・東京地判平成16年9月30日  関塾対NTTコミュニケーションズ事件  本件は、インターネット上の電子掲示板「Yahoo!掲示板」の「関塾について」「関塾・ 経営と塾頭の横のつながり」と題するトピック等、あるいは電子掲示板「噂BBS」その 他に掲載された情報により名誉等を毀損されたとする原告(株式会社関塾)が、OCNな るプロバイダ業を営む被告(NTTコミュニケーションズ株式会社)に対し、プロバイダ 責任制限法に基づき、IPアドレスおよび特定のメールアドレスを示して、発信者情報の 開示を求めた事案である。  判決は、「特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の 送信装置に情報を入力することは、当該特定電気通信設備を用いる電気通信役務提供者に よる特定電気通信以前の、これとは別個の、当該情報の記録又は入力を目的とする発信者 から特定電気通信役務提供者に対する1対1の電気通信にすぎないから、それを媒介する にすぎない経由プロバイダをもって、特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)と 解することはできない」として、請求を棄却した。 ■判決文 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(被告が法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に当たるか。)につい て (1)法4条1項は、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害された とする者は」、同項各号のいずれにも該当するときに限り、「当該特定電気通信の用に供 される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」(開示関係役務提供者)に対 して、発信者情報の開示を請求することができると定めている。そこで、経由プロバイダ である被告が同項にいう「開示関係役務提供者」に当たるか否かを判断するについては、 上記「特定電気通信」の意義が問題となる。 (2)法2条1号によれば、特定電気通信とは、「不特定の者によって受信されることを 目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規 定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信され ることを目的とする電気通信の送信を除く。)」をいうと定義されている。ここで、電気 通信とは、「有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、 又は受けること」をいうところ(電気通信事業法2条1号)、法2条1号にいう「送信」 とは、電気通信事業法2条1号にいう「送り、伝え、又は受けること」のうち、「送るこ と」、すなわち、符号、音響又は影像を電気的信号に変換して送り出すことを指すものと 解される。そうすると、特定電気通信にあっては、その始点に位置する者において「不特 定の者によって受信されることを目的とする電気通信」を「送信」するということになる。 (3)他方、法2条4号は「発信者」について定義しており、これを「特定電気1通信役 務提供者の用いる特定電気通信股備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定 の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置 (当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力 した者」としている。  この規定振りからすれば、法は、特定電気通信について、特定電気通信設備の記録媒体 に記録された情報が不特定の者に送信される形態で行われるものと、特定電気通信設備の 送信装置に入力された情報が不特定の者に送信される形態で行われるものとを予定してお り、いずれの場合についても、上記記録媒体への情報の記録又は上記送信装置への情報の 入力と、その後の当該情報の送信、すなわち法2条1号にいう「送信」とを区別し、特定 電気通信設備たる上記記録媒体又は上記送信装置を用いる特定電気通信役務提供者が、同 号にいう「送信」を行い、特定電気通信の始点に位置することを前提としているものと解 され、る(なお、法2条3号は、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その 他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」を「特定電気通信役務提供者」として いるが、「他人の通信」には自己と他人との通信も含まれるから、法2条1号にいう「送 信」を行う者が「特定電気通信設備を他人の用に供する者」であり、したがって「特定電 気通信役務堤供者」に該当することはいうまでもない。)。  そうすると、特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備 の送信装置に情報を入力することは、当該特定電気通信設備を用いる電気通信役務提供者 による特定電気通信以前の、これとは別個の、当該情報の記録又は入力を目的とする発信 者から特定電気通信役務提供者に対する1対1の電気通信にすぎないから、それを媒介す るにすぎない経由プロバイダをもって、特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者) と解することはできないということになる。 (4)これに対して、原告は、発信者からのウェブサーバへの情報の送信とウェブサーバ から不特定多数の者への情報の送信とは一体不可分であり、全体として1個の通信を構成 するとして、発信者からウェブサーバへの情報の送信は、発信者から不特定多数への情報 の送信という「特定電気通信」の一部となると解すぺきであると主張する。  しかしながら、例えば本件侵害情報1に即していえば、@同情報の発信者から別紙電子 掲示板月録記載1の電子掲示板の記録媒体への同情報の流通と、A上記記録媒体から不特 定の受信者への同情報の流通とは、物理的現象としては明らかに別個のものである。電気 通信にあっては、電磁的な方式により一定の情報を送り(送信)、それが伝えられ、受け 取られる(受信)ことによって1個の通信が完成すると解されるところ、上記@の過程は この要件に欠けるところはなく、これをもって独立した通信としての意味を有しないとい うことはできない。そして、原告が主張する上記のような解釈によると、発信者は常に特 定電気通信役務提供者であるということになり、既に述べた法2条4号の規定とも整合し ない。このようなことに加えて、他に法が上記のような解釈を許容していると解すべき根 拠も見いだし難いことからすれば、原告主張の上記解釈を採用することは困難というほか ない。 (5)また、原告は、無料の電子掲示板等を提供する業者が発信者の氏名及び住所を把握 していることは少ないのに対し、経由プロバイダはほとんどの場合発信者の氏名及び住所 を把握しているとして、経由プロバイダを開示関係役務提供者に含めて解釈することが必 要である旨主張する。  確かに、電子掲示板等を提供する業者は発信者の氏名及び住所を把握していない場合が 多いものとうかがわれ、る(甲4、12、13の1・2、14、15、乙1、弁論の全趣 旨)から、経由プロバイダが開示関係役務提供者に含まれないとすると、被害者において 発信者を特定することが困難ないし不可能となる場合のあることは否定できない。しかし、 発信者情報の開示は、特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)の通信の秘密に係 る守秘義務を解除するものであって、しかも、その情報は発信者のプライバシーや表現の 自由とも密接なかかわりを有するものであるから、基本的に、どの範囲の者に、いかなる 情報の開示を義務付けるかは上記の憲法上の諸権利を踏まえた立法政策の問題というべき である。そして、これら憲法上の権利に係る守秘義務の解除については明確な規定を要し、 安易な拡張解釈は許されないと解されるところ、前記のとおり、法の解釈として経由プロ バイダが開示関係役務提供者に該当すると解することには、少なくとも重大な疑義が存す るといわざるを得ないのであって、原告主張の上記のような事情があるからといって、そ の結論が左右されるものではない。 (6)さらに、原告は、総務省令においてIPアドレスやタイムスタンプ、電子メールア ドレスの開示が定められた(3ないし5号)趣旨は、これらを用いて経由プロバイダに発 信者の追跡作業をさせ、それによって発信者を特定するところにあるとし、しかも、同省 令は法と一体として機能することが予定されているとして、同省令の規定内容を、法を解 釈する上での検討対象とすべきであると主張する。  確かに、総務省令が定める発信者情報のうち、IPアドレス及びタイムスタンプについ ては、経由プロバイダからの情報開示を伴わなければ、その発信者の特定に果たす役割が 大幅に低下することは原告指摘のとおりである。  また、電子メールアドレスについても、経由プロバイダの協力を伴わなければ、その発 信者の特定に果たす役割は限られたものとならざるを得ない。  しかし、開示すべき発信者情報を定めた総務省令における上記のような規定から、逆に、 法が経由プロバイダを開示関係役務提供者としていると解するのは、論理の飛躍があるし、 本末転倒の議論というべきである。本件証拠上、法の立法過程における検討の内容、経過 等は明らかでないものの、少なくとも、法案が議院の委員会等で審議された段階において、 総務省令に上記のような規定が設けられることが前提とされていたというような事情を認 めるぺき証拠はないし、経由プロバイダが特定電気通信役務提供者に該当するか否かにつ いても、議院の委員会等での明示的な議論は行われていないことがうかがわれる(乙1、 弁論の全趣旨)ことからすれば、上記のような総務省令の規定から法の解釈を導くことは 正当でない。  また、IPアドレスやタイムスタンプも、それ自体で発信者の特定に資することに変わ りはないし、電子メールアドレスが発信者の特定に資することも明らかである。  よって、上記総務省令の規定は、前記結論を左右するものとはいえない。 (7)以上によれば、発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録することは特定 電気通信に該当せず、法4条1項にいう「特定電気通信」は上記記録媒体を用いる特定電 気通信役務提供者によって行われるから、経由プロバイダの用いる電気通信設備は、同項 にいう「当該特定電気通信の用に供される」ものとは認められない。したがって、被告の ような経由プロバイダは、同項にいう「開示関係役務提供者」には当たらないというべき であり、この点に関する原告の主張は採用できない。  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 2 結論  以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとお り判決する。 東京地方裁判所民事第31部 裁判長裁判官 河村吉晃    裁判官 白川純子    裁判官 安江一平