・東京高判平成14年12月25日判時1816号52頁  2ちゃんねる「ペット大好き板」事件:控訴審  控訴棄却。 (第一審:東京地判平成14年6月26日) ■判決文 3 争点(2)(控訴人の削除義務の有無)について  (1) 前記1で認定した事実並びに前記第2の2(3)及び(6)の事実によれば、次のように いうことができる。  ア 本件掲示板は、控訴人が開設し、管理運営しているが、控訴人は、利用者のIPア ドレス等の接続情報を原則として保存せず、またその旨を明示しており、利用者は、掲示 板を匿名で利用することが可能であり、利用者が自発的にその氏名、住所、メールアドレ ス等を明かさない限り、それが公表されることはない。したがって、本件掲示板に書き込 まれた発言が他人の名誉を毀損することになっても、その発言者の氏名等を特定し、その 責任を追及することは事実上不可能である。そして、このように匿名で利用でき、管理者 ですら発信元を特定できないことを標榜している電子掲示板においては、ややもすれば利 用者の規範意識が鈍麻し、場合によっては他人の権利を侵害する発言などが書き込まれる であろうことが容易に推測される。実際に、本件1、2のスレッドに限ってみても、被控 訴人らに対するもののほか、他の多くの動物病院、獣医等に対する名誉毀損と評価し得る 発言などが数多く書き込まれており、また、前記1(4)のとおり、本件掲示板において、D 生命及びその従業員個人に対する多数の誹謗中傷の発言がされた例もある。  イ 前記1(2)のとおり、控訴人は、本件掲示板上の発言を削除する基準(削除ガイドラ イン)、削除依頼の方法等について定め、自己の判断で削除人を選任し、削除ガイドライ ンに従って発言を削除させ、あるいは削除人の削除権を剥奪するなどして、本件掲示板を 管理運営している者であるから、本件掲示板における発言を削除する権限は最終的には控 訴人に帰属しているものと認められる。  ウ 本件掲示板において他人の名誉を毀損する発言がされた場合、名誉を毀損された者 は、その発言を自ら削除することはできず、控訴人の定めた一定の方法に従って、本件掲 示板内の「削除依頼掲示板」においてスレッドを作って書き込みをするなどして上記発言 の削除を求め、削除人によって削除されるのを待つことになる。  控訴人が定めた削除ガイドラインは、前記1(2)のとおり、個人に関する書き込みについ ては、個人を「一群、二類、三種」と3種類に分類した上、発言の内容について、「個人 名・住所・所属」に関する発言、誹謗中傷の発言等に分けて、上記各分類ごとに削除する か否かの基準を定めてはいるが、上記3種類の分類では、当該個人が具体的にどの分類に 当てはまるかが明確でない上、各分類ごとの発言の削除の基準も不明確であり、かつ、管 理者である控訴人の判断に委ねられている部分もある。また、法人に関する発言の削除の 基準についても、電話番号を除き、削除されない場合についてしか定められておらず、削 除されない場合についての内容も明確ではない。結局、本件掲示板の削除ガイドラインは、 その表現が全体として極めてあいまいで、不明確であり、個人又は法人の名誉を毀損する 発言がいかなる場合に削除されるのかを予測することは困難であるといえる。  このように、削除人が発言を削除する際の基準とされている削除ガイドラインの内容が 明確でなく、しかも、削除人は、それを業とするものでないボランティアにすぎないこと から、本件掲示板における発言によって名誉を毀損された者が、所定の方式に従って発言 の削除を求めたとしても、必ずしも削除人によって削除されることは期待できないもので ある。  エ 本件掲示板は、約330種類のカテゴリーに分かれており、1日約80万件の書き 込みがあること、削除人は、それを業とする者ではなく、いわゆるボランティアが180 人程度であったことからすると、本件掲示板において他人の権利を侵害する発言が書き込 まれているかどうかが常時監視され、適切に削除されるということは事実上不可能な状態 であった。前記のとおり、被控訴人らが本件掲示板にスレッドを作ってした削除依頼も、 実効性がなかった。   (2) 本件掲示板が、現在、新しいメディアとして広く世に受け入れられ、極めて多数 の者によって利用されており、大方、控訴人の開設意図に沿って適切に利用されているこ とは、本件の各証拠並びに弁論の全趣旨に照らして容易に推認し得るところであるが、他 方、本件掲示板は、匿名で利用することが可能であり、その匿名性のゆえに規範意識の鈍 麻した者によって無責任に他人の権利を侵害する発言が書き込まれる危険性が少なからず あることも前記のとおりである。そして、本件掲示板では、そのような発言によって被害 を受けた者がその発言者を特定してその責任を追及することは事実上不可能になっており、 本件掲示板に書き込まれた発言を削除し得るのは、本件掲示板を開設し、これを管理運営 する控訴人のみであるというのである。このような諸事情を勘案すると、匿名性という本 件掲示板の特性を標榜して匿名による発言を誘引している控訴人には、利用者に注意を喚 起するなどして本件掲示板に他人の権利を侵害する発言が書き込まれないようにするとと もに、そのような発言が書き込まれたときには、被害者の被害が拡大しないようにするた め直ちにこれを削除する義務があるものというべきである。  本件掲示板にも、不適切な発言を削除するシステムが一応設けられているが、前記のと おり、これは、削除の基準があいまいである上、削除人もボランティアであって不適切な 発言が削除されるか否かは予測が困難であり、しかも、控訴人が設けたルールに従わなけ れば削除が実行されないなど、被害者の救済手段としては極めて不十分なものである。現 に、被控訴人Bは、本件掲示板に本件各発言の削除を求めたが、削除してもらえず、本件 訴訟に至ってもなお削除がされていない。したがって、このような削除のシステムがある からといって、控訴人の責任が左右されるものではない。また、控訴人は、本件掲示板を 利用する第三者との間で格別の契約関係は結んでおらず、対価の支払も受けていないが、 これによっても控訴人の責任は左右されない。無責任な第三者の発言を誘引することによ って他人に被害が発生する危険があり、被害者自らが発言者に対して被害回復の措置を講 じ得ないような本件掲示板を開設し、管理運営している以上、その開設者たる控訴人自身 が被害の発生を防止すべき責任を負うのはやむを得ないことというべきであるからである。  (3)ア ところで、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関す る事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実が その重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性が なく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を 真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定され、また、ある事 実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利 害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見 ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったと きには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記 行為は違法性を欠くものとされ、上記意見ないし論評の前提としている事実が真実である ことの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由 があれば、その故意又は過失は否定されると解される(最高裁判所平成9年9月9日第三 小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。  控訴人は、本件掲示板に書き込まれた発言について、その公共性、目的の公益性、内容 の真実性等が明らかでない場合には控訴人は削除義務を負わない、すなわち、名誉を毀損 されたという被控訴人らにおいて、当該発言の公共性、目的の公益性、内容の真実性等の 不存在につき主張立証する必要がある旨主張する。  しかしながら、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会的評価を低下 させる事実の摘示、又は意見ないし論評の表明となる発言により、名誉毀損という不法行 為は成立し得るものであり、名誉を毀損された被害者が、その発言につき上記のとおり社 会的評価を低下させる危険のあることを主張立証すれば、発言の公共性、目的の公益性、 内容の真実性等の存在は、違法性阻却事由、責任阻却事由として責任を追及される相手方 が主張立証すべきものである。  被控訴人らは、本件掲示板における匿名の者の発言によって名誉を毀損されたものであ り、前記(2)のとおり、本件掲示板の匿名の発言者を特定して責任を追及することが事実上 不可能であること、控訴人は、単に第三者に発言の場を提供する者ではなく、電子掲示板 を開設して、管理運営していることから、控訴人は名誉毀損発言について削除義務を負う ものであり、控訴人が発言者そのものではないからといって、被害者側が発言の公共性、 目的の公益性及び内容の真実性が存在しないことまで主張立証しなければならないとは解 されない。  したがって、本件において、控訴人が、本件各発言の公共性、目的の公益性、内容の真 実性が明らかではないことを理由に、削除義務の負担を免れることはできないというべき である。  イ この点に関し、控訴人は、本件にプロバイダー責任法が適用され、同法の制定経緯、 規制範囲等に照らすと、プロバイダーは直接名誉毀損に当たる発言をした者ではなく、発 言の公共性、目的の公益性、内容の真実性を判断することができないから、名誉毀損にお ける真実性等の存否についても、プロバイダーの責任を追及する者が主張立証責任を負う と解すべきであると主張する。同法は平成14年5月27日に施行されたものであるから、 本件に直ちに適用されるものではないが、その趣旨について一応検討する。  プロバイダー責任法3条1項には、特定電気通信による情報の流通により他人の権利が 侵害されたときは、プロバイダー等は、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を 防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、当該プロバイダー等が当該特 定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき、 又は、当該プロバイダー等が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であ って、当該電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知るこ とができたと認めるに足りる相当の理由があるときでなければ、当該プロバイダー等が当 該権利を侵害した情報の発信者である場合を除き損害賠償責任を負担しない旨が定められ ている。  これは、当該情報の内容が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会 的評価を低下させる事実の摘示、又は意見ないし論評の表明であるなど、他人の権利を侵 害するものである場合に、プロバイダーが当該情報が他人の権利を侵害することを知って いたときはもちろん、プロバイダーが当該情報の流通を知り、かつ、通常人の注意をもっ てすればそれが他人の権利を侵害するものであることを知り得たときも責任を免れないと する趣旨であり、権利侵害の認識又はその認識可能性の主張立証責任を被害者側に負わせ たものと解されるが、それ以上に権利侵害についての違法性阻却事由、責任阻却事由の主 張立証責任についてまで規定をしているものではないと解される。  本件においては、控訴人は、前記のとおり、通知書、本件訴状、請求の趣旨訂正申立書 等により、本件1ないし3のスレッドにおいて被控訴人らの名誉を毀損する本件各名誉毀 損発言が書き込まれたことを知ったのであり、その各発言の内容から被控訴人らの名誉が 侵害されていることを認識し、又は認識し得たというべきであるから、同法3条1項の趣 旨に照らしても、これにより損害賠償責任を免れる場合には当たらないことになる。  なお、同法3条1項は、情報の流通による権利侵害につき、プロバイダーに対する差し 止め請求が認められるかどうかについては何ら規定していないものである。  ウ 控訴人は、匿名の発言も表現の自由の一環として保障されるべきであると主張する。 しかし、匿名の者の発言が正当な理由なく他人の名誉を毀損した場合に、被害者が損害賠 償等を求めることは当然許されることであり、このことが表現の自由の侵害となるもので はないから、控訴人の上記主張は、採用することができない。  エ また、控訴人は、不正アクセス禁止法の立法過程において、議論の結果接続情報の 保存義務が否定されたということから、電子掲示板における匿名性は削除義務の根拠とし てはならない旨主張する。しかし、不正アクセス禁止法は、不正アクセス行為の禁止、罰 則及びその再発防止のための行政機関(都道府県公安委員会)の援助措置等を定めて、電 気通信回線を通じて行われる電子計算機に係る犯罪の防止及びアクセス制御機能により実 現される電気通信に関する秩序の維持を図るために制定されたものである(同法1条)か ら、同法における接続情報の保存義務を課すかどうかについての議論の結果が、匿名の者 による名誉毀損の発言がされた本件掲示板を管理運営する控訴人に対し、民法の不法行為 の法理により同発言の削除義務を認めるとの前記判断を左右するものではない。   (4) そこで、控訴人が本件各発言を削除しなかったことが上記削除義務に違反する不 法行為となるかを検討する。  ア 前記第2の2(4)記載のとおり、被控訴人Aは、控訴人に対し、平成13年6月21 日付けの通知書をもって発言の削除を求め、同通知書は、同月22日、控訴人に到達した から、これにより、控訴人は、本件各名誉毀損発言のうち、本件1の発言の番号16、1 8、32、35、36、96、425、427、457、662、664、669、67 7、678、682、683、686、696、697、761、765、772、77 3、788、789、811ないし815、817、823、826、828ないし83 1、833、848、874ないし876、882、912、918ないし922、92 5、929、930の各発言並びに本件2の発言の番号6ないし8、10、23の各発言 について、本件掲示板に書き込まれたことを具体的に知ったものと認められる。また、被 控訴人らは、本件訴状の別紙発言目録1において、上記通知書で削除を求めた発言の他に、 本件1の発言の番号623、685の各発言についても削除を求め、本件訴状は平成13 年8月4日、控訴人に送達されたから、控訴人は、同日までに、上記各発言が本件掲示板 に書き込まれたことを具体的に知ったものと認められる。さらに、本件3の発言が記載さ れた証拠書類(甲9)は、平成13年11月5日に控訴人代理人が受領し、同月7日の原 審第2回口頭弁論期日に提出されたから、控訴人は、同日までに、本件3の発言が書き込 まれたことを具体的に知ったものと認められる。また、被控訴人らは、平成14年1月3 0日付け請求の趣旨訂正申立書において、控訴人に対し、本件2の発言の番号297、3 08、312、320、344、605、711、712、791、792、801の各 発言の削除を求め、同申立書は、同日、控訴人に送達されたから、控訴人は、同日までに、 上記各発言が本件掲示板に書き込まれたことを具体的に知ったものと認められる。  イ 【要旨】しかるに、控訴人は、基本的事実(6)のとおり、現在に至るまで、本件各名 誉毀損発言を削除するなどの措置を講じていないのであるから、控訴人には前記(2)の削除 義務に違反しているというべきであり、被控訴人らに対する不法行為が成立する。