・東京地判平成15年4月24日  羽田タートル・So-net発信者開示請求事件  本件は、インターネット上のウェブサイトに掲載された情報により名誉を毀損された とする労働者派遣会社である原告(羽田タートルサービス)が、インターネットサービ ス「So―net」を運営する被告(ソニーコミュニケーションネットワーク)に対し、 インターネット・サービス・プロバイダたる株式会社W(株式会社ウェブオンラインネ ットワークス)がプロバイダ責任制限法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に当た り、被告がWを吸収合併したことによりその地位を承継したとして、同項にもとづき発 信者情報の開示を求めた事案。  本件侵害情報は、株式会社ゼロによるレンタルサーバサービスである本件ウェブサイ ト(http://freeweb2.kakiko.com/〈略〉)に掲載されたものである。本件侵害情報は、 原告の要請に基づき削除された。原告がゼロに対し、ゼロが保有する本件侵害情報の発 信者の氏名、住所、電子メールアドレス等の情報の開示を求めたところ、ゼロは、原告 に対し、本件発信者が登録した電子メールアドレス(〈略〉@ma2.justnet.ne.jp)、I D、パスワードを開示した。本件メールアドレスは、ウェブオンラインからインターネ ット接続サービスの提供を受ける会員のものであったことから、原告は、ウェブオンラ インに対し、本件メールアドレス保有者の氏名、住所および電話番号を開示するよう求 めたが、ウェブオンラインおよびこれを承継した被告はこれを拒否したものである。  判決は、「発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録することは特定電気通 信に該当せず、法4条1項にいう『特定電気通信』は上記記録媒体を用いる電気通信役 務提供者によって行われるから、経由プロバイダの用いる電気通信設備は、同項にいう 『当該特定電気通信の用に供される』ものとは認められない。したがって、経由プロバ イダは、同項にいう『開示関係役務提供者』には当たらないというペきであり、この点 に関する原告の主張は採用できない」として、原告の請求を棄却した。 ■争 点 1 発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録する際にインターネット接続サー ビスを提供したプロバイダ(以下「経由プロバイダ」という。)が法4条1項にいう「開 示関係役務提供者」に当たるか。 2 本件発信者がウェブオンラインの用いる電気通信設備(以下「本件設備」という。) を経由してゼロのウェブサーバに本件侵害情報を記録したか。 3 権利侵害の明白性 ■判決文 第3 当裁判所の判断  本件については、後記2のとおり、法の遡及適用の可否も問題となるが、従前からの当 事者の主張にかんがみ、まず上記争点について判断する。 1 争点(1)(経由プロバイダが開示関係役務提供者に当たるか。)について (1)法4条1項は、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害された とする者は」、同項各号のいずれにも該当するときに限り、「当該特定電気通信の用に供 される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」(開示関係役務提供者)に対 して、発信者情報の開示を請求することができると定めている。そこで、経由プロバイダ が開示関係役務提供者に当たるか否かを判断するについては、上記「特定電気通信」の意 義が問題となる。 (2)法2条1号によれば、特定電気通信とは、「不特定の者によって受信されることを 目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規 定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信され ることを目的とする電気通信の送信を除く。)」をいうと定義されている。ここで、電気 通信とは、「有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、 又は受けること」をいうところ(電気通信事業法2条1号)、法2条1号にいう「送信」 とは、電気通信事業法2条1号にいう「送り、伝え、又は受けること」のうち、「送るこ と」、すなわち、符号、音響又は影像を電気的信号に変換して送り出すことを指すものと 解される。そうすると、特定電気通信にあっては、その始点に位置する者において「不特 定の者によって受信されることを目的とする電気通信」を「送信」するということになる。 (3)他方、法2条4号は「発信者」について定義しており、これを「特定電気通信役務 提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の 者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置 (当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力 した者」としている。  この規定振りからすれば、法は、特定電気通信について、特定電気通信設備の記録媒体 に記録された情報が不特定の者に送信される形態で行われるものと、特定電気通信設備の 送信装置に入力された情報が不特定の者に送信される形態で行われるものとを予定してお り、いずれの場合についても、上記記録媒体への情報の記録又は上記送信装置への情報の 入力とその後の当該情報の送信、すなわち法2条1号にいう「送信」とを区別し、特定電 気通信設備たる上記記録媒体又は上記送信装置を用いる特定電気通信役務提供者が、同号 にいう「送信」を行い、特定電気通信の始点に位置することを前提としているものと解さ れる(なお、法2条3号は、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特 定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」を「特定電気通信役務提供者」としている が、「他人の通信」には自己と他人との通信も含まれるから、法2条1号にいう「送信」 を行う者が「特定電気通信設備を他人の用に供する者」であり、したがって「特定電気通 信役務提供者」に該当することはいうまでもない。)。  そうすると、特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備 の送信装置に情報を入力することは、当該特定電気通信設備を用いる電気通信役務提供者 による特定電気通信以前の、これとは別個の、当該情報の記録又は入力を目的とする発信 者から特定電気通信役務提供者に対する1対1の電気通信にすぎないから、それを媒介す るにすぎない経由プロバイダをもって、特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者) と解することはできないということになる。 (4)これに対して、原告は、発信者によるウェブサイトの開設・公開が特定電気通信に 該当すると主張する。 ア 原告の上記主張は、発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するための電 気通信と、その後の不特定の者への当該情報の流通とを、社会通念に照らし、あるいは目 的的にとらえて、一体の、いわば併せて一つの電気通信と解する趣旨のものであると考え られる。  しかしながら、本件に即していえば、本件発信者からゼロのウェブサーバへの本件侵害 情報の流通と、ゼロのウェブサーバから不確定の受信者への本件侵害情報の流通とは、物 理的現象としては明らかに別個のものである。そして、上記のような解釈によると、発信 者は常に特定電気通信役務提供者であるということになり、既に述べた法2条4号の規定 とも整合しない。このようなことに加えて、ほかに法が上記のような解釈を許容している と解すべき根拠も見いだし難いことからすれば、原告の主張する上記のような解釈を採用 することは困難というほかはない。  なお、原告は、総務省令において、侵害情報の発信者の特定に資する情報としてIPア ドレス(4号)及びタイムスタンプ(5号)を開示すべきものとしているのは、経由プロ バイダが開示関係役務提供者であることを前提としたものであると主張する。確かに、I Pアドレス及びタイムスタンプについては、経由プロバイダからの情報開示を伴わなけれ ば、その発信者の特定に果たす役割が大幅に低下することは原告指摘のとおりである。し かし、開示すべき発信者情報を定めた総務省令におけるこのような規定から、逆に、法が 経由プロバイダを開示関係役務提供者としていると解するのは、論理の飛躍があるし、本 末転倒の議論というべきである。IPアドレスやタイムスタンプも、それ自体で発信者の 特定に資することに変わりはないのであるから、上記総務省令の規定は上記結論を左右す るものとは認められない。 イ しかして次に、原告の上記主張は、発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記 録するための電気通信それ自体が、法2条1号にいう「不特定の者によって受信されるこ とを目的とする電気通信の送信」に該当すると解することを前提としたものであるとも考 えられるので、この点についても検討する。  確かに、一般的に、発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するという行為 は、情報を記録すること自体が目的なのではなく、記録された当該情報が更に不特定の者 に送信されることを前提とし、かつ、それを目的としたものであるといえる。  しかしながら、法2条1号にいう「不特定の者によって受信されることを目的とする電 気通信」とは、当該電気通信に係る情報が不特定の者に認知されることを目的とする電気 通信ということではなく、当該電気通信そのものが不特定の者に受信されることを意味し ていると解されるし、前述した法2条4号の規定振りからしても、発信者が特定電気通信 設備の記録媒体に情報を記録するための電気通信それ自体を法2条1号にいう特定電気通 信と解し得ないことは明らかである。 (5)また、原告は、無料の電子掲示板やレンタルサーバサービス等を提供する業者が発 信者の氏名及び住所を必ずしも十分に把握していない実態を指摘し、被害者が当該業者か ら開示されるIPアドレスやタイムスタンプ等を手掛かりとして更に経由プロバイダに対 し発信者の氏名及び住所の開示を求めることが必要である旨主張する。  原告が主張するとおり、開示関係役務提供者に経由プロバイダが含まれないとした場合、 電子掲示板やレンタルサーバサービス等を提供する業者が必ずしも発信者の氏名及び住所 を十分に把握しているとは限らない現状においては(甲26ないし41)、被害者におい て発信者を特定することが著しく困難ないし不可能となる場合のあることは否定できない。 しかし、発信者情報の開示は、特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)の通信の 秘密に係る守秘義務を解除するものであって、しかも、その情報は発信者のプライバシー や表現の自由とも密接な関わりを有するものであるから、基本的に、どの範囲の者に、い かなる情報の開示を義務付けるかは上記の憲法上の諸権利を踏まえた立法政策の問題とい うべきである。そして、これら憲法上の権利に係る守秘義務の解除については明確な規定 を要し、安易な拡張解釈は許されないと解されるところ、前記のとおり、法の解釈として 経由プロバイダが開示関係役務提供者に該当すると解することには、少なくとも重大な疑 義が存するといわざるを得ないのであって、原告主張の上記のような事情があるからとい って、その結論が左右されるものとは解されない。  なお、本件証拠上、法の立法過程における検討の全容が明らかになっているわけではな いが、例えば、平成13年11月6日の参議院総務委員会における「本法案で言う特定電 気通信役務提供者とは一体何なのか。ニフティなどのプロバイダーを言うのか、あるいは また掲示板の管理者を言うのか、あるいはまたケースによって違うのか、わかりやすくお 答えいただけますでしょうか。」との内藤正光委員の質問に対して、小坂憲次総務副大臣 は、「具体的に申し上げますと、例えばインターネットにおいて問題となった情報が記録 されたサーバー、特定電気通信設備でございますが、の管理運営を行っている者が該当す ることにまずなります。そしてまた、いわゆる電子掲示板の場合には、そのサーバーを管 理運営しているプロバイダーだけでなく、電子掲示板の管理者も含まれてくるというふう に考えております。また、フォーラムというような、ニフティのような場合にはフォーラ ムという名前で呼んでいるところの方が多かったわけでございますが、その場合にはシス オペと呼ばれるような管理責任者がおりましたけれども、そういった者もプロバイダーと 一体である場合にこれが含まれてくるということになってまいります。」と答えている (甲45)。上記の質疑は、主として法3条の規定を念頭に置いたものと認められるが、 少なくとも経由プロバイダが特定電気通信役務提供者に該当するかのような説明は全くな い。原告は、経由プロバイダが特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)に該当す るか否かが立法過程で議論されていないのは、該当することが自明であったからであると 主張するが、法案からしてそのようなことが自明であったとはいえないし、経由プロバイ ダが特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)に該当するとすれば、その影響する ところは重大であり、自明のこととして討論が行われないといったたぐいの問題とは認め 難い。(6)以上によれば、発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録すること は特定電気通信に該当せず、法4条1項にいう「特定電気通信」は上記記録媒体を用いる 電気通信役務提供者によって行われるから、経由プロバイダの用いる電気通信設備は、同 項にいう「当該特定電気通信の用に供される」ものとは認められない。したがって、経由 プロバイダは、同項にいう「開示関係役務提供者」には当たらないというべきであり、こ の点に関する原告の主張は採用できない。  したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 2 法の遡及適用について  前記第2の1(争いのない事実等)に記載のとおり、本件侵害情報は、平成14年1月 12日には既に削除されたことが確認されている。そして、法が施行されたのが同年5月 27日であることは顕著な事実である(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任及び発信 者情報の開示に関する法律の施行期日を定める政令(平成14年5月22日政令第178 号))。  そこで、本件のように法施行前に特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害が あったとされる場合について、法が遡及的に適用されるか否かが問題となるが、法には上 記のような場合における遡及適用を定めた規定は存しない。そして、本件で問題となった 法4条は、一定の厳格な要件が満たされる場合に、開示関係役務提供者に対して発信者情 報についての守秘義務を解除するとともに、自己の権利を侵害されたと主張する者が開示 関係役務提供者に対して発信者情報の開示を請求する権利を創設的に定めたものと認めら れる。このようなことからすれば、法施行前に特定電気通言による情報の流通によって権 利の侵害があった場合については、同条の適用はないと解するのが相当である。  したがって、原告の請求は、この点においても、そもそも理由がないというべきである。 3 結論  以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとお り判決する。 裁判長裁判官 河村吉晃    裁判官 安江一平 裁判官吉崎敦憲は、海外出張のため、署名押印することができない。 裁判長裁判官 河村吉晃