべきである。被控訴人会社は、被控訴人写真を上記カタログに掲載 して発行すること自体が許されなかったのであるから、その違法な行為によって自らが 作成した物を自ら頒布することもまた許されないことは、むしろ自明である。すなわち、 被控訴人写真を被控訴人カタログに掲載して発行及び頒布するという控訴人会社の一連 の行為全体が、全部であれ一部であれ、同一性保持権侵害の行為に該当するというべき である。 (2)控訴人は、被控訴人会社に対して、既発行の被控訴人カタログについて回収した うえ廃棄することを求めているけれども、一般的にみて、既発行の上記カタログを回収 することは困難であり、本件において、そのように困難な義務を被控訴人会社に負担さ せるほどの必要性はないものというべきである。なお、このことは、請求の根拠に、同 一性保持権侵害に加えて翻案権侵害を入れて検討したとしても、変わりはないものとい うべきである。 7 謝罪広告について  弁論の全趣旨によれば、被控訴人写真は、被控訴人カタログに掲載されたのみであり、 控訴人が、社団法人日本広告写真家協会の著作権委員会に所属する写真家らと協議を重 ねたうえ、本訴を請求したものであることが認められ、この事情の下では、判決によっ て控訴人の名誉が回復されることになり、その他更に名誉を回復するための格別の処分 を命ずる必要性はないものというべきである。 8 損害について  被控訴人らは、それぞれ、本件写真についての控訴人の有する同一性保持権を侵害し たのであるから、これにより控訴人に生じた精神的損害を賠償する責任を負わなければ ならない。  証拠(甲第5号証、第12号証、第35号証)によれば、控訴人は、出版用食品広告 専門の写真家であり、独特の手法により、写真映像によって食材のおいしさ、みずみず しさなどを表すことに情熱を注ぎ、我が国のみならず米国でも高い評価を受けている写 真家であることが認められる。そして、本件写真も、控訴人の上記手法を反映した写真 の一つであり、西瓜を主題(モチーフ)として、盛夏の青空の下でのみずみずしい西瓜 を演出した作品であったのである。本件写真を、平凡な写真に再製又は改変されてしま ったのであるから、控訴人は、自己の意に反するこのような再製又は改変によって、名 誉感情を毀損され、精神的な損害を被ったものと認められる。そして、改変の状況及び 本件に現れた諸事情を考慮すると、控訴人の被った精神的な損害に対する慰謝料として は、金100万円が相当であり、これらを、被控訴人らに連帯負担させるのが相当であ ると認められる。 9 結論  以上認定判断したところによれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人らに対し、慰謝料 100万円及びこれに対する不法行為発生後である平成10年11月21日から支払済 みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求め、被控訴人 会社に対し、被控訴人カタログの発行及び頒布を中止するよう求める限度で認容すべき であり、その余は棄却すべきである。そこで、これと異なる原判決を上記のとおりに変 更することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法67条2項、61条、64条、 65条を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 宍戸 充    裁判官 阿部 正幸