・東京地判平成15年11月28日  多湖輝の頭脳開発シリーズ事件:第一審  原告会社(株式会社スタジオビツク)は、本の企画及び出版等を業とする株式会社であ り、原告Aは、イラストレーターである。原告会社代表者、原告A、B、C及び被告担当 者Dらは、昭和56年ころから、「多湖輝の頭脳開発シリーズ」(当初シリーズ)の各書 籍を企画し、制作し、編集し、表現した。被告は、昭和57年ころから随時、当初シリー ズを出版した。被告は、当初シリーズの出版に際し、原告らとの間で、それぞれ出版契約 書を用いて契約を締結した。  出版社である被告(株式会社学習研究社)は、平成6年から8年ころにかけて、「多湖 輝の頭脳開発シリーズ」(新シリーズ)の各書籍を出版した。被告は、原告会社との間で 新シリーズの書籍全部について、原告Aとの間で同原告が絵を描いた「新めいろおけいこ」 (2歳ないし6歳)について、それぞれ出版契約書を用いて契約を締結した。  被告は、平成11年から、「多湖輝の新頭脳開発シリーズ」(本件シリーズ)の各書籍 を出版している。この際、被告は、原告らとの間で、「ひらがな」(2歳ないし6歳)及 び「かず」(2歳ないし6歳)については、出版契約書を取り交わした。他方、本件シリ ーズのうち平成13年以降に出版した本件各書籍については、出版契約書を取り交わして いない。  本件は、原告らが、本件各書籍について原告らが前記第1の1、2記載のとおりの割合 により著作権を共有し、本件各書籍の出版が本件各書籍の著作権(複製権)若しくはこれ に対応する新シリーズの各書籍の著作権(翻案権)を侵害し又は不法行為に当たるなどと 主張して、被告に対し、@ 本件各書籍の共有著作権の確認、A 著作権(本件各書籍の 複製権又はこれに対応する新シリーズの各書籍の翻案権)に基づく本件各書籍の発行及び 頒布の差止め並びに廃棄、B 不法行為に基づく損害賠償を請求するとともに、原告Aが、 被告に対し、新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」の著作権使用料を請求する事案であ る。  判決は、「原告らが本件各書籍について共有著作権を有するということはできない」と したうえで、類似性を否定して翻案権の侵害も否定するなど述べて、原告の請求を棄却し た。 (控訴審:東京高判平成16年3月31日) ■争 点 (1) 原告らは、本件各書籍の共有著作権を有するか。 (2) 本件各書籍は、これに対応する新シリーズの各書籍を翻案したものか。 (3) 被告が本件各書籍を出版したことは、不法行為を構成するか。 (4) 損害の発生の有無及びその額 (5) 原告Aは、新シリーズ「3歳 新きりえこうさく」の著作権使用料を請求することが できるか。 ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(共有著作権の有無)について  (1) 共同著作に基づく共有著作権について  著作権の原始的な帰属主体は著作者であり(著作権法17条)、著作者とは、思想又は 感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する著作物 を創作した者をいう(同法2条1項1号、2号)。原告らは、いずれも本件各書籍の創作 には関与していないことを自認している。したがって、原告らが、本件各書籍の著作者で あるということはできず、原始的に原告らが本件各書籍の著作権を取得することはあり得 ない。  なお、原告らは、本件各書籍に当初シリーズ及び新シリーズについて原告らが案出した 有形無形のノウハウが用いられている旨主張するが、仮にそうであったとしても、上記ノ ウハウは、同法2条1項1号にいう「思想又は感情を創作的に表現したもの」ということ はできず、著作権法において保護されるものではない。また、本件各書籍が新シリーズを 翻案したものでないことは、後記2認定のとおりであるから、原告らが、本件各書籍につ いて二次的著作物として著作権を有するに至るものでもない。  (2) 合意に基づく共有著作権について  原告らは、平成11年11月ころ、被告との間で、本件シリーズの著作権は原告らに帰 属する旨の合意をしたとして、その合意に基づき、本件各書籍の著作権が原告らに帰属す る旨主張する。  しかしながら、全証拠を精査しても、上記合意の成立を認めるに足りる証拠はない。な お、著作権は、著作者が著作物を創作した時点で直ちに著作者に生じる権利であるから、 いまだ著作物が創作されておらず、著作物の内容が具体化される前に、あらかじめ合意に よって、著作権の原始的帰属を決定することはできないものというべきである。  したがって、原告らの上記主張は理由がない。  (3) 著作権の一部譲渡について  原告らは、予備的に、被告から原告らに本件各書籍の著作権を一部譲渡する旨の黙示の 意思表示があったとして、本件シリーズ「ひらがな」及び「かず」について出版契約書を 取り交わしたことをもって、黙示の著作権譲渡の根拠として主張する。  しかしながら、同書と本件各書籍は、あくまでも別個の書籍であり、上記「ひらがな」 及び「かず」について契約を締結したからといって、本件各書籍について著作権譲渡の意 思表示があったものということはできない。  また、証拠(甲12ないし34)によれば、新シリーズの出版契約書には、契約の対象 である新シリーズの複製権及び著作者人格権について定めた条項はあるものの、改訂版又 は増補版については、別途協議により決定する又は協議する旨記載されているのみであり、 本件シリーズの著作権者を原告らとする旨の記載はないことが認められる。したがって、 たとえ本件シリーズが新シリーズの改訂版又は増補版に当たるとしても、上記契約条項を もって、原告らに著作権を譲渡する意思表示であるということもできない。  他に著作権譲渡の黙示の意思表示があったことをうかがわせる事実はないから、結局、 被告が、原告らに対し、本件各書籍の著作権を一部譲渡したとの事実を認めるに足りない。  (4) 以上のとおり、原告らが本件各書籍について共有著作権を有するということはでき ない。  よって、共有著作権の確認請求、本件各書籍の複製権に基づく発行及び頒布の差止請求 等並びに上記複製権侵害を理由とする損害賠償請求は、いずれも理由がない。 2 争点(2)(翻案権侵害の成否)について  (1) 翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的 な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又 は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的 な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいい、著作権法は、思想 又は感情の創作的な表現を保護するものであるから、既存の著作物に依拠して創作された 著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実、事件若しくは素材など表現それ自体でな い部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎな い場合には、翻案には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第9 22号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。  (2) 原告らが新シリーズの共有著作権を有するか否かについてはそもそも争いがあるが、 この点はさておき、まず、本件各書籍とこれに対応する新シリーズの各書籍との表現上の 本質的な特徴の同一性を検討する。  原告らは、本件各書籍とこれに対応する新シリーズの各書籍が、各分野ごとに年齢別に 作成された独創的なプログラムに則った構成において類似性を有する旨主張するところ、 個々の書籍についての判断は、以下のとおりである。  ア 本件書籍1について  本件書籍1と新シリーズ「入学準備 新かんじ」の構成が、前記第3の2〔原告らの主 張〕(1)ア記載の点において類似するとしても、かん字シールを用いて作業する点はアイデ アにすぎず、表現そのものとはいえない。また、漢字の読み書きの学習方法や、漢字に親 しみを持たせた上で書き順を示して漢字を書かせるという点は、漢字の学習を目的とする 幼児用教育教材に関する思想又はアイデアというべきものであって、表現には当たらない。 なお、両者を比較すると、「木」、「山」及び「川」を学習する頁、身体の部分、自然及 び学校に関連する漢字を学習する頁並びにカレンダーの頁など、対応する頁における絵の 具体的表現そのものは、大きく異なっており、表現上の同一性はない(甲55ないし68、 乙1の1ないし8、検甲1、13)。  イ 本件書籍2について  本件書籍2と新シリーズ「入学準備 新かずととけい」の構成が、前記第3の2〔原告 らの主張〕(1)イ記載の点において類似するとしても、時計の仕組み及び数と時計の関係に ついての学習方法や、どのような順序で時計について理解させる設問を設けるかという点 は、数や時計の学習を目的とする幼児用教育教材の構成に関する思想又はアイデアにすぎ ず、表現には当たらない。なお、両者を比較すると、対応する頁における時計の絵やイラ ストなどの具体的表現そのものは、大きく異なっており、表現上の同一性はない(甲69 ないし102、乙2の1ないし21、検甲2、14)。  ウ 本件書籍3ないし7について  本件書籍3ないし7と新シリーズ「新めいろおけいこ」(2歳ないし6歳)の構成が、 前記第3の2〔原告らの主張〕(1)ウ記載の点において類似するとしても、迷路遊びによっ て、鉛筆の使い方を身につけたり、目と手の協応作業の訓練をし、洞察力、集中力を養う という点は、本件書籍3ないし7を構成する目的そのものであり、表現するにあたっての 思想又はアイデアであって、表現には当たらない。なお、両者を比較すると、類似する絵 は存在せず、表現上の同一性はない(検甲3ないし7、15ないし19)。  エ 本件書籍8ないし10について  本件書籍8ないし10と新シリーズ「新きりえこうさく」(3歳ないし5歳)の構成が、 前記第3の2〔原告らの主張〕(1)エ記載の点において類似するとしても、各年齢ごとにど のようなはさみの使い方を訓練させるかという点は、このような幼児用教育教材に関する 思想又はアイデアにすぎず、表現には当たらない。  また、原告らは、本件書籍8ないし10については、さらに別紙きりえこうさく対照表 「原告らの主張」欄記載のとおり主張する。個々の箇所についての判断は、同表「当裁判 所の判断」欄記載のとおりである。すなわち、発想や作り方はアイデアであって、表現そ れ自体ではない。また、原告らの指摘する箇所のほとんどは、対象とする絵の素材が異な るため具体的表現も全く異なっており、絵の素材が同一のものについても、素材は表現そ れ自体とはいえず、またその具体的表現は異なっている。さらに、名称や文章の類似をい う点については、同じことがらを説明するためのありふれた短い表現であって、表現上の 創作性がない。その他、本件書籍8ないし10は、色彩も鮮やかで裏のページにも絵や模 様があり、これに対応する新シリーズ「新きりえこうさく」(3歳ないし5歳)とは色彩 や配置が異なるなど、本件各書籍に接する者がこれに対応する新シリーズの各書籍の表現 上の本質的な特徴を感得することはできない。  (3) 以上のとおり、原告らが主張する類似点は、思想、アイデア若しくは素材など表現 それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分における同一性をいうもので、たとえ これらの点が類似していても翻案には当たらない。そして、本件各書籍の表現(検甲1な いし10)とこれに対応する新シリーズの各書籍の表現(検甲13ないし22)は、表現 上の同一性があるとはいえず、本件各書籍に接する者がこれに対応する新シリーズの各書 籍の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる箇所は見当たらない。なお、本件 各書籍とこれに対応する新シリーズの各書籍の表紙裏に記載されている「この本のねらい と構成」(甲164ないし175)は、まさに書籍として表現するにあたっての思想又は アイデアを記したものであり、思想又はアイデアが類似していても翻案には当たらない。 また、年齢別、分野別としたこと、1枚ずつ外して使えるものとしたこと、シールを利用 したこと及びボードをつけたこと等原告ら主張のノウハウは、本件シリーズ等を制作する にあたって利用されたアイデアであって、表現それ自体ではないから、この点が類似して いても、翻案には当たらない。  (4) なお、原告らは、シリーズの名称、新シリーズと本件シリーズとの関係、書籍一覧 表の記載及び原告会社と被告との交渉経過等を翻案の根拠として主張するが、翻案に該当 するためには、本件各書籍とこれに対応する新シリーズの各書籍における表現上の本質的 特徴の同一性が必要であって、シリーズの名称や当事者の合意ないし認識によって翻案に 当たるか否かが決せられるものではない。  (5) したがって、原告らが新シリーズについて共有著作権を有するか否かにかかわらず、 本件各書籍は、これに対応する新シリーズの各書籍の翻案であるとはいえない。  よって、新シリーズの翻案権に基づく本件各書籍の発行及び頒布の差止請求等並びに上 記翻案権侵害を理由とする損害賠償請求は、いずれも理由がない。