・東京高判平成16年12月9日 「XO醤男と杏仁女」事件:控訴審  本件は、A(平成14年12月31日死亡)の相続人である被控訴人ら(3名)が、控 訴人X(李小嬋)が「XO醤男と杏仁女」というモデル小説を執筆し、控訴人株式会社日 新報道がこれを出版等した行為により、Aが著作した『南国文学■■徳彪西的月亮』(南 国文学ノート ドビュッシの月様)(鷺江出版社)に収録された詩に対する著作権(翻訳 権)及び著作者人格権が侵害され、さらにAの名誉が毀損されたと主張して、控訴人らに 対し、(1)著作権法112条に基づく被告小説の印刷、製本、販売及び頒布の差止め、(2) 著作権法116条、112条に基づく被告小説の印刷、製本、販売及び頒布の差止め並び に謝罪広告、(3)著作者人格権侵害及び名誉毀損による不法行為に基づく損害賠償をそれ ぞれ請求した事案である。  第一審判決は、控訴人らの行為による著作権侵害、著作者人格権侵害及び名誉毀損の成 立を認め、被告小説の印刷及び頒布の差止請求、著作者人格権侵害と名誉毀損による損害 賠償請求の一部を認め、謝罪広告請求について棄却した。控訴人ら控訴。  控訴棄却。 (第一審:東京地判平成16年5月31日) ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、被控訴人らの本訴請求は、原判決認容の限度で理由があると判断する。 その理由は、以下のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判 所の判断」(11を除く。)と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決30頁 下から4行目の「ゆっくりと、おもむろに、」とあるのを「徐々に、おもむろに、」と改 める。)。 2 著作権法32条1項の「引用」について  控訴人らは、本件詩は被告小説に必要不可欠の存在であると主張するが、控訴人らの主 張によっても、本件詩が主人公小悦と古林とを繋ぐ接点であるとか、被告小説のキーアイ テム、骨格であるなどとの抽象的な説明があるだけで、被告小説の当該場面において、主 人公である小悦の心情を描写するために、本件詩を用いる以外には他に手段がなかったと するだけの必然性を窺わせる説明はなく、被告小説において、主人公の心情を表現する手 段として本件詩を掲載しなければならない必然性を認めることはできない。  また、「詩」が控訴人ら主張のような性質を持つものであるとしても、だからといって 常にその全文を掲載しなければ意味を持たないということもできないのであり、被告小説 における本件詩の掲載は、決して必要最小限度の引用といえる程度のものとは認められな い。  したがって、控訴人らの主張は理由がない。 3 同一性保持権侵害の成否について  被告小説において、本件詩の一部について題号が切除されていること、多くの誤訳ある いは翻訳していない語があることは、引用に係る原判決認定のとおりであって、いずれも 著作権法20条2項4号が定める「やむを得ないと認められる改変」とはいえない。なお、 控訴人らが引用する最高裁判例は、他人の著作物に対する論評において、他人の著作部分 の内容を要約して紹介したことが、その内容の一部をわずか3行に要約したものにすぎず、 38行にわたる当該著作部分における表現形式上の本質的な特徴を感得させる性質のもの ではないとして、当該著作部分に対する同一性保持権を侵害するものではないとしたもの であって、本件とは事案を異にするものであり、控訴人ら主張のような判旨を示したもの とはいえない。  したがって、控訴人らの主張は理由がない。 4 名誉毀損の成否について  被告小説中、引用に係る原判決指摘の記述部分は、その前後の内容を含めてこれを読ん でも、Aの社会的評価を低下させる事項を含むものであることは明らかであり、その社会 的評価を低下させる印象を一般読者に与えるものではない旨の控訴人らの主張は理由がな い。  控訴人らは、当該表現は、中国社会の陰の部分を表現する上で必要不可欠であり、その 表現内容・表現方法が殊更に不当なものとはいえないから、違法性が阻却される旨主張す る。  しかし、引用に係る原判決指摘の記述部分は、社会公共の関心事に関わるものといえな いことはもとより、その内容も「古森」(Aをモデルとする登場人物)の奇行など人格破 綻の様を具体的に表現したものであり、控訴人らが主張するように、その表現内容・表現 方法が不当なものでないとは到底いえないのであって、かかる表現行為に違法性がないと することはできないから、控訴人らの上記主張は理由がない。 5 慰謝料の額について  慰謝料は、被害者の被った精神的損害の賠償を本来的な目的・機能とするものであるが、 ときには財産的損害賠償額を補完調整する機能をも有するものであり、その額の算定に当 たっては、不法行為の態様、被害の内容、程度、不法行為後の経緯など事件に現れた諸般 の事情を総合考慮して定められるべきものである。そして、被害者が外国で生活しており、 その慰謝料を外国で費消することが予測される場合には、慰謝料額の算定に際し、その外 国の所得水準や物価水準を考慮することも許されるというべきである。しかし、その外国 の所得水準等が我が国におけるそれと著しく異なるような場合に、精神的苦痛の填補を目 的とする慰謝料について、同一の不法行為、同一の被害でありながら、単に、被害者が外 国で生活しているか、我が国で生活しているかという違いだけから、その額に極端な差が 生じるということは、公平感や被害者感情に照らし相当とはいえないことなどを考えると、 被害者が外国で生活しているからといって、その慰謝料額がその外国の所得水準等に当然 に比例することになるというものではなく、その点は、上記諸般の事情の一つとして考慮 されるにとどまるものというべきである。  本件においては、中国における給与水準を紹介した乙第5号証の1の記載などを含め、 引用に係る原判決説示のとおり本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、Aに対する、 著作者人格権侵害による慰謝料としては30万円、名誉毀損による慰謝料としては50万 円がそれぞれ相当であり、控訴人らの主張は採用することができない。 6 以上によれば、原判決は相当であって、控訴人らの本件各控訴は理由がない。 よっ て、本件各控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項本文、 61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所知的財産第3部 裁判長裁判官 佐藤 久夫    裁判官 設樂 驤    裁判官 若林 辰繁