・東京地判平成14年3月19日判時1803号78頁  チャレンジタイム特許T事件(平成11(ワ)23945号)。  原告(アルゼ)が、パチスロ「チャレンジタイム(CT)機」に関する特許権にも とづき、被告(サミー)に対して損害賠償を請求した事案。  判決は、特許権侵害を肯定して、74億1668万円の損害賠償請求を認容した。  なお、同日、被告(ネット)に対する損害賠償請求事件についても、東京地裁は、 9億8870万円の損害賠償請求を認容した(平成11(ワ)13360号)。 ■争 点 (1)被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属し、同製品の製造・販売が本件特許 権を侵害するか。なかでも、 ア 被告製品が構成要件Aを充足するかどうか。すなわち、被告製品がリールを乱数 値に応じて停止するように制御しているか(争点1)。 イ 被告製品が構成要件Bを充足するかどうか(争点2)。 (2)本件特許権に無効事由があり、本訴請求は権利濫用に当たるか(争点3)。 (3)原告が本件特許権を被告補助参加人に実施許諾し、被告は被告補助参加人から 再実施許諾を受けたか(争点4)。 (4)原告の損害等(争点5) ■判決文 5 争点5(原告の損害)について (1)特許法102条1項の趣旨について  本件において、原告は、特許法102条1項に基づく損害賠償を請求している。  特許法102条1項は、特許権者が故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に 対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵 害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量に、特許権者がその侵 害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た 額を、特許権者の実施の能力を超えない限度において、特許権者が受けた損害の額とす ることができる旨を規定する。  特許法102条1項は、排他的独占権という特許権の本質に基づき、特許権を侵害す る製品(以下「侵害品」ということがある。)と特許権者の製品(以下「権利者製品」 ということがある。)が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定 というべきである。すなわち、そもそも特許権は、技術を独占的に実施する権利である から、当該技術を利用した製品は特許権者しか販売できないはずであって、特許発明の 実施品は市場において代替性を欠くものとしてとらえられるべきであり、このような考 え方に基づき侵害品と権利者製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に、 同項は設けられたものである。  このような前提の下においては、侵害品の販売による損害は、特許権者の市場機会の 喪失としてとらえられるべきものであり、侵害品の販売は、当該販売時における特許権 者の市場機会を直接奪うだけでなく、購入者の下において侵害品の使用等が継続される ことにより、特許権者のそれ以降の市場機会をも喪失させるものである。  したがって、同項にいう「実施の能力」については、これを侵害品の販売時に厳密に 対応する時期における具体的な製造能力、販売能力をいうものと解することはできず、 特許権者において、金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして、当該特許権 の存続期間内に一定量の製品の製造、販売を行う潜在的能力を備えている場合には、原 則として、「実施の能力」を有するものと解するのが相当である(また、侵害者が侵害 品を市場に大量に販売したことにより、特許権者が権利者製品の製造販売についての設 備投資を差し控えざるを得ない場合があることを考慮すれば、同項にいう「実施の能力」 を上記のように解さないと、特許権者の適切な救済に欠ける結果となろう。)。  特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは、 侵害に係る特許権を実施するものであって、侵害品と市場において排他的な関係に立つ 製品を意味するものである。  上記のとおり、「実施の能力」が、必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期にお ける具体的な製造販売能力を意味するものではなく、侵害品の販売により影響を受ける 権利者製品の販売が、侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに 照らせば、同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当た りの利益の額」についても、侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利 益の額を意味するものではなく、侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての 平均的な利益額と解するのが相当であり、また、「単位数量当たりの利益の額」は、仮 に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売 したとすれば、当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額 (すなわち、追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売する ために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を、追加的製造販売数 量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。このように特許法102条1項に いう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると、その金額 は、厳密に算定できるものではなく、ある程度の概算額として算定される性質のものと 解するのが相当である。  具体的な事案において、特許権者が侵害品の販売時に厳密に対応する時期において現 実に権利者製品の製造販売を行っている場合には、当該時期における権利者製品の単位 数量当たりの現実の利益額を斟酌して、特許法102条1項にいう「単位数量当たりの 利益の額」を算定することが相当であるが、この場合においても、この利益額が上記の ような性質を有する仮定的な金額であることに照らせば、「単位数量当たりの利益の額」 は、必ずしも、当該時期における現実の利益額と一致するものではなく、現実の利益額 は、同項にいう「単位数量当たりの利益の額」を認定する上での一応の目安にすぎない というべきである。  他方、特許法102条1項はただし書において、侵害品の譲渡数量の全部又は一部に 相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情 に相当する数量に応じた額を控除するものと規定しているが、前述のように本項を、排 他的独占権という特許権の本質に基づき、侵害品と権利者製品が市場において補完関係 に立つという擬制の下に設けられた規定と解し、侵害品の販売による損害を特許権者の 市場機会の喪失ととらえる立場に立つときには、侵害者の営業努力(具体的には、侵害 者の広告等の営業努力、市場開発努力や、独自の販売形態、企業規模、ブランドイメー ジ等が侵害品の販売促進に寄与したこと、侵害品の販売価格が低廉であったこと、侵害 品の性能が優れていたこと、侵害品において当該特許発明の実施部分以外に売上げに結 び付く特徴が存在したこと等)や、市場に侵害品以外の代替品や競合品が存在したこと などをもって、同項ただし書にいう「販売することができないとする事情」に該当する と解することはできない。 すなわち、特許法102条1項の適用に当たっては、権利 者製品は、特許発明の実施品として特徴付けられているものであり、侵害品は、まさに 当該特許発明の実施品である故をもって、市場において権利者の市場機会を奪うものと されているのである。言い換えれば、侵害者の販売する製品(侵害品)は、特許権者の 特許権を侵害することによって初めて製品として存在することが可能となったものであ り、当該特許発明の実施品であるからこそ、権利者製品と競合するものとして、市場に おいて権利者製品を排除して取引者・需要者により購入されたのである。侵害品の販売 に侵害者の営業努力等があずかっていたとしても、特許権者としては、仮に侵害品の販 売期間と対応する期間内には不可能であるとしても、これに引き続く期間を併せれば侵 害品の販売数量に対応する権利者製品を販売できたはずであり、仮に侵害品が他に独自 の優れた特徴を有していたとしても、あくまでも特許発明の実施品としての特徴を備え ていたからこそ、権利者製品と競合するものとしてこれを排除して取引者・需要者に購 入されたというべきであり、侵害者が侵害品を低廉な価格で販売した(あるいは無償で 配布した)としても、特許発明の実施品であったからこそ権利者製品を排除して取引者 ・需要者に入手されたものである。しかも、これらの場合には、いずれも、侵害品が取 引者・需要者の手に渡った結果として、それと同数の権利者製品の需要が失われている のであるから、仮に、営業努力等により侵害者による侵害行為が急であったり、取引者 ・需要者において、侵害品を購入する動機として、特許発明の実施品であるという点に 加えて、何らかの点(付加的機能や低価格)が存在したとしても、そのような事情は、 特許権者の損害額を減額する理由とはならないというべきである。また、市場において 侵害品以外に権利者製品と競合する代替品が存在していたとしても、侵害者は、そのよ うな競合製品の存在にかかわらず、これとの競争の下で一定の数量の侵害品を販売し得 たのであるから、権利者製品も特許発明の実施品という点で侵害品と同一の性能を有す る以上、特許権者においても、同一の条件の下で、これと同一の数量の権利者製品の販 売が可能であったというべきである。  このように、上記の各事情は、そもそも市場における侵害品と権利者製品との補完関 係の擬制の下で本項の規定を設けるに当たって捨象されたものであるから、これらの事 情をもって「販売することができないとする事情」に該当するということはできないが、 市場において侵害品と権利者製品が補完関係にあるということを前提としても、なお、 権利者が市場機会を喪失したと評価できないような事情があるときには、そのような事 情は、「販売することができないとする事情」に該当するものというべきである。すな わち、侵害品がその性質上限定された期間内においてのみ需要され、当該期間内に消費 されるものである場合(例えば、侵害品が生鮮食料品であるような場合)には、侵害品 の販売により特許権者が喪失した市場機会は、侵害品の販売時期に対応する期間に限定 されることになるから、侵害者により抗弁としてこのような事情が主張立証された場合 には、特許権者は再抗弁として、侵害品の販売時期に厳密に対応する時期又はこれと直 近する時期に、侵害品の販売数量と同数量の権利者製品を販売する能力を実際に有して いたことを、主張立証しなければならないこととなる。また、侵害者が抗弁として、侵 害品が販売された後に法令等により当該特許発明の実施品の販売が規制されたことや新 技術の開発により当該特許発明が陳腐化したことを主張立証した場合には、特許権者は 再抗弁として、このような規制前又は新技術を実施した代替品の発売前に侵害品と同数 量の権利者製品を販売する能力を実際に有していたことを、主張立証しなければならな いというべきである。 (2)本件における検討  以上を前提に、本件における損害額について検討する。 ア 被告製品の販売台数  被告による被告製品の販売台数が合計4万3000台であることは、争いがない。 イ 原告の実施能力  まず、原告の実施能力については、上記のとおり、特許法102条1項にいう「実施 の能力」は、当該特許権の存続期間内に一定量の製品の製造、販売を行う潜在的能力を 備えていれば具備されると解されるところ、本件においては、原告は平成10年当時年 間二十数万台のパチスロ機の製造能力を有し、パチスロ機の市場において約40%の占 有率を有していた(これらの事実は当事者間に争いがない。)というのであるから、原 告が同項にいう「実施の能力」を備えていたことは明らかというべきである。 ウ 単位数量当たりの利益の額  前述のとおり、特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」は、仮に特 許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売した とすれば、当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(す なわち、追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するため に要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を、追加的製造販売数量で 除した単位数量当たりの額)と解すべきである。  これを本件についてみると、次のとおりである。 (ア)原告の商品の販売価格  前述のとおり、特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することがで きた物」は、侵害に係る特許権を実施するものであって、侵害品と市場において排他的 な関係に立つ製品を意味するものであるところ、本件においては、弁論の全趣旨によれ ば、本件特許発明の実施品であり、被告製品と同じころ販売されていた同じCT機であ る原告の商品「ウルフエムX」(原告商品ウルフ)及び「チェリー12X」(原告商品 チェリー)は、これに当たるものと認められる。  これらの原告商品の販売価格は、個別の販売先や販売時期によって若干異なり、完全 に同一価格ではないが、証拠(甲27ないし30)によれば、原告商品ウルフの平均販 売価格は、33万3632円、原告商品チェリーのそれは、33万5264円であるこ とが認められる。したがって、両商品の平均販売価格は、33万4267円となる。 (2、201×333、632+1、403×335、264)÷(2、201+1、 403)=334、267 (イ)原告商品の経費 〔1〕製造原価  証拠(甲23及び24、甲40ないし46、書証の枝番号は省略する。)及び弁論の 全趣旨によれば、原告商品ウルフについては、(a)平成10年10月度に1371台 製造され、その原価(組立工賃含む。以下同じ。)の合計は1億2782万0984円 であって、1台当たり製造原価は約9万3232円であったこと、(b)同年11月度 には703台製造され、その原価の合計は6227万3744円であって、1台当たり 製造原価は約8万8583円であったこと、(c)同年12月度には122台製造され、 その原価の合計は1078万4241円であって、1台当たり製造原価は約8万839 5円であったこと、(d)平成11年1月度には6台製造され、その原価の合計は52 万3046円であって、1台当たり製造原価は約8万7174円であったこと、が認め られる。したがって、原告商品ウルフの全製造台数2202台の製造原価平均は1台当 たり9万1463円であると認められる。  同様に、上記証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告商品チェリーについては、(a) 平成10年10月度に128台製造され、その原価の合計は1204万2078円であ って、1台当たり製造原価は約9万4079円であったこと、(b)同年11月度には 909台製造され、その原価の合計は8133万1087円であって、1台当たり製造 原価は約8万9473円であったこと、(c)同年12月度には367台製造され、そ の原価の合計は3156万2202円であって、1台当たり製造原価は約8万6001 円であったこと、(d)平成11年1月度には11台製造され、その原価の合計は97 万4959円であって、1台当たり製造原価は約8万8633円であったこと、が認め られる。したがって、原告商品チェリーの全製造台数1415台の製造原価平均は1台 当たり8万8983円であると認められる。  以上によれば、原告商品ウルフ及び同チェリーの平均製造原価は9万0498円とな る。(2、201×91、463+1、403×88、983)÷(2、201+1、 403)≒90、498 〔2〕広告宣伝費  一般的にいえば、宣伝広告費は、その性質上、特定の商品について一定の宣伝広告が 必要であるにしても、商品の販売数量が増加した場合にそれに応じて広告宣伝の量を増 加しなければならないといったものではない。  したがって、一般的にいえば、広告宣伝費は、原告商品を追加的に製造販売するに当 たって追加的に支出が必要となる費用ということはできず、控除の対象とはならない。  しかしながら、本件においては、原告は、原告商品ウルフ及び同チェリーの販売に当 たって販売促進物品を利用しているところ、このような物品(景品)は、その性質上、 商品の販売数量に応じた数量を必要とするものであるから、控除の対象となるものとい うべきである。  弁論の全趣旨によれば、原告商品ウルフ及び同チェリーの販売に当たって使用された 販売促進物品の費用は各商品180万2000円であり、合計360万4000円であ るから、1台当たり1000円となる。 (1、802、000+1、802、000)÷(2、201+1、403)=1、0 00 〔3〕販売費  証拠(甲26。平成10年度における原告の損益計算書)によれば、人件費のうち、 営業部門の人件費の「販売インセンティブ」の金額が、10億6531万8328円で あること、販売手数料が4億2309万0784円、運搬費の金額が9820万979 3円であることがそれぞれ認められる。  これらを、原告の総売上中、原告商品ウルフ及び同チェリーの売上げの占める割合で 除すると、1台当たりの金額は5291円となる。 (1、065、318、328+423、090、784+98、209、793)× (334、267×3、604÷100、240、715、186)÷3、604≒5、 291 〔4〕ロイヤリティ  弁論の全趣旨によれば、原告の支払っているロイヤリティは、いずれも1台当たり日 電協証紙代1365円、日電特許証紙代2000円で、合計3365円であると認めら れる。 以上によれば、原告商品について販売金額から控除すべき費用は、1台当たり 10万0154円となる 90、498+1、000+5、291+3、365=100、154  なお、被告及び被告補助参加人は開発費を控除すべきものであると主張するが、開発 費は、原告商品を追加的に製造販売するに当たって追加的に支出が必要となる費用とい うことはできず、控除の対象とはならない。  また、被告及び被告補助参加人は、原告の平成10年当時における製造能力に照らせ ば、被告製品と同数の原告商品を追加的に製造するためには一定の経費の増加が確実で あるとして、15.5%の変動経費の増加を控除すべきであると主張する。しかし、前 に説示したとおり、特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することが できた物の単位数量当たりの利益の額」は、侵害品の販売時に厳密に対応する時期にお ける具体的な利益の額を意味するものではなく、侵害品の販売により影響を受ける販売 時期を通じて侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品の追加的な製造販売をした 場合を想定した仮定的な金額である。被告及び被告補助参加人の上記主張は、そもそも 「単位数量当たりの利益の額」について誤った理解を前提とするものである上、変動費 用の増加として主張する内容は抽象的なものにとどまり、具体的に検討可能なものでは ない。原告商品の販売金額から控除すべき費用は、上記の項目の費用で尽きているとい うべきであり、被告及び被告補助参加人の主張は、採用できない。 (ウ)寄与率  原告商品はパチスロ機であるところ、前記認定の事実によれば、パチスロ機には多数 の特許権等が用いられているものであり、現に原告商品についても、これに使用されて いる特許権等の実施料として1台当たり3365円(日電協証紙代1365円、日電特 許証紙代2000円の合計額)を支払っているものである。  そうすると、本件特許発明が、パチスロ機に遊技者が技量を発揮できるCTという新 しい方式を導入するものであって、従来のパチスロ機にない魅力を付与し、パチンコホ ールへの顧客動員に寄与するものであるという点を考慮するとしても、原告商品の利益 額中の本件特許発明に対応する額は、80%を超えるものではないというべきである。 (エ)小括  上記(1)ないし(3)により計算された数額により「単位数量当たりの利益の額」 を計算すると、本件特許権に対応する原告商品ウルフ及び同チェリーの1台当たりの利 益の額は、18万7290円となる。 (334、267−100、154)×0.8=187、290 エ 特許法102条1項ただし書に該当する事情 (ア)被告及び被告補助参加人は、平成10年当時における原告の市場占有率に照らせ ば、被告製品の販売数量のうち原告が販売できたのは原告の市場占有率に応じた40% にとどまるものであり、また、被告製品はキャラクター、絵柄配置、音楽等において原 告商品にない独自の特徴を有していたものであるから、この点に照らしても、原告の市 場占有率を超えた販売は原告においてできなかったと主張する。  しかしながら、特許法102条1項を、排他的独占権という特許権の本質に基づき、 侵害品と権利者製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定と 解し、侵害品の販売による損害を特許権者の市場機会の喪失ととらえる立場に立つとき には、侵害者の営業努力や、市場における代替品や競合品の存在をもって、同項ただし 書にいう「販売することができないとする事情」に該当すると解することはできないの は、前に説示したとおりである。  この点に照らせば、被告及び被告補助参加人の主張する内容は、いずれも同項ただし 書にいう「販売することができないとする事情」に該当するものではない。被告及び被 告補助参加人の主張は、採用できない。 (イ)しかしながら他方、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、パチンコホールに おいては、同業者間において激しい新機種導入競争が行われており、一般的にパチスロ 機については頻繁に新台との入替えが行われていることが認められる。  そして、本件においては、別表2の記載のとおり、被告製品のうちイ号物件は平成1 0年3月から販売されたものであり、その後継機種であるロ号物件は同年11月から販 売されたものであるが、他方、原告商品はいずれも平成10年10月から販売されたも のである。  そうすると、被告製品のうちイ号物件については、CT機であることを理由としてパ チンコホールにおける本来のパチスロ機の更新時期に先駆けて購入されたなど、新たな 需要を掘り起こしたものがあるにしても(この分については、原告商品の後日の販売を 妨げたという擬制が成立し得る。)、一部にはパチンコホールにおける定期的なパチス ロ機の新台入替え需要に基づいて購入されたものが含まれていることは否定できない。 原告商品販売開始前のイ号物件の販売数のうち、このような定期の新台入替えとして購 入された需要に対応するものについては、仮にイ号物件が販売されていなかったとして もパチンコホールにおいて当時の定期的な入替え計画に従って同時期に別機種のパチス ロ機が購入されていたはずであるから、その時点において原告商品が販売されていなか ったのであれば、イ号物件に代わって原告商品が販売できたはずであると擬制すること は、不可能である。  すなわち、原告商品の販売に先立って販売されたイ号物件については、CT機として の性能を理由としてパチンコホールにおける需要を喚起し、後日における原告商品の販 売に影響を与えたと擬制される部分がその多くを占めているにしても、少なくとも一部 分には、CT機であることとは無関係にパチンコホールにおける定期的な新台入替え需 要に対応するものとして販売されたものが含まれているというべきであるが、後者につ いては、原告においてこれに対応する原告商品を「販売することができなかった事情」 が存在するというべきである。  そして、前記認定事実において、イ号物件の販売時期及び販売数量を同時期における 他のパチスロ機と比較するなど、諸般の事情を総合するときには、イ号物件の販売数3 万4000台のうち、少なくともその10%に当たる3400台については、パチンコ ホールにおける定期的な新台入替え需要に対応するものとして販売されたもので、後日 における原告商品の販売に影響したものではないと認めるのが相当である。  なお、この点は、被告において明確に主張しているものではないが、被告製品及び原 告商品がパチスロ機であるという事実から(この事実は、当事者双方から主張されてい る争いのない事実である。)、その性質上当然に導かれる事情であるから、裁判所とし ては、考慮の対象とすることができるものと解する。 (3)損害額のまとめ  上記によれば、本件において、原告が被告に対し、特許法102条1項に基づいて賠 償を請求することができる損害額は、本件特許権に対応する原告商品ウルフ及び同チェ リーの1台当たりの利益の額18万7290円に被告製品の販売数量3万9600台 (イ号物件のうち3万0600台及びロ号物件の全数9000台の合計)を乗じた74 億1668万円と認めるのが相当である(前述のとおり、特許法102条1項の損害額 がその性質上概算額であることに照らし、1万円未満は切り捨てる。)。 187、290×(34、000×0.9+9000)=7、416、684、000 6 被告及び被告補助参加人のその余の主張について  また、被告及び被告補助参加人は、原告や被告補助参加人らによって形成された実施 許諾契約関係が存在している限り、原告は、本件特許権に関して、被告補助参加人に対 して案分実施料の支払を求めることができるにとどまり、被告に対して特許権侵害を理 由とする損害賠償を請求することはできないと主張する。  被告及び被告補助参加人の上記主張は、結局のところ、本件特許権について被告が被 告補助参加人の下における実施許諾契約関係を介して再実施許諾を受けているという前 記抗弁を繰り返すものであって、本件特許権が被告のいう再実施許諾関係の下における 許諾の対象となっていない場合に、これと別個の独立した抗弁たり得るものとはいえな い。  既に説示したとおり(上記4参照)、本件特許権は、許諾の対象となっているもので はなく、上記実施許諾契約は、これに参加している特許権等の保有者の保有する、出願 中のもの及び将来登録されるものも含め、すべての知的財産権を実施許諾の対象として いるとは認めることはできず、特許権等の保有者は、その保有するすべての知的財産権 を許諾の対象としているものではない。被告及び被告補助参加人の主張するところは、 許諾の対象とされていない権利を許諾の対象とされている権利と同等に扱うことを求め るものであって、到底採用することはできない。  同様の理由により、上記のような事情を根拠にする被告及び補助参加人の権利濫用の 主張も、採用できない。 7 結論  以上によれば、原告の本訴請求は74億1668万円及びこれに対する侵害行為の後 である平成11年10月30日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合 による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村量一    裁判官 村越啓悦    裁判官 青木孝之