・東京地判平成15年12月19日判時1847号70頁  「どこまでも行こう」(対ポニーキャニオン等)事件  被告株式会社ポニーキャニオンは、ニッポン放送系列下のレコード会社であり、録音、 録画ディスク、テープ、フィルム、放送番組等の企画制作、製造及び販売等を目的とする 株式会社である。被告株式会社フジパシフィック音楽出版は、株式会社フジテレビジョン 系列下の音楽出版社であり、音楽著作物の管理及び利用開発を主な目的とする株式会社で ある。  被告らは、共同でフジテレビ及びその系列下の地方テレビ放送局(系列局)で放送する テレビ番組「あっぱれさんま大先生」のCDアルバム「キャンパスソング集」を制作する ことを企画した。実際の制作作業は、被告ポニーキャニオン担当者Aの指揮の下に行われ、 Aは、アルバム中の「記念樹」につきその作曲を作曲家であるCに依頼した。Cは乙曲に ついての著作権を、Bはその歌詞についての著作権を、それぞれ被告フジパシフィックに 対して譲渡した。同被告は、平成4年12月21日、JASRACに乙曲の作品届を提出 し、同月1日付けでJASRACに乙曲及びその歌詞についての著作権を信託譲渡して管 理を委託した。JASRACは、利用者に対し、乙曲を利用許諾して、これを利用させた。  本件は、原告(有限会社金井音楽出版)が、被告らに対し、乙曲は甲曲に係る編曲権を 侵害する曲であるところ、被告らが乙曲の創作を依頼し、乙曲を収録した本件アルバムの 原盤を制作し、被告ポニーキャニオンが本件アルバムを製作・販売し、被告フジパシフィ ックが乙曲をJASRACに管理委託して利用者に対し利用許諾させた行為が甲曲の著作 権(法27条の権利又は法28条の権利)を侵害すると主張して、不法行為に基づく損害 賠償を請求する事案である。  判決は、被告ポニーキャニオンについては、本件アルバムの製作・販売について、原告 の複製権および譲渡権を侵害したと認めた上、「また、同被告は、フジテレビ及びその系 列局が本件番組において本件アルバムに収録された乙曲を放送したことにより、法28条 の権利を有する原告の複製権(法21条)及び放送権(法23条)の侵害を惹起したもの である」とした。また、被告フジパシフィックについては、本件アルバムの制作による複 製権侵害を認めた上、「また、被告フジパシフィックは、Cから乙曲の著作権の譲渡を受 けてJASRACに対しこれを信託譲渡した上管理委託したものであり、JASRACの 利用許諾を受けた利用者(被告ポニーキャニオン、フジテレビ及びその系列局を含む。) が乙曲を複製し、複製物を頒布し、演奏ないし公衆送信等利用したことにより、法28条 の権利を有する原告の複製権(法21条)、演奏権(法22条)、公衆送信権(法23条) 及び譲渡権(法26条の2)等の侵害を惹起したものである」として責任を認めた。  過失については、「JASRACとの関係では、むしろ管理を委託する被告フジパシフ ィックにおいて乙曲が他人の著作権を侵害していないことを保証する立場にあり、JAS RACが乙曲を管理除外とすることなく第三者に乙曲の利用を許諾し続けていたからとい って、JASRACに管理を委託した被告フジパシフィックに、法28条の権利を有する 原告との関係で過失がないということはできない」などと述べた。  結論として、損害賠償請求を認容した。 ■争 点 (1) 本件訴訟は二重起訴禁止に抵触するか。(本案前の抗弁) (2) 乙曲は甲曲に係る編曲権を侵害する曲といえるか。 (3) 被告らの行為により原告の著作権が侵害されたか。 (4) 被告らに過失があるか。 (5) 損害の発生の有無及びその額 ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(本案前の抗弁)について  民訴法142条は、裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起する ことができない旨定めているところ、これは、同一の事件について更に訴訟を提起すると、 訴訟経済に反するばかりでなく、判決の矛盾抵触を生ずるおそれがあるからである。そし て、この二重起訴が禁止される事件の同一性とは、当事者が同一であり、かつ、訴訟物が 同一であることをいうものと解される。  本件についてこれをみるに、別件訴訟が乙曲を創作したCに対して提起されたものであ るのに対し、本件訴訟は乙曲を収録した本件アルバムないしその原盤を制作したレコード 会社及び音楽出版社である被告らに対して提起されたものであって、当事者が同一である とはいえない。また、別件訴訟は、乙曲を創作したCに対し、乙曲が甲曲を編曲したもの であり、原告の著作権(編曲権)及び補助参加人の著作者人格権(同一性保持権及び氏名 表示権)を侵害することを理由とする損害賠償請求訴訟であるのに対し、本件は、被告フ ジパシフィック及び被告ポニーキャニオンが本件アルバムの原盤を制作して乙曲を複製し た行為、被告ポニーキャニオンが本件アルバムを製作・販売した行為並びに被告フジパシ フィックがJASRACに乙曲の著作権を管理委託した行為が、原告の法27条の権利 (編曲権)又は法28条の権利を侵害すること等を理由として損害賠償を請求する訴訟で あり、訴訟物も同一であるとはいえない。  被告らは、被告フジパシフィックがCから乙曲の著作権の譲渡を受けていることから、 実質的には当事者は同一である旨主張するが、被告らが本件訴訟において、被告らには過 失がないなどと主張して争っているとおり、乙曲を創作したCと、その乙曲を利用した被 告らとは、立場も利害関係も異なり、実質的に同一であるとはいえない。そして、両訴訟 における被告らの主張が異なる以上、両訴訟で審理の対象となる争点も異なるから、あな がち訴訟経済に反するともいい得ず、原告がいたずらに同一訴訟を蒸し返すものであると いうことはできない。  したがって、本件訴訟の提起は、二重起訴又は訴権の濫用であるとはいえないから、被 告らの上記主張は理由がない。 2 争点(2)(編曲権を侵害する曲といえるか)について  (1) 法27条にいう編曲とは、既存の著作物である楽曲に依拠し、かつ、その表現上の 本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに 思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の 本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物である楽曲を創作する行為をいう (最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4 号837頁参照)。  (2) 依拠性  ア 甲曲は、昭和41年、株式会社ブリヂストンのテレビコマーシャルとして、民放各 社により放送され公表された。原告は、昭和42年、歌手Hの吹き込みによる甲曲のレコ ード化を企画し、キングレコード株式会社により、同レコードが製作・販売された。また、 株式会社ブリヂストンは、甲曲を同社の愛唱歌としてレコード化し、補助参加人に甲曲の 変奏又は編曲を依頼して、平成4年ころまで27年間にわたり、甲曲をさまざまなバリエ ーションでテレビコマーシャルとして放送した。甲曲は、その後、有名な曲を編集したさ まざまな歌集に掲載され、小・中学生の音楽教科書にも掲載された(甲1、9、41、4 5ないし53、弁論の全趣旨)。  したがって、甲曲は、昭和41年に公表されたコマーシャルソングとしてばかりではな く、その後も、乙曲が創作される平成4年ころまで、長く歌い継がれる大衆歌謡ないし唱 歌として著名な楽曲であることが認められる。  イ Cは、甲曲の公表前ではあるが、昭和35年と昭和37年の2回にわたり歌手Hが 旧ソ連へ公演旅行した際に、伴奏者としてこれに同行し、Hの歌う曲の作編曲を多数手が けている(乙18)。また、Cは、昭和59年ころ、ブリヂストンの社歌を作曲している (甲18、乙18)。  このように、Cは、甲曲を歌唱した歌手やコマーシャルソングとした会社と関係が深か ったのであるから、甲曲に接触する機会があったということができる。また、Cが記者会 見やインタビューの際に甲曲を聴いたことがあることを認めていたことや(甲43、44 の1及び2)、甲曲の著名性及びC自身が音楽家であることに照らせば、Cが乙曲の創作 以前に甲曲を知っていたものということができる。  ウ これらの事情に加えて、後記(3)に認定するとおり、甲曲と乙曲の旋律が類似してい ることに鑑みれば、乙曲は、甲曲に依拠して創作されたものということができる。  (3) 表現上の本質的特徴の同一性  ア 一般に、楽曲に欠くことのできない要素は、旋律(メロディー)、和声(ハーモニ ー)及びリズムの3要素であり、これら3要素の外にテンポや形式等により一体として楽 曲が表現されるものであるから、それら楽曲の諸要素を総合して表現上の本質的特徴の同 一性を判断すべきである。  もっとも、これらの諸要素のうち、旋律は、単独でも楽曲とすることができるのに対し、 これと比較して、和声、リズム、テンポ及び形式等が、一般には、それ単独で楽曲として 認識され難く、著作物性を基礎づける要素としての創作性が乏しく、旋律が同一であるの に和声を付したり、リズム、テンポや形式等を変えたりしただけで、原著作物の表現上の 本質的な特徴の同一性が失われるとは通常考え難いこととされている(甲23、26、2 8の1)。  そして、甲曲は、歌詞を付され、旋律に沿って歌唱されることを想定した歌曲を構成す る楽曲である。甲曲の構成は、全16小節を1コーラスとする、比較的短い楽曲であり、 後記のとおり、4小節を1フレーズとすると、4フレーズをA−B−C−Aと定式化する ことができる簡素な形式が採用されている。また、和声も基本3和音による3コードで進 行する常とう的な和声が付けられているにとどまる。さらに、甲曲の旋律と類似する楽曲 としても、せいぜい1フレーズ程度の旋律しか発見されず、4フレーズの旋律全体の構成 が類似する楽曲が発見されていないことからすれば(乙10、15、17、23、24、 検乙1、5、11)、甲曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴は、和声や形式といった 要素よりは、主としてその簡素で親しみやすい旋律にあり、特に4フレーズからなる起承 転結の組立てという全体的な構成が重要視されるべきである(甲23)。  よって、甲曲のように、旋律を有する楽曲に関する編曲権侵害の成否の判断において最 も重視されるべき要素は、旋律であると解するのが相当であるから、まず、旋律について 検討し、その後に楽曲を構成するその余の諸要素について総合的に判断することとする。  イ そこで、甲曲と乙曲の旋律を対比する。  甲曲を2回繰り返し、その2小節分を1小節として乙曲の1小節と対応させ、いずれも ハ長調に移調して上下に並べると、別紙3のとおりとなる。  甲曲は、4小節(別紙3では2小節)を1フレーズとすると、第1フレーズと第4フレ ーズが同一であるから、4フレーズをA−B−C−Aと定式化することができる。乙曲は、 2小節を1フレーズとすると、第1フレーズと第5フレーズ及び第8フレーズがほぼ同一 であり、第4フレーズは後半部分においてそれらとわずかに異なっており、第2フレーズ と第6フレーズ、第3フレーズと第7フレーズがそれぞれ同一であるから、[a−b−c −a’]−[a−b−c−a]と表すことができ、ほぼ同一の4フレーズを反復する二部 形式となっている(甲26)。  乙曲の全128音中92音(約72%)は、これに対応する甲曲の旋律と同じ高さの音 が使用されている(甲63)。また、甲曲と乙曲は、各フレーズの最初の3音以上と最後 の音が第4フレーズを除く全フレーズにおいて、すべて一致している(甲26、27、2 8の1)。しかも、両曲は、ともに弱拍で始まる楽曲であり、各小節の最初の音に強拍部 が位置するが、その強拍部の音は第4フレーズを除いてすべて一致する(甲27、28の 1、乙11)。  したがって、両曲の旋律は、起承転結の構成においてほぼ同一であり、そのことが各フ レーズの連結の仕方に顕著に現れているということができる(甲23、24、26)。唯 一相違する乙曲における第4フレーズa’は、二部形式の前半部分を後半部分へとつなぐ 役割を果たしている部分であり、一部形式の原曲を2回繰り返したものを1コーラスの反 復二部形式としてその限度で必要な改変を加えること自体は、編曲の範囲内にとどまる常 とう的な改変にすぎないことを考慮すると、このフレーズにおける相違点をもって、両曲 の表現上の同一性を否定することはできない。  両曲の各フレーズごとの旋律を比較すると、甲曲の第1フレーズAには主音の半音下に あって次の主音を導く導音シが使用されているが、乙曲には使用されていない点(乙10、 17、23、24)、甲曲の第2フレーズBは音の高さが上がっていくのに対し、乙曲の 第2フレーズbは音の高さが下がっていく点(乙23)が相違するが、その他の旋律は、 単に譜割りを細かくした程度の違いしかない。特に、甲曲の第3フレーズCから第4フレ ーズAへかけてと乙曲の第3フレーズcから第4フレーズa’へかけての部分は、ほとん ど同一ともいうべき旋律が22音にわたって(全体の3分の1以上)連続して存在するの であり、旋律を全体として聴き較べた場合には、少なくとも、よく似ている旋律が相当部 分を占めるという印象を抱かせるものであり、第1フレーズAとa、第2フレーズBとb の相違点も、この印象を覆すには足りない(検甲3、6、7)。  したがって、両曲の旋律は、表現上の本質的な特徴の同一性を有するものと認められる。  ウ 甲曲の和声は、基本3和音によるいわゆる3コードの曲であり、明るく前向きな印 象をもたらしているのに対し、乙曲の和声は、きめ細かな経過和音と分数コードを多用し て複雑に進行し、感傷的な雰囲気をもたらしており、この点で両曲には曲想の差異が生じ ている(乙10、11、15、23、24)。しかし、両曲のような大衆的な唱歌に用い られる楽曲の場合は、アカペラ(無伴奏)で歌唱されることもあるとおり、これに接する 一般人の受け止め方として、歌唱される旋律が主、伴奏される和声は従という位置づけに なることは否定し難いから(甲30)、和声の差異が旋律における両曲の表現上の本質的 な特徴の同一性を損なうものとはいえない。  甲曲が2分の2拍子で、4分の4拍子による楽譜もあるのに対し、乙曲が4分の4拍子 であるが、メロディーを比較する場合、2分の2拍子と4分の4拍子はさしたる違いとは いえない(甲24、63)。甲曲の付点二分音符が乙曲では八分音符3個になったりする など甲曲と乙曲で譜割が一部同一でない部分もあるが、同一の音の長さとしては同じで歌 詞の字数との関係にすぎない。その程度の差異は、演奏上のバリエーションの範囲内とい うべきもので、両曲のリズムはほとんど同一といってよい。  また、楽譜上テンポの指定はないが、仮に差異があったとしても、演奏上のバリエーシ ョンの範囲内というべき差異にすぎず、上記両曲の表現上の本質的な特徴の同一性に影響 を与えるものではない(検甲6、7)。  形式については、前記のとおり、甲曲が4フレーズ1コーラスをA−B−C−Aの起承 転結で構成するものであるのに対し、乙曲が、おおむね[a−b−c−a’]−[a−b −c−a]という反復二部形式を採るものであるところ、両者は、むしろ4フレーズの起 承転結に係る構成の共通性にこそ顕著な類似性が認められるものであって、これを繰り返 して反復二部形式とすることは、編曲又は複製の範囲内にとどまる常とう的な改変にすぎ ないというべきである。その他、両曲の楽曲としての表現上の本質的な特徴の同一性を損 なう要因は見当たらない。  (4) したがって、乙曲は、甲曲に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を 維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に 表現することにより、これに接する者が甲曲の表現上の本質的な特徴を直接感得すること ができるものということができる。よって、乙曲は、原告の甲曲に係る法27条の権利 (編曲権)を侵害して創作されたものである。 3 争点(3)(原告の著作権が侵害されたか)について  (1) 法27条について  法27条は、「著作権者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色 し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」と規定し、法28条は、「二次的著作 物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該 二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。」と規定する。この ように、法27条は、文言上、「著作物を編曲する権利を専有する」旨定めており、「編 曲する」という用語に「編曲した著作物を複製する」とか「編曲した著作物を放送する」 という意味が含まれると解することは困難である。そして、法27条とは別個に、法28 条が、編曲した結果作成された二次的著作物の利用行為に関して、原著作物の著作権者に 法21条から27条までの二次的著作物の経済的利用行為に対する権利を定めていること に照らせば、法27条は、著作物の経済的利用に関する権利とは別個に、二次的著作物を 創作するための原著作物の転用行為自体、すなわち編曲行為自体を規制する権利として規 定されたものと解される。  原告は、二次的著作物を複製等利用する行為に対しても、法27条の権利侵害が成立す ると主張するが、そのように解すると、「編曲」の意味を法27条に例示された形態以上 に極めて広く解することになるし、著作権法が法27条とは別個に法28条の規定を置い た意味を無にするものとなるから、法27条を理由とする原告の主張は、採用することが できない。  (2) 法28条について  本件において、甲曲について法27条の権利を専有する原告の許諾を受けずに創作され た二次的著作物である乙曲に関して、原著作物である甲曲の著作権者は、法28条に基づ き、法21条ないし法26条の3の権利を有するから、原告の許諾を得ずに乙曲を複製等 利用した者に対しては、法27条に基づくのではなく、法28条に基づいて権利行使をす ることができると解すべきである。  被告らは、原告が法28条の権利を有しない旨主張するので、この点について検討する。  ア JASRACは、昭和40年9月1日、原告から、同年10月15日から著作権の 全存続期間を信託期間として、本件信託契約約款により、原告の有する総ての著作権並び に将来取得することあるべき著作権の信託を引き受ける旨の契約を締結した。本件信託契 約約款1条本文において、委託者は「その有する総ての著作権並びに将来取得することあ るべき総ての著作権」を信託財産として受託者に移転する旨規定されている(甲34の1 及び2)。そして、原告は、昭和42年2月28日、JASRACに対し、甲曲及びその 歌詞につき、著作権を信託する旨の作品届を提出した(甲3)。  法61条2項は、「著作権を譲渡する契約において、法27条又は28条に規定する権 利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保され たものと推定する。」旨規定している。原告がJASRACに甲曲の著作権を信託譲渡し た昭和40年当時の旧著作権法(明治32年法律第39号)においては、2条に「著作権 ハ其ノ全部又ハ一部ヲ譲渡スルコトヲ得」と規定されているだけであったが、現行著作権 法(昭和45年法律第48号)が施行される際、附則9条によって、旧法の著作権の譲渡 その他の処分は、附則15条1項の規定に該当する場合を除き、これに相当する新法の著 作権の譲渡その他の処分とみなす旨定められたため、法61条2項の推定規定は、旧法時 代に行われた著作権譲渡契約にも適用される。  法61条2項は、通常著作権を譲渡する場合、著作物を原作のままの形態において利用 することは予定されていても、どのような付加価値を生み出すか予想のつかない二次的著 作物の創作及び利用は、譲渡時に予定されていない利用態様であって、著作権者に明白な 譲渡意思があったとはいい難いために規定されたものである。そうすると、単に「将来取 得することあるべき総ての著作権」という文言によって、法27条の権利や二次的著作物 に関する法28条の権利が譲渡の目的として特掲されているものと解することはできない。 この点につき、法28条の権利が、結果的には法21条ないし法27条の権利を内容とす るものであるとして、単なる「著作権」という文言に含まれると解釈することは、法61 条2項が、法28条の権利についても法27条の権利と同様に「特掲」を求めている趣旨 に反する。  また、現行の著作権信託契約約款(甲69。平成13年10月2日届出)によれば、委 託者は、その有するすべての著作権及び将来取得するすべての著作権を信託財産として受 託者に移転する旨の条項(3条)のほか、委託者が別表に掲げる支分権又は利用形態の区 分に従い、一部の著作権を管理委託の範囲から除外することができ、この場合、除外され た区分に係る著作権は、受託者に移転しないものとする旨の条項がある(4条)。そして、 この「別表に掲げる支分権及び利用形態」とは、@ 演奏権、上演権、上映権、公衆送信 権、伝達権及び口述権、A 録音権、頒布権及び録音物に係る譲渡権、B 貸与権、C  出版権及び出版物に係る譲渡権、D 映画への録音、E ビデオグラム等への録音、F  ゲームソフトへの録音、G コマーシャル放送用録音、H 放送・有線放送、I インタ ラクティブ配信、J 業務用通信カラオケであり、二次的著作物に関する法28条の権利 については明記されていない。このことは、昭和55年3月21日変更許可された著作権 信託契約約款及び平成10年3月6日許可された著作権信託契約約款においても同様であ った(甲5)。  他方、JASRACは、法28条の権利をも譲渡の対象とするのであれば、著作権信託 契約約款に、例えば、社団法人日本文藝家協会の管理委託契約約款のように、「委託者は、 その有する著作権及び将来取得する著作権に係る次に定める利用方法で管理委託契約申込 書において指定したものに関する管理を委任し、受託者はこれを引き受けるものとする。 (1) 著作物又は当該著作物を原著作物とする二次的著作物の出版、録音、録画その他の複 製並びに当該複製物の頒布、貸与及び譲渡 (2) 著作物又は当該著作物を原著作物とする 二次的著作物の公衆送信、伝達、上映、上演及び口述 (3) 著作物の翻訳及び映画化等の 翻案」という条項によって、明確に「特掲」することが可能である(弁論の全趣旨)。  以上によれば、原告の有する法28条の権利が、明示の合意により、JASRACに譲 渡されたことを認めるに足りない。  イ 被告らは、原告及び補助参加人が別件訴訟提起時に、JASRACに対し、乙曲の 著作物使用料の分配保留を求めたこと(乙36)をもって、JASRACへの信託譲渡を 容認している旨主張する。しかしながら、もともと乙曲の管理を委託したのは原告ではな く、著作物使用料も原告に支払われていたわけではないから、上記の事実をもって、原告 が許諾することなく編曲された二次的著作物の利用に関する権利をもJASRACに信託 譲渡したと認めることはできない。  また、原告が、編曲を許諾していない二次的著作物の自由な利用までもJASRACに 容認していたと認めるに足りる証拠はない。  他に原告の有する法28条の権利が黙示の合意によりJASRACに譲渡されたことを うかがわせる事実はない。  ウ かえって、@ JASRACにおいて、編曲著作物の届出方法が定められ、原著作 物の著作権がある作品については、原著作物の著作権者の承認を証明する文書が必要とさ れ、JASRACにおいて、編曲審査委員会及び理事会に諮って、当該編曲著作物がJA SRACの管理する二次的著作物として妥当なものであるかどうかを決定すること(甲9 7、乙35)、A JASRAC発行の「日本音楽著作権協会の組織と業務」と題する説 明書において、「編曲や翻訳等を認める権利はJASRACに譲渡されていないので、著 作権法第61条により、これらの権利は当然著作者なり、著作権者なりに留保されている ことに気を付ける必要がある。」と記載されていること(甲97)等の事実によれば、少 なくとも、原著作物の著作権者の許諾なくして編曲され編曲著作物として届出されていな い二次的著作物に関する権利についてまで信託契約の対象とする意思は、原告のみならず、 JASRACにもなかったものと認められる。  このように解しても、著作権集中管理団体に対する信託譲渡の実態や仲介業務法に反す るものではない。  逆に、原著作物の著作権者の許諾なくして編曲された二次的著作物に関する権利が信託 契約の対象となり、JASRACに譲渡されたものであるとすると、編曲権を侵害する二 次的著作物が複製や放送等により利用された場合に、JASRACが編曲権を侵害する二 次的著作物に当たらないと判断したときには、これと異なる見解を有する原著作物の著作 権者が、何らの権利も行使することができないこととなる。現に、本件において、JAS RACは、フジテレビや被告ポニーキャニオン等の利用者に対し乙曲について利用許諾を 与えて使用料を徴収していたのであるから、JASRACがこれらの利用者に対し法28 条の権利を行使して利用差止めや損害賠償等の請求をすることは期待し難く、原著作物の 著作権者の保護に欠ける不当な結果となりかねない。  エ したがって、少なくとも、法27条の権利(編曲権)を侵害して創作された乙曲を 二次的著作物とする法28条の権利は、JASRACに譲渡されることなく原告に留保さ れているということができる。そうすると、原告は、法28条に基づき、法21条ないし 26条の3の権利を専有するから、原告の許諾を得ることなく乙曲を複製・放送等により 利用した者は、原告の有する法28条の権利を侵害したことになる。 4 争点(4)(過失の有無)について  (1) 証拠(甲17、64、乙12、13、19、20、32、証人A、証人F、弁論の 全趣旨)によれば、次の事実が認められる。  ア 平成4年ころ、被告ポニーキャニオンにおいてディレクターをしていたAは、フジ テレビで放送されている本件番組のキャンパスソング集という形で本件アルバムを制作す ることを企画し、Bに作詞を依頼した。そして、Bが作詞した中の「記念樹」について、 スタッフ一同で検討した結果、作曲をCに依頼することになり、AとBで依頼しに行った。 AはCと仕事をするのは初めてであった。Aは、Cに対し、キャンパスソング集という企 画の内容を説明し、「記念樹」は、このアルバムの最後に入るものであり、できれば卒業 式で歌われる「仰げば尊し」のようなバラードを書いて欲しいと依頼した。  イ Cは、「記念樹」の作曲を引き受け、乙曲を含む2曲を創作して、AとBに対し聞 かせたところ、Aはもう1つの曲を気に入ったが、Bが乙曲を推し、後日、フジテレビの プロデューサーとも検討した結果、乙曲が採用された。AもBも、甲曲の存在は知ってい たが、乙曲を聞いて甲曲を思い起こしたことは一切なかった。被告フジパシフィックの制 作部の副部長をしていたJも、仮歌がレコーディングされた乙曲の「記念樹」を聞いたが、 甲曲を思い浮かべることはなかった。  Aは、本件アルバム製作責任者として、レコーディング等にすべて立ち会っている。レ コーディング中に、乙曲が甲曲に似ていると言った者はいなかった。被告ポニーキャニオ ンは、平成4年12月に本件アルバムを発売したが、その後、乙曲が甲曲に似ているとい う意見が寄せられたことはなく、その後、フジテレビにより乙曲が放送されたが、乙曲が 甲曲に似ているという意見が寄せられたことはなかった。同被告は、平成8年には、乙曲 を新たにミニアルバムにレコーディングし直して、「『あっぱれさんま大先生』キャンパ スソング集〜笑顔の季節〜」を製作したが、そのときも乙曲が甲曲に似ているという声が 出たことはなかった。  ウ 被告ポニーキャニオンでは、平成4年ころ、毎月30ないし40タイトル、年間4 00タイトル以上のアルバムが発売されており、1タイトル10曲ないし12曲、合計年 間約4000曲以上の曲が制作されていたが、同被告は、これまで著作権侵害の曲の入っ たアルバムを製作発売したことはなかった。被告ポニーキャニオンでは、著作権に関する セミナーや研修も定期的に行っていた。  被告ポニーキャニオンにおいては、著作権侵害か否かを判定する審査機関はないが、月 に1回、社長以下、制作、宣伝、営業本部及び法務部等50人前後が参加する編成会議が ある。編成会議において、発売予定のアルバムの曲を実際に聞いているが、Aが知る限り は、この会議で著作権侵害が問題になったことはない。Aは、編成会議で乙曲を聞かせた が、甲曲に似ているという声は一切出なかった。  被告ポニーキャニオンでは、基本的には制作現場の者が著作権侵害か否かについて注意 しており、そこで問題にならなければ、編成会議や法務部に相談することもない。制作現 場においては、過去に、他の曲と似ているのではないかという話が出たことはある。  今回の「記念樹」制作においては、制作現場に携わったのは、プロデューサーであるA の外に宣伝とアシスタント3、4名である。Aは、Cが高名な作曲家であることから、著 作権侵害の楽曲を創作するとは考えもしなかったため、Cに対し、特にこの点について確 認することもしなかった。Aは、編成会議や現場において、著作権侵害回避のために、特 にコマーシャルソングに詳しい社員等を参入させるということは意識してはやらなかった。  エ 被告フジパシフィックは、音楽著作物の譲渡を受けて、その音楽著作物の普及宣伝、 利用開発を図る大手音楽出版社の中でも、平成3年度の売上高64億円という、トップク ラスの会社である。被告フジパシフィックも、社員に各種団体が開催する管理者養成講座 や著作権セミナー等への参加を奨励している。  被告フジパシフィックでは、原盤制作に際して、他の楽曲に似ているかどうかを事前に 判定するような会議は行っていない。その制作過程にある曲が他の曲と似ていると思われ ることがあった場合は、まず個人で、次に制作現場の15人程度の制作会議で聞いて判断 して、似ているということになれば、制作部の部長の責任において、作家に問い合わせ、 書き直す等の改善がされなければ、その曲は採用しないという手順を取っている。Jが制 作部にいた約15年間に10回程度、ある曲が他の曲に似ていると指摘され検討をしたこ とがある。しかし、乙曲の場合は、Jを含め、誰も甲曲に似ていると思う者はいなかった。  オ 別件訴訟が提訴されたため、被告らは、あらためて甲曲と乙曲を聴き較べたが、別 の曲であると判断し、また、Cが著作権侵害の事実を否認し、裁判で争うと主張したため、 被告らは、それ以上の調査・検討をすることなくこれまでどおりの取扱いを続けた。別件 訴訟の最高裁決定後、被告ポニーキャニオンは、本件アルバムの出荷を停止し、被告フジ パシフィックは、JASRACに対する乙曲の管理委託を取り下げる措置を執った。  (2) 前記(1)認定のとおり、被告ポニーキャニオンは、年間約4000曲以上の曲を制 作し、400タイトル以上のアルバムを発売している大手レコード会社であり、また、被 告フジパシフィックは、大手音楽出版社の中でもトップクラスの会社であって、いずれも その社員に著作権に関する研修等を多く行っている。このように、被告らは、音楽を市場 に供給することを業とする会社であり、その社員も含め音楽業界の専門の団体であるとい うことができ、音楽の著作物について、著作権侵害か否かを調査する能力も経済力も有し ているというべきである。したがって、被告らは、本件アルバムないしその原盤の制作に あたり、アルバム内の楽曲が他人の楽曲の著作権を侵害するものでないことを調査し、確 認すべき注意義務がある。  前記2(2)認定のとおり、甲曲は、昭和41年から、コマーシャルソングとしてばかりで はなく、長く歌い継がれてきた大衆歌謡ないし唱歌として著名な楽曲であり、被告らの担 当者らも、甲曲のことはよく認識していた(J証人、A証人)。しかし、被告らの担当者 は、制作過程において、誰も乙曲と甲曲の類似性に思い至らず、その結果、乙曲と甲曲の 比較検討はされず、被告ポニーキャニオンの編成会議や法務部、被告フジパシフィックの 制作会議で問題にされることもなく、乙曲の著作権侵害については、何の検討もされず、 何ら事前の対策もとることなく、本件アルバムの原盤の制作に至ったものである。すなわ ち、被告らは、本件アルバムの原盤の制作にあたり、乙曲の著作権侵害の有無について、 調査確認の義務があったにもかかわらず、具体的な調査も確認も行っておらず、これを尽 くせば侵害行為を回避することが可能であったのであるから、前記注意義務を怠ったもの というべきである。  また、被告フジパシフィックは、JASRACに乙曲の著作権を信託譲渡して管理を委 託すれば、第三者に広く乙曲を利用されるようになるのであるから、他人の楽曲の著作権 を侵害する曲を管理委託することのないようにすべき注意義務があるにもかかわらず、同 被告は、これを怠り、漫然とJASRACに管理を委託した。  さらに、別件訴訟が提起された後は、これが大きく報道され、また被告らは原告及び補 助参加人から訴訟告知を受けていたのであるから(甲79の1及び2)、乙曲が甲曲の編 曲権を侵害するか否かについて更に慎重に検討し、被告ポニーキャニオンは、本件アルバ ムの販売を停止し、被告フジパシフィックは、JASRACに対する乙曲の管理委託を取 り下げ、第三者による利用がされないようにする措置を執るなど、損害が拡大しないよう な対策をとることが可能であったのにもかかわらず、これを怠った。  以上のとおり、被告らには過失がある。  (3) 被告らは、多数の音楽業界の関係者も一般視聴者も誰一人として乙曲と他の楽曲の 類似性に疑問を呈した者はいなかったこと、乙曲が原告の権利を侵害していることが一見 して明らかとはいえないこと、Cが甲曲と乙曲との同一性を否定していたこと、高名な音 楽家であるCが著作権を侵害して作曲するとは通常では考えられないこと、別件訴訟第1 審では乙曲による甲曲の著作権侵害を否定する判決が言い渡されたこと等の事実をもって、 被告らには原盤制作等につき過失がない旨主張する。  しかしながら、上記事実は、いずれも、被告らにおいて乙曲が甲曲に係る編曲権を侵害 するものであることについての判断が充分でなかったことを示すものにすぎず、法28条 の権利を有する原告との関係で、音楽を市場に供給することを業とする被告らに過失があ るとした前記の判断を覆すに足りない。したがって、被告らの上記主張は、採用すること ができない。  (4) 被告フジパシフィックは、別件訴訟提起後も、日本における音楽著作権管理の専門 団体であるJASRACにおいて、乙曲が甲曲の編曲権を侵害するものではないと積極的 に判断した上で乙曲の管理を継続していたことをもって、同被告には管理委託をし続けた ことにつき過失がない旨主張する。  JASRACは、現行の著作権信託契約約款7条において、委託者に管理を委託する著 作物について自らが著作権を有していること、かつ、それが他人の著作権を侵害していな いことを保証させ、29条では、著作権の侵害又は著作権の帰属等について、告訴、訴訟 の提起又は異議の申立てがあったときは、著作物の利用許諾、著作物使用料等の徴収を必 要な期間行わないことができる旨定めている(甲69)。したがって、JASRACは、 楽曲の管理の委託を受けるに際して、他人の著作権を侵害する楽曲の委託を受けないよう にしているものということができる。しかるに、本件において、JASRACは、別件訴 訟提起後も、なお乙曲を管理除外とすることなく、何の制限も付することなく第三者に乙 曲の利用を許諾していたのである。  しかしながら、このようにJASRACとの関係では、むしろ管理を委託する被告フジ パシフィックにおいて乙曲が他人の著作権を侵害していないことを保証する立場にあり、 JASRACが乙曲を管理除外とすることなく第三者に乙曲の利用を許諾し続けていたか らといって、JASRACに管理を委託した被告フジパシフィックに、法28条の権利を 有する原告との関係で過失がないということはできない。したがって、同被告の上記主張 は、採用することができない。 5 責任論のまとめ  (1) 被告ポニーキャニオン  被告ポニーキャニオンは、甲曲に係る編曲権を侵害する乙曲を収録した本件アルバムの 原盤を制作し、自ら本件アルバムを製作・販売することによって、法28条の権利を有す る原告の複製権(法21条)及び譲渡権(法26条の2)を侵害した。また、同被告は、 フジテレビ及びその系列局が本件番組において本件アルバムに収録された乙曲を放送した ことにより、法28条の権利を有する原告の複製権(法21条)及び放送権(法23条) の侵害を惹起したものである。  そして、被告ポニーキャニオンは、本件アルバム及びその原盤の制作にあたり、乙曲が 他人の楽曲の著作権を侵害するものでないことを調査し、確認すべき注意義務に違反した 過失がある。  (2) 被告フジパシフィック  被告フジパシフィックは、甲曲に係る編曲権を侵害する乙曲を収録した本件アルバムの 原盤を制作することによって、法28条の権利を有する原告の複製権(法21条)を侵害 した。  また、被告フジパシフィックは、Cから乙曲の著作権の譲渡を受けてJASRACに対 しこれを信託譲渡した上管理委託したものであり、JASRACの利用許諾を受けた利用 者(被告ポニーキャニオン、フジテレビ及びその系列局を含む。)が乙曲を複製し、複製 物を頒布し、演奏ないし公衆送信等利用したことにより、法28条の権利を有する原告の 複製権(法21条)、演奏権(法22条)、公衆送信権(法23条)及び譲渡権(法26 条の2)等の侵害を惹起したものである。  被告フジパシフィックは、本件アルバムの原盤の制作にあたり、乙曲が他人の楽曲の著 作権を侵害するものでないことを調査し、確認すべき注意義務に違反した過失があり、ま た、JASRACに乙曲の管理を委託するにあたり、他人の楽曲の著作権を侵害する曲を 管理委託することのないようにすべき注意義務に違反した過失がある。 6 争点(5)(損害の発生の有無及び額)について  (1) 損害の範囲  ア 被告ポニーキャニオン  被告ポニーキャニオンは、甲曲に係る編曲権を侵害する乙曲を収録した本件アルバム及 びその原盤を制作した上本件アルバムを販売したこと並びにフジテレビ及びその系列局を して本件番組において本件アルバムに収録された乙曲を放送させたことにより原告に生じ た損害を賠償すべきである。  原告は、被告ポニーキャニオンが「記念樹」の作曲をCに依頼するなど創作段階から密 接に関わっており、乙曲の利用者と客観的関連性があるなどとして、同被告に対し、第三 者の利用行為による損害をも請求する。しかしながら、同被告が「記念樹」の作曲を依頼 したこと自体に過失があるとはいえず、また、同被告の行為と、本件アルバムに収録され た乙曲を放送したフジテレビ及びその系列局以外の利用者の行為により生じた損害との相 当因果関係を認めることはできない。よって、被告ポニーキャニオンは、本件アルバム及 びその原盤の制作行為と相当因果関係のない損害について、これを賠償すべき責任はない。  イ 被告フジパシフィック  被告フジパシフィックは、甲曲に係る編曲権を侵害する乙曲を収録した本件アルバムの 原盤を制作したこと、被告ポニーキャニオンが本件アルバムを製作・販売し、フジテレビ 及びその系列局が乙曲を放送したことにより原告に生じた損害を、被告ポニーキャニオン とともに(不真正連帯債務)、賠償すべきである。  また、被告フジパシフィックは、前記のとおり、過失によりJASRACに対し編曲権 を侵害する乙曲を管理委託したものであり、JASRACの利用許諾を受けた利用者が乙 曲を利用したことにより、原告の有する複製権(法21条)、演奏権(法22条)、公衆 送信権(法23条)及び譲渡権(法26条の2)等の侵害を惹起したものであるから、こ れにより原告に生じた損害を賠償すべきである。すなわち、同被告は、JASRACの利 用許諾を受けた第三者が乙曲を利用したことにより生じた全損害を賠償すべきである。な お、原告は、同被告が「記念樹」の作曲をCに依頼するなど創作段階から密接に関わって おり、乙曲の利用者と客観的関連性があるなどとして、同被告に対し、第三者の利用行為 による損害をも請求するが、第三者の利用による損害は、創作段階から密接に関わったこ とを理由とするのではなく、甲曲の編曲権を侵害する乙曲を第三者に利用させることを目 的としてJASRACに管理を委託した過失と相当因果関係があることを理由とするもの である。  (2) 損害額の算定基準  ア 甲曲及び乙曲を含む音楽著作権の管理が、実際上は大多数の場合において、JAS RACに対する信託を通じてされていること、当該管理はJASRACの本件使用料規程 (甲56)及び著作物使用料分配規程(甲57。以下「本件分配規程」という。)に準拠 して行われていること、本件使用料規程については、仲介業務法3条の規定により文化庁 長官の認可を受けていたものであることから、JASRACの本件使用料規程及び本件分 配規程に基づく著作物使用料の徴収及び分配の実務は、音楽の著作物の利用の対価額の事 実上の基準として機能するものであり、法114条2項の相当対価額を定めるに当たり、 これを一応の基準とすることには合理性があると解される。  イ 被告らは、原告の主張する法114条2項の許諾料相当額は、JASRACから包 括使用料方式で定められた乙曲に関する分配金相当額を超えることはあり得ないと主張す る。  JASRACの本件使用料規程及び本件分配規程によれば、包括使用料方式及び1曲1 回当たりの曲別使用料を積算する算定方法が定められている種目がある。包括使用料方式 は、全体として低廉な使用料を設定することにより、著作物の利用許諾を受けるインセン ティブを与えることに意味があるから、違法な著作物の利用を行った著作権侵害訴訟にお ける損害額の算定において、包括使用料方式を採用することはできない。  本件において、原告は、本件分配規程に基づく分配の種目に分けて損害賠償を請求して おり、1回当たりの曲別使用料に使用回数を乗じた損害を請求する種目と分配額又は分配 保留額を請求する種目があるが、少なくとも、1回当たりの曲別使用料を積算する算定方 式により請求している種目に関しては、まず曲別使用料を積算する算定方式を基準とする のが相当である。  ウ 被告らは、相当対価額の算定上、JASRACの管理手数料を控除すべきである旨 主張する。  しかしながら、音楽著作物の著作権の管理をJASRACに委託するか否かは自由であ り、しかも、前記のとおり、二次的著作物の利用に関する権利は当然にはJASRACに 移転していないと解するから、JASRACの管理手数料は当然に発生するものであると はいえない。また、本件は、使用料請求ではなく損害賠償請求であり、現行法114条2 項において、「通常」の文言が削除された趣旨からすれば、被告らの上記主張は、採用で きない。  エ 原告は、編曲権を侵害する曲について歌詞を付けた作詞者の行為は、すべて編曲権 侵害行為であるから、作詞者に対する分配分はこれを控除すべきではない旨主張する。  しかしながら、歌詞と楽曲は別個の著作物として独立に保護し得るものであり、しかも、 本件においては歌詞が先に作詞され、それにCが曲を付けたのであるから(A証人)、作 詞者Bの行為が編曲権を侵害する行為であるということはできない。  そして、歌曲「記念樹」は、作詞者Bと作曲者Cのいわゆる結合著作物であり、その楽 曲(乙曲)についての著作権とは別個に、歌詞についての著作権が存在している。他方、 JASRACによる著作物使用料の分配額は、歌曲「記念樹」の使用料として分配されて いる種目及び歌詞と楽曲を分けてそれぞれに適用される種目がある。歌詞と楽曲を併せて 算定される使用料については、楽曲としての乙曲の相当対価額の算定上は、歌詞の著作物 の利用の対価額を控除するのが相当である。  オ 原告は、編曲権を侵害する曲について編曲した編曲者の行為は編曲権侵害行為であ るから、編曲者に対する分配分はこれを控除すべきではない旨主張する。  しかしながら、このような解釈は、編曲権侵害の範囲を不当に拡大するものであるし、 法2条1項11号は、二次的著作物に著作権法上の保護を与える要件として、当該二次的 著作物の創作過程の適法性を要求していないと解されるから、原告の上記主張は、採用で きない。  そして、乙曲は甲曲を原曲としつつ、Cにより創作的な表現が加えられた二次的著作物 であるから、Cは、二次的著作物として新たに付与された創作的な部分について著作権を 取得し(最高裁平成4年(オ)第1443号同9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6 号2714頁参照)、これを被告フジパシフィックに譲渡したものである。また、歌曲 「記念樹」は、Eにより編曲されたものとして公表されているところ、Eの編曲について も同様である。  そうすると、甲曲を原曲とする二次的著作物である乙曲の利用の対価額中には、原曲の 著作権者に分配されるべき部分と二次的著作物の著作権者及びその編曲者に分配される部 分とを観念することができる。したがって、甲曲の相当対価額を定めるに当たっては、二 次的著作物の著作権者及びその編曲者の分配分を控除すべきであり、その控除されるべき 割合は、原曲の編曲者への分配率に準じて定めるのが相当である。  カ 以上を前提にして、以下、原告の請求する種目ごとに各損害額を算定する。 《以下略》