・東京高判平成15年6月19日  「ナクソス島のアリアドネ」事件:控訴審  控訴棄却。 (第一審:東京地判平成15年2月28日) ■判決文 第4 当裁判所の判断  当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加 するほか、原判決の「第4 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。 1 控訴人の主張は、要するに、本件基本契約において、アドルフ・フュルストナー社が、 本件楽曲を含むリヒャルト・シュトラウスの著作物の独占的管理権を取得し、ドイツ以外 の地域(日本を含む。)におけるこの独占的管理権を控訴人が承継したという事実関係の 下では、リヒャルト・シュトラウス自身を含め、日本において本件楽曲の著作権を行使す ることができる者は存在しなかったから、戦時加算特例法の趣旨によれば、同法による著 作権の保護期間の延長が認められるべきである、というものである。 2 甲第34号証(本件基本契約の契約書)には、次のような条項がある。 ア 作品の上演権は、楽曲についても歌詞についても全範囲にわたり、すべての国、す べての言語について、シュトラウスが留保する(7条)。 イ ・・・シュトラウスまたはその承継者は、販売と上演権の管理を、全面的または部 分的または個々のケースについて引き受ける権利を維持している。しかし、シュトラウス またはその承継者は、上演権の管理を全面的にも部分的にも他の音楽出版社または第三者 に委譲することはできない。シュトラウスまたはその承継者が上記の上演権を自ら引き受 けない限り、アドルフ・フュルストナー社は、上記で委譲された上演権の管理を行う義務 を有する(8条)。 3 これらの条項からは、本件基本契約上、リヒャルト・シュトラウスないしその承継者 が、自ら(他者を履行補助者とする場合を含む。)、本件楽曲の上演をする権利を有して いたこと、また、本件楽曲の販売と上演権の管理を引き受ける権利を有していたことが明 らかである。甲第16号証(ショット・ムジーク・インターナショナルの代表取締役Aの 桑野雄一郎弁護士あての書簡)中にも、リヒャルト・シュトラウス自身が、自ら上演をし たことがあった事実が指摘されている。  控訴人は、本件基本契約の7条を挙げて、たとえリヒャルト・シュトラウス自身が上演 する場合であっても、アドルフ・フュルストナー社ないし控訴人が出版する演奏用楽譜を 使用しなければならないことを指摘する。9条にも、演奏会における演奏には、アドルフ ・フュルストナー社が出版し同社に発注された演奏用楽譜だけを使用するものとする、と の条項がある。しかし、本件基本契約上、上演権並びに販売及び上演権の管理の留保に、 何ら制限は付されておらず、アドルフ・フュルストナー社が、その自由裁量で演奏用楽譜 の使用を拒絶できるとは認められない。控訴人主張のような事実をもってしても、リヒャ ルト・シュトラウスないしその承継者による本件楽曲の上演・管理ができなくなるものと いうことはできない。 4 仮に、控訴人の主張するような、独占的管理権をフュルストナー・リミテッド、ひい ては、控訴人が有していたとしても、戦争という特殊な社会情勢のため、フュルストナー ・リミテッドないし控訴人が、本件楽曲の著作権を日本において行使し得ないという状況 の下では、日本において同著作権を行使する権利を、リヒャルト・シュトラウスに認める、 というのが、本件基本契約についての合理的解釈であるというべきである。 5 以上のとおりであるから、いずれにしろ、リヒャルト・シュトラウスが、昭和16年 12月8日以降、日本国において、本件楽曲の著作権を行使できなかったとは認められな い。したがって、これにつき、戦時加算特例法による戦時加算を認めることはできない。 6 以上検討したところによれば、控訴人の請求は理由がないことが明らかであり、これ を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。そこで、これを棄却すること とし、控訴費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間について、民事訴訟 法67条、61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 阿部 正幸    裁判官 高瀬 順久