・最判平成13年7月6日  「PALM SPRINGS POLO CLUB」事件:上告審。  洋服等を指定商品とする「PALM SPRINGS POLO CLUB」等の文字から成る商標について、 その商標登録出願に対し、特許庁が、本件商標が商標法4条1項15号に規定する商標 に当たるとして、平成7年3月3日付けで拒絶の査定をしたので、被上告人は、同月2 8日、拒絶査定に対する審判を請求したところ、特許庁は、平成11年6月11日、被 上告人の上記審判請求は成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。 本件訴訟は、被上告人が本件審決の取消しを求めて提起したものであるところ、原審は、 本件審決を取り消した。ところが、本件判決は下記のように述べて原審判決を破棄して 自判した。  「……本願商標は引用商標と同一の部分をその構成の一部に含む結合商標であって、 その外観、称呼及び観念上、この同一の部分がその余の部分から分離して認識され得る ものであることに加え、引用商標の周知著名性の程度が高く、しかも、本願商標の指定 商品と引用商標の使用されている商品とが重複し、両者の取引者及び需要者も共通して いる。これらの事情を総合的に判断すれば、本願商標は、これに接した取引者及び需要 者に対し引用商標を連想させて商品の出所につき誤認を生じさせるものであり、その商 標登録を認めた場合には、引用商標の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわゆるフリーラ イド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招くという結果を生じ兼ねないと 考えられる。そうすると、本願商標は、本号にいう『混同を生ずるおそれがある商標』 に当たると判断するのが相当であって、引用商標の独創性の程度が造語による商標に比 して低いことは、この判断を左右するものでないというべきである。」 (第一審:東京高判平成11年12月21日) ■判決文  主   文  原判決を破棄する。  被上告人の請求を棄却する。  訴訟の総費用は被上告人の負担とする。  理   由  上告代理人山崎潮、同石井忠雄、同畠山稔、同永井行雄、同石川裕一、同寺本義憲、 同廣田米男、同工藤莞司、同小池隆、同小林和男の上告受理申立て理由について  1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。  (1) 被上告人は、平成4年7月24日、「PALM SPRINGS POLO CLUB」の欧文字と「パ ームスプリングスポロクラブ」の片仮名文字とを上下2段に横書きして成る商標(以下 「本願商標」という。)につき、指定商品を商標法施行令別表の第25類「洋服、コー ト、セーター類、ワイシャツ類、寝巻き類、下着、水泳着、水泳帽、エプロン、えり巻 き、靴下、ゲートル、毛皮製ストール、ショール、スカーフ、足袋、足袋カバー、手袋、 布製幼児用おしめ、ネクタイ、ネッカチーフ、マフラー、耳覆い、ずきん、すげがさ、 ナイトキャップ、ヘルメット、帽子、ガーター、靴下止め、ズボンつり、バンド、ベル ト、げた、草履類、運動用特殊衣服、運動用特殊靴(「乗馬靴」を除く。)」として、 商標登録出願をした。  この商標登録出願に対し、特許庁が、平成7年3月3日付けで拒絶の査定をしたので、 被上告人は、同月28日、拒絶査定に対する審判を請求した。  特許庁は、平成11年6月11日、被上告人の上記審判請求は成り立たない旨の審決 (以下「本件審決」という。)をした。その理由は、本願商標をその指定商品に使用す る場合には、これに接する取引者、需要者は、その構成中の「POLO」、「ポロ」の文字 に注目し、アメリカ合衆国の著名なデザイナーであるラルフ・ローレンが被服等の商品 について使用している「POLO」又は「ポロ」の文字から成る各商標(以下「引用商標」 と総称する。)を連想、想起し、同人若しくは上告補助参加人又はこれらと組織的、経 済的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であるかのように商品の出所について混 同を生ずるおそれがあるから、本願商標は商標法4条1項15号(以下「本号」とい う。)に該当し、商標登録を受けることができないというものである。  (2) ラルフ・ローレンは、アメリカ合衆国を代表するデザイナーの1人であり、その デザインに係る紳士服、紳士靴、ネクタイ、婦人服等の商品に引用商標を使用している。 引用商標は、我が国において、遅くとも昭和55年ころまでに、ラルフ・ローレンのデ ザインに係る被服等の商品を表示するものとして、取引者及び需要者の間に広く認識さ れるに至り、その状態が現在においても継続している。  (3) 「POLO」、「ポロ」の語が馬に乗って競技をするスポーツを意味することは、本 願商標の出願当時、我が国において広く知られていた。また、「ポロシャツ」という語 は、元来はポロ競技の競技者が着用するシャツを指すものであったが、現在では遊び着 的な襟付きシャツを広く称する普通名詞になっている。  (4) 「PALM SPRINGS」、「パームスプリングス」は、アメリカ合衆国カリフォルニア 州南東部にある世界的に有名な保養地であって、本願商標の出願当時、我が国において も、その正確な位置等はともかく、アメリカ合衆国にある保養地として広く知られてい た。  2 本件訴訟は、被上告人が本件審決の取消しを求めて提起したものであるところ、 原審は、次のとおり判断して、本件審決を取り消した。  (1) 引用商標は、ラルフ・ローレンのデザインに係る被服等の商品を表示するものと して、取引者、需要者の間に広く認識されているが、他方、「POLO」、「ポロ」の語が ポロ競技を意味することも、本願商標の出願当時、我が国において広く知られていたか ら、結合商標中に「POLO」、「ポロ」の語が含まれている場合に当該商標からラルフ・ ローレンに係る引用商標を連想するか否かは、引用商標の強い識別力を前提にして、個 別具体的に判断すべきである。  (2) 本願商標の構成中の「PALM SPRINGS」がアメリカ合衆国にある保養地として我が 国において広く知られていること、「クラブ」が同じ目的の人々が作った団体を意味す ることからすると、本願商標の指定商品の取引者、需要者がこれに接した場合には、ご く自然に、「PALM SPRINGSにあるポロ競技のクラブ」を意味するものと認識すると認め られ、引用商標の周知性、著名性を考慮しても、本願商標から、「PALM SPRINGSにある ラルフ・ローレンに係るポロ製品の愛好者のクラブ」との観念が生じたり、「POLO」、 「ポロ」の部分のみが注目されて直ちに引用商標が連想されたりするとまで認めること はできない。  (3) したがって、本願商標をその指定商品に使用する場合に、これに接する取引者、 需要者が引用商標を連想、想起するとは認められないから、本件審決は取り消されるべ きである。  3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、以下の とおりである。  (1) 本号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」 には、当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに、当該商品又は役務が他 人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商 品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又 は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る 商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれる。そして、上記の「混同 を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周 知著名性及び独創性の程度や、当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商 品又は役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取 引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品又は指定 役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断さ れるべきものである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法 廷判決・民集54巻6号1848頁)。  (2) これを本件について見ると、次のとおりである。  ア 本願商標は、その外観上、4個の英単語及びこれに対応する片仮名文字から成る ものであって、引用商標と同一の「POLO」、「ポロ」の語と、「PALM」、「パーム」、 「SPRINGS」、「スプリングス」及び「CLUB」、「クラブ」の語とを組み合わせた結合 商標である。また、本願商標は、全体として一個不可分の既成の概念を示すものとは認 められないし、欧文字で19字、片仮名文字で14字から成る外観及び称呼が比較的長 い商標であるから、簡易迅速性を重んずる取引の実際においては、その一部分だけによ って簡略に表記ないし称呼され得るものであるということができる。  イ 引用商標は、ラルフ・ローレンのデザインに係る被服等の商品を示すものとして、 我が国における取引者及び需要者の間に広く認識されているものであって、周知著名性 の程度が高い表示である。もっとも、「POLO」、「ポロ」の語は、元来は乗馬した競技 者により行われるスポーツ競技の名称であって、しかも、「ポロシャツ」の語は被服の 種類を表す普通名詞であるから、引用商標の独創性の程度は、造語による商標に比して、 低いといわざるを得ない。しかし、本願商標の指定商品は洋服等であって、引用商標が 現に使用されている商品と同一であるか又はこれとの関連性の程度が極めて強いもので ある。また、このことから、両者の商品の取引者及び需要者が共通することも明らかで ある。しかも、本願商標の指定商品が日常的に消費される性質の商品であることや、そ の需要者が特別な専門的知識経験を有しない一般大衆であることからすると、これを購 入するに際して払われる注意力はさほど高いものでないと見なければならない。そうす ると、本願商標の本号該当性の判断をする上で、引用商標の独創性の程度が低いことを 重視するのは相当でないというべきである。  ウ 本願商標を構成する「POLO」、「ポロ」の語以外の語句のうち、「PALM SPRINGS」、 「パームスプリングス」がアメリカ合衆国にある保養地の名称として知られていること、 「CLUB」、「クラブ」が同好の者が集った団体を意味する日常用語であることからすれ ば、本願商標から「パームスプリングスにあるポロ競技のクラブ」という観念が生じ得 ることは、原判決の判示するとおりである。しかし、1個の商標から複数の観念が生ず ることはしばしばあり得るところ、引用商標の周知著名性の程度の高さや、本願商標と 引用商標とにおける商品の同一性並びに取引者及び需要者の共通性に照らすと、本願商 標がその指定商品に使用されたときは、その構成中の「POLO」、「ポロ」の部分がこれ に接する取引者及び需要者の注意を特に強く引くであろうことは容易に予想できるので あって、本願商標からは、上記の観念とともに、ラルフ・ローレン若しくはその経営す る会社又はこれらと緊密な関係にある営業主の業務に係る商品であるとの観念も生ずる ということができる。  (3) 以上のとおり、本願商標は引用商標と同一の部分をその構成の一部に含む結合商 標であって、その外観、称呼及び観念上、この同一の部分がその余の部分から分離して 認識され得るものであることに加え、引用商標の周知著名性の程度が高く、しかも、本 願商標の指定商品と引用商標の使用されている商品とが重複し、両者の取引者及び需要 者も共通している。これらの事情を総合的に判断すれば、本願商標は、これに接した取 引者及び需要者に対し引用商標を連想させて商品の出所につき誤認を生じさせるもので あり、その商標登録を認めた場合には、引用商標の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわ ゆるフリーライド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招くという結果を生 じ兼ねないと考えられる。そうすると、本願商標は、本号にいう「混同を生ずるおそれ がある商標」に当たると判断するのが相当であって、引用商標の独創性の程度が造語に よる商標に比して低いことは、この判断を左右するものでないというべきである。  4 以上によれば、原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反が ある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、本願 商標が本号に該当するとした本件審決に違法はなく、その取消しを求める被上告人の本 訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきである。  よって、裁判官福田博の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとお り判決する。  裁判官福田博の補足意見は、次のとおりである。  私は、原判決は本件と同様の事案についての当審の裁判例と相いれず、商標法4条1 項15号の解釈適用を誤ったものとして破棄を免れないと思料するが、念のため、次の ことを補足しておきたい。  スポーツ競技の1つであるポロ競技は、主として英国及び旧英領の諸地域等において、 今なお行われているものである。また、衣料品の種類を示すポロシャツの語は、本来ポ ロ競技の選手が着用したことにちなみ、米国の作家スコット・フィッツジェラルドのベ ストセラー小説「This Side of Paradise」(1920年出版)において初めて使用され たとされており、ポロシャツが若い世代を中心に流行することになったことも知られて いる(寺澤芳雄編「英語語源辞典」、松村赳=富田虎男編著「英米史辞典」等参照)。 そして、ポロシャツという名称は、米国にとどまらず、我が国を含め、広く各国におい て、普通名詞として用いられている。  このように、「ポロ」ないし「POLO」、「Polo」の語は、ラルフ・ローレンの商標と して使用されてはいるが、語源的には普通名詞なのである。また、ラルフ・ローレンが これらの語を商標として使用し始めるのに先立って、ポロシャツの語が、ポロ競技の必 ずしも盛んでなかった米国において、衣料品の種類を示す名称として広く使用されてい たことも明らかである。これらの事情の下においては、「ポロ」ないし「POLO」、「Po lo」の商標は、商標の本質的な機能の1つである商品の出所を表示する機能がある程度 減殺されていると見るべきである。  さらに、商標登録出願された商標の中に「ポロ」ないし「POLO」、「Polo」の字句が 含まれている場合であっても、「ポロ」ないし「POLO」、「Polo」の語と結合された語 がラルフ・ローレン以外の商品の出所を強く連想させるときや、当該商標の構成中にラ ルフ・ローレンとの関連性を打ち消す表示が含まれているときなどは、商標法4条1項 15号該当性が否定され、商標登録を受けられる余地があるというべきである。 裁判長裁判官 河合伸一    裁判官 福田 博    裁判官 北川弘治    裁判官 亀山継夫    裁判官 梶谷 玄