・大阪地判平成17年3月29日  Visual Disk事件  原告は、被告イシイ株式会社が制作販売するCD−ROM「Visual Disk」 に収録されているデジタル画像データのうち一部のデジタル画像データの基となった写真 を撮影した者であり、当該写真の著作権を有していると主張している。  原告は、被告イシイが本件CD−ROMの制作販売行為により原告の著作権(複製権) 及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したとして、同被告に対し、本件CD−ROMの 制作頒布差止め等、謝罪広告、損害賠償及び慰謝料を請求している。  また、原告は、被告らが、本件CD−ROMに収録されたデジタル画像データの一部 (別紙目録第3記載のデータ)を、ウェブサイトへ掲載するために同一性を失うような低 解像度のウェブ用画像を蓄積目的で複製し、同ウェブ用画像を用いて無料ダウンロードサ ービスを行い、その際原告の氏名を表示しなかったことにより、原告の著作権(複製権、 公衆送信権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)をそれぞれ侵害したと主張 して、被告らに対し、上記ウェブ用画像の掲載・ダウンロードサービスの差止め等、損害 賠償及び慰謝料を請求している。  これに対し、被告らは、原告が著作権を主張する写真の一部につき、原告が写真を撮影 したことを否認している。また、被告らは、複製行為や公衆送信行為について明示又は黙 示に原告の許諾があり、氏名表示権や同一性保持権については原告との間で権利不行使特 約が存在すると主張し、さらに原告の本件訴訟における請求が権利濫用であると主張した。  判決は、著作権侵害および一部について著作者人格権侵害を肯定して、損害賠償請求を 肯定した。 ■争 点 (1) ビジュアルディスクに収録されているデジタル画像データのうち、原告が撮影した 写真を基とするものはどれか (2) 本件覚書について ア 本件覚書の対象とされた原告写真以外の本件写真についても、CD−ROMにデジ タル画像データを収録する形式で利用することが本件覚書上許諾されているか イ 本件覚書上、ウェブサイト掲載用の画像データを作成し、これをウェブサイトへ掲 載したり、無料で本件ダウンロードサービスを行ったりすることも許諾されているか ウ 本件覚書は、氏名表示権や同一性保持権の不行使特約を含むか エ 本件覚書の解除の成否 (3) 本件出版契約について ア 本件出版契約は、著作権譲渡契約か、著作物利用許諾契約か イ 本件出版契約は、氏名表示権や同一性保持権の不行使特約を含むか ウ 本件出版契約の解除の成否 エ 被告イシイは、本件出版契約解除前にディザインから著作権の譲渡を受けていたこ とを、原告に対して主張できるか (4) ミスミのダウンロード販売行為について (5) 権利濫用 (6) 差止めの必要性の有無 (7) 損害賠償請求について ア 被告らの故意過失 イ 原告の損害 (8) 謝罪広告の必要性の有無 ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(ビジュアルディスクに収録されているデジタル画像データのうち、原告が 撮影した写真を基とするものはどれか) 《中 略》  (2) 以上の認定事実によれば、次のようにいうことができる。  原告は、約40年にわたり写真家として活動し、国内外において相当程度の評価を得て いる職業写真家である。  また、原告は、収入を得るために、@エージェント会社に自らが撮影した写真を預けて 貸出等を行ってもらい、エージェント会社から使用料相当額を受け取る方法、A自らブレ ーンセンターを通じて出版社等に原告が撮影したポジ写真を貸し出し、使用料相当額を受 け取る方法、B第三者からポジ写真を預かり、ポジ写真を貸し出して使用料が支払われた 場合にその一部を手数料等として受け取る方法、を採っている。特にBについては写真を 預けている第三者との権利関係が問題となるため、写真を預かったときには預かり証を渡 し、返却するときにはその旨の証書を第三者より受け取っているほか、保管や貸出の際に 原告の撮影した写真と混同することのないよう、マウントに特定のアルファベットを記載 することによって区別していた。アルファベットにおいて識別していなかったものは、保 管経緯等の特殊性から十分に識別可能であったものに限られていた。  このように、原告は写真の著作権やその帰属について常日頃より相当慎重に配慮してい たということができるから、原告が、ポジ写真を確認し、被告ら側に提示した上で、自分 が当該写真を撮影したと明言しているものについては、その内容は十分信用できるという べきである。また、仮にポジ写真を確認することができなったとしても、原告のような長 年に亘り活動して相応の評価を得ている写真家であれば、写真撮影における癖や工夫等に よって自ら撮影したのか第三者が撮影したのかを判別することが可能であると考えられる から、弁護士に対して自ら撮影した旨あるいはその撮影場所について明言できているもの についても、原告が撮影したものと認められる。これに対し、ポジ写真が提示できず、原 告が弁護士に撮影したこともその場所も明言できないものについては、原告が撮影した原 告が著作権を有する写真であるということはできない。  そうすると、別紙目録第2記載の画像データの基となった写真のうち、原告が第三者の 撮影であると述べた写真を除き、原告がポジ写真を被告ら側に提示できた写真あるいは提 示できなくとも弁護士に対して原告が撮影した旨明言している写真である別紙目録第11 記載の画像データの基となった写真1222点については、原告が撮影した原告の著作物 であると認められるが、その余の写真については原告が撮影した原告の著作物であると認 めることはできない。  (3) 被告らは、原告が本件覚書締結時に原告撮影の写真は原告写真144点であると 述べていたのであるから、これ以外の写真については原告の撮影したものとは認められな いと主張している。また、当初は第三者の著作物を原告の著作物であると述べており、第 三者の著作物たる写真であってもマウントにイニシャルが記載されないまま保管されてい ることからしても、原告が自分の著作物であると主張する写真の中にまだ原告の著作物と はいえないものが含まれている可能性があるし、とりわけポジ写真の存在を明らかにでき ないものについては、原告の記憶を記載した報告書(甲35)が提出されているにすぎな いから、原告写真以外の本件写真について原告が撮影した原告著作物であるということは できないと主張する。  しかしながら、本件覚書は後記2において詳述するとおり未払使用料の支払の交渉にお いてその額を確定するために作成されたものであって、厳密に原告が著作権を有する写真 を限定することを目的としたものではないから、本件覚書において、「乙(原告)が著作 権を有する写真は(中略)144点であることを確認する。」との記載があるからといっ て、それ以外の写真を原告の撮影した原告が著作権を有する写真から除外したものという ことはできない。  また、当初原告が第三者の写真について原告に権利があるかのような主張をしていたの は、エージェント会社が原告に代わり損害賠償請求をしたことがあるとの事実から著作権 自体は第三者にあっても訴訟等において写真を預かる原告が損害賠償等を請求することは 可能と誤解していたことが窺われる(そのようなことは大いにあり得ることである。)か ら、その誤解が解消され、原告がこれを除外して写真を特定した後には、原告が撮影した ことについて疑義が生じるような事情が認められない以上、原告の著作物ではないものが 存在するということはできない。  さらに、原告が自ら撮影したこと等を明言できるものについては、原告の職業やこれま での活動内容及び原告に対する評価等に鑑みてその内容が信用できるというべきであり、 本件各証拠を検討してもその信用性を左右するものはない。  したがって、被告らの上記主張は失当である。 2 争点(2)(本件覚書について)  同(2)ア(本件覚書の対象とされた原告写真以外の本件写真についても、CD−ROM にデジタル画像データを収録する形式で利用することが本件覚書上許諾されているか)、 イ(本件覚書上、ウェブサイト掲載用の画像データを作成し、これをウェブサイトへ掲載 したり、無料で本件ダウンロードサービスを行ったりすることも許諾されているか)、ウ (本件覚書は、氏名表示権や同一性保持権の不行使特約を含むか)、エ(本件覚書の解除 の成否)について 《中 略》  (2) 以上の認定事実によれば、次のようにいうことができる。  ア 著作権及び著作者人格権侵害行為について  (ア) 職業写真家が撮影したポジ写真を、CD−ROMに収録するためにA3サイズに 拡大印刷しても明瞭さが維持できる程度の高解像度(約350dpi・120mm×95 mm)のデジタル画像データにする行為は、ポジ写真をその内容において実質的同一性を 維持したままデジタル画像データにする行為であるから、ポジ写真の複製行為ということ ができる。  したがって、被告イシイが本件CD−ROMを原告の許諾を得ることなく制作販売すれ ば、原告の写真の著作権(複製権)の侵害行為となる。  (イ) また、当初の写真と比較して、撮影の構図、撮影対象の配置等を変えずに、また、 カンプやプレゼンテーションのためであれば特段使用に支障が生じない程度の低解像度 (約72dpi・120mm×95mm)の本件ウェブ用画像データを作成して本件ウェ ブサイトに掲載する行為は、外面的に表現形式が変化するものではなく、また、表現につ いての本質的な部分を変更するものではないから、やはりポジ写真と実質的に同一の別の デジタル画像データを作成する行為というべきであり、ポジ写真の複製行為ということが できる。  したがって、被告イシイのホームページ(本件ウェブサイト)等を管理している被告ア イピーネットが、原告の許諾なく本件ウェブ用画像を作成する行為も、原告の写真の著作 権(複製権)を侵害するものである。  なお、本件ウェブ用画像データがポジ写真と実質的な同一性を維持している以上、上記 行為が同一性保持権侵害行為となることはない。  (ウ) そして、本件ウェブ用画像を対象とする本件ダウンロードサービスを行い、第三 者が所定の手続を採りさえすればその画像データを入手することができるような状態にお いて、同サービスを使用して第三者がこれを入手した時点で、本件ウェブ用画像が自動公 衆送信されたということができる。  したがって、被告らが原告の許諾を得ることなく本件ダウンロードサービスを行う行為 は、原告の写真についての著作権(自動公衆送信権)を侵害するものである。  (エ) さらに、本件CD−ROM及び本件ダウンロードサービスにおいては、原告の氏 名が一切表示されていないところ、原告との黙示の合意なく、原告の氏名を表示しないま ま本件CD−ROMの制作販売や本件ダウンロードサービスを行った被告らの行為は、原 告の写真に関する著作者人格権(氏名表示権)を侵害するものである。  イ 本件覚書による原告写真特定の趣旨及び使用許諾の範囲等について  前記認定のとおり、原告は、ディザインが報告してきた平成9年タイトルの名称と使用 した写真点数に基づいて、同タイトルに収録された画像データの基となる写真の使用料を 請求したものの、ディザインからその支払を受けることができなかった。そこで、実際に ビジュアルディスクを販売している被告イシイに対しその支払を求めることとし、これを D弁護士に依頼したものであるところ、その際、同弁護士に対し、ビジュアルディスクに はその他にも原告が貸与した写真を基とするデジタル画像データが相当数存在することな どについて説明しなかったため、同弁護士はビジュアルディスクのCD−ROMに収録さ れているデジタル画像データのうち、原告が著作権を有する写真が基となっているのは、 原告が使用料支払を求めている152点に限られると誤解した。D弁護士は、その誤解の ままに通知書(乙2)を送付したり、被告イシイの代理人と交渉したりした。  また、Bも、D弁護士から平成9年タイトルについての未払使用料支払請求を受けたと きに、ビジュアルディスクのCD−ROMについて販売だけでなく制作も行っていること や、ディザインと被告イシイの関係等について、自己の依頼したE弁護士に説明しなかっ た。また、被告らが被告イシイのホームページ(本件ウェブサイト)を立ち上げてそこに 本件ウェブ用画像を掲載して本件ダウンロードサービスを行っていることについて、広告 宣伝の一環であって何ら権利関係において問題は生じないと軽信し、そのことも同弁護士 に相談しなかった。そのため、同弁護士は、Bから十分な情報提供を受けないまま、被告 イシイとしては、ビジュアルディスクのCD−ROMを今後も販売できればよいのであっ て、そのためには原告が請求している平成9年タイトルに収録されている写真に関する使 用料未払分を支払い、これについて利用許諾を受ければ足りると誤った判断に至ったもの というべきである。そして、被告イシイがCD−ROMを今後も制作販売すること、本件 ウェブ用画像を使用した本件ダウンロードサービスを行うことについて原告に許諾を得る 必要性を検討できないまま、したがって、これを交渉の対象にしないまま原告側のD弁護 士と交渉を行ったものといえる。  そして、交渉当事者であるD弁護士及びE弁護士がかかる認識を有したまま交渉した結 果作成された本件覚書の前文や第1条には、あたかも平成9年6月当時のビジュアルディ スクの全CD−ROMに収録されているデジタル画像データの中で原告がその基となる写 真の著作権を有しているものを、原告がカタログに赤丸を付すことができた原告写真14 4点に限定し、それらについて原告が被告イシイに利用許諾をしたように記載されている が、原告とBの認識によれば、原告が著作権を有する写真を上記144点に限定するとの 明示又は黙示の合意をしたということはできず、上記144点の原告写真を特定した趣旨 は使用料未払のものを特定したとの認識を有していたにすぎないものと考えるのが自然で ある。  また、原告は、ディザインがそれ以前の写真使用料を支払っていたこともあって、本件 覚書により、ビジュアルディスクの全CD−ROMを被告イシイが今後も販売していくこ とを許諾したものと認められる。なお、その販売に関しては、原告が特に指示限定してい ない以上、従前と同様、原告の氏名を表示せず、原告は氏名表示権を行使しないことにつ いて黙示に同意していたと認められる。他方、本件ウェブ用画像の作成に関する同一性保 持権侵害について権利行使をしない旨の何らかの合意があったとの被告イシイ主張事実は、 これを認めるに足りる証拠はない。  なお、以上のような経緯により作成された本件覚書によって、被告イシイが平成9年タ イトルについて500組を超えるCD−ROMを制作すること、原告の写真を基にしたデ ジタル画像データを収録した平成9年タイトル以外のCD−ROMを制作すること、本件 ウェブ用画像を作成し、本件ウェブサイトへ掲載したり、本件ダウンロードサービスを行 ったりすることについてまで、原告が被告イシイに黙示に許諾したとまでは認められない 。したがって、これらの行為を対象として、氏名表示権を行使しないことが黙示に合意さ れていたということができないことは当然である。  ウ 本件覚書の解除の成否等について  (ア) 本件覚書は、原告写真144点を確認の上、原告が被告イシイに対しその使用を 許諾し、被告イシイは原告に著作権使用料を支払うこと、販売組数を1年ごとに報告し、 500組を超えて販売する場合には著作権追加使用料を支払うこと等をその合意内容とす るものである。そして、本件におけるビジュアルディスクのような、収録されているデジ タル画像データの複写や改変行為に対して、データの基となった写真を撮影した者(写真 の著作権者)が著作権及び著作者人格権を行使しないことを前提とする商品の性質に照ら せば、写真の著作権者とCD−ROMの制作販売者との間で締結される利用許諾契約にお いては、とりわけ制作販売者側における写真の著作権者の有する著作権に対する格段の配 慮が要求されると解すべきであって、いやしくも、上記許諾契約上許容されている範囲を 超えて複製行為又は公衆送信行為を行ったりしてはならないことはもちろん、著作権者側 から著作権の有無等について疑義が出された場合にはこれに対し真摯に対応すべき本件覚 書に基づく契約上の注意義務を負担するものというべきである。  (イ) これを本件についてみるに、前記(1)認定のとおり、Bは、本件覚書の締結に際 し、被告イシイがビジュアルディスクのCD−ROMの販売のみならず制作にも関与して いることを原告に告げなかった上、その後、本件覚書で定められた販売組数の原告への報 告義務も履行しなかった。被告イシイは、その後もビジュアルディスクのCD−ROMの 制作販売を継続し、原告に無断で、ウェブ用画像データを作成し、ウェブサイトに掲載の 上、無料ダウンロードサービスを行ったりしたところ、これを知るに至った原告が、再度 被告イシイに事態の改善を求めたところ、著作権の問題は本件覚書をもって解決されてい るとの一方的な回答を行ったのみであり、その後、弁護士が関与して初めて著作物の特定 を求めるなどの対応をしたものである。  (ウ) 以上によれば、被告イシイは、本件CD−ROMを含むビジュアルディスクのC D−ROMに収録されている画像データの基となった原告の写真についての原告の著作権 に対する関心が薄く、本件覚書の締結後も、本件覚書に定められた販売数量の報告義務等 を履行しなかった上、原告に無断でウェブ用画像データを作成してウェブサイトに掲載の 上、無料ダウンロードサービスを行ったりするなど、原告の有する著作権(複製権、公衆 送信権)を侵害する行動に出たものである。そして、被告イシイは、これらの行為につい て原告から改善要求を受けたにもかかわらず、さらに原告に著作物の特定を求めるなどの 必要と思われる対応措置を講じず、その問題は本件覚書で解決済みである趣旨の一方的な 回答をするだけの不誠実な対応に終始したというべきである。これらの事情を考慮すると、 上記(ア)記載の本件覚書の性質、被告イシイのした義務違反の内容等に鑑み、原告の被告 イシイに対する本件覚書の解除の意思表示が同被告に到達した平成14年3月13日には、 本件覚書の基礎となっていた原告と被告イシイ間の信頼関係は既に破壊されていたと評価 するのが相当である。  したがって、本件覚書を解除する旨の原告の意思表示が被告イシイに到達した平成14 年3月13日をもって、本件覚書に係る合意は解除され、同日限り、原告・被告イシイ間 の契約関係は終了したものというべきである。  エ 本件ダウンロードサービス等について  (ア) 被告イシイは、本件覚書締結当時、原告は被告イシイがビジュアルディスクの制 作も行い、しかも今後も継続することを知ってこれを黙示に許諾したと主張する。また、 デジタル画像データを収録したCD−ROM商品である以上、商品の広告宣伝のために、 当該デジタル画像データに手を加えて、ウェブ用画像を作成し、ウェブサイトへ掲載し、 ダウンロードサービスを行うことによって第三者がデータを入手できる状態に置くことは 通常想定されているということができるから、CD−ROMの販売を認めた本件覚書は、 広告宣伝の一環である本件ウェブ用画像の作成、本件ウェブサイトへの掲載、本件ダウン ロードサービスをも許諾していたというべきであるし、本件ウェブサイトへの掲載等や本 件ダウンロードサービスによって被告らは何らの利得を得ていないことが考慮されるべき であると主張し、被告ら代表者もこれに副う供述をしている。  (イ) しかしながら、平成9年タイトルに収録された写真152点の未払使用料の請求 のため原告の依頼を受けたD弁護士が被告イシイ宛てに送付した通知書(乙2)には、被 告イシイがCD−ROMを販売している旨の記載しかなく、これを制作していることを指 摘する記載はない。その他、原告において被告イシイがCD−ROMを制作していたこと を知っていたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告が被告イシイがCD− ROMの制作を行っていることを知っていたことを前提とする被告イシイの上記主張は失 当である。  (ウ) また、写真のデジタル画像データを収録したCD−ROM商品を販売する場合、 その広告宣伝等の一環として、自社のホームページにウェブ用画像を掲載したりダウンロ ードサービスを行ったりすることがあるということはできるが、広告宣伝活動の一環とは いえ、著作権者の許諾なくこれらの行為を行えばその著作権(複製権、公衆送信権)を侵 害することになることはいうまでもなく、かつ、そのことが著作権侵害行為としての違法 性を阻却するものであるともいえない。また、被告らが上記各行為により何らの利得を得 ていなかったとしても、同様というべきである。  本件覚書においては、広告宣伝活動等の一環としてCD−ROMに収録されたデジタル 画像データを基に解像度の異なるデータを作成して利用することを許諾する旨の規定はな く、他に原告がそのような許諾をしていたと認めるに足りる証拠はない。したがって、本 件ウェブサイトに本件ウェブ用画像を掲載し、本件ダウンロードサービスを行うことは、 原告の著作権(複製権、公衆送信権)を侵害するものであり、かつ、その違法性が阻却さ れるものではないというべきである。  オ 氏名表示権不行使特約、同一性保持権侵害について  (ア) 原告は、本件覚書等によって氏名表示権を行使しない旨を黙示に合意したことは ないと主張し、原告は本人尋問において本件CD−ROMに収録されたデジタル画像デー タに氏名が表示されていないことについてディザインに抗議したが改善されなかったと供 述する。  しかし、原告は、Cの説明によって当初よりビジュアルディスクが著作権フリーの画像 素材集であることを認識していたのであるから、著作権行使が初めから予定していない商 品であることを当然認識していたと認められる。そして、そうである以上、CD−ROM 等に著作権者の氏名が表示されない可能性があることを認識していたと認められ、このこ とは、本件覚書を締結する上での当然の前提事項とされていたというべきである。また、 原告は、ディザインからCD−ROMの現物を見せられた際、CD−ROM本体にも収録 されている画像データにも原告の氏名が表示されないことを知っていたはずである。しか るに、原告は、そのことについて何ら異議を述べないままディザインへの写真の貸与を継 続していた上、その間、CD−ROM等の確認を行っていなかったのであるから、原告が ディザインに氏名の表示を求めていたとは考えられない。さらに、仮に氏名の表示を求め ていたのであれば、原告は、被告イシイと本件覚書を締結するにあたって、改めて被告イ シイに対して氏名の表示を求めるべきところ、そのような行動に出たことを窺わせる証拠 はない。  そうすると、原告は、当初よりビジュアルディスクにおいてはCD−ROMやデジタル 画像データに原告の氏名が表示されないことを認識し、そのことを了解していたというべ きであって、本件覚書締結時においても、特段この点を指摘しなかったものである。以上 の事情に照らせば、原告が許諾した本件CD−ROMの販売に関しては、原告と被告イシ イとの間において、原告が氏名表示権を行使しないことについて黙示の合意が成立してい たというべきである。  ただし、本件覚書が解除により終了したことに伴い、上記黙示的合意も失効したという べきであるから、その後において原告の氏名を表示しないまま本件CD−ROMを販売す ることが原告の氏名表示権を侵害するものとなることは当然である。  (イ) また、原告は、本件ウェブ用画像が粗い粒子の画像データであることをもって、 その基となった写真を同画像へ改変する行為が原告の同一性保持権を侵害するものである と主張する。  しかしながら、大きく引き延ばして印刷等をすればその繊細な色彩や陰影等の相違が明 らかになるとしても、その前の本件ウェブ用画像の作成や本件ウェブサイトへの掲載にお いて、カンプやプレゼンテーションにおいて使用するに支障が生じない程度に解像度を低 下させたにすぎないのであれば、表現において同一性が失われているということはできな い。その他、本件ウェブ用画像においてその基となった原告の写真と比較した場合に、表 現において同一性が失われてると認めるに足りる証拠はない。 3 争点(3)(本件出版契約について)  (1) 同(3)ア(本件出版契約は、著作権譲渡契約か、著作権利用許諾契約か)について  ア 前記第2の1(当事者間に争いのない事実等)、証拠(甲10、18、27、29、 乙3、5、原告本人尋問及び被告ら代表者尋問の各結果)及び弁論の全趣旨によれば、次 の事実が認められる。  (ア) 原告は、ビジュアルディスクに収録するデジタル画像データの基となった写真を ディザインに貸与することについて、平成9年7月14日、「著作権フリー写真集CD− ROM出版契約書」と題する契約書を取り交わして合意した(本件出版契約。甲18)。  (イ) 本件出版契約の第2条は「ポジ使用の許諾」との表題が付され、その1項には原 告がディザインに対して原告所有のポジ写真の情報をデジタル化によりディザインが管理 又は所有するCD−ROMに書き込む方法によって使用することを「許諾」すると規定し 、第6条は「ロイヤリティについて」との表題が付され、「第2条のポジ使用料として」 ロイヤリティを支払うものとすると規定している。  (ウ) 本件出版契約には、著作権の利用許諾ができる地位を第三者に譲渡することを認 める規定は存在しない。  (エ) 本件覚書締結当時、被告イシイは、原告に対し、既に著作権の譲渡を受けている とか、ディザインの地位を引き継いでいる等述べたことはない。また、本件覚書には、原 告写真の使用許諾がディザインを通してなされていたこと、ディザインとの本件出版契約 が解除されたので、改めて使用許諾が必要であるとの前提から合意されたものであること が、前文において明記されている。  イ 上記アの認定事実によれば、本件出版契約の内容は、著作権の利用許諾ができる地 位を第三者に譲渡し得る旨の合意は明示・黙示ともに存在せず、原告が、ディザインに対 し、原告が著作権を有する写真についてデジタル画像データを作り、これをCD−ROM に収録することについて許諾する債権契約としての著作権利用許諾契約というべきである。  ウ これに対し、被告らは、本件出版契約第4条は「商品の著作権は甲(ディザイン) が有する。」と規定しており、このことからすれば、CD−ROMへの収録という利用方 法に限定される著作権を原告からディザインに譲渡する旨の契約である、仮に利用許諾契 であっても、利用権を第三者に譲渡することにつき予め承諾を与えられていたと主張する。  しかしながら、本件出版契約は、第3条において「ポジに関する権利」は原告が有する ことを規定し、第6条でポジ使用料の支払について規定されている。本件出版契約の上記 各条項に鑑みれば、第4条にいう「商品の著作権」とは、商品(CD−ROM)の製造販 売権を意味するものとして使用されていると解するのが自然であり、デジタル画像データ の基となった写真に関する著作権(CD−ROMに収録するとの目的に限定する場合を含 む。)自体を譲渡するとの趣旨であると解することは相当でないというべきである。  また、本件出版契約において、利用権を第三者に譲渡することにつき予め承諾を与えて いたということのできる条項はないし、他にそのような合意の存在を認めるに足りる証拠 もない。  (2) 争点(3)イないしエに関する被告らの主張は、争点(3)アに関する被告らの主張を 前提としているものと解されるから、本件出版契約が物権契約である著作権譲渡契約であ るか、又は債権契約である著作権利用許諾契約であるとしてもその地位を第三者に譲渡す ることを予め承諾する旨の合意があるとの被告らの主張が認められない以上、上記各争点 に関する被告らの主張を判断する必要はないというべきである。 4 争点(4)(ミスミのダウンロード販売行為について)  (1) 証拠(甲49の1及び2、甲50の1及び2、乙34ないし37)及び弁論の全 趣旨によれば、次の事実が認められる。  ア 被告イシイは、ビジュアルディスクのCD−ROMを自ら販売するほか、第三者に 卸売りしていた。ミスミはその卸売先業者の一つである。  イ ミスミは、ビジュアルディスクが1組に写真50枚分のデジタル画像データを収録 したCD−ROMであることから、CD−ROMの販売促進活動の一環として、収録され ている全デジタル画像データを、インターネットを通じて個別に販売することを計画し、 これについて被告イシイに許諾を求めた。  その内容は、@CD−ROMに収録されたものをミスミにおいてJPEGに変換したも の(高解像度のもの)については、販売価格はCD−ROMのミスミにおける販売価格の 半額とし、2点以上ダウンロードする場合にはCD−ROMを購入する方が低額となるよ うにする、ACD−ROMに収録されたものを元にミスミにおいて72dpi×640p ics×480picsの画像を作成したもの(低解像度のもの)については、販売価格 を一律500円とする、B被告イシイのロイヤリティをこれらのデジタル画像データの販 売価格の40%とする、などであった。  ウ 被告イシイは検討の結果これを許諾することとし、ミスミは平成14年3月6日か らダウンロードサービスを開始した。なお、同ダウンロードサービスにおいては、実際に サンプルの画像を出すと、画像の中心部に「digitalvision」あるいは「m ulti−bits」等の透かし文字が入っている。画像に関して原告の氏名の表示はな い。  エ ミスミは、ダウンロードされた際にこれが被告イシイに連絡される方法を採りなが ら、ダウンロードされたファイルについてのロイヤリティを支払っていた。  (2) 上記認定のとおり、ミスミが、ビジュアルディスクのCD−ROMに収録されて いるデジタル画像データをJPEGに変換したり、低解像度のデータを作成したりしてウ ェブサイトに掲載する行為は、同CD−ROMに収録されているデジタル画像データの基 となる原告撮影の写真の複製行為にほかならない。これらの行為が原告の許諾なくなされ たときは、原告の著作権(複製権)を侵害するものとなる。  また、これをダウンロードサービスによって入手可能な状態にし、実際にこれをダウン ロードする行為は、同様に原告の撮影した写真の公衆送信行為ということができ、この行 為が原告の許諾なくなされた場合には、原告の著作権(公衆送信権)を侵害するものとな る。  さらに、原告写真を基とするデジタル画像データの中央に文字を入れることは原告の著 作物たる写真の改変行為というべきであって、原告の意思に反しているものということが できるから、原告の許諾がない以上原告の撮影した写真の同一性を失わせる同一性保持権 を侵害する行為である。また、原告の許諾なく、氏名を表示していない以上は氏名表示権 侵害にもなる。  被告イシイは、ミスミの行うダウンロードサービスにより、原告の有する複製権・公衆 送信権・氏名表示権の侵害行為がなされることを知りながら、また、販売促進活動である 以上原告の写真の同一性を失わしめる行為がなされる可能性があることを認識しながら、 漫然とこれを許諾したというべきである。したがって、ミスミの行為に伴い生じる損害賠 償責任をミスミと共同して負うというべきである。  (3) 被告イシイは、ミスミが行ったダウンロード販売においては、必ずしもビジュア ルディスクのCD−ROMに収録されている全ての画像データがその対象となっているわ けではないと主張する。しかし、ミスミはダウンロード販売においてビジュアルディスク のCD−ROMに収録されている全データを対象とする旨述べており、同被告の主張を裏 付ける証拠はない。  また、被告イシイは、本件CD−ROMに関するのと同様、著作権の譲渡を受けていた あるいは本件出版契約において同一性保持権や氏名表示権について黙示の承諾あるいは不 行使特約があったと主張するが、同主張が失当であることは前示のとおりである。  さらに、被告イシイは、ミスミの行為について被告イシイが責任を負うことはないと主 張する。しかし、被告イシイは、ミスミからどのようなダウンロード販売を行うかを予め 説明され、その行為態様を認識することができたのであるから、これを独自の立場で許諾 した以上、少なくとも損害賠償責任についてその主体性が否定されることはないというべ きである。 5 争点(5)(権利濫用)  前記1(1)、2(1)の認定事実によれば、原告がディザインに対し写真を貸与する際に当 該写真を明確に特定し、さらに、本件覚書締結に際しビジュアルディスクのCD−ROM に収録されている全デジタル画像データについて著作権を主張する写真を特定するなどし ていれば、本件訴訟に至る紛争を未然に防止できた可能性がなかったとはいえない。  しかしながら、本件訴訟は、直接的には、被告イシイが、独自の立場からビジュアルデ ィスクの制作販売を行うようになった後に、収録されている画像データの基となった写真 の著作権者と主張する原告からの申し出に対して本件覚書の文言をもって解決済みである と回答し、また、弁護士に交渉を依頼したにもかかわらず、本件ダウンロードサービスの 実施等必要な事項を説明しなかったなどの不誠実、不適切な対応をきっかけとして提起さ れたものであることが明らかである。  したがって、前示のとおり、被告らが独自の立場において著作権等侵害行為を行った以 上、ディザインが既に同様の行為について使用料を支払い、原告から著作権使用に関し許 諾を得ていたことなどの事情をもって、原告の被告らに対する損害賠償請求が権利濫用と なるということは到底できない。  その他本件において原告の請求が権利の濫用となるような事情等を認定することはでき ず、この点に関する被告らの主張は失当である。 6 争点(6)(差止めの必要性の有無) (1) 被告イシイは、本件CD−ROMを含めた「ビジュアルディスク」の全てのCD −ROMの在庫を平成15年10月18日に廃棄した(乙23の1及び2、乙24の1及 び2、25、26の1ないし8、乙27)。また、被告イシイは、今後原告の写真を利用 したCD−ROMの制作販売をしない旨述べている(乙28、被告ら代表者尋問の結果)。 また、被告らは、平成15年5月30日には別紙目録第4記載のウェブページにおける 「ビジュアルディスク」に関する画像データの掲載を中止した(乙17の1ないし48、 乙18、19、被告ら代表者尋問の結果)。  これらの事実に照らせば、被告らが、本件CD−ROMの制作販売等原告が本件訴訟に おいて差止めを求める行為を行うおそれは相当に低いものといえる。  (2) しかし、他方、被告らは、本件CD−ROMに収録したり本件ウェブ用画像にし たりするための基となる画像源データについては、ビジュアルディスクとして商品化され た時点で消去するとの取扱いをしていたものの、担当者レベルにおいては、これを保管し ている可能性がある(乙28)。  このような画像源データが存在すれば、今後も、CD−ROMに収録し、あるいはウェ ブサイトに掲載し、ダウンロードサービスを行うことは極めて容易である。またBは、写 真の著作権の存否等が重要となるCD−ROMを商品として制作販売する立場にありなが ら、著作権者が誰かについて関心がないなどと法廷で述べるなど、著作権侵害行為に対す る規範意識が著しく低いと認めざるを得ない。  これらの事情を考慮すると、本件においては、被告らが、本件CD−ROMの制作販売 等原告が本件訴訟において差止めを求める行為を行うおそれはいまだあると認められ、差 止めの必要性がないということはできない。 7 争点(7)(損害賠償請求について)ア(被告らの故意、過失)、イ(原告の損害) 《中 略》 8 争点(8)(謝罪広告の必要性の有無)  上記6(1)記載で認定したとおり、被告イシイは本件CD−ROMを含めたビジュアル ディスクの全てのCD−ROMの在庫品を廃棄処分とし、また被告らは本件ウェブサイト におけるビジュアルディスクに関する画像データの掲載を中止しているのであるから、損 害賠償に加え、さらに謝罪広告を掲載させる必要性は認められない。 9 結論  よって、原告の被告イシイに対する本件請求は、本件CD−ROMの制作頒布の差止め、 本件CD−ROM及び原告が著作権を有すると認められる写真を基とする画像データ(別 紙目録第11記載の画像データ)の廃棄、866万2500円(上記7エ(ア)aないしd の合計額)の損害賠償及びこれに対する平成14年3月14日(原告が本件覚書を解除す る旨の意思表示をし、これが被告イシイに到達した日の翌日)から支払済みまで民法所定 年5分の割合による遅延損害金並びに134万円(上記7エ(ア)eないしgの合計額)の 損害賠償及びこれに対する平成15年9月1日(ミスミがダウンロード販売という不法行 為を終了した日の翌日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払 を求める限度で理由がある。原告の被告らに対する本件請求は、別紙目録第12記載の画 像データの公衆送信及び本件ウェブサイトへの掲載の差止め、同画像データの廃棄、22 8万2500円(上記7エ(イ)の合計額)の損害賠償及びこれに対する平成15年6月3 日(被告らが本件ウェブサイトにおけるビジュアルディスクに関するする画像データを削 除した日の翌日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め る限度で理由があり、原告のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すること とする。なお、損害賠償を認めた部分を除き、仮執行宣言は必要がないものと認め、これ を付さないこととして主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 田中 俊次    裁判官 中平 健    裁判官 大濱 寿美