・東京地判平成15年3月28日  「ピーターのいす」国語テスト事件:第一審  原告(エズラ・ジャック・キーツ財団)は、「ピーターのいす」という童話および挿 し絵を創作したアメリカ国籍の画家(エズラ=ジャック=キーツ)により設立された財 団であり、本件各著作物に対する著作権を有している。本件各著作物は、日本書籍株式 会社発行の小学校1年生用国語科検定教科書に掲載されている。被告(青葉出版株式会 社、株式会社教育同人社、株式会社日本標準、株式会社光文書院、株式会社新学社、株 式会社文溪堂)は、教科書に準拠した国語テストを印刷、出版、販売している。本件は、 本件各著作物の著作権者である原告が、本件各著作物を掲載した本件国語テストの被告 らによる印刷、出版、販売は、原告の本件各著作物に対する複製権、著作者人格権を侵 害すると主張し、複製権及び著作者人格権に基づく被告による本件国語テストの印刷、 出版、販売及び頒布の差止め(ただし、被告青葉出版株式会社に対しては複製権に基づ く請求のみ)並びに複製権侵害を理由とする損害賠償又は不当利得返還を求める事案で ある。  判決は、引用の抗弁を否定し、「(著作権法36)条1項によって、著作権者の許諾 を要せずに、問題として著作物の複製をすることができる試験又は検定とは、公正な実 施のために、試験、検定の問題として利用する著作物が何であるかということ自体を秘 密にする必要性があり、それ故に当該著作物の複製について、あらかじめ著作権者の許 諾を受けることが困難であるような試験、検定をいうものであって、そのような困難性 のないものについては、複製につき著作権者の許諾を不要とする根拠を欠くものであり、 同条1項にいう『試験又は検定』に当たらないものと解するのが相当である」として同 項の適応を否定するなどして、原告の請求を認容した。なお、損害額については、いく つかの規程において5%等の使用料率が定められているものの、「これらは,将来にお ける使用料の支払についての協定であって、過去の著作権侵害に対する使用料相当額を 定めたものでない」とし、「本件で問題となっているのは,将来における使用料ではな く、過去の著作権侵害に対する使用料相当額を算定するための使用料率であること」等 から、使用料率を8%または10%とした。 (控訴審:東京高判平成16年6月29日) ■争 点 (1) 被告らが、本件各著作物を本件国語テストに掲載することが、著作権法32条1項 にいう「引用」に当たるかどうか (2) 被告らが、本件各著作物を本件国語テストに掲載することが、著作権法36条1項 にいう「試験問題」としての複製に当たるかどうか (3) 著作者人格権侵害の有無(被告青葉出版株式会社を除く。) (4) 原告は被告株式会社文溪堂に対し本件各著作物の利用を許諾したかどうか (5) 消滅時効の成否 (6) 本件請求が権利濫用に当たるかどうか (7) 故意又は過失の有無 (8) 損害の発生及び数額 ■判決文  2 争点(1)について (1) 公表された著作物を引用して利用することが許容されるためには、その引用が 公正な慣行に合致し、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行 わなければならないとされている(著作権法32条1項)ところ、この規定の趣旨に照 らすと、ここでいう「引用」とは、報道、批評、研究その他の目的で、自己の著作物中 に、他人の著作物の原則として一部を採録するものであって、引用する著作物の表現形 式上、引用する側の著作物と引用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することが できるとともに、両著作物間に、引用する側の著作物が「主」であり、引用される側の 著作物が「従」である関係が存する場合をいうものと解するべきである。 (2) 前記1のような本件各著作物の掲載態様に照らすと、引用される側の著作物で ある本件各著作物の全部又は一部と引用する側の著作物である本件国語テストを明瞭に 区別して認識することができるというべきである。  また、本件国語テストの設問部分には、本件各著作物からの本件国語テストに収録す る部分の選定、設問部分における問題の設定及び解答の形式の選択、その配列、問題数 の選択等に、被告ら各社の創意工夫があることが認められる。  しかし、これらの設問は、本件各著作物に表現された思想、感情等の理解を問うもの であって、上記問題の設定、配列等における被告の創意工夫も、児童に本件各著作物を いかに正確に読みとらせ、それをいかに的確に理解させるかということにあり、本件各 著作物の著作物としての創作性を度外視してはあり得ないものである(この点について、 被告らは、内容それ自体の創作性を利用しているかどうかは引用の判断に関係ない旨主 張するが、ここでいう読みとらせ、理解させる対象は、内容それ自体のみならず、表現 を含むものであるから、本件国語テストは、本件各著作物の著作物としての創作性を度 外視してはあり得ないということができる。また、被告らは、本件国語テストは、児童 に本件各著作物をいかに正確に読みとらせ、また、それをいかに的確に理解させるかで はなく、正確に読みとっているか、的確に理解しているかを評価測定するものである旨 主張するところ、後記3認定の事実からすると、本件国語テストは上記のとおり評価測 定するという目的を有するものと認められるが、それとともに、児童に解答をするに当 たって考えさせたり、採点返却すること等を通じて、児童に本件各著作物についての理 解を深めさせるという目的を有するものと認められるから、上記評価測定のみが本件国 語テストの目的であるとは認められない。)。そして、このことに、前記認定の本件国 語テストにおける本件各著作物とそれ以外の部分の量的な割合等を総合すると、引用さ れる側の著作物である本件各著作物が「従」であり、引用する側の著作物である本件国 語テストが「主」であるという関係が存するということはできない。 (3) そうである以上、本件国語テストにおける本件各著作物の掲載が、著作権法3 2条1項にいう「引用」に当たると認めることはできない。 3 争点(2)について 《中 略》 (2) 公表された著作物は、入学試験その他人の学識技能に関する試験又は検定の目 的上必要と認められる限度において、当該試験又は検定の問題として複製することがで きるとされ(著作権法36条1項)、また、営利を目的として、複製を行うものは、通 常の使用料の額に相当する額の補償金を著作権者に支払わなければならない(同条2項) とされているところ、これらの規定は、入学試験等の人の学識技能に関する試験又は検 定にあっては、それを公正に実施するために、問題の内容等の事前の漏洩を防ぐ必要性 があるので、あらかじめ著作権者の許諾を受けることは困難であること、及び著作物を 上記のような試験、検定の問題として利用したとしても、一般にその利用は著作物の通 常の利用と競合しないと考えられることから、試験、検定の目的上必要と認められる限 度で、著作物を試験、検定の問題として複製するについては、一律に著作権者の許諾を 要しないものとするとともに、その複製が、これを行う者の営利の目的による場合には、 著作権者に対する補償を要するものとして、利益の均衡を図ることとした規定であると 解される。  そうすると、同条1項によって、著作権者の許諾を要せずに、問題として著作物 の複製をすることができる試験又は検定とは、公正な実施のために、試験、検定の問題 として利用する著作物が何であるかということ自体を秘密にする必要性があり、それ故 に当該著作物の複製について、あらかじめ著作権者の許諾を受けることが困難であるよ うな試験、検定をいうものであって、そのような困難性のないものについては、複製に つき著作権者の許諾を不要とする根拠を欠くものであり、同条1項にいう「試験又は検 定」に当たらないものと解するのが相当である。 (3) 上記(1)で認定した事実に証拠(乙11の1ないし5、乙12の1ないし3、 乙13ないし16、乙28ないし34(枝番をすべて含む))と弁論の全趣旨を総合す ると、本件国語テストが児童の学習の進捗状況に応じた適宜の段階において、教師が、 各児童ごとにその学力の到達度を把握するものとして利用し、本件国語テストの結果 (得点)が、教師の児童に対する評価の参考となり得るものであると認められる。  しかしながら、教科書に掲載されている本件各著作物が本件国語テストに利用さ れることは、当然のこととして予測されるものであるから、本件国語テストについて、 いかなる著作物を利用するかということについての秘密性は存在せず、そうすると、そ のような秘密性の故に、著作物の複製について、あらかじめ著作権者の許諾を受けるこ とが困難であるような事情が存在するということもできない。  また、証拠(乙30の4ないし7、10、乙33の9、12ないし14、17、 20、25、27)には、小学校の教師等が本件国語テストを用いるテストの実施に当 たって秘密の保持を配慮し、又は配慮していたとの趣旨を述べる記載があり、その具体 的内容としては、当該テストの実施を学年の各クラスで同じ時期にしていたことと、テ ストの内容が漏れないように各クラスが当該テストを終了するまでは答案用紙を返却し ないという点にある。しかし、学年の各クラスで同一時期に実施するとしても、同一時 間に実施するのでなければ秘密保持とはならないし、実施の時間が異なるとすると、他 のクラスにおいて当該テストが実施されるまで答案用紙の返却をしないとしても、秘密 保持の上でさしたる効果がないといえる。さらに、上記の程度の配慮でさえ、どの小学 校においても一律行っていたとまで認めるに足りる証拠はない。したがって、一般的に、 本件国語テストについて秘密保持が図られていたと認めることはできない。  したがって、被告らが、本件各著作物を本件国語テストに複製することは、著作 権法36条1項所定の「試験又は検定の問題」としての複製に当たるものではない。  なお、被告らは、@同条の「試験」は厳格な秘密性が求められない校内試験や予 備校等が行う模擬テスト等を想定しており、入学試験に類するものに限られないし、本 件国語テストも、現行著作権法制定当時から広く小学校の教育現場で利用されており、 そのような本件国語テストの存在を前提として、同条の適用対象とすることを意図して 現行著作権法が制定されたこと、A本件国語テストの利用は、著作物の通常の利用と衝 突せず、そのような利用を行う教育上の必要も高いことを主張するが、予備校等の行う 「模擬試験」や学校内での中間試験、期末試験等に同条の「試験」に当たるものがある としても、それは、上記認定の同条の趣旨からすると、上記認定のような秘密性を有す るものに限られるというべきであるから、予備校等の行う「模擬試験」や学校内での中 間試験、期末試験等に同条の「試験」に当たるものがあることは、上記認定を覆すに足 りるものではない。また、本件国語テストを同条の適用対象とすることを意図して現行 著作権法が制定されたことについては、そのような事実を認めるに足りる証拠はない (国立国会図書館調査立法考査局「著作権法改正の諸問題」(甲32)には、「営利を 目的として学力テストの問題を作成するいわゆるテストも、補償金を著作者に支払うこ とを条件に、著作物の使用を認めている」との記載があるが、どのような学力テストか は明示されておらず、本件国語テストを作成する被告らを指すものとは認められない。)。 さらに、本件国語テストの利用は、著作物の通常の利用と衝突せず、そのような利用を 行う教育上の必要が高いとしても、上記認定の同条の趣旨からすると、上記認定のよう な秘密性を有しないものについて同条の適用を認めることはできないから、この事実も、 上記認定を覆すに足りるものではない。