・東京地判平成15年1月21日判時1883号96頁  リソグラフ事件:第一審  被告ら(株式会社拓研コーポレーション、コロナ技研工業株式会社)は、原告(理想科 学工業株式会社)の製造に係る孔版印刷機(リソグラフ)の利用者に対して、使用済みの インクボトル(空容器)に自ら製造する孔版印刷用インクを充填して販売している。当該 インクボトルには原告の登録商標が表示されていることから、原告は、被告らの行為は商 標の「使用」(商標法2条3項)に該当し、原告の商標権を侵害するとして、被告らに対 して、孔版印刷用インクのインクボトルに上記登録商標を付すことの差止め及び同登録商 標を付したインクボトルの廃棄並びに商標権の侵害による5000万円の損害賠償を求め た。  これに対し、被告らは、被告らがそのインクを販売するに当たり容器として用いたイン クボトルは、顧客から容器として提供されたものであるから、当該インクボトルに原告の 登録商標が表示されていたとしても、被告らの行為は商標の「使用」に該当しないもので あって、商標権侵害を構成しないと反論した。  判決は、「被告らの孔版印刷用インクの販売においては、本件登録商標は顧客から被告 インクを充填するための容器として提供されたインクボトルに当初から付されていたもの であって、本件登録商標とインクボトルの内容物である商品たる被告インクとの間には何 らの関連もなく、本件登録商標が商品の出所識別標識としての機能を果たす余地のないこ とが外形的に明らかであるから、被告らの行為は商標法にいう商標の「使用」に該当しな いものというべきである」と述べて、原告の請求を棄却した。 (控訴審:東京高判平成16年8月31日) ■判決文 2 商標権侵害の有無についての判断  そこで、次に、被告らの行為が商標の「使用」に該当し、本件商標権を侵害するかどう かを、判断する。 (1)一般に、商標法上の商標の「使用」に該当するというためには、当該商標が商品の 取引において出所識別機能を果たしている必要がある。  この点に照らせば、個別の取引において、買主から商品の容器又は包装紙等が提供され、 売主が商品を当該容器に収納し、あるいは当該包装紙等により包装して、買主に引き渡す 場合には、当該容器ないし包装紙等に商標が表示されていたとしても、商標法上の商標の 「使用」には該当しない。けだし、この場合には、容器ないし包装に付された商標とその 内容物である商品との間には何らの関連もなく、当該商標が商品の出所を識別するものと して機能していないことが外形的に明らかだからである(例えて言えば、顧客が酒店に空 瓶を持参して、酒を量り売りで購入する場合や、顧客が鍋等の容器を豆腐店に持参して豆 腐等を購入する場合と、同様である。)。 (2)これを本件についてみると、前記認定によれば、被告らの孔版印刷用インクの販売 においては、顧客は被告拓研ないし被告コロナの地域特約店に空インクボトルを引き渡し、 被告コロナが当該空インクボトルに被告インクを充填し、これが再び被告拓研ないし被告 コロナの地域特約店から顧客に納品されるものであり、インクボトル上の本件登録商標の 表示は、当該インクボトルがもともと原告から購入されたものであることから、当初から インクボトルに付されていたものである。  そうすると、被告らの孔版印刷用インクの販売においては、本件登録商標は顧客から被 告インクを充填するための容器として提供されたインクボトルに当初から付されていたも のであって、本件登録商標とインクボトルの内容物である商品たる被告インクとの間には 何らの関連もなく、本件登録商標が商品の出所識別標識としての機能を果たす余地のない ことが外形的に明らかであるから、被告らの行為は商標法にいう商標の「使用」に該当し ないものというべきである。 (3)この点について、原告は、被告らの行為が商標の「使用」に該当し、本件登録商標 を侵害する旨を述べ、様々な主張をしているので、これらの点につき補足して説明する。 ア 原告は、本件登録商標が付されたインクボトルに原告のインクとは異なる被告インク が充填されていること自体、商標の有する出所表示機能、品質保証機能、広告機能を害す るから、被告らの行為は「商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡(す)行為」 (商標法2条3項2号)に該当し、しかも、被告コロナの行為は、本来の役割を終えたイ ンクボトルを完成品として再生させるものであり「商品の包装に標章を付する行為」(商 標法2条3項1号)にも該当する旨を主張する。  しかし、既に説示したとおり、個別の取引において買主から提供された容器に商標が付 されており、売主が当該容器に商品を収納してこれを買主に引渡したとしても、市場にお いて商品に商標が付された場合と異なり、当該商標が商品の出所識別標識として機能する 余地はない。原告の主張は、買主から容器が提供された場合を、市場での取引において商 品が商標の付された容器に収納されて移転する場合と区別せずに論ずるものであって、採 用することはできない。  なお、原告は、論拠として改造ファミコン事件第一審判決を挙げるが、同判決の事案は、 商品にXの商標が付されて市場において流通した事案であり、買主から提供された容器に 商標が付されていた本件とは、事案を異にするものであるから、同判決を引いて被告らの 商標権侵害をいう原告の主張は、失当である。 イ また原告は、被告らは、特定の顧客から回収された特定のインクボトルを、インク充 填後に当該顧客とは別の顧客に販売している場合があると主張し、この場合は、被告イン クが充填されて戻ってくるインクボトルは、回収されたインクボトルと規格の点では同じ であるが同一物ではないのであるから、被告らの行為は商標の「使用」に該当する旨を主 張する。  しかしながら、乙19(被告ら代表者Aの陳述書)及び甲8(原告作成の写真撮影報告 書)によれば、被告らは、顧客から提出された空インクボトルに独自のロット番号を印字 し、提出を受けた顧客の名称を記入するなどして、インクボトルが同一の顧客に対して返 還されるように管理していることが認められるものであり、原告の主張はその前提を欠く (なお、付言するに、仮に特定の顧客から回収されたインクボトルが他の顧客に返還され る余地があるとしても、顧客としては同一の種類形状のインクボトルが返還されれば、そ れをもって自己の提出したインクボトルと同一のインクボトルが返還されたものと認識し ているものであり、社会的にも同一物が返還されたものと評価されるものであるから、い ずれにしても商標の「使用」に該当するものと解することはできない。この点は、例えて 言えば、年賀はがきの印刷において顧客が官製年賀はがきを持ち込んだ場合に、顧客に返 還される官製はがきが必ずしも同一の番号のはがきとは限らないとしても、社会的には顧 客の持ち込んだはがきに印刷がされるものと評価され、はがきの売買と評価されないのと 同様である。)。 ウ 原告は、被告インクを充填したインクボトルを見た第三者はいずれも商標権者である 原告が製造したインクが入っていると誤認する蓋然性が高い、と主張し、その理由を縷々 述べている。  しかしながら、本件においては、被告インクを充填したインクボトルは市場において展 示ないし移転することはないので、インクボトルに付された本件登録商標がインクの出所 を識別する標識として機能する余地はない。  この点について、原告は、本件においては、顧客は被告拓研ないし被告コロナの地域特 約店から被告インクを購入するものであり、顧客と被告拓研ないし地域特約店との間の売 買と、被告拓研ないし地域特約店と被告コロナとの間の売買という2つの売買が存在する 旨を主張する。しかし、被告拓研は被告コロナと本店所在地及び代表者を共通にするもの であり、被告コロナ内に所在する同被告の販売担当部門というべきもので(甲9には被告 コロナは製造部門、被告拓研は販売部門である旨の記載があり、甲19、乙7〜9には、 被告拓研は被告コロナ内に所在する旨の記載がある。)、両者は一体というべきであり (原告も被告らは一体であるとして共同不法行為を主張している。)、また、被告コロナ の地域特約店が顧客と被告コロナとの取次ぎをするにすぎないことは、甲12(地域特約 店の募集要項)の記載に照らし明らかであって、原告の主張は採用できない(なお、本件 において仮に被告拓研と被告コロナを別個の取引主体と解するとしても、顧客と被告拓研 の間の売買、及び、被告拓研と被告コロナの間の売買は、それぞれ買主が容器を提供する 態様ということができるから、いずれにしても商標の「使用」に該当する余地はない。)。 エ また原告は、原告印刷機を使用している顧客(事業所等)においては、購買部門と使 用部門とが異なるので、実際に被告インクを使用する者はインクボトルに被告インクが充 填されていることは知らず、インクボトルに表示されている本件登録商標を見てインクボ トルには原告のインクが充填されていると誤認する旨を主張する。  しかしながら、顧客が法人である場合には、当該顧客の第三者との間の取引については 当該取引を担当する従業員(取引の権限を授権された代理人)を基準としてその認識を検 討すべきであり(民法101条1項参照)、被告インクの購入後にこれを使用する従業員 がインクボトルと内容たるインクとの関係を知らないとしても、単に商品購入後の購入者 内部における事情にすぎず、これを理由に本件登録商標が出所表示機能を果たしていると 認めることはできない。原告の主張は、法人が取引主体となった場合における法律関係の 基本的理解を欠くものといわざるを得ず、到底採用できない。 3 公文教育研究会に対するサンプルの無償提供について  前記1(3)エにおいて認定のとおり、公文教育研究会については、被告拓研の従業員 が、他の学校から借り受けた空インクボトルに被告インクを充填したものを1本、サンプ ルとして無償で引き渡した事実があることが認められる。しかし、前記認定のとおり、こ れは被告拓研の通常の営業方法に反する、例外的な事例であり、被告らにおいて今後この ような販売方法をとるおそれがあるとは認められないから、このような例外的な事例があ ることをもって、本件において、原告の被告らに対する差止請求につき、その必要性を肯 定することはできない。  また、本件において、原告は商標法38条2項に基づき被告らの利益をもって原告の損 害と主張しているものであるところ、上記のとおり、公文教育研究会に対するサンプルの 提供は無償で行われたものであるから、これについて原告の損害を認めることもできない。 4 結論  以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理 由がない。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 和久田道雄    裁判官 田中 孝一