・大阪地判平成15年2月13日判時1842号120頁  ヒットワン事件  原告(日本音楽著作権協会)が、通信カラオケ装置のリース業を営む被告(株式会社ヒ ットワン)に対し、被告が原告の管理に係る音楽著作物の使用について許諾を得ていな い社交飲食店93店舗に対し通信カラオケ装置をリースしているとして、著作権法11 2条1項に基づいて、同飲食店に対して同音楽著作物のカラオケ楽曲データ(歌詞デー タを含む。)の使用禁止措置をとることを請求した事案。  判決は、「被告は、管理著作物の利用主体、したがって著作権侵害行為の主体そのも のとみることはできないが、本件各店舗による管理著作物の利用を幇助する者であり、 その支配の内容、程度等に照らして、原告は被告に対し楽曲データの使用禁止措置をと ることを求め得ると判断する」として、原告の請求を認容して、カラオケ楽曲データの 使用禁止措置をするよう命じた。 ■争 点 (1) 被告が管理著作物の利用主体であるとして、原告は被告に対して、楽曲データの使 用禁止措置をとるよう請求することができるか。 (2) 被告が飲食店における管理著作物の利用につき幇助ないし教唆を行う者であるとし て、原告は被告に対して、楽曲データの使用禁止措置をとるよう請求することができるか。 ■主 文 1 被告は、別紙「無許諾店舗一覧表」記載の店舗に対し、別紙「楽曲リスト」記載の 音楽著作物のカラオケ楽曲データ(歌詞データを含む。)の使用禁止措置(通信回線を 経由して一定の信号を送信することによってカラオケ用楽曲データの再生を不可能にす る措置)をせよ。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 ■判決文 4 著作権法112条1項にいう「著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」 について (1) 管理著作物に係る歌詞・楽曲の演奏・上映行為は、本件各店舗において、その 従業員ないし客が楽曲を選択し、カラオケ装置を操作して演奏させ、従業員ないし客が 歌唱することによって行われるものであって、被告は、カラオケ装置及び同装置に蓄積 された楽曲データをリース契約及び通信サービス提供契約に基づいて提供しているもの の、それ以上に、本件各店舗における演奏行為に関与するものではなく、いつ、どの楽 曲を演奏するかについて個々のカラオケ楽曲の演奏行為に直接的な関わりを有するもの ではないから、被告が管理著作物に係る歌詞・楽曲の演奏・上映行為の直接的な行為主 体であるということはできない。しかし、被告は、本件各店舗の経営者を主体とする歌 詞・楽曲の演奏や上映による著作権侵害行為について、カラオケ装置及び楽曲データを リース契約及び通信サービス提供契約によって提供し、本件各店舗における歌詞・楽曲 の演奏ないし上映を可能としているものであり、しかも、本件各店舗の経営者が原告か ら現に著作物使用許諾を得ていないことを知りながら、これらの提供を継続しているの であるから、本件各店舗の経営者がしている著作権侵害行為を故意により幇助している 者であるということができる。 (2) 著作権法112条1項にいう「著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある 者」は、一般には、侵害行為の主体たる者を指すと解される。しかし、侵害行為の主体 たる者でなく、侵害の幇助行為を現に行う者であっても、@幇助者による幇助行為の内 容・性質、A現に行われている著作権侵害行為に対する幇助者の管理・支配の程度、B 幇助者の利益と著作権侵害行為との結び付き等を総合して観察したときに、幇助者の行 為が当該著作権侵害行為に密接な関わりを有し、当該幇助者が幇助行為を中止する条理 上の義務があり、かつ当該幇助行為を中止して著作権侵害の事態を除去できるような場 合には、当該幇助行為を行う者は侵害主体に準じるものと評価できるから、同法112 条1項の「著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」に当たるものと解するの が相当である。けだし、同法112条1項に規定する差止請求の制度は、著作権等が著 作物を独占的に支配できる権利(著作者人格権については人格権的に支配できる権利) であることから、この独占的支配を確保する手段として、著作権等の円満な享受が妨げ られている場合、その妨害を排除して著作物の独占的支配を維持、回復することを保障 した制度であるということができるところ、物権的請求権(妨害排除請求権及び妨害予 防請求権)の行使として当該具体的行為の差止めを求める相手方は、必ずしも当該侵害 行為を主体的に行う者に限られるものではなく、幇助行為をする者も含まれるものと解 し得ることからすると、同法112条1項に規定する差止請求についても、少なくとも 侵害行為の主体に準じる立場にあると評価されるような幇助者を相手として差止めを求 めることも許容されるというべきであり、また、同法112条1項の規定からも、上記 のように解することに文理上特段の支障はなく、現に侵害行為が継続しているにもかか わらず、このような幇助者に対し、事後的に不法行為による損害賠償責任を認めるだけ では、権利者の保護に欠けるものというべきであり、また、そのように解しても著作物 の利用に関わる第三者一般に不測の損害を与えるおそれもないからである。 (3) ところで、特許法は、直接的な侵害行為を行う者でない場合でも、業としてそ の物の生産(物の発明の場合)ないしその方法の使用(方法の発明の場合)にのみ用い る物の生産等をする行為や、その発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発 明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、 業としてその生産等をする行為を間接侵害として、特許権又は専用実施権の侵害とみな す旨の規定(平成14年法律第24号による改正後の特許法101条)を置いているが、 同条は、特許権侵害に関する幇助的ないし教唆的行為のうち、侵害とみなす場合を規定 したものと解することができる。これに対し、著作権法は、113条に侵害とみなす行 為についての規定を置いているが、特許法のような間接侵害に関する規定を置いていな いから、特許法との対比からすると、著作権法は、幇助的ないし教唆的な行為を行う者 に対する差止請求を認めていないとの解釈も考え得るところであろう。  しかしながら、特許法と著作権法とは法領域を異にするものであるから、特許法にお ける間接侵害の規定が著作権法にないとしても、そのことから、直ちに、著作権法が幇 助的ないし教唆的な行為を行う者に対する差止請求を認めていないと解する必然性はな い。しかも、特許法における間接侵害の規定は、直接的な侵害行為がされているか否か にかかわらず侵害行為とみなすものであるところ、上記(2)において著作権法112条1 項の差止請求の対象に含めるべきであるとする行為は、現に著作権侵害が行われている 場合において、その侵害行為に対する支配・管理の程度等に照らして侵害主体に準じる 者と評価できるような幇助行為であるから、特許法上の間接侵害に当たる行為とその適 用場面を同一にするものではない。  したがって、著作権法において特許法上の間接侵害に該当する規定が存在しないこと は、著作権法112条1項の差止対象の行為について上記(2)で述べたように解すること の妨げになるものではない。 5 被告に対する差止請求の可否  前記4で述べた著作権法112条1項の解釈を前提として、被告が同項の「著作権を 侵害する者又はそのおそれのある者」に当たるといえるかについて検討するに、@被告 は、本件各店舗において管理著作物に係る歌詞・楽曲の演奏・上映行為を行うについて、 必要不可欠といえるカラオケ装置(同装置に蓄積された楽曲データを含む。)を提供し ていること、A被告は、本件各店舗にカラオケ装置をリースするに際し、管理著作物に 係る使用許諾契約の締結又申込みの有無を確認すべき条理上の注意義務を怠り、そのよ うな確認をしないでカラオケ装置を引き渡したものであり、しかも、その後、現に本件 各店舗の経営者が原告の許諾を受けないで管理著作物に係る歌詞・楽曲の演奏・上映に よる著作権侵害行為を行っていることを知りながら、これら経営者に許諾を受けること を促し、それがされない場合にはリース契約を解除してカラオケ装置の停止の措置をと り、カラオケ装置を引き揚げるべき条理上の注意義務に反して放置しているものである こと、B被告は、同カラオケ装置について、作動可能にするか作動不能にするかを決め る制御手段を有していること、C被告が得るリース料は、本件各店舗において管理著作 物に係る歌詞・楽曲の演奏・上映行為と密接な結び付きのある利益といえることからす ると、被告は、本件各店舗で行われている著作権侵害行為の侵害主体に準じる立場にあ ると評価できる幇助行為を行っており、かつ、当該幇助行為を中止することにより著作 権侵害状態を除去できる立場にあるというべきであるから、著作権法112条1項の 「著作権を侵害する者又は侵害するおそれのある者」に当たると解するのが相当である。  前記のとおり、被告は本件各店舗のカラオケ装置の作動を停止させる措置として、通 信回線を経由して一定の信号を送信することにより楽曲データの使用を不能にさせると いう容易な方法を採り得るのであり、上記のように被告に侵害停止義務を認めたとして も、被告に過大な負担を負わせるものではない。  また、被告が本件各店舗からリース料収入が得られなくなるとしても、同リース料は 管理著作物の無許諾の演奏・上映行為という違法な行為と密接な結び付きがあるもので あって、保護に値する正当な利益とはいえない。  なお、管理著作物に係る歌詞・楽曲の演奏・上映により著作権侵害を行っている主体 は本件各店舗の経営者であるところ、被告から本件各店舗に対する楽曲データの提供が 差し止められることにより、本件各店舗の経営者がその営業に打撃を受けるとしても、 著作権侵害を継続することによって営業上の利益を上げることは法的に保護されるもの ではないから、差止めによって本件各店舗の経営者の権利ないし法的な利益が侵害され ることもない。もとより、原告において、本件各店舗の経営者を相手にして個別に著作 権侵害行為の差止めを請求することは可能であるが、それをしないで幇助者である被告 に差止めを求めることが許されないとする理由はない。 6 差止めの内容について  以上によれば、原告は被告に対し、著作権法112条1項に基づき著作権侵害の停止 を求め得るところ、原告が本訴において被告に対して求める差止めの内容は、「別紙 「無許諾店舗一覧表」記載の店舗に対し、別紙「楽曲リスト」記載の音楽著作物のカラ オケ楽曲データの使用禁止措置(通信回線を経由して一定の信号を送信することによっ て楽曲データの再生を不可能にする措置)をせよ。」というものであり、このような請 求は、著作権法112条1項に基づく差止めの具体的方法として簡便かつ実効的なもの と解されるから、差止めの内容として、上記のような具体的措置を命じることができる ものというべきである。もっとも、上記の楽曲データの使用禁止措置(通信回線を経由 して一定の信号を送信することによって楽曲データの再生を不可能にする措置)をとっ た場合には、原告の管理著作物以外の楽曲データの再生も不可能となると考えられる。 しかし、前記のとおり、通信カラオケにより配信される楽曲データのうち97%が原告 の管理著作物であるから、本件において、それ以外の3%の楽曲データを含むすべての 楽曲データの再生を事実上不可能にする措置をとることを請求することは、差止めの対 象として相当な範囲内のものであるといえる。 7 よって、原告の請求は理由があるから、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言 の申立てについては、本件において仮執行宣言を付するのは相当でないと判断するから、 これを付さないことにする。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 阿多 麻子    裁判官 前田 郁勝