・東京地判平成15年10月22日  転職情報ウェブサイト事件  原告(エン・ジャパン株式会社)は、被告(イーキャリア株式会社)がインターネット 上に開設するウエブサイトに掲載した転職情報は、原告が株式会社シャンテリーの注文を 受けて創作し、そのウエブサイト「[en]社会人の就職情報」に掲載した転職情報を無断 で複製ないし翻案したものであり、原告の著作権(複製権、翻案権、送信可能化権)及び 著作者人格権(同一性保持権)を侵害すると主張して、掲載行為の差止め及び損害賠償等 を求めた。  判決は、著作物性を認め、原告が著作者であるとしたうえで、複製権、翻案権、送信可 能化権の侵害を認め、損害賠償請求のみ認容した。  もっとも、同一性保持権については、「被告転職情報A及びBは、原告転職情報に依拠 し、これに文末の表現や数字等を変更した上、これらの掲載項目の順序を入れ替えて作成 されたものである。しかし、上記の変更は、原告転職情報の本質的な特徴をなす表現部分 を改変したと評価することはできないので、被告の行為は、原告の有する同一性保持権を 侵害したものではない」として、その侵害を否定した。 ■争 点 (1) 原告転職情報は著作物か。  (2) 原告転職情報を創作したのは原告か。原告転職情報の著作権者は原告か。 (3) 被告転職情報Aは、原告転職情報の複製物ないし翻案物か。被告は、原告転職情報 について原告が有する著作権を侵害したか。 (4) 被告転職情報Bは、原告転職情報の複製物ないし翻案物か。被告は、原告転職情報 について原告が有する著作権を侵害したか。 (5) 被告は、原告転職情報について原告が有する著作者人格権を侵害したか。 (6) 損害額  (7) 被告が、将来著作権侵害をするおそれがあるか(差止めの必要性があるか)。 (8) 謝罪広告の必要性 ■判決文 1 争点1(原告転職情報の著作物性)について  (1) 著作権法による保護の対象となる著作物は、「思想又は感情を創作的に表現した もの」であることが必要である(法2条1項1号)。  「思想又は感情を表現した」とは、単なる事実をそのまま記述したようなものはこれに 当たらないが、事実を基礎とした場合であっても、筆者の事実に対する何らかの評価、意 見等を表現しているものであれば足りるというべきである。また、「創作的に表現したも の」というためには、筆者の何らかの個性が発揮されていれば足りるのであって、厳密な 意味で、独創性が発揮されたものであることまでは必要ない。他方、言語からなる作品に おいて、ごく短いものであったり、表現形式に制約があるため、他の表現が想定できない 場合や、表現が平凡かつありふれたものである場合には、筆者の個性が現れていないもの として、創作的な表現であると解することはできない。 (2) 上記の観点から、原告転職情報の著作物性について判断する。  証拠(甲4)によれば、以下の事実が認められる。すなわち、原告が掲載した転職情報 は、シャンテリーの転職情報広告を作成するに当たり、同社の特徴として、受注業務の内 容、エンジニアが設立したという由来などを、募集要項として、職種、仕事内容、仕事の やり甲斐、仕事の厳しさ、必要な資格、雇用形態などを、それぞれ摘示し、また、具体的 な例をあげたり、文体を変えたり、「あくまでエンジニア第一主義」、「入社2年目のエ ンジニアより」などの特徴的な表題を示したりして、読者の興味を惹くような表現上の工 夫が凝らされていることが認められる。  確かに、別紙比較対照表1における原告転職情報3、6だけを見ると、単に事実を説明、 紹介するだけであり、文章も比較的短く、他の表現上の選択の幅は、比較的少ないという ことができる。  しかし、前示のとおり、別紙比較対照表1(対照表2も同じである)における原告転職 情報の各部分はいずれも読者の興味を惹くような疑問文を用いたり、文章末尾に余韻を残 して文章を終了するなど表現方法にも創意工夫が凝らされているといえるので、著者の個 性が発揮されたものとして、著作物性を肯定すべきである。 2 争点2(原告転職情報の創作者)について (1) 事実認定  証拠(甲17)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。  ア 原告は、平成13年4月、シャンテリーから求人広告の作成及び掲載に関する注文 を受けた。  原告の営業担当社員であったNは、同月19日ころ、シャンテリーに赴き、取材を行っ た。Nは、シャンテリー社長のMから、同社に関する基本情報、募集背景、募集対象者、 待遇等について、直接説明を受け、同社は、@会社の地の利が悪い(当時の本社は町田)、 A社長がエンジニア出身である、B技術者のスキルアップを支援する会社である、C少人 数の請負型企業であるが業務領域は広い、Dオフィスは、マンションを利用しているが、 派遣中心の業務であることから支障はないなどの利点があると理解した。  イ 次いで、原告においてコピー執筆を担当していたQが、上記取材結果を基に、原告 転職情報のうち、@募集要項として、a経験年数1ないし2年のローキャリアエンジニア を対象に仕事を通じてスキルアップが図れる環境である、b業務請負であるが故の「幅広 い案件に携われる」との利点をアピールする、c社長の考え方や理念などを織り込み、業 務請負がドライであるというイメージを払拭するなどのコンセプトを中心に据えて、全体 の文面を作成し、また、APR事項として、a社長がエンジニア出身である、b技術者を 育成する観点で受注業務を選択する、c業務請負である点は業務領域の広さに結びつくこ と等を強調して、キャッチコピーを作成し、挿入した。  また、Qは、取材者の印象欄についても、取材の過程でNが抱いた感想を基礎に文面を 作成し、また、会社概要欄についても、シャンテリーから提供を受けた売上、資本金など の基本データを基礎として、取捨選択し、広告的な表現を付加して、文面を作成した。  なお、シャンテリーからは、文章表現について、あらかじめの希望や要請は一切なかっ た。  ウ 原告は、同年4月24日、シャンテリーに対して、上記の手順を踏んで作成した原 稿について内容の確認を求めたが、数字等ごく僅かな修正点を除いて、修正の要請はなか った。そして、原告は、同年4月27日から、原告転職情報を原告のウエブサイトに掲載 した。  エ 原告は、平成14年12月25日、シャンテリーから、同社に関する転職情報につ き、継続掲載の注文を受けた。原告は、シャンテリーから、同社の従業員の増加、業務の 拡大、事務所の移転等、同社の基礎データに変更があったため、原告転職情報の内容を修 正するよう要請され、従業員数、事務所の移転等の項目を追加、修正した。原告は、デー タの変更以外には、基本的な事項に変更がないことから、Qの部下が、極く簡単な訂正を 施し、シャンテリーの内容の確認を受けた。  原告転職情報は、以上の経緯によって作成された。 (2) 判断  著作者とは「著作物を創作する者」をいい(法2条1項2号)、現実に当該著作物の創 作活動に携わった者が著作者となるのであって、作成に当たり単にアイデアや素材を提供 した者、補助的な役割を果たしたにすぎない者など、その関与の程度、態様からして当該 著作物につき自己の思想又は感情を創作的に表現したと評価できない者は著作者に当たら ない。そして、本件のように、文書として表現された言語の著作物の場合は、実際に文書 の作成に携わり、文書としての表現を創作した者がその著作者であるというべきである。  上記の観点から、前記認定した事実を基礎に判断する。  原告転職情報は、原告の従業員である執筆を担当するQらが、シャンテリーの代表者で あるMらに対してしたNらの取材結果に基づいて、同社の特徴を際だたせ、転職希望者が 集まるように、キャッチコピーや文面を創作したものである。したがって、原告転職情報 の著作者は原告であると認められる。  この点につき、被告は、原告転職情報の著作者はシャンテリーであり、仮に原告が著作 者であるとしても共同著作者にすぎないと主張し、また、乙1、4には、同主張に沿った 記述部分も存在する。  しかし、前記認定のとおり、@原告転職情報は、シャンテリーから受けた客観的な事実 関係、就業条件等を基礎としているものの、読者の興味を惹くような表現上の工夫は、専 ら、原告において行われたこと、A乙1、4によっても、Mが、取材を受けて、原告担当 者に話した内容が明らかでないし、また、Mが、原告が作成した原稿に対して修正したと する部分も明らかでないこと等の事実に照らすならば、この点における被告の主張は採用 の限りではない。 3 争点3ないし5(著作権侵害及び著作者人格権侵害の有無)について (1) 原告転職情報1ないし9と被告転職情報(A1ないし9及びB1ないし6)とを 対比すると、ひらがなと漢字の用字上の相違、「です、ます」等の文章末尾の文体上の相 違、数字上の相違が認められるが、実質的に同一であるということができるので、後者は 前者の複製物と認められる。  したがって、被告転職情報A、Bを被告ウエブサイトに掲載する行為は、原告転職情報 について有する原告の著作権(複製権、翻案権、送信可能化権)を侵害する。また、上記 の事実経緯に照らせば、少なくとも被告の過失により行われたと認めることができる。 (2) 被告転職情報A及びBは、原告転職情報に依拠し、これに文末の表現や数字等を 変更した上、これらの掲載項目の順序を入れ替えて作成されたものである。しかし、上記 の変更は、原告転職情報の本質的な特徴をなす表現部分を改変したと評価することはでき ないので、被告の行為は、原告の有する同一性保持権を侵害したものではない。